ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『深い穴の底には案外何も無い。だがそれがいい』


(ヒラカタ=トキノリ)


鉄の玉屑

 メーシャ王城は大英雄ラフエルが初めて上陸したとされるメーシャタウンのはずれに位置している。

 長い歴史を持つラフエル地方屈指の観光資源としてだけでなく、当時の技術を今に伝える文化財としても知られる建造物だ。

 

 はるか海の彼方に夕陽がゆっくりと沈んでいく。それと反比例するかのようにラフエル地方に夜が降りてきた。

 

「贔屓目抜きにピカチュウ、カイリュー、ヤドラン、ピジョンでしょ、語呂もいいんだよ!? それ以外はありえないね!」

「いやいやオレらイッシュっ子の間じゃミジュマル、クルミル、ダルマッカなんで! 最後に溜めて溜めての『マッギョ』もすげぇんですって。オレのマッギョもそう言ってましたし!」

 ラーレとヤシオが驚くほどどうでもいい話題で盛り上がるなか、ショウロとヒヒノキは今後について相談していた。

  

【うーん。中を探索しようにもけっこう人が来てましたね】

「そうだね。ちょうど夜になったし人がいなくなってから奥まで行ってみようか。一応メーシャの町役場に確認したけど『ご自由にどうぞ』とのことだったし」

 

 通話の向こうのショウロが世話焼きモードに入る。

【今さらですけど大丈夫ですか? 今のラフエルは何かと物騒みたいですし、コバルオンとも戦闘になったら……】

「大丈夫さ。なんせこっちにはヤシオくんがいるんだ」

【だから心配なんですよ。あの人は迷子という概念の擬人化なんですから。ジョインアベニューで迷うとか人間辞めるレベルですよ】

 

 ヒウンからテレビ通話で会話しているショウロにとっては気が気でなかった。

 

「ま、まあさっき見た通り大人から子どもまで普通に入って観光する場所だしね。迷うことはないでしょ。特に地元の子どもたちの間では『夜に最深部にある玉座に一人でたどり着いて、5秒間座ることができたら最強のトレーナーになれる』なんて噂があるらしいよ。面白いことを考えるもんだね」

 

 ここでラーレがずいとカットインした。 

「ああそれ、ボクも昔聞いたことがあったなぁ。子どもの頃ってそういう世代共通の噂みたいなのがあったりしたよね。民俗学は専門外だけど王城の歴史だったり言い伝えみたいなものが変化して残ったものと仮定すると興味深いなぁ」

「たしかに。そっちもいずれ研究してみたいな」

 

 楽しげなラーレとヒヒノキにショウロは微かに鳩尾の痛みを感じた。

 

【そういえばずっと聞きたかったんですけど、孤高の住処は座標で表現されない場所って言ってましたよね。あれってどういうことなんですか?】

 

 ヒヒノキが少し真剣な表情になる。

「ああ。そのことか。うまく説明するのは難しいんだけど、階段の踊り場みたいな場所っていうのかな。ホウエンだとマボロシじまの例があるけど、目撃件数からラフエルのほうがそのような現象は観測されやすいということなんだろう」

 

 その語り口はまるで博士のようだと思ったが本当に博士だった。そして分かるような分からない話にショウロはさらに頭を抱えた。

 

 ヤシオが顎に手を当てた。

「特殊な磁場のようなものとも考えられっかね。身体が非常に強い超低周波電磁界に曝されると電磁誘導によって体内に電流が発生し、その影響により神経が刺激されることがあんだな。テンガン山やポニの大峡谷とかでみられるポケモンの進化とか。人間にも作用して普段は気がつかないものを認識したりするみたいな。ショウちんはどう思う?」

【うわーっ! 急に真面目なこと言わないでください】

「ヤシオくんにもマニアの才能があるねぇ」

 

「いやオレは年中無休で真面目なんだけども」

 

 ツアー客が引き揚げていったのを確認して、3人は入城した。

 

「夜のお城ってムードあるよね」

「完全に肝試しだもんね」

「オレこんなんチビスケの時以来ですよ」

 

 世代の異なる男3人が修学旅行のような気軽さで城の奥へと進んでいく。ラーレとヒヒノキがヤシオを挟む陣形で歩いているのは無意識にショウロのアドバイスを取り入れているのだろう。

 

「さて。玉座の間に到着」

「たしかに子どもたちの都市伝説にもなるべな」

 たしかに迷う要素はなかった。城内はほぼ一本道のうえ、地元の観光協会が設置した案内のパネルが置いてある。

 

「ほーん。これが玉座か」

 王城の中でも一番有名な玉座の間は昼間とはまた違う雰囲気を醸し出していた。かつてラフエル地方の頂点に立った者たちは、この場所から国の趨勢を占っていたという。

 

【どうですか? 怪しいところとかありますか?】

「うーん。特には感じないね」

 ヒヒノキがレーダーのような装置で周囲を探っているが目ぼしい何かは見当たらないようだ。

 

【それならいっそのこと──あっ、お姉ちゃんなんか言った?】

 ショウロが階下からの呼びかけに応えた。ライブキャスターの前を離れて誰かと何かを話し込んでいる。

 

 パタパタと駆け戻ってきたショウロは画面の前でペコリと頭を下げた。

【すみません! お姉ちゃんに頼まれてPWDのサーバーメンテを手伝ってきます! 終わり次第すぐ戻るんで!】

「いいってことよ。全部オレにお任せあれ!」

【ヤシオさんは大人2人の言うことをちゃんと聞くんですよ! それじゃ!】

「オレも大人……」

 ライブキャスターの通信が切れた。

 

「あっ! 博士、ヤシオくんちょっとちょっと!」

 ラーレが2人を呼んだ。何かを発見したようだ。

 

「ラーレくん、どうしたんだ?」

「キノコとかあっても拾い食いとかしちゃダメっすよ」

 

 ラーレが床を指さした。

「ここ、なんか床が新しくないですか? 床板もちょっとめくれた跡があるし」

 

 たしかに年季の入った床特有の焼けが薄い箇所がある。

 

「ちょっと調べてみようか。ヤシオくん、手を貸してくれ」

「よしゃ」

 

 床板を持ち上げるとそこには大人2人がなんとか通れそうな大きさの穴が空いていた。

 

「ここから下に行けるんじゃないですか?」

「え? この下って別の部屋じゃないの?」

 覗き込んでも黒々とした闇が広がるのみだ。

 

「それならこれで、っと」

 ヤシオが何かを穴の中に落とす。だいぶ経って穴から金属の鳴る音がした。

 

「今のは?」

「『でかいきんのたま』です。ラーレさんちに行く道の途中で拾ったんで有効活用」

 

 もしショウロがこの場に居合わせたなら、フレンドリィショップに売って2万の臨時収入を得たほうがよいと語っただろう。

 

「そうか。今のでこの下の深さが分かる。鈴を落としてから音がするまでの時間を考えると、間違いなく建物の1フロアよりも深いだろう」

「それはつまり……」

「そうだ。ラーレくん、この真下が例のポイントの可能性がある」

「思ったよりサクッと見つかるもんなんだべな」

 

「なにはともあれよかった。ここは僕が先陣を切ろう! シャッターチャンスはすぐそこだ!」

 穴に飛び込もうとするラーレを博士が制止した。

「いや。どんな危険があるか分からないんだ。ここは年長者の私が適任だろう」

 

「うんうん。頼りになる大人がいるってありがてぇ、うぉっ!?」

 不吉な予感は大抵裏切らない。

 振り向いた2人が見たのは穴の縁で足を滑らせて真っ逆さまに落ちていくヤシオだった。

 

「「ヤシオく〜ん!?」」

 

 

 落下していくヤシオだがラフエルに来てからこういった状況に慣れつつあった。

「やべぇ、トゲキッス!」

 トゲキッスが空中でヤシオをキャッチし、そのまま軟着陸した。

 

「危なかった。サンキューな」

 

 そこへ上から2人分の悲鳴が響いてきた。

 

「スターミー、『サイコキネシス』!」

 呼び出されたスターミーが念力で落ちてきたラーレとヒヒノキを受け止めた。

 

「スターミーもサンキュー。いったん休んでくれぃ」

 ヤシオは2匹をボールに戻して同じく軟着陸を決めた2人に駆け寄った。

 

 そして男3人は円陣を組んで無事を喜びあった。

「ヤシオくん! 無事でよかった」

「博士とラーレさんこそ!」

「研究に付き合わせてしまったせいで若人が犠牲になったらと思うと寿命が10000光年縮んだよ」

「やだなぁ博士。10000光年は時間じゃなくて距離だべ?」

「あっバレた?」

 

「それにしても」

 ヒヒノキが周囲を見渡す。

 

「王城にこんな場所があったなんてね」

 

 城のような床張りにはなっていないが、天然の洞窟とも違うどこか人の手が入っているような気配があった。

 

「でも座標に表せないって……」

 

「ボクも最初はそう思ったんだけどね。実際に落ちてみて分かったんだ」

 ヒヒノキがカバンからノートを取り出し、さらさらと図を描いてみせた。

 

「さっきまでいた玉座の間がここ。それで穴がここだ。この穴は真下の部屋ではなく見せかけの柱の中を抜けてさらに下に続いていたんだ。だからここは王城の地下にあたる場所なんじゃないかな」

 

 これぞヒヒノキの豊富なフィールドワークの経験によって培われた空間把握能力。引きこもりがちのラーレとそもそも論外のヤシオは口をあんぐりと開けることしかできなかった。2人の開いた口はなかなかふさがらない。

 

「そんなに驚くことかい? まあ悪い気はしないけど」

「いや違くて。博士、あれ見てくださいよ」

 ヤシオとラーレが指差す方向を見たヒヒノキは思わず腰を抜かした。

 

 四つ足のポケモンがゆっくりと姿を現す。水色の体に対になっている角。探していたポケモンだ。

 

「こ、コバルオン! 本当にいた!」

「なるほどたしかにテラキオンに似た雰囲気だ」

 

 ラーレがカメラを取り出し写真を撮ろうとする。するとコバルオンの角が眩く輝いた。

 

「危ない!」

 咄嗟にヤシオがラーレの腕を掴んで横に飛んだ。彼らのいた場所が鋭い何かで抉られていた。よく見ると1度に2発の攻撃が放たれた形跡がある。

 

「なんだ今の!? 見たことがない。コバルオンのデータにあんな技はないよ!」

 ラーレは驚愕した。

 

「それにコバルオンがポケモンを伴っていないトレーナーを襲った記録はない。ラーレくん、ヤシオくん、その個体は特殊なようだ! 気をつけてくれ!」

 少し離れたところからヒヒノキが注意を促す。自分は戦闘要員でないということをよく理解しているようだ。

 

「ヤシオくん、計画の見直しが必要かもしれない。もはやアレはコバルオンじゃない。それに今の技──」

「めちゃ速い光よりもさらに速い刃。さしずめ『Tachyon Cutter』とでもいうべきだいね」

 

「さっき光年の話をしていただけにタイムリーだなぁ。……じゃなくて! アレはコバルオンじゃない! 最近オカルト雑誌で読んだんだ。コバルオンによく似た姿をした謎のポケモンで、角から光る刃を撃ち出すという存在」

「そんなん間違いなくあいつじゃねぇですか。それでそいつの弱点は? 夜10時になると寝ちまうとか?」

「そんな生易しいもんじゃないよ、『テツノカシラ』は」

 

 コバルオン、いやテツノカシラは前足で砂を払いながらこちらを睨みつけている。その瞳は明らかに敵意を宿していた。

 

「とにかくヤシオくん頼んだ! こうなったら君だけが頼りだ!」

 

 ヤシオは小さく頷いた。

「バシャーモ! いぐぞ!」

 

 繰り出されたバシャーモは両腕から炎を噴き上げた。

 

「バシャーモか。なんだか縁を感じるね」

 ヒヒノキはカバンを撫でた。

 

「そうともこいつはオダマキ研究所出身だべ! バシャーモ、『かえんほうしゃ』だ!」

 直接炎を浴びせる作戦だったがテツノカシラはその場から飛び退いてかわした。

 

「いいぞ! 明らかに炎を嫌がっている!」

 テツノカシラの詳細は不明だが少なくとも鋼タイプを持ち合わせているとみて間違いない。

 

 テツノカシラの角が再び光った。

「『タキオンカッター』だ! また来るぞ!」

 初撃はなんとかかわしたが、もう1発がバシャーモを襲った。

 

「なんて恐ろしい技なんだ」

「大丈夫です。相性はいいですし、ヤシオくんにはトレーナーとしてのキャリアもあり、あれ!?」 

 

 肝心のヤシオが忽然と姿を消していた。

 

「「ヤシオく〜ん!?」」

 

 

 

 

 『タキオンカッター』に対して回避の指示を出そうとした刹那。ヤシオはどこか懐かしい浮遊感とともにまた別の何処かにいた。

 

(ここって……)

 本能的に違うとは分かっていたがそれでいて心当たりのある場所だった。

 前回は洞窟のような場所だったが今回は遺跡のような印象を受けた。それでも本質的には同じものを感じた。

 

「まだテツノカシラと決着がついてないっての」

 

 ぼやきながら腰のボールを確認すると5つ。バシャーモだけ残してきてしまったようだ。ヤシオはとりあえずスターミーを出して灯りを確保した。

 

 心当たりに呼びかける。

「おーい、ルルシィちゃん。また来ちまったよ。メーシャの近くだとは思うんだけどここはどこか教えてもらえっかね〜?」

 すぐにヤミラミとイシツブテを連れたルルシィが来てくれると期待したが、そうはいかなかった。

 

「孤高の住処だ。そうに決まっているだろう?」

 女性の声とともにブーツのコツ、コツ、という足音が響く。そしてそれらの主はルルシィではなかった。

 

 ブロンドの髪が揺れる。こんな場所には似つかわしくないほどの美女がいた。

「さて、こんなところに現れるとはご苦労なことだ。残念なのはここに私がいたことだな」

 

 こちらへの警戒を強めつつ女性がにじり寄ってくる。それでもヤシオの脳内はラーレ・ヒヒノキ・バシャーモ・テツノカシラのクォーターだった。

 

「いやあの。オレはコバルオンを探しにきただけで」

 後ずさりしながら出た言葉がまずかった。

 

 確信を得たかのように女性が笑った。

「自白とはよい心がけだ。貴様の目的がコバルオンなら私の目的は貴様だ」

「急にコクられても困るべ」

「そ、そんなんじゃない!」

 

 女性は咳払いして仕切り直した。

 

「このアシュリー・ホプキンスに出くわしたのが運の尽きだ。しかし貴様は運がいい。私達PGはならず者を絶賛募集中でな」

「あぁPGの方か。どうも、オレはヤシオっていいます。ここへはラーレさんの────」

 

「おっと、動くなよ。膝から下とお別れしたいのか?」

 ネイヴュでもこのように話を聞かずに襲いかかってきたPGの女性がいたことをヤシオはぼんやりと思い出していた。

 

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