ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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待つことによって得られるものもある。

(キリル=エセ)


退屈を満たすもの

 ルシエジムリーダー、コスモスは紛うことなき天才である。

 強者かつ曲者揃いで知られるラフエルのジムリーダーたちのなかでも突出した実力を持ち、リーグ最後の番人として挑戦者を退ける。

 

 噂には聞いていたが百聞は一見にしかずだ。実際に目の当たりにするとそれが大袈裟な喩えでないことを認めざるをえない。

 

「カイリュー」

 

 大きな体からは信じられないスピードの一撃が炸裂した。観覧席にまで空気の揺れが伝わってくる。

 

 技を指示するまでもない。崩れ落ちる相棒を目にした挑戦者はがっくりと膝を着いた。

 5体のポケモンを連続で撃破したカイリューは役目を終え、ボールに戻った。

 

「またカイリューだけで全部倒しちゃった」

「あれがコスモスのやり方だ。最初から容赦なく攻めてどんどん圧をかけていく。相手にするのはかなり辛いだろうな」

 

 アルナはここに来てから何度目になるか分からない『どえらい』を口にした。

 自分より年下のトレーナーは珍しくないが、ジムリーダーでしかも地方最強を誇る少女ともなれば驚くのも無理はない。

 

 とぼとぼと挑戦者がジムを去っていく。その背中を見ていると仕方のないことだとわかっていても辛くなってしまう

 

「私が戦ってもボコボコにされちゃうんだろうな……」

 脳裏にこちらを見下ろすミカゲがちらついた。

 

 

 ルシエシティに到着したシンジョウと再会を果たしたコスモスは喜び(彼女の表情の機微を読み取れないアルナにはあまりそうは見えなかったが)、アルナを挑戦者と勘違いする小さなハプニングがあったものの彼らをジムに招待した。そして2人はルシエに滞在しつつ時々現れる挑戦者とコスモスとの試合を見学しているというわけだ。

 

「だいたい何? あの技見えないうちに相手のポケモンが吹っ飛んじゃってるし。カイリュー半端な、いやどえらいって」

 

 技というよりもはや手品の類いに見えてしまう。アルナは鼻息荒くシンジョウに説明を求めた。

 

「あれは『しんそく』だな。そもそもが速い技だがあのカイリューが使うと人間もポケモンも肉眼で追えたものじゃない」

 

 挑戦者が先に指示を出してもカイリューが相手に致命的な一撃を食らわせるほうが早い。それを続けていれば何もできないまま手持ちが全滅してしまう。

 

 アルナたちがここまで見た試合でカイリューを破った者はいなかった。コスモス本人は『調子がいいだけです』などと話していたが、そのずば抜けた実力を認めざるをえなかった。

 

 ドラゴンタイプを扱うコスモスへの対策として、こおりタイプやフェアリータイプを中心に手持ちを選抜してくるトレーナーも多い。それでも相性の差を引っくり返してしまうのだからいかに彼女が恐ろしい使い手かわかるというものだ。

 

 戦いを終えたコスモスが執事を伴って戻ってきた。勝利にも関わらず表情があまり晴れないのは戦いに手応えを感じていないせいだろうか。

 

「ほんっっっとに強いね。挑戦してくるのはみんなバッジ7個のトレーナーなのに」

 

 アルナはコスモスの肩をバンバン叩いて褒め称えた。体育会系のノリにも怯むことはない。

 

「だからこそ私が最後の番人として彼らをジャッジする必要があります。強さに限ったことじゃない。資質とも違う。言うならば『色』でしょうか」

 

 目の前のアルナに対しての発言なのだが星に語りかけているような、そんな響きだった。とにかくクールな彼女にもジムリーダーとしての確固たるポリシーがあるらしい。

 

「色、色かあ」

 小さい頃父親が土産に買ってきてくれた色砂を思い出した。

 

「じゃあさじゃあさ、あたしは何色?」

 どうにも会話のレベルすらコスモスに遅れをとっている。ならば自分の理解できる範囲に持ち込むまでだ。

 

「……強いて言うなら茶色でしょうか」

「びっみょー」

 

 なんとかコスモスの言葉を噛み砕こうとするアルナ。

 

 ぐう。

 急速に頭を使ったせいか胃の笛が鳴った。かなりアクティブな彼女も心は乙女だ。途端に顔が真っ赤になった。

 

「あっ」

「もうお昼時でございます。皆様でお食事などいかがでしょう」

 

 執事が正午を少しまわった時計を指した。

 

「でも、まだ」

「本日挑戦の申し込みがあったトレーナーとの試合は全て終了いたしました。コスモス様、どうぞご友人とごゆるりとお過ごしください。その間ポケモンたちを休ませておきましょう」

 

 この早口である。

 執事から是が非でもお嬢様(コスモス)を友人との食事に行かせるんだという気迫が伝わってきた。彼なりに人付き合いをあまりしない彼女を思いやっているのが分からないコスモスではない。

 

 

 大型ショッピングモールのフードコートで食事をする人々がみなこちらを見つめている。それもそのはずだ。ジムの外で、しかも友人と食事をするコスモスなど金のコイキングより珍しい。

 

「なんかものすごく見られてるけど」

「もう慣れました。ジムリーダーはみんなそうです」

 

 それはお前くらいのもんだ、とシンジョウはあえて口にしなかった。

 

 ミルタンチーズピザを頬張るコスモスは百戦錬磨のジムリーダーではなく年頃の少女の顔をしていた。世間から多少ずれているところがあったとしても彼女は他人と何ら変わらない。

 

 洒落たレストランでも高級な料亭でもなくフードコートを選んだのは彼女なりのオフの行動なのだろう。

 だからこそ挑戦者を前にしたオンの彼女は不落の飛竜として牙を剥く。役割を演じているのではない。その瞬間において最も望ましい方向へ自らを突き動かしているのだ。

 

 大きくカットされた肉をアルナは豪快に平らげた。野宿が多いこともあってこのような場所での食事は久しぶりだった。

「とっしんステーキうまー!」

「昼間からよくそんなに食べられますね」

 

 いつの間にか打ち解けた女子たちを前にシンジョウは考えた。コスモスに勝つことができるのはどんなトレーナーだろうか、と。

 

 タイプ相性で攻めるのは正しい。王道とさえいえる。こおりタイプならひこうやじめんを併せ持つドラゴンポケモンに大ダメージが期待できるしフェアリータイプならドラゴンタイプの大技も効かない。

 

 シンジョウもほのおタイプの使い手としてみずタイプやいわタイプなど相性の悪いポケモンで攻められることが多い。

 彼の場合は文字通り火力を磨くことで対応しているがコスモスはどうも違う。彼女のポケモンも威力の高い技や攻防一体のスピードで相手を圧倒するが強さを裏打ちしているのはそれではない。

 

 直前の試合でカイリューが『しんそく』を連発して挑戦者を完封したがそれはコスモスが敵を侮って本気を出していなかったわけではないし、パワーとスピードに任せた雑な戦法をとっていたわけでもない。

 そうすべきと彼女が判断したからだ。

 

 つまり、初手でコスモスが『しんそく』を指示した時点で勝負はほぼ決していたことになる。それを嫌ってゴーストタイプを繰り出しても攻め手がなければそれ以外の技であっさりと対処されてしまうだろう。

 

 強いポケモンに幅広い戦略、さらには運の要素すら必要となるかもしれない。

 

「シンジョウさん? そろそろ行きますよ」

「おかいもの! おかいもの!」

「ああ」

 

 コスモスの腕を引くアルナはそのままショッピングモールへ向かうようだ。シンジョウは思索を中止して彼女たちを追いかけた。

 

「これ! こっちがいいって!」

「いや、これにこれを合わせてだな」

 

 人形のように端整なルックスのコスモスをブティックに引きずり込んだらやることはひとつだ。

 

 やれVネックのボーダーだ、それスポーツタンクトップだと試着室で目まぐるしくファッションショーを繰り広げる。

 

「またですか……」

 

 似たようなことを考える者は他にもいたようでコスモスは早々に諦め、もはや抵抗しなかった。

 

「若いんだからおしゃれしなきゃ!」

「アルナさん、私と2つしか違わないですよね」

 今日日親戚のおばさんですらその語り口はすまい。 

 

「コスモスは何を着ても似合うな。ファッションモデルでも通用するんじゃないか?」

「シンジョウさんの身長を10センチほどもらえるなら検討します」

 対応も慣れたものだ。

 

 

 その後もファンシーショップや骨董品店など時間の許す限り3人はモールを駆け回り、思う存分買い物を楽しんだ。アルナ、シンジョウと過ごした半日はコスモスにとって久しぶりの休日となった。

 

「ありがとうございました。よい気晴らしになりました」

 夕陽が差し込むジムでコスモスは感謝を告げた。抱えている紙袋にはアルナとシンジョウが選りすぐった今日の戦利品がぎっしりと詰まっている。

 

「たまには自由に過ごしてみるのも悪くないだろ?」

「はい。コー、いやランタナさんの域までいくとさすがにまずいですけど」

 

 どこの地方にも1人くらいは自由人なジムリーダーがいるものだ。

 

「こっちこそありがとう。あたしも楽しかった!」

「それじゃ、俺たちはホテルに行くから。おやすみ」

 

 手を振りながらジムをあとにしようとしたその時だった。

 ジムの扉が外から開き、中に誰かが入ってきた。

 

 

「おこんばんは。ルシエジムってここで合ってんべ? 初めての街は迷子になりやすいからいけねぇや」

 

 赤い帽子にリュックサック、癖のある訛りが特徴的な――――

 

 執事の予定になかった最後の挑戦者は砂漠で会ったあの時と同じように飄々とした印象をその場にいる全員に振り撒いた。

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