幼馴染が根源の姫だった件   作:ななせせせ

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不穏なタイトルで始める……


閑話:ハッピーエンドの場合

 ――短めの黒髪に、青い目。目つきが悪く、そのせいで不良と疑われることもある。沙条家六人兄妹の長男。それが俺だ。

 親父の血を濃く受け継いだらしく、写真で見た親父の高校生の頃によく似ている。趣味は製菓と裁縫。至って普通の高校生……というわけにはいかない。

 まず母親。今年で36歳になるはずなのに、街を一緒に歩くと兄妹に間違われる。病気を疑うレベルで若作りな……若作りなのだろうか? そんな母親だ。そして、結構歴史ある家系の魔術師(・・・)である。もはや脳が理解を拒みたがるレベルだが、事実そうなのだから仕方あるまい。

 親父。今年36歳。知り合いに見られると高確率で滅茶苦茶イケメンだという評価を下され、女子はきゃいきゃい言いながらこんなお父さんが良かったと宣う。だが、親父は普通すぎて逆に普通じゃない。目の前で妻が名状しがたい触手のようなものを出すほどにキレた時でも、いつも通りの表情ですぐに落ち着かせてしまう。どんなことがあっても、「まあ、そういうこともあるさ」で片づけてしまうのだからおかしさは伝わるだろう。

 そんな親父は高校生くらいの時に母さんと大恋愛をしたらしく、叔母さんがよく泣きながら愚痴る。

 

 もうなんかこの辺でお腹いっぱいと言いたくなるくらい濃い。どう考えても普通の(・・・)高校生ではない。

 

 

「……お兄ちゃん、そこで何やってんの?」

「ああ、鈴歌(すずか)か……親父と母さん、帰ってくるってさ……」

「えっ、帰ってくるの!? 大変じゃん!」

「ついさっき電話があって、ようやく帰ってこれそうだって言ってた。母さん、叔母さんとかと喧嘩しなければいいんだけどな……」

 

 

 親父は仕事の都合上色々なところに行かなければならないのだが、一日も離れていられない母さんはそれについていき、全国を転々としている。流石に俺たちまで連れていくのは難しいということで親父と母さんだけで移動していたのだが、この度ついに戻ってこられることになったらしい。

 嬉しくは、ある。確かに嬉しいのだが……叔母さんと、もう一人荒ぶる人がいるからちょっと不安が残る。

 

 

「とりあえず朝ごはん作ったから後はよろしく。帰ってきたら迎える準備をしよう」

「んー分かったー」

 

 

 沙条家六人兄妹次女。沙条鈴歌(すずか)。14歳。母さん譲りの金髪をツインテールにした見るからに生意気そうな妹。見た目はアレでも礼儀正しく優しい子なので周りからの人気は高いらしい。あくまで噂で聞いただけだが。

 ちなみに沙条家長女は朝に弱いので未だ夢の世界にいることだろう。

 

 妹たちの将来を案じつつ、家を出るとちょうど斜め向かいの家からがっしりした体格の、戦ったら確実に負けると思われる男が出てきた。向こうもこちらに気付き、片手を挙げて挨拶してくる。

 

 

「おはようみーくん。今日もいい朝だな」

「おはようさん。誠は今日も部活か?」

「ああ、大会も近いしな。來野は多分後から来るだろうし、行こうぜ」

「キレられるの俺なんだが……」

 

 

 まあ、仕方ない。あいつが遅いのが悪い。恐らくあいつは今もモタモタと学校に行く準備をしているのだろう。そして息を切らせて走ってきて、どうして待ってくれなかったのかと抗議してくるだろうが、気にしない方向でいこう。

 

 すっかり桜の花びらが落ちきり、緑の葉が青々と茂る桜の木。それが均等に植えられた道を進んでいけば、親父たちも在籍していたという学校に着く。それなりに歴史のあるこの学校の伝説として未だに親父たちのことは語り継がれている。又聞きした程度だが、それでも今の親父たちとそう大差ない生活を送っていたらしいことは伝わってきた。

 そんなことを考えていたせいか、自然と話題がうちの両親のことになっていた。

 

 

「そういえば親父たち帰ってくるらしいんだよね」

「おーそうか。よかったじゃん……ん? 親父さん? 当然、おばさんも帰ってくるよな、それ」

「だからちょっと憂鬱なんじゃないか……」

 

 

 ちょっと愉し気な隣の男を殴ってやりたいところだが、生憎そんなことをすれば負けるのは俺なのだ。

 そんなことを話しながら学校の校門をくぐった所で、遠くの方から隣の男を呼ぶ声がする。

 

 

「おーい青木ー! ミーティング始まるぞー!」

「おー分かったー! じゃあそういうことだから。來野とイチャつくなら今度の祭りがチャンスだぞー」

「はあっ!? おまっ、別に(しず)とはまだそういうんじゃないって!」

 

 

 ……まあ、でも。祭りか。

 

 

「みーくん、置いてかないで……」

「うおわぁあぁぁぁ!?」

 

 

 突然袖を引かれたことと、先程までの会話の話題となっていた人だったということが重なって変な声を上げてしまった。

 俺がどれだけびっくりしたかは察していただけると思う。

 

 浅黒い肌、中東系の顔立ち。エキゾチックな美少女という雰囲気を纏った少女。お隣の來野家長女。

 母親のジールさんが中東系の人らしく、父親の巽さんがどこでどうやって知り合ったのかは謎に包まれているが、どうやらうちの両親、というか主に母親が手助けしたらしく度々頭を下げているのを見かける。

 

 それはそれとして、今にも泣きそうな顔になっているこいつをどうにかしないと……

 

 

「あー、まあ、なんだ? その、悪かった、と思う。もう置いていかないよ」

「……ほんと?」

「ほんとほんと。ほら、行こうぜ」

 

 

 頭を撫でながら促し、校舎への道を急ぐ。

 親父が通い、母さんが通い、今もなお残る伝説を作り上げた学校。先生の中には当時のことを知る人もいて、「あいつらマジで付き合ってなかったから逆に心配になったもんだよ……高校生なんてすぐにヤることヤってすぐ破局、が普通のところ、あの二人ときたらどう考えても付き合ってるはずなのにそんな素振りもないからEDなのかと疑ったね」と、当時の親父のことを懐かしそうに振り返る。

 結局卒業の数日前に婚約を発表したらしいが、周りは「むしろまだ結婚してなかったんだ」と驚愕に見舞われた……という話もあった。

 

 当時の親父たちがどんな生活を送っていたのか、人づての話でしか聞いたことはないが、今とそう大差ないような気がする。今だって母さんは親父にぞっこんだし、親父は母さん以外そういう(・・・・)目で見ることすらない。世にも稀な熱々夫婦だろう。

 そういう所を見てきたはずの叔母さん――綾香さんや、知り合いの美沙夜さんなんかが未だに諦めていないところはすごいと思うのだが、いい加減諦めたほうがいいんじゃないかとも思う。

 

 ……まあ、あの人たちにはあの人たちの事情があるんだろう。母さんを怒らせるようなことはしてほしくないのだが。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 部活に入っていない身ならではの早さで帰宅……とはいかず、途中でスーパーに寄って食材をカゴに入れていく。

 ずっとイギリス料理ばかりを食べていたらしいから、日本食を食べたくなっているだろうと思ったのだが……もし母さんが作るなら変に食材の用意とかしなくてもよかったか。

 などと考えていたところで、ポケットに入れたスマホが震えた。

 

 

「……げ、まじか」

 

 

 メッセージアプリの通知は、妹からの『帰ってきたよー』という一文。うちで待って出迎える予定に、ちょっと間に合わなかったということだ。……まあ、仕方ないか。

 とりあえずカゴに入れていた分の食材だけは購入して電車に乗る。時間が中途半端なためにうちの生徒は一人も見当たらない。とはいえ帰宅ラッシュ時にちょうど被ったのか車内は人でいっぱいになっている。

 

 ……そういえば、正直記憶にないのだが、俺が産まれた頃はイギリスにいたらしい。母さんが「時計塔」に行くことになり、お互いに離れることが出来なかったためにイギリスにしばらく住んでいた時期に産まれたのが俺だったと。その後大体一年周期で子供を儲け、今では六人兄妹となっている。……ちょっと旺盛すぎやしないだろうか?

 

 と、くだらないことを考えていると降りる駅に着いていた。あれ以上思考に沈んでいたら乗り過ごすところだった。

 駅から徒歩で十分。ただ真っすぐ歩くだけで着く、極めて分かりやすい位置に我が家はある。白塗りの壁が眩しい、大きな家。

 

 中に入ってすぐにリビングへと向かう。帰ってきたなら多分そこにいるはず。そう考えてリビングへの扉を開けば――

 

 

「ああ、おかえり。……少し、背が高くなったんじゃないか?」

「あー、まあね。二ヵ月もあれば伸びるだろ。それより、親父の仕事はもういいのか?」

「結構長くかかったけど、多分もう大丈夫だ。少なくとも一年は日本にいられるんじゃないか。……愛歌が時計塔の方に呼ばれたりしなければだけど」

 

 

 ぼそりと付け足された一言で、またすぐに海外に行くことになるんだろうなということを確信した。

 しばらくは日本に居られるだろうっていうのも嘘ではないだろうし、半年くらいか。先に話しかけてくるから一瞬忘れていたが、重要なことをしていなかった。

 

 

「……親父。おかえり」

 

 

 気恥ずかしさが出てきてやや小さめの声となったそれを聞いて、きょとんとした顔になった後、小さく笑って応えた。

 

 

「ああ。ただいま」

 

 

 

 

 ――沙条家は今日も平和だ。




ということで何年後かは知りませんが未来のお話。
長くかかってしまいましたが、ハッピーエンドの場合です。


……まあ、ということは当然バットエンドもあるわけですが。

次の話は?

  • スイート
  • ノーマル
  • ビター
  • デーモンコア

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