彼は揚げ物が好きだけれど、その中でも特にエビフライを好んでいる。
なんでも、衣のサクサク感と中のエビのプリプリした食感に、タルタルソースやウスターソースの酸味が合わさると最高なのだとか。前にお弁当にエビフライを入れた時に、(いつもおいしそうに食べてくれるのは当然なのだけど)思わず破顔するくらい嬉しそうにしていたので聞いてみたら、やや恥ずかしそうにそんなことを言っていた。
それ以来、何か特別なことがあったりした時はエビフライを作ることにしている。
……そう、例えば今日みたいに彼が久しぶりに家に来た時なんかはその特別なことの一つね。
「……こう?」
「そうそう。上手よ、綾香」
殻を剥き終わったエビの背ワタを丁寧に取り、尻尾の先を少し落として切りそろえておく。満遍なく小麦粉を付けたら溶き卵を絡めて……パン粉をまぶしていく。
隣で台に乗りながら手伝ってくれている綾香にも分かるようになるべくゆっくりと作業を進める。ついさっきまで姉妹喧嘩みたいなことにはなっていたけれど、わたしが少し謝ってしまえば終わる話。最近は忘れられているような気もするけど……わたしはお姉ちゃんなのだし、これくらいは、ね?
「出来たら、もう一度パン粉をまぶしてね」
「うん」
エビフライは衣の二度付けをすると綺麗に出来て、旨味も閉じ込めておける。なんだってそうだと思うのだけど、一回だけで安心するのはダメということよね。
綾香が拙い手付きでエビに衣をつけ終わったのを確認すると、170℃から180℃の油で揚げていく工程に移る。けれど、ここからは危ないから綾香は見ているだけね。
ジュワッと揚げられていくエビフライを見ていると、綾香が話しかけてくる。
「……おねえちゃん」
「なあに?」
「さっきはごめんなさい」
……ふふ。
「いいのよ。なんていったってわたしはお姉ちゃんなのだし。綾香は悪くないもの」
「本当?」
「ええ。……それよりも、ほら見て。綺麗に揚がったでしょう?」
「わあ……!」
真っすぐに、厚い衣で覆われたエビ。お店などで出てくるような綺麗な形で揚がっているのは衣を二度付けしたおかげ。しかも一度付けのものよりも量感が上がる。
後は付け合わせの野菜なんかと一緒にお皿に盛り付ければ、完成。ソースは……タルタルソースにしておきましょうか。
「じゃあ運びましょうか。こっちのお皿をお願いね」
「うん。分かった」
綾香が運んでいる間に使った包丁なんかを洗って乾かしておく。シンクが食器で埋まってしまうと大変だし、先にやっておいた方が楽よね。
……これでよし。じゃあご飯に――
「あうあうあう……髪型がくーずーれーるー!」
「はっはっは」
『綾香は可愛いなーうりうり』
わたしはお姉ちゃんなのだし、それくらいのことで動揺するはずないでしょう? 嫉妬なんて欠片もあるわけ、あら、つい握った机の角が消滅してしまったわうふふふ。
……いけないいけない。このままだと彼の言うパーフェクト幼馴染からどんどん乖離してしまう。一旦落ち着いて、いつも通りのわたしを取り戻さないと。
それにしたって、折角上手く出来たのだし、料理のことについて一言くらいあったり、
……
…………
………………もう。そんな顔を見せられたら色々なことがどうでもよくなってしまうじゃない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
夕食が終わったらすぐに彼との時間に移れるかと思ったのに、お父さんが二人きりで話がしたいだなんて言い出したから、それが出来なくなってしまった。
とはいえその程度で諦めるのは恋する乙女として失格よね。お父さんのことだからまたすぐに酔ってトイレに駆け込んだ後部屋に戻るでしょうし、そこを狙ってリビングにいけば二人きりでゆっくりと過ごすことが出来て、そうしたらきっと、そのままいい雰囲気になったりして……!
はっ、こうして考えている時間も惜しいわ。今のわたしに出来る最高の準備をしておかないと!
まずはどこから……ああ、最初は身体を綺麗にしておかないと! いえ、お風呂に入ったら結局は着替えることになるのだし、下着とかかしら!?
いえ、いいえ。まずは、そう。何よりも身体を綺麗にするところから。服のことなんかは後にしましょう。とりあえず適当な、それでも見られても恥ずかしくない程度の服を掴んでお風呂に向かう。
綾香はもうお風呂に入ったみたいだし、お父さんはお酒を飲んでる最中。彼もそれに付き合っているから誰も使っていない。少し念入りに身体を洗っていても問題ないでしょう。
……本当は、もう少し大きければ良かったのだけど。どうにも発育がよくないから、それが原因で彼に飽きられたりしないかと不安になってしまう。もちろん、それだけが全てというわけではないし、なかったからといってそれが深刻な問題になるような彼ではないのだけど。
彼がもっとわたしを見てくれるように、彼がもっとわたしに溺れてくれるように、わたしはいつだって努力することを忘れてはいけないと思うの。だって、ほら。彼自身がそういう生き方をしているわけだし。
……。
「……って、結構長く入ってない!? もう部屋に戻って寝てるかも……!?」
大変だわ。寝ている彼の部屋を訪ねて起こしてしまうのも嫌だし、かといって明日になったらきっとそんな機会はもうないでしょうし……とにかく早く出ないと!
ああ、もう! わたしの馬鹿! とりあえず彼がまだ残っているかだけでも確認しに行かないと……!
慌ててリビングへの扉を開くと、運良く彼が一人で残っている。
良かった……とは思うのだけど、ちょっと、様子がおかしいような……?
「お父さんは……もう潰れたのね」
「多分、トイレ出て今は部屋で倒れてるだろうな。……まあ、座れよ」
「え、うん……」
顔がすごく赤くなってる。風邪ではないみたいだし……お酒? でもお父さんは飲ませたりしないだろうし、彼も飲もうなんて思わないだろうし。あれ、テーブルの上のボトル、見覚えがあるような……ラベルが見えないけど、この前美沙夜ちゃんから――というよりは玲瓏館からなのだけど――貰ったものがちょうどあんな感じだったかな。
それにしても。
「な、なんかいつもと雰囲気が違うわ……」
「……そうか? 例えば、どんな風に?」
「え、ええと……うひゃあ!」
こ、これは……あすなろ抱きと呼ばれるものでは!? わわ、耳! 耳をはむって!
「ふ、ふぁぁぁぁぁ……」
「愛歌は可愛いな……食べたくなる」
「え、えええ!? それってまさか……!? こ、こんなところで!?」
本当は、出来ることならもっとロマンチックな状況で、彼の部屋で二人きりの時とか、綺麗な夜景を見に行った帰りに急な雨とかで避難した先のホテルとかそういうところが良かったけど……!
「ああ、ごめんなさい綾香。でも選ばれたのはお姉ちゃんなの……! やっぱり釣り合いが取れてなきゃいけないわよね!」
いえ、彼の肉体的には一般人で、全く釣り合っていない様に思えることは確かなのだけど。そういう意味で言うなら、わたしよりも綾香なんかの方がお似合いと言えるのでしょう。
――けれど。彼は相手がどういう存在であっても受け入れてしまうから。その精神性は綾香や美沙夜ちゃんのような一般人にはあまりにも眩しすぎて、きっと焼かれてしまうでしょう。端的に言ってしまえばダメ人間製造機なのだ。彼は。
そんな彼と釣り合いの取れる精神を持った人間なんてそうはいない。例えば、そう。わたしのような者を除けばなのだけど。
つまり。わたしと彼が結ばれるのは自然な流れということ。
ずっとこの日を待ち望んで、準備してきたのだもの。受け入れる態勢は大丈夫……あれ?
「え、大丈夫よね私。お風呂入ったし……あーー!! だめだめ、ちょっと待ってほんと待って!!」
全然準備できてない! 適当に見られても恥ずかしくない程度のものを身に着けてきたんだった――!
下着なんてあまり可愛くないものだし! 一回部屋に戻って着替えないと!
「うぐっ……!」
「あ」
動揺のあまり突き出した腕が彼を突き飛ばして、空中で三回くらい回転しながら床に落下した。……意識はないけど、怪我とかはないみたいで安心。
え、でもこれ。もしかして。いえ、もしかしなくても、そうよね。
「ああもう……わたしの馬鹿……!」
チャンスを逃すばかりか、彼を傷付けるだなんて。
――本当に、世界はこんなはずじゃなかったなんてことばかりね。
くるみちゃんの復帰をいつまでも待ち続けるマン
そういえばすっげぇ今更感はあるんですけど、沙条家の構造が分かってないんですよね
藤乃当たって式の宝具2になったのめっちゃうれしみ
あとBBちゃん編書けましたので、この章が終わったら載せたいと思います。
次の話は?
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