統制機構本部にて……。
「少佐、なんか朝からイラついてますね」
先日ラグナに屈辱的な敗北をしたジンは、朝から機嫌が悪かった。
それもそのはず。統制機構第四師団の師団長として絶対的な力と自信を持っていた己が、犯罪者一人に勝負を仕掛けた挙句返り討ちにあったのだから。
本来こんなことを、本部にバレたものなら即始末書物である。今回はジンの私用であったこととノエルが上に報告をしたわけでもなかったため本部はこの事実を知らない。
だが責任問題にならなければいいというものではない、実質その敗北はジンの心に深く根付いているのだ。
ノエルはこのとばっちりは自分に行くなと思いながらも、なんとかジンの機嫌を取ろうと話しかけていた。
「障害が、あんなことがあってイラつかないほど僕がおしとやかとでも思っているのか? 貴様は人を見る目もないな、そしてついでに胸もないな」
「はいそれ言うと思いました!! 毎回毎回何か言うたびに胸に触れるのやめてもらえますか少佐?」
案の定ジンはノエルに理不尽な形で八当たり。
ノエルにとって自分のその"ない"胸が非常にコンプレックスであった。
ジンはそれを知らないで言っているわけがない、知った上で侮辱しているのだ。
ノエルもいい加減飽き飽きしているが、相手は上司、無為に逆らうわけにもいかない。
「まぁまぁ少佐、少佐は生きる英雄! あんなチンピラに屈するわけがありません!!」
そうジンを励ますノエルだが、効果はあまりないように見える。
そんなことだろうと思っていたのか、ノエルはなにやら鞄からあるものを取り出す。
「それでその……元気になるかと思って今日は、お弁当を作ってきました」
ノエルのその言葉に、ジンはピクリと反応した。
言葉だけでは意味がない。ならば物で機嫌を取ってはどうだろうかと、この日早起きしてノエルはジンのためにお弁当を作って持ってきたのだ。
ジンは不機嫌な表情をノエルに向けた後、一応どんなものか見てやるかと、ノエルが渡した弁当を開けてみると……。
「ヴァーミリオン少尉、これはなんだ?」
「卵焼きです。今日はいつもよりもうまくできたんですよ~」
自信満々に言うノエル、だがジンの表情は固まっていた。
弁当の中身は大きな卵焼きである。だが卵焼きにしては明らかにそれはおかしい。
いつもよりうまくできたとノエルが豪語するその卵焼きは、黄色ではなく紫色をしていた。そしてなんか臭かった。
「ヴァーミリオン少尉、もう一度問うがこれはなんだ?」
「卵焼きですよ少佐、少佐は肉が嫌いとおっしゃっていたので……」
「いやいや少尉、これは卵焼きと呼ぶには卵焼きに失礼だ。これはかわいそうな卵だよ。
ノエルの卵焼きは食べ物という概念を通り越して、それは魔素のごとく邪気を充満させていた。
当然こんなものを口に含んだ際にはただですまないだろう。ノエルの料理を瞬時に危険物資と認識したジンは、その卵焼きをゴミ箱にポイした。
そしてなぜだろうか、卵焼きを捨てた瞬間、そのゴミ箱が溶け始めているわけではないか。
ジンはそれをじっくりと見届けた後、ゆっくりとノエルの方を振り向き、こう一言。
「この……障害がーーーーーーーーーーーー!!」
「うええええええええええええええええええん!!」
ジンの怒号と共にノエルは泣き叫びながら部屋から出て行った。
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オリエントタウンにて……
「犯罪者になって数日、なんだかこの立場にも慣れてきたな。てか慣れるもんなのかなそれって……」
街の人の視線も日に日に薄れていき、ラグナは前ほどとはいかないものの平穏を取り戻しつつあった。
元々統制機構は、下層部の人間からすれば嫌われた組織である。なのでラグナを見つけて通報しようとするやつもいないし、むしろ統制機構が困っている方が清々するほどだった。
たまに咎追いが数人やってくるが、ラグナは適当に言いくるめて、そして適当にあしらっている。
それさえのぞけば、ラグナにとってはとくに不自由のない一日であった。
「さてと、この調子だとバイトもできるだろう。ニューばかりに任せちゃいられないしな」
犯罪者になってからとりあえず一緒についてきたニューを頼りにここまで過ごしてきた。
ニューはというと少しずつ常識を覚えてきて、メイド喫茶のバイトを始めることとなった。
このままだと、犯罪者ラグナは幼女にヒモで生きていると思われてしまうので、自分でも金を稼ぐことにした。
とは言った物の、こんな世界的犯罪者を雇ってくれるバイトなんてあるものだろうか。
「とりあえずピザ屋を……」
どんっ……。
ラグナが歩いていると、誰かにぶつかった。
互いによそ見をしていたのだろう、ラグナはすぐにどいて一言謝った。
「あぁすまねぇ、よそ見してたもんで……」
「あ、こちらこそすいま……」
ぶつかった女性は、統制機構の制服を着ていた。
女性は数秒固まったあと、我に返って思いっきり叫んだ。
「ラ……ラ……ラグナ・ザ・ブラッドエッジーーーーーーーーーーー!?」
「ってでけぇな声!!」
ぶつかった相手はノエルであった。
ジンに怒鳴られ無我夢中で走り続け、気がついたらこんなところへ来てしまったのだ。
しかもバッタリと会ったのがラグナ・ザ・ブラッドエッジときたものだ。
「な、なんで犯罪者がこんなところをぶらぶらと……?」
「そういうあんたもなんでこんな所でフラフラ歩いているんだよ? 見回り……にしちゃあよそ見してたしなぁ」
互いに互いのことが気になっていた。
平気で街中を歩く犯罪者と、ふらつく軍人。
どんな組み合わせだよ、とラグナは心の中で思ったが、それ以前にここは逃げた方がいいと思考を切り替えた。
「あ……あぁ俺これから本屋行って少年ジャンプ買わなきゃ……」
「待ちなさいラグナ・ザ・ブラッドエッジ!!」
と、ノエルは素直に逃がしてくれるわけもなかった。
相手は今巷を騒がせている犯罪者。それもあのジン・キサラギを真っ向から打ち倒すほどの実力者。
ノエルとて一衛士、ここで逃げては天下の統制機構の名が廃るという物。
一方ラグナはというと、人もいっぱいいる中で面倒なことになったものだと、頭を抱えた。
「んだよ面倒くせぇな、俺はこれから友達のとしちゃんの見舞いに行かなきゃいけないんだよ」
「さっき本屋行って少年ジャンプ買わなきゃとか言ってなかったですか? てかとしちゃんって誰だよ!!」
ノエルはとぼけるラグナにツッコミを入れ、そして銃を取り出しラグナに突きつける。
ノエルのその二丁の銃も、これまた他の軍隊や組織が所有する一般的な銃とは比べ物にならない代物だった。
ラグナは知っていた。ノエルが所有するのはかの有名なアークエネミー社、その中でも現在では生産が終了しているベルヴェルクシリーズの業物だ。
どいつもこいつも物騒な物持ち歩きやがってと、ラグナは頭をかきながら、面倒くさそうな表情でノエルを見ていた。
「おいおいおめぇ物騒なもん向けんなよ、つかそれ安全装置はずれてないぞ?」
「えっ嘘!?」
ラグナにそう指摘され、ノエルはすぐさま銃を確認する。
そしてノエルがラグナから目を反らしたその一瞬の隙に、ラグナはダッシュで逃げた。
そう、ラグナははったりをノエルにかましたのだ。ただそれも非常に単純な物で、そんなもので騙されるノエルもノエルである。
ノエルはしまったと言う顔で、すぐさまラグナをダッシュで追った。
「よくも騙してくれましたね!!」
「うっせえ! 騙される方が悪いんだよ、このナイチチ女!!」
「な……ナイチチって言うな! どいつもこいつも胸ばっかり!! 胸の大小は関係ないでしょちっくしょーーー!!」
ラグナといいジンといい、コンプレックスに躊躇なく踏み入れてくる。
ラグナは猛ダッシュで逃げる、そしてノエルもダッシュで追いかける。
ラグナを見つけて見逃したらジンになんと言われるか、いやこの際ジンを呼び出して一緒に始末した方が早いか。
そう思って、ノエルは本部にいるジンに電話した。
コクウジンオウギ、ユキカゼッ!!コクウジンオウギ、ユキカゼッ!!コクウジンオウギ、ユキカ……ピッ!
「はいこちらジン・キサラギ、どちらさまですか?」
「ノエル・ヴァーミリオン少尉です……って少佐! 私の電話番号登録してなかったんですか!?」
電話の反応からするに、前に電話番号を教えてもらっていたのに登録し忘れ、番号が表示されるだけで誰からかかってきたのかわからないというアレである。
ジンはノエルの声を聞いて、すぐさま嫌な表情を浮かべこう返した。
「あぁすまない、貴様の番号など登録するだけ僕の携帯が薄汚れるのでな。というか貴様と電話で話す日が来るとはそれすら奇跡的だ、いや屈辱的だ」
「私どんだけ嫌われてんですか!!」
ノエルは改めてジンに嫌われていることを理解した。
わかってはいたが、気にするとその分傷つく物はある。
しかし今はそんなことを思っている暇など無い、ラグナが目の前にいることを伝えなければならないのだ。
「なに? ラグナが近くにいるだと?」
「はい! できれば今ここでとっ捕まえたいですが、それで手助けをと思いまして……」
そうノエルが、ジンの増援を要請すると……。
「捕まえる……だと? お前がか……? 何をよけいなことをしようとしているのだ貴様は!!」
ノエルはジンの叫びを聞いて、「はひ?」と首をかしげた。
それもそうである。昨日ジンを倒した犯罪者を捕まえられる絶好の機会を前にしたというのに、そのことに対してジンがノエルに怒っているからである。
これにはノエルも理解できずにいた。そんなノエルの反応など気にせず、ジンは続きを話した。
「あいつは僕が捕まえる。貴様のような障害が手を下す必要はない!! というか勝手に持ち場を離れてそんなことをやっていたのか貴様は、まったくこの障害が! それに手助けだと? 僕は暇な貴様と違って仕事がたまりにたまっているのだ!! 貴様の要請など受けられるか!! 今日はもう帰ってこなくていい! 貴様の顔など見たくもないわこの障害が!!」
ジンは言うことだけ言いまくって、電話をブチっと切った。
そしてノエルは電話が終わると同時に足を止めた。
前にいたラグナも、違和感を感じてノエルのほうを振り返る。
「あぁん?なんだ急に立ち止まりやがって、しかもなんかしょぼ~んとしてるし……」
ラグナはすぐにノエルの違和感を感じ取り、恐る恐るノエルに近づいていった。
ひょっとしたらノエルの作戦かもしれない、なので慎重に近づいた。
「お~い図書館の姉ちゃん、どうしたんだよいっt」
ラグナが声をかけた瞬間、ノエルは顔を上げた。
そしてその目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。
「おぉん!?」
ラグナは一瞬驚きを見せる。
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら、ノエルは絞り出すように叫んだ。
「う……うぇぇぇん少佐のばかぁ~! 私はこんなにも頑張ってるのに毎回毎回侮辱して人をゴミみたいに扱って!! そんでもっていい知らせをしたら余計なことをするなってぇぇぇ~、じゃあ私はどうすればいいんじゃーーーーーー!!」
泣き叫ぶノエルに、ラグナは困り果てた表情を浮かべ、ノエルを落ち着かせようとする。
しかしノエルは泣き止まない、次第に通行人がこちらを見てくる。子供まで見てくるのでラグナはさらに焦りを見せる。
仮にも自分は犯罪者、そして相手は女の子である。このままではマジで通報されるかも知れないとラグナは思い始める。
「おいぃ!!何があったのかは知らねえが少し落ち着こうぜおい~! てか通行人こっち見るなこらぁ! 違いますよ俺は泣かせてませんって!! 頼むから泣き止んでくださーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」
こうしてラグナはノエルと知り合った。
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ノエルをなんとか泣き止ませたラグナは、とりあえず近くのファミレスへと連れて行った。
だがもちろんラグナにご馳走するほどの金は無い、なのでノエルがおごるハメになった。
「いやぁ悪いねぇ、久しぶりにうまいもん食えるわこりゃあ」
「ぐ……まぁ迷惑もかけたんでおごりしますよ……」
ノエルは非常に落ち込んでいた。
上司には散々怒られ(結構理不尽な形で)、帰ってくるなとまで言われた。
今日はこれからどうすればいいのか、しかも目の前には犯罪者。
しかもその犯罪者を捕まえてはいけないとの命令、じゃあどうすればいいのよ! とノエルは心の中で叫んだ。
「しっかしあんたも大変だな、あのジンの部下? あいつの下で働いてるんじゃ骨も折れるだろうなぁ」
「本当ですよあの自己中な少佐は!! いっつも人のことをズタボロに言って、人をなんだと思ってるんですかあの人はもう!!」
ノエルは今まで溜まっていたうっぷんを晴らすかのごとくラグナに向かって愚痴をはき続けた。
それを聞いていたラグナも、大変だなぁと思いながら飯を食っていた。
「そっか、そりゃあストレスも溜まるわな、それでこんなに胸が小さく」
「いや胸関係ないから!さりげなく胸のこと言うのやめてもらえますか!?」
ラグナの言葉にノエルは即座に反応する。基本胸関係の話題には対応が早いノエルであった。
そんな他愛もない話をしていた時、ファミレスに誰かが入ってくる。
ラグナにとって見慣れたその男が、こっちに近づいてくる。
「おぉ黒き物よ、久しぶりだな」
「よぉお面野郎、元気してたか」
「お面野郎じゃないハクメンだ」
ハクメンは相変わらずきちんと名前を言わないラグナに対してそう訂正する。
ハクメン、かつて六英雄と呼ばれ世界を救った男。そしてラグナの戦友でありラグナの縁ある人物。
かつて黒き獣が人類を襲った際に、黒き獣を倒すために人類は"組織"を作った。
その組織で名高い活躍をした者たちを、皆は六英雄と湛えたのである。
そんな英雄達であるが、今の世の中ではただの人扱いである。
黒き獣を打倒した後、組織の一部が現在の統制機構の基盤を作り上げた。
これにより組織が組み立ててきた技術の基盤の全てが統制機構の管理下に置かれ、気がつけばその技術を統制機構が独占し、今の世界を形成した。
その後に反乱を企てたイカルガ連邦を打倒したイカルガ内戦において、統制機構の力は表立って世界に知らしめることになる。
そんな世の中となってしまった今、六英雄である彼は表立っての活動はできなくなり、裏で世界の平和のため行動しているのだ。
「にしてもかつては六英雄の"ブレイブルー"と恐れられた男も、無職で街をほっつき歩くばかりであげくの果てには犯罪者か。まったく六英雄の名が汚れるではないか」
ハクメンは呆れながら言った。
ハクメンは今でも世界のために動いているのに、ラグナはというと毎日を思うがままに生きている。
今のラグナには、かつての栄光のかけらもない。
「俺はあんたらのような戦争初期の人間じゃねぇし、表立って活動してたわけじゃねぇからな。犯罪者になろうとてめぇの行動に支障はでないから安心しな。それに……俺達六英雄が今更世界のためにどうこう動いたからといって、世間は感謝もなにもしてくれねえよ」
ラグナは吐き捨てるように言った。
確かにラグナの言う通りだった、今のこの世は世界虚空情報統制機構――通称:統制機構が世界を牛耳っている。
人類はそんな六英雄に感謝どころか恩の一つも感じてはいない、あくまでも六英雄は『時代遅れの存在』とされている。
むしろ現在の六英雄の存在は、統制機構にとって排除の対象にすらなっているほど。六英雄が伝承した力があまりにも巨大すぎた結果である。
その力の権利を巡って、黒き獣が倒された突如に人類は統制機構を設立し六英雄とその組織を見限り裏切り捨てた。六英雄が与えた力を使い、人類は古き六英雄を排除しようとしたのである。
「我々の行動がなければこの世界は今ここに存在してはいなかった。我々は見返りを求めて行動していたわけではない。例え今の世の中にとって我々の存在が不要となったとしても、私には誇りがある。それに……この世界を誰よりも憎んでいるはずの貴様が耐えて生きているのだ。私が耐えずしてどうする」
ハクメンは唇を噛みしめた。どこに唇があるのかはわからないが……。
ちらばった他の六英雄や組織の人間たちも、今もどこかで何かをやっている。世界のため、己のため、そして復讐のために動いている者もいる。
ラグナもそのうちの一人、現在は上手く隠れ身をしているため、彼が六英雄の組織の人間だった事実を知る者は数名しかいない。
「ではな黒き者、そしてなぜいるかは知らぬが統制機構の者よ……またな」
ハクメンはそう言ってその場から去っていった。
ノエルは一部始終その話を聞いていて、驚きが隠せなかった。
ノエルとて六英雄の伝説くらいは知っている。その強さも、組織の強大さも。その結末の壮絶さも全て。
「ラグナ・ザ・ブラッドエッジ。あなた……まさか第一次魔導大戦で戦っていたんですか? しかもあの六英雄として……」
ノエルのその質問に、ラグナは答えなかった。
ラグナにとって、あの過去はあまり思い出したくはなかったのだ。
六英雄と呼ばれた者は何人か存在していた。名を馳せた強者がその名で呼ばれる度に何人もがその地に朽ち果てていった。
ラグナが六英雄と呼ばれる頃には、何人の屍が彼の足もとに積み重なっていただろうか。
それを思い出すだけで、あの常に死が付きまとっていた壮絶な日常も全て……ラグナの身には焼き付いている。
「……もしそれが事実ならば、これは統制機構としても脅威になりますね。場合によっては統制機構と六英雄の間で戦争が起きますよ」
「んで? すぐさま帰って上司に報告するつもりか? 俺は別に止めはしねぇけど」
ラグナは戸惑うノエルをにらみ付けた。ほんの少しだが圧力をかけたつもりだった。
別に止めはしないとは言うものの、自分一人の失態で迷惑をかけたくはなかったのだ。
確かにこのことは、上司に言うべき大問題ではある……けれども。
「……言いませんよ、私だって無益な戦いはしたくありません。でも」
そう言葉を詰まらせた後、ノエルは意を決してラグナに問う。
「ならばなぜ……あなたは支部であんなことをやらかしたのですか!? こうなるとは考えなかったのですか!?」
ノエルのその言葉には、今のこの世の過去が背負う業の数々、そして先長い未来への不安の数々が詰まっていた。
ノエルは統制機構の一員。だがノエルそのものは統制機構の権力を振りかざしたいわけではない。
あくまで自らが信じる正義を貫くため。衰退したヴァーミリオン家の再興。そして掛け替えのない友達や仲間を守るため。
ノエルには信念があった。だからこそその力は全てを制するためでなく、均衡を保つために力を振るう。
だからこそラグナの今回の行動には戸惑いを見せた。これは明らかに戦争の火種になりかねない行為。
そんな重い業を行ってなお、この男は笑っている。笑って、ラグナはその言葉に対する返答を返した。
「あぁ、売られた喧嘩を買っただけの話だ。おかげで俺は犯罪者のレッテルを貼られちまったわけだ。あの日、統制機構のお偉いに殴られた小さな定食屋の店員を見てな、少々むかついたんだわ、あとついでに俺の天玉うどんまで無駄にしやがってなぁ」
「それ多分後者の方でしょ? 天玉うどん無駄にさせられて怒ったんでしょ? そうでしょ?」
ノエルのツッコミはさておき、ラグナは続きを話す。
「んでそれでやつらを殴ってやったら反逆者扱いだ。このまま黙ってるほどラグナさんはお人好しじゃないのよ、俺はとりあえず教えておきたかったんだよ――
ラグナのその言葉は、とてつもなく感情がこもっていた。
とてつもなくくだらないことだっただろう。だが、そのくだらない出来事の奥の奥には、ラグナが経験した死の戦場の記憶の数々が、所狭しと散りばめられているだろう。
ノエルも思わず唾をぐっと飲んだ。
「そんでその犯罪者が、今こうしてのうのうと街中ぶらついてんだ。これほど奴らにとって屈辱的なこたぁねえだろ?」
「あなたは、絶対にこのまま捕まらないで、逃げ切れると本気で思っているんですか?」
ノエルのその質問に、ラグナは少し間をおいた。
そして、ラグナは憎たらしい笑顔をノエルに振りかざしてこう返した。
「逃げ切れるね! ここのやつらが俺を見つけても通報しないの知ってんだろ? お前ら図書館はひっどい嫌われ者なんだよ、てめぇらが世界から嫌われている限り俺は絶対に捕まらないね」
その言葉を聞いて、ノエルはあっけにとられたような顔をした。
根拠のない自身。だがどこかこの男は、あっさりと統制機構を前にしても逃げ切ってしまいそうな、ついそう思ってしまう。
そして少したった後、ノエルはなぜかおかしくなって、そして思わず笑ってしまった。
「あ……あはは……ふふ。この人……ものすごいバカ……」
「んだとおい……ふふふ……」
ラグナもつられて思わず笑う。
そして少したった後ノエルは、笑ってラグナにこう言った。
「でもこれでなんとなくわかりました。あなたは悪い人ではないみたいですね、ラグナ・ザ・ブラッドエッジ……いや、ラグナさん」
ノエルにとって、ラグナは犯罪者でもなにものでもない。
ものすごくバカな人、それもお人好しのバカな人。
この人を捕まえることはできない、そうノエルは心の中で思った。
「あの、またキサラギ少佐にいじめられたら……会いに来てもいいですか?」
「いいけどもおめぇ、それって職務としてやばいんじゃねえのか?」
ラグナのその言葉を聞いて、ノエルは愚痴を吐き捨てるように返した。
「どうせそのキサラギ少佐からは、あなたを捕まえてはいけないって言われてますからーーー!!」
そう叫び、ノエルはラグナの元から去っていった。
そしてラグナがいなくなった後、ノエルは寂しそうにこう呟いた。
「統制機構が"嫌われている限り"は……それってあなた、自分を捕まえさせるために統制機構を……バカな人」
ラグナ・ザ・ブラッドエッジ。蒼の魂を持つ男。
はたしてこの男が見据える未来には、何が見えているのだろうか……。