統制機構諜報部。
それは、影のように忍び、影のように見張り、そして情報を集める。
世界の脅威となり得る者には、大抵一人くらいはその諜報員がついて回っていると言われている。
彼らは常に見ている、真っ暗な闇の中で……。
「あ、ごめんなさい!」
そんな諜報員の中で、一人の少女が任務を遂行していた。
マコト・ナナヤ、亜人種と呼ばれる獣の遺伝子を持った少女である。
その姿はまるでリスのような、大きなしっぽとクリンとした耳。
茶色い髪と黒いポンチョを羽織っている。
自分とぶつかり謝る女性に、マコトは優しく答える。
「いえいえ、私もよそ見をしておりましたわ」
彼女に与えられた任務は監察と監視、対象は元統制機構関係者。
その男は、統制機構士官学校を卒業し衛士となったものの、組織の強大な資産に目をつけ影から資産の強奪を企てていた。
その野望を遂行する際に、男は一人の第七機関元研究員と裏で接触し、協力体制を結んでいた。
そして今ぶつかった女性こそが、その監視対象と接触していたという第七機関の元研究員である。
「しかし買い物袋が落ちて……って、あんぱんと牛乳ばっかり?」
監視対象の女性がその買い物袋を見て、思わず頭を傾げる。
そんな女性などお構いなしに、マコトは大量のあんぱんと牛乳を抱え、そして恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あ!いえこれはその……」
そんなマコトを見て、女性はほほえみながらこう言った。
「ふふ、あんぱん……好きですのね」
女性はそう言って、その場から去っていった。
マコトもすぐさまその場から立ち去り、指定されたアパートへと向かう。
そのアパートの向かいに、その女性が切り盛りする店がある。
そこに男がやってくるのを見測り、残りの仲間が出てくるのを待つのである。
マコトはアパートに帰ると、あんぱんを苦々しい顔で食べながらこう呟いた。
「別に、あんぱんなんて好きじゃないよ~」
彼女は大のあんぱん好きというわけではなかった。
彼女が大量のあんぱんを買うのには意味があった。
そんなマコトを後ろから見る影があった、ジン・キサラギである。
「荒れてるな、マコト・ナナヤ少尉」
「キサラギ少佐……張り込みを張り込むなんて趣味が悪いですよ」
ジンの言葉にマコトは不機嫌そうに応える。
ジンはそんなマコトの側へと寄り、上司なりの助言をする。
「願掛けだかなんだか知らないが、食べるもの食べなきゃ任務にならんぞ」
張り込みにはあんぱんと牛乳。
どっからわいてきた知識かはさておき、マコトはそれを実行していたのだ。
もうかれこれ10個以上のあんぱんを食べており、マコトはその甘さに若干の飽きを感じていたのだ。
「うちの上司からのお言葉ですよ、「我々諜報部は代々、張り込みには牛乳とゆで卵ですよ」って」
「じゃあゆで卵じゃん、なんでゆで卵をあんぱんに変換した? どこをどうやってあんぱんに変換した?」
マコトの言葉にジンが鋭くツッコミを入れる。
マコト的にゆで卵が性に合わなかったのか、コレステロールの関係で遠ざけたのかはさておき……。
ジンはその諜報部の上司の男に対し、苦い何かを感じていた。
「貴様の上司、確かあまり姿を見せないと聞いていたが……」
「優秀な諜報員なんですけどね、姿を見せるのは本当に少しの間だけなんですよ」
その男は、前から色々と噂になっていた。
突如現れいきなり諜報部のエースに、神出鬼没の謎の男
ジンはそんな謎の男に少しだけ疑心を感じていた。
「それで、どんな相手だった?」
「普通にいい人そうですよ、統制機構の資金を強奪しようとしてる奴と結託していたとは思えないくらいに……」
少なくともマコトが見張っていたこの五日間は、大きな動きを見せていない。
やはり問題は女ではなく男の方にあるのか、そんな女性を巻き込んでいるのだからマコトは若干罪悪感を抱く。
だがこれは統制機構としての重要な仕事、マコトはこの仕事に誇りを持つようにと自分に言い聞かす。
「そうか、まぁ男は実際に組織の金を持ち逃げしたんだ。逃げ場はその女の所しかないだろう、そこを僕たちが逮捕する」
「あんまり良い事ではないですけどね」
マコトはそれでも、良心を捨てきれずにはいられなかった。
ジンはその良心に傷を付けぬよう、マコトにこう任務を言い渡した。
「ならばマコト・ナナヤ少尉、任務を告げる。汚れ仕事は僕たちでやる。お前は……あの女を守れ」
その言葉に、マコトは少しばかりの笑みを浮かべた。尊敬の眼差しのようにも見えた。
そしてジンは、このあと会議があると言って帰っていった。
こうして、マコトのあんぱん生活が幕を開けた。
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あんぱん生活一週間目。
いい加減マロンパフェの味が恋しくなってきたが、これでも彼女に動きはない。
カジュン・ファイコット。かつては第七機関の研究員だった女性。
過去には統制機構の士官学校に学生として潜入していたという過去を持つが、今では足を洗いここの向かいに店を構え隠遁している。
過去にやってきた業の数々はどうあれ、人柄は良くここ数年一人で店を切り盛りしてきたらしい。
タロ・ササガエ。統制機構士官学校を卒業したエリート衛士。だがある日組織の強大な資産に目をつけその強奪を企てる。
その計画の際にかつての士官学校時代の後輩だったカジュンと裏で結託。というのも実際はカジュンの弱みを握り一方的に協力させていたというのが正しい。
そんなカジュンを危険に巻き込もうとしているタロ。そしてタロと手を結ぶ統制機構の反乱分子。
私の任務は、その反乱分子の動きを報告すると共に、カジュン・ファイコットを守りきること。
このマコトちゃんの青春パワーで、なんとしても守りきってみせると、私は今日もあんぱんを食らう。
あんぱん生活8日目。
今日スーパー行ったらツバキと出会った。
普段なら服とか美味しいケーキとか見て回るけど、いつもとは裏腹に大量のあんぱんを買う私を見てちょっと引いてた。
そのツバキの顔が若干脳裏に焼き付いているが、それでも彼女に動きはない。
店の客も常連さんばかり、非常に穏やかな毎日だ。
こんな日がずっと続けばいいね、とマコトちゃんが心の広いことを思いながら、今日も私はあんぱんを食らう。
あんぱん生活12日目。
気がつけばここ最近誰とも話してないなぁ。
最後に話した「あ、おじちゃん50円おまけしてね」が三日ぶりに発した言葉だったが、それでも彼女に動きはない。
一瞬彼女がこちらを見ていた気がしたが、気のせいだろう。
私は気のゆるんだ心を引き締め、今日もモクモクとあんぱんを食らう。
けど、半分残した。
あんぱん生活15日目。
コンビニに行ったら今度はノエルと出会った。
ノエルは私を見るや否や、「どうしたのマコト!?こんなにも窶れて!?」と全力で心配してくれて、涙が出そうになりながらも「大丈夫」と全力で返した。
その時の私を心配するノエルの顔が脳裏に焼き付いているが、相変わらず彼女に動きはない。
このまま何も起きなかったらどうなるんだろう?と思う私の中の邪念を振り払うように、今日も私はあんぱんを食らう。
そして、全部吐いた。
あんぱん生活20日目。
少しばかり寂しくなって、その寂しさを振り払うように、「ビッグバンスマッシャー!」と大きな声で叫んだら、隣から「粋がるなルーキー!」と言う声が帰ってきて久しぶりに会話が成立してうれしかったが、まったくもって彼女に動きはない。
毎日毎日飽きもせずにニコニコニコニコ、世の中にはもっと刺激のある楽しい生活があるのに。
例えば、ろくでもない男が店に逃げ込んでくるとか。
そんなことを思いながら、私は今日もあんぱんを、壁に全力で叩きつける。
あんぱん生活22日目。
いいかげんにしてよ、いつになったらタロは来るの~。いつになったらこのあんぱん呪縛から解き放たれるの~。
と呟いていると隣から「スパークボルト!」と言葉が返ってくる。
タロ~早く来てくれ~!! 私のこのエンドレスあんぱんの永久コンボから救い出してくれ~!!
そして私はあんぱんを…………天空に向かってコメットキャノン!!
あんぱん生活23日目。
ツバキに向かってコメットキャノン!!
あんぱん生活24日目。
ノエルに向かってコメットキャノン!!
あんぱん生活25日目。
キサラギ少佐に向かって、これが青春の一撃だーーーーーーーーーーー!!
あんぱん生活28日目。
気がついたらここ最近の記憶がない、そういえば断罪されたりガトリングガンで打たれたり、氷の矢で攻撃されたりしたっけ、きっと幻想に違いないだろう。
しかし、こんな私の変化とは裏腹に彼女に動きは全くと言っていいほどない。
いつものように彼女は待ちにあんぱんを巻き、店先にあんぱんをあげる。そしてラグナのヘルズあんぱんをハザマ大尉が蛇翼あんぱん刃であんぱんしてあんぱんがあんぱんであんぱんをあんぱんだったりあんぱんが……。
あんぱん生活30日目。
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん……。
あんぱん生活31日目。
気がつけば、私は見知らぬ土地でぼんやりと立ち止まっていた。
「もうこんな生活いやだーーーーーーーーーーーー!! もう任務なんて知らない!! あんぱんなんて食いたくないよーーーーーーーーーーーーーーー!!」
そして私は身支度をするため、アパートに戻ると。そこには美味しい天玉うどんが置いてあった。
手紙が添えられており、私がこの一週間監視していた彼女からだった。
『お向いさんだったんですのね。あんぱんばかりじゃ身体壊しますよ。天玉うどん作りすぎたんで、よかったら食べてください。いつも見守ってくれてありがとうですの。"カジュン・ファイコット"より』
その手紙を読んで、私はとても情けなくなった。
私はこんなにもひどいことをしていたのに……。
感謝をされるにも値しないのに……。
こうして私は、初めて上司の命に背いた……というかゆで卵をあんぱんに変換した時点で命に背いていたのだろう……。
そして目が覚めると、そこは病院だった。
マコトが辺りを見渡すと、そこにはジンがいた。
マコトはジンに、何があったかを問いただすと……。
「僕たちはハメられたようだ。カジュン・ファイコットとタロ・ササガエはグルだったらしい。金を持ってどこかへと消えたよ……」
そう、餌としてとらえていたカジュンが、タロとの共謀犯だったのだ。
組織の金を強奪したのもタロだけでなくカジュンも一緒に行ったこと。
そしてマコトの監視に気づいたカジュンが、誤魔化すために一ヶ月もの間芝居を打ったこと。
弱り切ったマコトに、毒を盛ったこと……。
そう、マコトは負けたのである。カジュン・ファイコットに、そして……自分自身に……。
「しかし、その周りをうろついていた連中を逮捕できただけでも大手柄だ。二人ほど逃がしても釣りが来る……よくやったなマコト・ナナヤ少尉」
あのジンにしては、とても優しい言葉であった。
ノエルに対しては絶対に発しないであろう労いであった。
そんなジンに対して、マコトは笑いながらこう言った。
「似合わないですよキサラギ少佐、それに……どうせ負けるなら……自分のルールで……負けたかったな」
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数日後。
「しかしカジュンちゃん、これでしばらく遊んで暮らせるな」
「バカ言わないでください先輩。お金は稼ぐために使うものですのよ」
逃げ切ったカジュンとタロは、持ってきた金を今後どうやって使うかを呑気に話し合っていた。
そんな二人の目の前に、黒いポンチョを着た、大きいしっぽの少女が現れる。
そして二人の肩がドンとぶつかる。
「あ、ごめんなさい急いでいたもので~」
「おいおいどこ見てんだよ?」
「いたた……って、袋の中が……あんぱん……だらけ?」
ぶつかり謝る少女、そして怒るタロ。
そんな二人の最中、落ちた袋の中を見て背筋を凍らすカジュン。
そして少女は、呑気にこんなことをしゃべっている。
「これからあんぱんでの必殺技が始まるんですよ~」
「おいおいあんた。いったい何を言って……」
そう少女に絡むタロ。
この時、カジュンには全てがわかっていた。
その大量のあんぱんを抱える少女こそ。
統制機構諜報部、マコト・ナナヤ少尉である。
そしてマコトは、蔓延の笑みを浮かべ、こう一言。
「わかってるくせに~、ナナヤといえばそう!! あんぱんに食すぅぅぅぅぅ!!」
そしてマコトは、二人の顔面にあんぱんを投げつけた。
そのあまりの威力に、二人とも思わず膝をつく。
道ばたであんこまみれになってしまったカジュンは、皮肉も込めて、マコトにこう言葉を贈った。
「あなた、本当に……あんぱん好きですのね……」
カジュンのその言葉に、マコトは一瞬黙る。
そして、全てを終えた兵士のように、無表情であんぱんをむさぼりながらこう言い放った。
「好きじゃないよ~だ」
こうして、マコトの任務は晴れて遂行されたのだ。
だがマコトの戦いは終わらない、きっといつかまたどこかであんぱんを食らうのだろう。
※カジュンとタロはエイジプレミアムにて配信中の『ブレイブルーリミックスハート』に出てくるキャラです。