Fa#e/also sprach "FAKER" 作:ワタリドリ@巣箱
朝食を終えると、そのまま真里花と連れ立って登校することになった。
暖房の効いている屋内と違って、さすがに外に出ると吐く息が白く濁る。これもこれで冬の風物詩と言うべきか。
「ひゃあ、寒い」
ぶるりと身震いする紘人。ポケットの中に入れた使い捨てカイロを手慰みにしつつ暖を取る。
商店街の通りを抜けて、県道三十号線に出たところで、ふと少年は傍らの少女を振り向いた。
「そう言えば、僕らって隣同士の割に、こうして一緒に登校することってあんまりないよな」
「お互いの活動時間帯が微妙に違うものね。紘人はいつもさっさと登校しちゃうじゃない」
「僕は人気のない教室が好きなんだよ。そういう性分なんだよ」
というか、何となく人気の多い時間帯に教室の中に入るのがあまり好きではないのだ。なぜと言われても、感覚的にそういうものなのだとしか答えようがない。
「まぁ……あれだ、最初からそこにいた方が、風景の一部として馴染みやすいだろう?」
「紘人はもうちょっと目立つくらいで丁度いいと思うけどな。ただでさえ地味なんだし」
これといった特徴がないのだと、真里花はなぜかつまらなそうに言う。紘人が地味で無個性であることが、そんなに駄目なことなのだろうか。
「けどよ、ヒロの地味っぷりはある種の才能だと思うぜ。こいつの場合、どこにいても普通に馴染んじまうんだからな。人懐こいというより、もはや超能力だ」
「確かにそれは私もすごいと思ったりしてるけど……って、
「もちろん、たった今から」
ごく自然な流れで会話の中に入り込んできたのは、額にバンダナを巻いた少年――宵山
「おはよう、九郎。今日は珍しく早いね」
九郎は朝に弱いらしく、登校してくるのはいつも始業時間ギリギリだ。だのに今日に限っては、こうして通学路で顔を合わせている。真里花といい九郎といい、どうにも今日は思いがけないタイミングで友人たちと巡り会っている。
「応よ。何つったって今日は、待ちに待った転校生がやってくる日だからな!」
得意げに宣言する九郎に対して、
「……転校生?」
と、紘人は首を傾げたが、
「あー、そう言えばそうだったわね。よく知ってるわね、宵山くん」
一方で真里花は得心がいったように頷いていた。かく言う彼女は、紘人たちの通う学校――県立星見塚高校の生徒会長を務めている。一般の生徒にはあまり知られていない情報を持っているのも、その立場ゆえだろう。
「いや、昨日たまたま先生たちが話してるのを聞いちまってよ。しかもウチのクラスって言うじゃねえか! 男かな、女かな。やっぱり女だよな。それもとびっきりの美少女だよな。まさかこの冬にいきなり運命の出逢いを果たしちまうなんて、人生本当に何が起こるか解ったもんじゃねえぜ!」
「あ、いやね、宵山くん……転校生は――」
「よしなよ、真里花。その台詞の続きは何となく想像が付くけど……今の九郎にはたぶん何を言っても聞こえてないだろうかな」
「やっぱりデートスポットの定番としてランドマークタワーは行っておきたいよなぁ。あと遊園地も新しいアトラクションができたって話だし、そっちも要チェックだぜ」
うしし、と楽しげに笑う九郎。幸せな人だなぁ、と心の底からそう思う。
とはいえ――。
「あと数日で二月だっていうのに、こんな時期に転校? 随分と変わってるね」
「そうなのよね。でも現に転校してくるんだから、その人にも何か事情があるんでしょ」
「……ま、この場で話し合っても詮ないことか」
人間、生きていれば何かしら予期せぬ出来事に巡り遭うものだ。変わっていようが、珍しかろうが、それが人生というものなのだ。であるからには、外野がとやかく言うことでもあるまい。
「ところでよ、ヒロ。今年の夏はやっぱ受験勉強に専念すべきかね? いや、せっかくできた彼女なんだから、一緒に山とか海とか行きてえしよ――」
「うーん、それは本人と相談するのが一番じゃないかなぁ」
そう、外野の分際で九郎の恋路に口を挟むなど、野暮も甚だしいのである。
九郎の話が結婚を視野に入れた交際についてまで及んだところで、始業を告げる本鈴が鳴った。それを合図に、二年七組の生徒たちも一斉に自分の席に着く。
それから数分後、担任の女性教師が「じゃんじゃかじゃーん!」と自前の行進曲を口ずさみながら教室内に入ってきた。
「おっはようございまーす! みんな元気ぃ? 喜べ野郎共及び淑女諸君……今日は、な何と!? まさかの転校生を紹介しちゃうのだぜよ!」
スーツをばりっと決めた年若い女性教師――
が、社会科教師である麦倉の「Come on, baby!」という英語の先生並みに発音の良い呼びかけに応じて、その見慣れない生徒が教室内に入ってくると、ほんの一瞬、教室が静まり返った。
それから一拍ほどの間を置いて、徐々にざわついていく教室内。ただし彼らの声音には、純粋な好奇だけでなく、ある種の困惑にも似たものが混ざっていた。
然もあらん、事前に転校生が登場することを予期していた紘人ですら、その姿を一瞥するなり、軽く瞠目した。思わず絶句してしまった。
というのは――その生徒が男なのか女なのか、一目見ただけでは判然としなかったからだ。中性的、否、いっそ少女的と評しても過言でないくらいの柔らかな顔立ち。首から上だけをトリミングすれば、嫋やかな雰囲気の美少女と説明しても十人中十人ともが何ら疑念を抱かないことだろう。けれども紘人たち男子生徒と同じく真っ黒な詰め襟とスラックスという出で立ちであるからには、やはりその転校生は男子であるに違いないわけで。
教室中からまじまじとした視線を向けられてしまったためか、その可憐な容貌の少年は鼻白んだ様子で顔を引きつらせた。しかしすぐに緊張感丸出しの作り笑いを浮かべ、
「きょ…今日からこのクラスで一緒に勉強させて貰う
そう言って、最後の最後で噛んだ恥ずかしさを誤魔化すためか、ぺこりと深くお辞儀して赤らんだ顔を隠した史太。紡がれた声もまた、声変わりする前のようなハイトーンヴォイスであり、ますますその性別が疑わしくなっていく。いっそ剥いて調べてみたいと思ってしまうほどに。男同士なのだし、たぶん問題ないはず。
――と、そこでふと紘人は、熱心に家族計画を構想していた悪友の存在を思い出す。教室の後方をそっと振り返ると、その少年は一人、燃え尽きたように机に突っ伏していた。
「あの……ここ、いいかな?」
昼休み。学食の片隅で掛け蕎麦を啜っていた紘人は「ん?」と顔を上げた。日替わり定食を載せたトレーを手に、気弱げな様子で紘人の顔色を窺っていたのは、教室内では今何かと話題になっている転校生――〝フミたん〟こと阿戸史太少年だった。
「同じクラスの人、だよね? ええと、甲斐くん、で合ってたっけ?」
ちらりと周囲を見回せば、当然のように学食内は混み合っていて、相席をしなければ全員が座ることができないような状態だった。そこで史太は、学校内の数少ない〝知り合い〟として、同じクラスである紘人に白羽の矢を立てたといったところだろう。
ちなみに紘人が独り身であるのは、いつも昼食を共にしている九郎が「今日は食欲がない」とどこかに姿を消してしまったからだ。真里花は生徒会室で他の役員たちと一緒にミーティングを兼ねて食べているし、どうしたことか今日に限っては他の知り合いとばったり出くわすということもなく、仕方なしに一人飯に甘んじていたところだったのである。
「うん、そうだよ。そこに座りなよ、フミたん」
さりげなくこの少年の渾名を口に乗せてみると、彼ははにかんだような笑みを浮かべて、紘人の向かい側の席に腰を下ろした。
日替わり定食の主菜は、豪勢にも豚カツだった。珍しいこともあるものだ。今日は三限目の日本史の頃から蕎麦が食べたい気分だったため、特に他のメニューをチェックしていなかったのだが、このことを知っていれば、或いは心変わりしていたかもしれない。
「……一切れ食べる?」
紘人の視線が物欲しそうに映ったのか、史太は恐る恐るという様子でそう言ってきた。紘人は少し考えて、じゃあ遠慮なく、とご相伴に与ることに。普段ならば丁重にお断りしていたような場面だが、今度ばかりはむしろ、史太の好意を素直に受け取っておくべきだろう。もしかすると、これを機に史太は紘人と打ち解けたいなどと考えているのかもしれない。
豚カツの出来は学食レベルとは思えないくらいに美味だった。サクサクとした衣に柔らかなロース肉、そしてどこか懐かしい味わい――というか。
「これ、理子さんの料理本に載ってる奴だろ」
よもやこのような場面でも活用されているとは。何気に叔母の影響力を思い知らされた。
紘人の目の前では、史太もまた揚げたての豚カツを口に運び、その出来映えに目を丸くしている。「ご飯を美味しそうに食べる人に悪い人はいない!」というのは理子の口癖だが、何となくその気持ちが解る気がした。
フミたん、と紘人は眼前の少年に呼びかける。やはりここは筋を通しておかなければならない。
「失礼は重々承知の上だが……君のこと、簡単にネットで調べさせてもらった」
え、と史太は身を強張らせたが、構わずに紘人は続ける。
「こんな可愛い子が女の子のはずがない……どうやら君みたいな人種のことを世間では〝男の娘〟と言うらしいね。また一つ、要らない知識が増えてしまったよ」
「あ、調べたって、そういうこと……?」
「とはいえ、やっぱり隠れてそういうことをやるのは卑怯だよな。ごめん」
そう言って紘人が頭を下げると、史太はぶんぶんと両手を振った。
「いやいや、そんな謝るようなことじゃないよ! というか謝るようなこともされてないよ! ……結構真面目なんだね、甲斐くんって」
「そうか? 他の友達からはよく巫山戯た奴だと言われてるんだけどね」
もちろんそういうことを面と向かって口にしてくるのは、真里花や九郎たちくらいだが。
けれども、ううん、と史太は確信を持った様子で首を横に振る。
「甲斐くんは真面目な人だよ。何となく解るよ。……そうか、キミのような人が、
後半の台詞は半ば独り言であり、その意味が気にはなったものの、敢えて聞かなかったことにした。他人の事情をやたら詮索したりするのは、言うまでもなく礼を失した行いだ。
「そう言う君も、見るからにお人好しそうな人間だね。詐欺とかに引っかかって、安物の絵を高値で売りつけられたりしないかどうか心配になる」
「…………」
かたん、という乾いた音は史太が箸を落として発せられたものだった。口許を笑みの形にゆがめたまま、可憐な容貌の少年は彫像のように固まっていた。冗談のつもりだったのだが、もしかしなくても地雷を踏んでしまったようだ。
「……ま、こういう辺りが、僕が〝巫山戯た奴〟だとか言われてしまう一因のようでね」
「え!? あ、いや……そんなことはない、と思うよ? うん、ないない。ボクはその、持病の癪がちょっとアレしただけだから、ね、気にしないで」
「そう言われるとむしろ気になって夜も眠れないくらいになりそうなんだが、しかしそこまで言うからには気にしないように最大限努力することにしてみるよ。ありがとう」
「あ、うん。どういたしまして……?」
ともあれフリーズしていた史太を再起動させることには成功した。多少話の流れが強引だった感は否めないが、季節外れの転校生は、やはりたくさんの秘密を抱えているようであることはほぼ間違いなさそうだった。
「ま、人間誰しも色々な事情を抱えているものさ」
「うん、そうだよね――」
しかし――そのように相槌を打った史太の表情が、逆に気遣わしげであったように見えたのは、果たして紘人の気のせいだったのだろうか。丼を持ち上げている左腕が、急に重たくなったかのように錯覚する。
「…………」
最後に啜った蕎麦は、伸びて微妙に不味くなってしまっていた。