Fa#e/also sprach "FAKER"   作:ワタリドリ@巣箱

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或る冬の一日(4)

     †

 

 少年を見送った直後、入れ違いにその男が近づいてくるのを、クローディアの鋭敏化された感覚はしっかりと捉えていた。

「や、お疲れ様ッス、少佐殿。今日も相変わらずお綺麗で」

 程なくして聖堂を訪れたのは、クローディアもよく見知っている黒人の巨漢だった。まるでゴリラが法衣を着て歩いているかのような風体であり、本人もそれをトレードマークに思って面白がっている。

「ふふ、お久しぶりですね、ボブ・ロドリゲス中尉。丁度いいタイミングでした」

 クローディアが言外に含ませた意味を正確に読み取ったのか、ゴリラのような巨漢――ボブもまた悪戯っぽく片目を閉じた。

「例の日本人の少年なら、ついさっきそこですれ違いましたよ。……少佐殿はああいうのが好みなんですね。ちょいと意外だったッスよ」

「そ、そんなんじゃありません! それに彼もああ見えて、なかなか見所のある少年ですよ」

 ぷぅ、とクローディアは頬を膨らませるが、ボブはその様子を見てからからと笑うばかり。まんまと乗せられてしまったようだ。

 冗談はさておき、と尼僧は真面目な表情を取り繕う。

「彼の左腕、どう思われましたか?」

「……見た目はすっかり馴染んでいやしたが、おそらく中身は――例のアレに相違ないでしょうッスね。尤も、どの道ウチの管轄ではないッスけど」

「ええ。ですが問題は、誰が彼にそれを与えたか、ということなのですよ」

 誰、と言いつつも、お互いに思い浮かべている人物は同じだろう。

「《左腕》に関しては協会から盗み出されたものなので、我々の関知するところではありません。……が、あの男は教会からもいくつもの聖遺物(アーネンエルベ)を奪い去っています。そして――それらを使って何かを成そうと企んでいる……」

 かつてこの地で起きた惨劇も、実はその一環だったのではないかと、クローディアは睨んでいる。〈双頭の鷲(ドッペルアドラー)〉――その正式名を東方正教会特務分室と称するかの組織は、世間で言われているような、ただのテロ組織などではなかったのだから。或いは一歩間違えれば、クローディアたちこそが、彼らのような〝役回り〟を演じさせられることになっていたかもしれないのだから――。

「おっと、その〝何か〟について大体のアタリが付きましてね。それを少佐殿にもお伝えしておくのが、ここに赴任してからの最初の任務なんスよ。ま、詳細は後ほど」

「了解しました。……と言っても、殆ど〝確認〟になりそうですが」

「ほほう? さすが少佐殿、ご自分でも大方の調べが付いていらっしゃると」

「根拠のない予感みたいなものですけどね。大したことではありません」

 むしろ杞憂に終わってくれればそれに越したことはない。もしもクローディアの推察が当たっていた場合、今後この街でどれだけの血が流れるか解ったものではない。それこそ、五年前にちょうどこの場所で起きた惨劇すら比にならないほどに――。

 が、ボブは顰めっ面で頭を掻いている。どうやら愉快な話ではないことは確かなようだ。

「とはいえ見方を変えれば、これは大きなチャンスでもあるッスけどね。宮様が、確実にこの街に現れる――」

「……その〝宮様〟という呼び名は、いわゆる敬称でもあるようです。私たちまであのような者をそう呼ぶのも如何なものかと」

「しかし、元よりそいつが業界の方で知れ渡ってる通称っすからねえ……他に何て呼びゃあいいんすか。《贋作者(フェイカー)》とでも?」

「いえ。贋作などあれの行いに比べればまだ可愛げがあります。そうですね、どうせ呼ぶなら――《盗作者(クライバー)》といった辺りが妥当かと」

「なるほど、《盗作者(クライバー)》ッスか。そいつぁ言い得て妙だ。じゃ、そいつを標的名として改めて周知させておきやすよ」

 ボブがくつくつと笑う傍らで、クローディアは窓の外に目を遣った。街には灯りが点り、徐々に夜の顔を見せ始めている。

 少女は思う。もしもこの先、この舞台において《贋作者(フェイカー)》と呼ぶに相応しい相手が現れるとすれば、それはきっと――。

 

     †

 

 冬の空は空気が澄んでいて、星が酷く明るかった。

 けれども都会であるこの冬原市で見上げる空は、やっぱりどこかくすんでいるようにも見える。地上の夜景が綺麗過ぎるあまりに、空までもがその輝きに侵されてしまっているのだ。

 ――故郷で見上げた空は、まるで宝石箱をひっくり返したかのようだったのに。

 この空は見るに堪えないと、史太は目の前に視線を落とす。海。夜の海。まるで吸い込まれそうになるくらいの、真っ黒な海。

 冬原市海浜公園に、史太の姿はあった。ネットで調べた限りでは、夜景が綺麗なデートスポットと専らの評判だったのだが、海に面しているだけあって冬場はさすがに寒いのか、今は殆ど人気がない。たまにランニング中の大学生や犬の散歩をする老人が通りかかるくらいだ。

 ちらりと公園の時計に目を遣ると、時刻は十九時二十八分。待ち合わせの時間まで、残り二分ほど。――と、そう思っていたところで。

「おや、待たせてしまっていましたかね?」

 忽然と待ち人は姿を現した。歩く骸骨を思わせる、長身痩躯の男。その名を六条紅虫。

「い、いえ。ボクもついさっき来たばかりですから」

 上擦った声で史太は答えた。元々人見知りしやすい質であるという自覚が史太にはあるが、それを差し引いても、眼前のこの男には見る者を畏怖し威圧する何かがある。言うなれば――一個の肉体の中で数百人もの人間が蠢いているかのような。だがそれも当然のことだ、彼はそういう術理を身につけた、ある種の魔法使いに他ならないのだから。

 そして、お伽話に登場する魔法使いは、時に主人公の願いを叶える存在でもあり。

 史太は声の震えを押し殺しながら、おもむろに口を開いた。

「今日、学校で〝彼〟と会いました」

「……おや、それは重畳。で、どうでしたか? 《左腕》を持つかの少年は」

〝どう〟というのは、この場合どういう意図で訊かれているのだろうか。少し考えてから、史太は六条が望んでいるのだろう方向性の回答を導き出した。

「たぶん問題ないと思います。彼は……ボクのことを、ちゃんと友達として扱ってくれていますから――」

 友達、という言葉を口にして胸が痛むのは、ただの感傷だ。気にするな。気にしてはいけない。

 史太の内心を知ってか知らでか、六条は「なるほど……」と得心がいった風に頷いている。

「では、アナタは引き続き彼との関係をこのまま維持して下さい。そして折を見て、計画の第二段階に移行するとよろしいでしょう」

「折、というのは?」

 すると、にぃと髑髏に薄気味悪い笑みが張り付く。

「やがて虎が野に放たれます。狩りの時間ですよ。何、それ自体はただの余興ですがね……彼らにきっかけを与えるには、程よい舞台を演出できるかと思いましてね」

 男はどこまでも楽しげな様子だった。その邪気に満ち溢れた横顔に、背筋を氷塊が滑り落ちたかのような寒気を覚えさせられる。

「それでは、開幕に先立って――まずは通し稽古(ゲネプロ)に参加して頂くとしましょうか」

 

     †

 

 やがて一月は終わり、二月が始まる。

 かつてドレスデンで執り行われようとしていた儀式が、七十二年の時を経て再び動き出す。

 否――本当はもう既に、動き出しているのであった。

 

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