これは、リリィウッド樹氷化異変の一週間前の出来事だ。
ブロッサムヒル・リリィウッド・そしてウィンターローズ。
この三国の境目は人里が近くに存在しなく、なおかつ領土問題も合わせ複雑な地域となっている。
その地の一角に、二年ほど前に出来た基地が一つ。
構えとしては典型的な様式の平城だろう、塹壕と逆茂木で壁の周囲を護り、その上に建つ石造りの城壁は「僅かに」使い込んだような風合いを保っている。
対物用―もっとも、使う相手は今現在害虫しか居ないが――の大砲の姿が壁に開けられた小窓から覗いている。
執務室のある中規模程度の城塞、騎士団の設備として一般的な訓練場に隊舎、それに倉庫群。
訓練場ではまばらな人影が思い思いに運動したり得物の様子を確認する姿が見て取れる。
そして城塞の頂上に立ち、風を受けてひるがえる旗は、白い布地に『黒い盾を三分割する金の剣と銀の桜花、不如帰の花』の紋章。
その下に部隊番号を示す「10」の数字が記されている。
ブロッサムヒル第十外郭騎士団、「エーオース」。
それがこの城塞の主人である彼女ら――花騎士団の団名だった。
だが―今この時間、城塞の主である男は執務室には居ない。
彼は一人、魔力灯に照らされた地下通路を歩いていた。
硬くまとまった黒髪と肩幅の広い姿が灯りに照らされ――そして彼は通路の行き止まりで立ち止まる。
「――」
そのまま無言でロングコートの内ポケットを探り、手のひらほどの角張った板を取り出す。
そしてそれを巧妙に隠されたスリットへ通した。
地震と共に隠し扉が開く―――
訪問者を察知し、天井へ備え付けられた魔力灯が室内の――否、格納庫の奥から順に灯をともす。
そこに照らされた内の一つには、クジラを模したような姿の飛行船があった。
「(例の船は異常なしか?まぁいい、一緒に見れば)」
一瞥した目線を正面へ戻し、彼は格納庫の奥へと足を進めた。
その後ろで、隠し扉が音を立て閉まっていった――
やがて、彼は格納庫の突き当たりに安置されていたモノの前で足を止める。
それは、「スプリングガーデンでは」有り得ないもの。
鋼のケージに固定された、人ならざる鉄の巨人。
その大きさは見上げる彼の背丈の三倍ほどか。
そして片隅には、内側から輝き続ける黒緑の結晶と言うほか無いモノがシリンダーの中空に浮いたような姿で保管されている。
「俺がこの世界へ流れ着いた原点、か。何度来ても思い出すな」
そう言い、男――ブロッサムヒル第十外郭騎士団「エーオース」団長、シャーレイ=ガルベルトは瞑目した――
* * *
春の庭とは似ても似つかない、鉄と緑の輝きが覆う世界。
その名は、復興歴――
その世界を席巻しようとする勢力と、それを食い止めようとする勢力の戦いが繰り広げられるようになってどれほど経ったのか。
これは、そんな戦場を生きた、ある傭兵の終わりと始まりの物語だ。
「――ぐうっ!!」
うめきと共に、その主の意志を受けた鉄の巨人が身をよじる。
半瞬遅れ、迫っていたドローンが爆散、炎をまき散らす。
勢いに乗ったままのバックステップで体勢をたてなおした巨人。
そのまま機体を操りつつ、コクピットに座る人物は目線をせわしげに動かし、周囲の情報を把握しようとしていたが―
「プラントは押され、例の要塞はまだ健在、俺自身はここに孤立――大失態だな、だが!」
積まれていたコンテナを盾に、一度ドローンから距離を取る。
だが、たった一機で逃げ切るには限度があった。
瞬間、コクピットに警告音が鳴り響く――
「しま・・・・・・!!」
対処する間もなく、彼の乗る機体――ブラスト・ランナーと呼ばれた5メートル程の鉄の巨人は飛来したミサイルの乱打に吹き飛ばされ、火だるまのまま海へと消えた―――
・・・この日、一人のボーダーが行方不明と記録された。
その記録も、時が経つにつれ忘れ去られていった。
――「この地上」からは。
・
・・
全身に走る痛みで、彼は目を覚ます。
「ぐ…生きてる、のか――」
半ば無意識にコンソールを開き、システムを呼び出す。
「日時は、ここはどこだ――」
暫く、端末を叩く音がコクピットを満たす。
やがて、電子音が小さく鳴った。
「―――!!」
彼は画面へ目を走らせる。
その一秒一秒ごとに顔が険しくなっていき――脱力して座席にもたれかかった。
「現在地も日時も不明だ?冗談だろと言いたいがな」
気を取り直し、更に彼は別の情報を入力する。
――つまり、ニュード反応の有無。
復興歴のボーダーは多かれ少なかれ、一定値以上のニュード耐性を得ている。
そしてそのニュードによって生かされていると言っても過言ではない。
だが、それも――
「ニュード反応なし?!大気汚染度は清浄すぎるくらいときたか……」
にっちもさっちもいかないとはこの事だろう。
ニュードのない世界、自身は一日と保たず死ぬ――それなら。
「最後に、外を見てから死ぬかな」
自嘲を僅かに含んだ声と共に、彼は最後の操作を入力した。
――コクピットハッチ、解放。
* * * *
煌々と照らす太陽が彼を出迎える。
それまで閉所にいた故にたまらず彼は目を閉じ――やがて、目が慣れたのかもう一度目を開いた。
どうやら、愛機は仰向けに流れ着いたらしい。
らしい、というのは――
「ここは…海岸、か」
かけ声と共に座席から機体に足をかけ、立ち上がる。
どこか刺々しさすら感じたような復興歴の空気とは正反対だ、と言う思いが彼を満たした。
機体から降りて辺りを見回せば、自然のままといった光景。
否、二箇所ほど奇妙なモノが彼の視界に飛込んできた。
「――――なんだ、アレは…桜の木に…バナナ?」
それまでの彼の常識からすれば有り得ないはずだった巨大な大樹。
別天地、別世界と言う単語しか思い浮かばなかった。
「――そこの貴方」
不意に声がかけられる。
明確な意志を感じさせるような女性の声だ。
「?」
その声の方へと彼は振り向く。
彼の視線の先、そこには一人の女性――いや、少女の姿があった。
深紅の装飾性が高いドレスに、彼の目線から見れば小柄な姿。
そしてその背中には蔦の意匠が施された短弓を背負い、腰には矢筒を提げている。
混じりっけの無い漆黒の髪を二つくくりにまとめ、警戒に鋭さを増した瞳は鮮やかな翠眼。
そんな少女が、彼女からすれば未知の素材で出来た服装の男に警戒心を抱くなというほうが無理な話だ。
警戒心そのままというような声と共に次の話を紡ぐ。
「何者ですか?」
「何者、ったってなぁ…(――言葉が通じる?今俺は何を話して)」
煮え切らない彼の態度に彼女は眉を持ち上げた――が、すぐにそれを収める。
そして彼の元へと歩み寄ってきた――
「そもそもここは何処で、俺は何で流れ着いていたのか。それすら分からん」
「ふざけないで下さい――と言っても」
彼女は彼が足場にしていた未知の鉄巨人を一瞥する。
そして彼の方へ視線を戻した。
「本当に何も分からないようですね…いいでしょう、しかるべき場所で洗いざらい話して貰いますよ」
「――何処に案内されるんだ?それでお前は何者だ?」
「…ブロッサムヒルの王城に、です。私は花騎士のカーネーション、この国の外郭警備隊の一人ですよ」
名前は?と彼女―カーネーションと名乗った少女が僅かに警戒心を下げた気配と共に彼の言葉を促す。
「――ト・・・いや、違うか」
自身の半身と言って良いような傭兵としての名を、彼は名乗らなかった。
「シャーレイ、シャーレイ=ガルベルト。右も左も分からない流れ者だ」
* * * *
「彼」がブロッサムヒル南部海岸に漂着してから十数分後。
花騎士と名乗ったカーネーションという少女と、彼女の部下であろう数名の女性兵士に連れられ、一路北へと向かう。
大まかな地名や位置関係もこの時に話し合い、やっとという状態で情報を得るのだが―その内容は彼の想像を超えていた。
「一人の女王の欲から始まった千年戦争」
「ええ」
「そして、人と共に生きていた虫は害虫へと変貌した」
「その通りです」
「それで、お前さんや周りの兵士達は花の加護を元に戦う力を持った
「基本的な話はこれで全てですね、分からないところはありませんか?」
「話を一通り聞いたが、お前は『森』の世界花の加護を受けたんだろう?ならなんで加護を受けていない世界花の国に?」
そのセリフを耳にし、彼女が軽く目を閉じて頷き、また目を開く。
「中央より辺境のほうが花騎士の人手が足りない、それだけの事ですよ。リリィウッドならまだ行き来も楽ですからね」
こうして一通り話を聞きつつ歩いて行くだけで、もう何時間経ったのだろうか?
そもそも時間は地球の――復興歴の数え方と同じなのか?
「何もかもが、清々しい」
「そう感じて貰えたのなら良かったです。けど、それだけじゃないのももう分かっているでしょう?」
だが、更に目と耳をこらせば不穏な羽音や行軍する花騎士達の軍靴や鎧の音も聞こえてくるような気配がした。
そして、悲鳴も。
「(――千年戦争のさなかだ、ましてここは人里から遠い)」
誰かの呼び声が聞こえた気がした。
だが、それはもう彼の耳には入らない。
「(~~~~っ、仕方ねぇな!!)」
意を決し、彼は悲鳴の先へ走り出した――
* * *
一人の少女が、血相をかえて走る。
薄紫色の髪に東洋的な袴と小袖、顔立ちも背丈もまだ幼げだ。
「はっ、はっ、は―――きゃあっ!」
小石に足を取られたのか、彼女にとっての極限状態が長く続いたからか、またはその両方か。
どれにしろ、走った勢いのまま彼女はつんのめり、転倒する。
そこに迫るのは数匹の蜂型害虫。
身の丈は彼女の半分ほどもあり、もはや「虫」と呼ばれる領域ではない存在だと思わせるには充分だった。
「いや・・・私、こんな―――」
腰が抜けて動けなくなった彼女に、針が―――
「させんぞ!こっちだ虫ども!!」
咆哮一声、蜂型害虫がシャーレイへと向く。
呆然とする彼女へ彼は続けざまに吼えた。
「逃げろ!」
「え――」
「いいから行け!」
その勢いに圧されるように彼女は駆けだす。
だがそれと引き替えに彼は蜂型害虫の陣に取り残される形となった。
突然走ったからか、
彼の全身はとたんに重くなる。
だが―――彼に悔いは無かった。
「(長年傭兵やってきて、最後は新天地で倒れるか。俺にしちゃあ綺麗な終わり方・・・)」
それは、誰一人知るものの居ない異世界へ放り出され、ただ朽ちるだけと己自身を決めつけた諦めか。
自嘲じみた思いと共に、彼は大針を――受け入れなかった。
「―――違う、俺は・・・・・・生きてやる!!」
ほとんど無意識に彼は吼えていた。
それに呼応したからなのか、身体の奥で、鼓動が響く。
全身が、燃えるように熱い―――!!
右手を握りしめ、まるで太陽を掴むような姿と共に放たれた言葉は――――
「―――――――――――ッ!!」
―――そこから、更に時間が進む。
途中保護した和装の少女を護衛する形で加えた一同は首都ブロッサムヒルへと到着した。
だが、カーネーションの顔は険しいままだ。
それもそうだろう――
だがそんな彼女の懸念に彼は気づかない。
当の彼はというと――
「あの、その・・・ありがとう、ございます」
「いいさ、気にするな。それよりもお前は何で一人であんな所に?」
「それは、その・・・・・・」
口ごもる彼女。
よくよく見ると、どことなく頬を赤らめている。
「えっと・・・」
答えようとしていた言葉は続かなかった。
「無事か――心配かけさせて」
沈着さ、と言う印象がまず先に思い至る声が彼女の背を打つ。
それに、ゆっくりと振り向く。
その先にあったのは、いかにもと行った風情の武人の姿。
彼女の髪の色に近く、だが暗さを増した暗紫銀色というべきか――の髪。
外見の年印象とは裏腹に、その足運びも四肢もしっかりとしている。
切れ長の眼は衰えという気配すらない。
東洋的な板を連ねた鎧に、左右には双剣――いや剣にしては非常に細い――を佩いている。
「お、お父様・・・!」
「まずは無事で良かった。娘を助けてくれたのは貴公らか?」
「はい――正確には彼が」
カーネーションの言葉が終わるか終わらないかのうちに彼はシャーレイの真向かいまで足を進める。
そして――にらみ合った。
彼の頬に、冷や汗が浮かぶ。
それはまるで―――
「(この老練の気配、こいつは・・・・・・
不意に、緊張が途切れる。
そして彼が口を開いた。
「ほう・・・この目線を受けて目をそらさないとは。貴公も修羅場をくぐり抜けてきた人間のようだな」
「貴方は誰なんですか・・・?」
威圧感が抜けきらず、意図せず敬語を返すシャーレイ。
だが、それをほぐすように壮年はほくそ笑む。
「そうだな、自己紹介しておこう。私はトウシロウ、タマキ=トウシロウだ。ベルガモットバレーのいち騎士団長をしている」
「――シャーレイ、シャーレイ=ガルベルト。ただの流れ者です」
うむ、と壮年―トウシロウは深く頷く。
「名前は覚えさせて貰ったぞ、何せ娘の命の恩人だからな・・・だが時間が惜しい、今はこれで失礼する。いずれ、何かで礼をしよう――いくぞ」
「・・・はい」
それでは、と一礼し彼女は父親の―トウシロウの方へ小走りについて行った。
「貴方、大物に目を付けられましたね」
「・・・大物?それってどういうわけだ?」
「――いずれ、分かりますよ」
そういう彼女の顔は、どこか達観したような表情だった。
* * *
「――ん、シャーレイ君!」
「・・・・・・うん?」
見知った・・・どころか、耳なじみすぎる声に彼は意識を戻す。
見回すと、その先には和洋を合わせた装束にピンク色の髪を三つ編みにまとめたオッドアイの女性の姿。
「サクラ?なんでここに」
「なんでじゃないの。もう夕食の時間よ?それに地下に長く居たら身体を冷やすわよ?」
この花騎士サクラもまた、シャーレイが率いるエーオース騎士団の二大副官の片割れだ。
いつも朗らかな顔をしている彼女には珍しく、ふくれっ面をしている。
だが一通り話すと、いつもの朗らかな雰囲気へと戻った。
そして彼女も安置された機体を見上げる。
しばし黙想し、彼女は彼の方へと向き直った。
「記憶に浸るのも良いけど、私達のこともちゃんと見てくれないとダメよ?」
「分かってるさ・・・待たせたな、行こう」
そして二人は連れたち、地下の秘密格納庫を後にした。
黒緑の結晶が脈動するように光り――そしてその灯を落とした。
まるで、「役目は終わった」と言うように。
花騎士団長キャラ紹介/1
名前:シャーレイ=ガルベルト
CV/前野智昭(敬省略)
身長171cm/体重69kg
年齢:23(復興歴でMIA認定された時の年齢)
転移する前は復興歴時代の機動兵器乗り、ボーダーという傭兵だった。
転移時の服装は「軽装スーツ/青」、「スタイルパーマ/黒」+「スポーティーグラス/黒」
性格としては傭兵らしく契約第一主義で淡々としている。
だが、契約にないから人命を見捨てる、といった冷血漢では断じて無い。
紆余曲折、悪友とも先輩とも言える人物や風の谷の老騎士団長との出会いを経て転入したブロッサムヒル騎士学校・騎士団長育成コースを卒業。
同国の北西部国境砦を中心とする防衛及び巡視任務を主とする外郭騎士団・エーオースを立ち上げる。
この時、花騎士のサクラとホトトギスが志願して付いてきており、また砦ではカーネーションが彼らを出迎えた。
執務室にはかつての愛機で使っていた砲剣を人間サイズに縮めたモノを安置しているが、これは実用も可能。
鍛錬として度々これを振るっている。