プロローグ
琢磨逸郎という男はオルフェノクだった。
オルフェノクとは人間を超えた生命体。
彼の周囲に居る者達は口を揃えてそう言ったし、彼自身もそう思っていた。
だが、寿命が短いという致命的な弱点と、力におぼれてしまうリスクを持つ不安定な存在である事も事実だった。
様々な経験を詰んで自分の弱さを知った琢磨は、残された時間を人間として生きることを決意して工事現場で働き始める。
プライドの高い彼にとって、現場監督に怒鳴られながらの仕事は屈辱だったかもしれない。
しかし、彼はオルフェノクの力を使うことは無かった。
それは琢磨の心に大きな変化が現れたからだろう。
それでも時は無慈悲にやってくる。
短命というオルフェノクの宿命から逃れられなかった彼は、決戦から数年後に命を落とした。
そう、確かに死んだ筈だった。
だが琢磨は再び目を覚ました。
そこは絵本などに描かれた天国のように花が咲き誇る綺麗な場所だった。
「ここは…?私は死んだはずでは…」
訝しむ琢磨の前に聖衣をまとった一人の男が姿を現す。
顔は逆行で見えないが、目の前の相手が持つ雰囲気から非ざるものだと確信する。
「…何の用でしょうか?」
警戒心を多分に含んだ琢磨の問いを受けて男は静かに話し始める。
自分はオルフェノクという存在を作った神のようなものだ。
人間としての生を大切に生きたオルフェノクには、転生し別の世界で生きる権利がある。
既に多くのオルフェノクがそれぞれ違う世界で第二の人生を送っている。
要約するとこんなところだ。
一見するとおとぎ話のようでとても信じられない話だ。
だが、オルフェノクとしての勘か、それとも神が持つ説得力か。
琢磨は彼の言葉に嘘はないと確信した。
琢磨は少し考えた末に、神の申し出を受けることを決意する。
死を受け入れた琢磨だったが、生きられるものならば生きたいと考えたのだ。
男は琢磨が了承するのを確認し、ゲートのような物を出現させた。
ゲートを潜れば別の世界があり、琢磨の生活に必要な者は用意されている、と神はつげた。
一瞬の躊躇の後、琢磨は新たな世界に向けてゆっくりと歩き始めた。
そして生まれ変わったのがこの世界だ。
文明的にも元の世界と似た部分があって一安心と思った琢磨だったが、女尊男卑という思想が蔓延しているのを知った時は眉をひそめた。
ある天才博士によって作られたインフィニット・ストラトス。
それを操縦できるのが女性だけだったことで、世界では女性の価値が急激に上昇。
相対的に男性の地位は下がり、琢磨にとって生き辛い世界へと変わり果ててしまっていた。
「…全く、妙な世界に送られたものだ」
琢磨逸郎が第二の生を受けて早15年。
彼は前世と同じ名前と容姿を得て、新たな家族と共に平凡な生活を送っていた。
今の家族のことを愛してはいるが、信じてもらえるわけが無いので前世のことは話していない。
琢磨は自分はISとは無関係だと考えていた。
男性のIS操縦者が発見された時は人並みに驚きはしたが、それだけだった。
各地でISの男性適性検査が行われたるようになり、琢磨の通う中学でも検査が行われた時も「自分は通らないだろう」と他人事のように思っていた。
だから。
「次。琢磨逸郎。……う、動いた!信じられない…。二人目の男性IS適性者が見つかったぞ!」
自分がISを操縦することなど考えてもいなかった。
周囲がどよめく中で彼自身が一番の驚愕と動揺を覚えていた。
それから数日は琢磨にとって受難の日々だった。
二人目の男性IS敵性者が見つかったことは世界中で大ニュースとして取り上げられ、何度もインタビューを受けた。
それだけならまだ良かったが、女性権利団体から名指しで槍玉にあげられたり、男性権利団体から希望の象徴のように見られるのには琢磨も閉口した。
ある日のこと。
琢磨はスマートブレインという大企業から呼び出しを受けた。
元居た世界と同じ名の企業があることにも驚いたが、社長の顔を見て彼は思わず目を見開いた。
(村上さん…?間違いない。村上さんだ)
目の前に居るのは、前世で自分の上司だった村上峡児その人だった。
椅子に座るよう促され、琢磨は内心の動揺を悟られないようにゆっくりとソファに体を静める。
「始めまして。私はスマートブレインの社長を務めている村上峡児と申します」
「…琢磨逸郎です。あの、失礼ですが…どこかでお会いしたことがあると思うのですが」
「いえ、私とあなたは初対面の筈です。勘違いでは無いですか?」
思い切って訪ねてみるが、村上は不思議そうな顔をするばかり。
琢磨は混乱する。
(どういうことだ…?顔と名前だけが同じの別人…。パラレルワールドという奴なのでしょうか。それとも、彼も生まれ変わって…?)
混乱と動揺のあまり手は震え、秘書らしき女性が持ってきたお茶もこぼしてしまう。
「拭いて差し上げろ。…どうしました、そんなに動揺して」
「い、いえ…。その、緊張してしまいまして」
「世界に二人しか居ない適性者にそうも慌てられると、こちらが恐縮してしまいますよ。…さて、本題に入らせて頂きます」
村上はISを操縦した琢磨のことを「上の上」と褒め称え、自分たちスマートブレインがその後押しをしたいと申し出たのだ。
「実は我々も独自にISを開発していたのですよ。それをあなたにぜひ使用してもらいたい。もちろん、給料はお支払いしますよ」
村上が取り出した新開発のISの資料を見て息を飲む琢磨。
そこに書かれていたのは、細部の違いはあれど前世で何度も見たファイズギアだったからだ。
混乱する琢磨をよそに村上は細かいビジネスの話を進めていった。
「では、よい返事を期待していますよ」
長い会話を終えてスマートブレイン社をフラフラと後にする琢磨。
その後、琢磨は家族と十分に相談した上で、スマートブレインと契約を交わすことを決意する。
数日後、彼の元にIS学園から入学の手引書や必要書類が届く。
たった二人しか居ない男性適性者の保護という名目で、彼がIS学園に通うことは既に決定事項となっていた。
(…腹を決めるしかないようですね。これから、ISの操縦者として生きていくことを)
琢磨の介入する余地もなく、運命は動き始めた。
この先琢磨の身に何が起ころうとしているのか、それはまだ誰もしらない。