村上からの連絡が滞っている為、琢磨は落ち着かない気分で日々を過ごしていた。
便りのないのはよい便りという言葉もあるが、シャルの運命を彼に託した以上はやはり気になる。
果たして交渉は上手くいったのだろうか?
シャルの件はどうなるのだろう?
いつも同じ部屋で寝起きしているシャルにもこんな不安は話せない。
全ての事情を告白したあの夜、彼女はとても思いつめて涙を流していた。
今の自分の不安を伝えても彼女を動揺させるだけだ。
ある日の放課後、ついに村上から電話がかかって来た。
心臓の鼓動が急激に早くなったのを感じながら人気のない場所へ移動し、端末のスイッチを押す。
『琢磨さん。お久しぶりですね。』
「ええ。」
『トーナメントの日も近づいているようですね。どうですか、調子は。』
「…訓練は順調に積んでいますし、自信はあります。」
『それは頼もしい。タッグマッチになると伺いましたが、パートナーは決まりましたか?』
「シャルさ…あ、いえ。シャルロットさんになりました。」
村上が中々本題に入らないので、琢磨の声には焦りの色が混じっていく。
これも村上の駆け引きの手段だと察していたが、シャルのこととなると冷静ではいられない。
『ほう…。貴方たちは随分と仲良くなったようですね。結構な事です。』
「まぁ、そうなりますね。」
愛称で呼んだことで何かを察されたのだろうか。
だが隠し事をしても無駄だと諦めても居たので、琢磨はその事は余り気にしないことにした。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、村上はようやく本題へと入った。
『では、まずはデュノア社の件についてお話しましょう。』
「…!」
『結論から申しますと、我が社はデュノア社を…今の段階では非公式という形ですが、吸収することに致しました。これはフランス政府の過半数の上院議員の承諾を得ており、デュノア社長も取引に応じました。ま、デュノア社長の方は納得しては居ないでしょうが、書面上の手続き及び裏工作は済ませてあるので、彼がいくら喚こうがどう手を回そうがデュノア社の運命は決定しています。彼の退陣は確実となり、同時に各方面から訴訟が相次いで忙しい日々を送ることになるでしょうね。』
「……。」
一息に述べられた言葉を聞き、頭の整理が追い付かなくて沈黙してしまう。
アウェイであるフランスでこうも優位に交渉を進めるなど、どんな手を使ったのだろうか。
だが、驚いてばかりも居られない。
まだ琢磨が知りたいことの半分しか聞き出せていないのだ。
『それで、シャルロット・デュノアさんの処遇についてですが…。彼女がスパイ行為をしていたという事実は公表せず、デュノア社長及び一部の幹部によって脅迫を受け、仕方がなく男性の振りをしていたことにします。形式的に裁判は行われますが、情状酌量の余地ありと判断されて無罪となるでしょうね。』
「…! そうですか…良かった。」
『IS学園でのトーナメントが終わったあと、彼女にはフランスに一時帰国して頂き、そこで裁判を行うこととなります。まぁ手続等はこちらで済ませておくので、数日で終わるでしょう。その後は女性だと公表した上で改めてIS学園に通うことも可能でしょうね。本人の意思次第ですが。』
「分かりました。村上さん、本当にありがとうございました。」
『いえ、礼には及びませんよ。私はあくまで我が社の利益になるから行動しただけです。』
確かに村上は利益の為に行動したのだろうが、琢磨とシャルロットにとっては恩人だ。
故に、琢磨は心からの礼を述べる。
「でも、シャルロットさんを助けることはスマートブレイン社の利益には繋がらない筈です。なのに貴方は行動してくれた。本当に助かりました。」
『…そうですか。ならばそのお礼、受け取っておきましょう。では、仕事があるのでこの辺りで失礼します。トーナメントでの活躍、期待していますよ。』
「はい。全力を尽くします。」
村上との電話を終えた琢磨はこの事実を伝える為にシャルの元へと急いだ。
彼女は教室で一人授業の復習をしており、幸いなことに周囲に人も居ないようだ。
「あれ、琢磨。どうしたの?」
「シャルさん。今さっき、村上さんから電話がありました。貴方の今後のことや、デュノア社のことについてお話があります。」
「……そっか。ついに来たんだね。」
教室で話を続けても良かったが、念には念をということで部屋に戻る。
完全防音のこの部屋なら盗聴器が仕掛けられてない限りは人に聞かれることは無いだろう。
ベットに腰かけ、先ほど聞いた話を丁寧に伝える。
「裁判か…。ちょっと怖いな。」
「そうですね。でも、事情が事情ですから無実になるだろうと村上さんは仰っていました。安心して良いと思いますよ。」
「そっか…。本当にありがとう、琢磨。僕は牢屋に入れられることや、暗殺されることも覚悟してた。でも…。」
シャルはそれ以上は言葉にならないのか数秒の間黙って俯いていた。
琢磨が気遣うような視線を向けると、顔を上げて大丈夫という風に手を振って見せる。
大丈夫には見えなかったが、琢磨はシャルの気持ちを汲んで静かに頷いた。
やがて、シャルがポツリと呟いた。
「…そうだ。デュノア社って、これでもう無くなっちゃうんだよね。」
「吸収という形になるでしょうけど、まぁ体制は大きく変わるので無くなるという解釈でいいと思います。デュノア氏も退陣されるようですし。」
「うん…。…お父さん、僕を怨んでるだろうな。」
「そうだとしても、恐らくもう何もできませんよ。彼は多くの訴訟を受けて手が回らなくなるでしょうし。貴方が暗殺される危険も無いと思います。デュノア社が吸収されれば、そんなことをしても意味はありませんから。」
「そう、だね…。」
シャルは琢磨の言葉が論理的であると思いながらも、心のどこかで納得し切れていなかった。
その理由を考え、ある結論に至る。
(そっか…。僕はきっと、まだ父さんを嫌いになりきれていないんだ。)
その事に気づいたシャルは笑い出したくなった。
(フフフ…。馬鹿みたいだな。母さんが死ぬまで放っておいて、引き取ったと思えば実験動物みたいな扱い。そして極めつけには男装してスパイをやって来いって命じるような父親に、僕はまだ未練を持ってるんだ。でも、もう違う。こんな未練も、父さんへの感情も捨てるべきなんだ。僕は…これからデュノア社とは離れて生きていくんだから!)
シャルは心の中にある父親への未練を自覚しながらも、それを断ち切る道を選んだ。
琢磨は彼女の様子から何かを察する。
(どうやら気持ちの整理がついたようですね。何よりです…。彼女は家のことで辛い思いをしましたが、これからは幸せになって欲しい。いえ、私が彼女の幸せの為に努力するべきでしょうね。)
シャルの顔をチラリと見る。
覚悟を決めたその顔は強く美しく輝いており、琢磨は何か特別な感情を感じ始めていた。
(でも…私はどうしてここまでシャルロットさんのことを思っているのでしょう。友人であり、デュノア社の一件に関わったから? …いや、それだけじゃ無いような気がします。も、もしかして私は、シャルロットさんのことを…。)
意識し始めては、彼女の一挙手一投足が気になって仕方がない。
母から受け継いだのであろう美しい金髪と翠色の瞳、整った顔。
上品で可愛らしい仕草に、時折見せる優しい笑顔…。
彼女の良い所を数えればきりがない。
何より、彼女といると安らぎを感じる。
(な、何を考えているのでしょう私は…。)
自分の心の変化に理解が追い付かず、琢磨は顔を赤らめて黙り込んでしまう。
(あの様子…。僕をじっと見て顔を赤らめてたよね、自惚れかもだけど…。もし、僕を女の子として少しは意識してくれたんなら…嬉しいな。)
琢磨の変化に気づいたシャルは照れ臭そうにしながらも嬉しそうに微笑む。
二人の関係にも変化が生じようとしていた。
琢磨とシャルが吉報に喜んでいた丁度その頃。
学園の一角にある人気の少ない場所にラウラと千冬の姿があった。
「教官、どうかドイツに来て再びご指導を! ここでは貴方の力を活かすことは出来ません!」
「それを決めるのは私だ。お前では無い。」
懸命に主張するラウラだが、にべもなく断られて言葉に詰まる。
しかし何とか千冬の考えを変えようと言葉を紡いでいく。
「こんな極東の地でなんの役目があるというのですか!大体、この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません。」
「それはどうだろうな。最初は女性というだけで男性を見下す輩ばかりだったが、織斑や琢磨の活躍などでその気持ちも薄れ始めている。そして、ISを兵器だと再認識し、それを持つ責任感と危機感に芽生え始めているものも多い。私はここの仕事にやりがいを感じているよ。」
「っ…!」
悔しそうに唇を噛みしめる。
ラウラは最初この学園の生徒を見下しきっていた。
大した実力も無いのにISを操縦できるというだけで自分が優れていると錯覚している間抜け共で、危機感も薄くISをファッションのようにしか見ていない、と。
ところが、いざIS学園にやって来てその見方は変わった。
数少ない男に群がるような軽さはあるが、ISには真剣に取り組むようになっているようだ。
自分の印象とは大きく異なっている。
(…思えば、生徒の気持ちが変化し始めたのはあの襲撃からだな。あの一件で皆はISの持つ危険性を改めて知った。そして、自分を守るために戦った一夏や鳳や琢磨。避難に尽力した箒やオルコット。奴らをみて危機に立ち向かうことの強さと美しさを知り、自分もそうありたいと考えるようになった。…あの襲撃が束によるものだとしたら、あいつはこれを狙っていたのか?)
ラウラを諭しながら、千冬は静かに友人のことを考えていた。
一方のラウラは、このまま言い負かされては敬愛する千冬がドイツに戻って来てくれないと思って再び口を開く。
「織斑一夏…。奴なのですか!? あの男が居るから教官はこの学校に…!」
「…織斑か。私はむしろ琢磨の方を評価しているよ。」
「琢磨…? 琢磨逸郎ですか?」
予想外の答えにラウラは少し動揺する。
(琢磨逸郎…。ドイツ軍のデータで見たことがある。スマートブレイン社に所属し、専用機『ファイズ』を使用する男。イギリスの代表候補生に勝利し、中国の代表候補生との戦いは中断となったが終始有利に戦っていたという…。だが、私はその二人を相手に勝利した! 私の方が上の筈だ!)
琢磨の情報を頭の中で再確認し、それでも彼女は自分の方が格上だと判断した。
ラウラの様子を見て何を考えているのか大方悟ったのか、千冬は小さくため息を吐いた。
「強さなら自分の方が上だ…とでも考えているな? 確かに私は琢磨の戦闘技術を高く評価しているが、それ以上に奴の精神面を評価している。」
「精神…?」
「そうだ。強さとは力だけではない。それを覚えておけ。」
(奴はオルコットが失言をしそうになったのを咎め、戦いを通じて彼女の傲慢さと差別意識を正した。それによりオルコットは本来の誇り高さや貴族としての立ち振る舞いを取り戻すことが出来た。篠ノ之も、専用機が無くても自分にできることがある筈だと考えるようになり、だからこそ謎のISの襲撃の時に周囲の生徒を助けることが出来たのだ。一夏も奴の存在に刺激を受け、より自分を高めようとしている。そして、事情があったとはいえスパイ行為をしていたデュノアにも琢磨は親身だった…。奴のこの強さと優しさは何なのだ? 琢磨は過去に何かがあったのか? だから後悔や痛みをよく知って、その場しのぎの優しさだけでなく相手を真に思っての行動がとれるのか? …まぁ、現段階では想像に過ぎないが。)
空を仰ぎ見ながら思考の海に沈む千冬。
やがて、納得できないという目で自分を見るラウラに振り返り、こう告げた。
「力とは強さだけではない。他者を心から思いやることだ。故に人は協力しあい、高め合おうとすることが出来る。それを覚えておけ。」
「…。」
(今のお前にはまだ理解できないかもしれない…。だがラウラ、これは人としてとても大事なことだ。私はお前にもそうあって欲しいと思っている。)
教え子を見る千冬の目はとても優しい色を帯びていた。
そして、あっという間にその日はやって来た。
タッグトーナメント。
それはIS学園にとっての一大イベントであり、各国の要人や企業関係者も観戦に訪れている。
「流石に凄い顔ぶれですわね。」
「ええ、一度は見たことがある人たちばっかりだわ。」
「そうですわね……。」
鈴と会話をしていたセシリアの顔に微かに影が差す。
出場停止になったことで、この大舞台で実力を披露できなくなったことを悔いているのだろう。
だが、周囲に気を使わせない為にすぐに明るい表情を作って皆にエールを送る。
「では私は観客席の方に行きますわ。皆さん、どうか頑張ってくださいね。」
「ああ!やってやるぜ!」
「任せろ!私と一夏の最強コンビの力を見せてやる!」
「フン、今のうちにほざいてなさい箒! 勝つのは私よ!」
「…ありがとう、セシリア。僕も頑張るよ!」
「全力を尽くしますよ。」
皆もセシリアの思いを受け取って力強く頷き、それぞれの控室へと向かうのであった。
彼らの会話を覗き見ている者がいることに気づかずに。
「フン、仲良しごっこか…。いい気なものだ。」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
銀髪の髪と眼帯が特徴的な少女の視線は、織斑一夏と琢磨逸郎に向けられていた。
落ちこぼれだった自分を救ってくれた敬愛すべき教官、織斑千冬。
彼女の栄光に泥を塗った一夏を憎み、彼と戦うためにイギリスや中国の代表候補生を利用した。
勝負は中断されてしまったが、どのみち奴と戦えるなら問題はないと思っていた。
だがあの日、ラウラは千冬が琢磨を高く評価しているのを聞き、彼に対しても関心を持つようになっていた。
(琢磨逸郎…。教官が認めた男。貴様と当たったらどれ程の男か私の手で見極めてやる。)
ラウラが自分をターゲットとして定めていることを、琢磨はまだ知らない。