開始時間になると、IS学園の責任者によって開幕の挨拶や来賓者の紹介が行われた。
それが済むとさっそく第一試合だ。
この試合にはあらゆる意味でネームバリューの高い者達が多い為、観客席の生徒達は身を乗り出さんばかりの勢いで試合開始のブザーが鳴るのを待ちわびて居る。
試合が待ちきれないのは控室に居る琢磨とシャルも同じだ。
と言っても、この試合に出るのは彼らではなく、彼らにとって親しい友人たちだ。
「意外な組み合わせになりましたね…。」
控室に備え付けられたモニターを前に琢磨はそう呟いた。
配布されたトーナメント表に目を移すと、そこには一夏と箒のペアと鈴音とティナのペアの対戦カードが記されている。
一夏とペアを組みたかったであろう鈴音は雪辱のチャンスと捉えているかもしれない。
(いえ、鈴音さんはサッパリした部分もありますし、その事には拘らず純粋に勝負を楽しんでいそうですね。)
「琢磨はどう見る? この試合、どっちのペアが勝つかな?」
シャルが小首を傾げて質問する。
琢磨はその動作に可愛らしさを感じつつ、腕を組んで少し考えた後に回答した。
「…どうでしょうね。一夏さんの雪片弐型を当てられるかどうかが鍵となるでしょう。でも、相手の二人もそれは分かっているので彼の間合いには入らない筈です。」
「そうだね…。僕も大体同じ考えかな。ハミルトンさんが使っているのはラファールの改修型だし。あれは武装をたくさん積めるから遠距離攻撃の選択肢も多いからね。」
「ですね。一夏さん達がどう近づくか…が見どころでしょうか。」
「うん。…何だかスポーツの実況解説みたいな会話だね、今の僕ら。」
「た、確かに…。」
シャルの突っ込みのような台詞に可笑しさを感じ、琢磨は少し笑った。
ブリュンヒルデの弟と天災の妹、そして二人の代表候補生が激突する戦いは注目度が高く、選手が入場するなり大歓声が上がった。
並の神経の者なら委縮してしまいそうな環境だが、四人の選手は相手のみを見据えている。
この辺りは流石というべきだろう。
「まさか一回戦から鈴と当たるとは思わなかったぜ。」
「まぁね。あのドイツの奴にリベンジするつもりだったけど、これはこれでラッキーだわ。」
「ラッキーってどうゆうことだよ。」
「どっちみち勝てるんだから、ラッキーなのは事実でしょ。」
一夏の問いに鈴音は敢えて挑発的な言葉を放つ。
彼女の思惑通り、箒は怒ったような声で言い返した。
「何だと? 私と一夏はあれから特訓を積んだんだ。専用機が無くても勝ってみせる!」
「ふん、言うじゃない。あんたとは決着をつけておきたいと思ってたのよ!」
二人は顔を突き合わせて猛獣のように睨み合った。
「二人共スゲー気合いだな…。だが鈴音、俺も忘れるなよ! 」
「当り前よ!」
敵意をぶつけ合ってこそいるが、親しい者が持つ雰囲気で会話を続ける三人。
その中でティナは少し居心地が悪そうにしていた。
(そろそろ試合始まらないかな…。鈴音ったら私がこの二人と接点無いって知ってるだろうに、全く。まぁ気を使って無理に話を振られてもそれはそれで困るけど。)
友達が自分の良く知らない相手と話し込んでいるのは気まずいものである。
「もう、鈴音ったら。私のこと忘れてたでしょ。」
「ごめんごめん、つい話し込んじゃってさ。」
やっと会話も終わり、それぞれの選手が指定の場所に引き上げていく。
試合開始のブザーを待つ間にティナは自らが味わった居心地の悪さを訴えたが、彼女はヒラヒラと手を振るだけで余り悪びれていない。
本当に反省してるのだろうかと疑いを持つが、ルームメイトなので鈴音の性格をある程度知っているためにそれ以上の文句を諦める。
そして、彼女の性格上あり得ないとは分かっているが念のために釘をさす。
「友達だからって手を抜くとか無しよ? ちゃんと戦ってよね。」
「私を誰だと思ってるのよ。そんなヘマ…ってか、相手にも自分にも失礼な真似しないっての。」
「ん、まぁそうね。」
予想通りの答えに満足げに頷いてISを展開し、その時を待つ。
数秒するとブザーが鳴り響いた。
「さぁ行くわよ! 覚悟なさい!」
開幕と同時に鈴音は龍砲を一夏の箒の間に放ち、その衝撃を利用して大きく距離を取る。
早さを重視してろくに狙いをつけていなかったので砲撃は相手に命中しなかったが、体勢を崩すことには大いに貢献したらしく、二人は身を庇いながら鈴音に視線を向ける。
不可視の弾丸を放つ甲龍から視線を外すべきでは無いと判断したらしく、龍砲を放ち続ける鈴音を注意深く見ながら接近を試みている。
だが、それは鈴音達の狙い通りだった。
一夏たちの注意を惹きつけている鈴音が一瞬だけアイコンタクトを送ると、既に十分な距離を取っていたティナが狙撃銃を取り出して射撃体勢に入る。
彼女が操縦するのはラファール・リヴァイヴをアメリカ合衆国でカスタム化したもので、デュノア社製の兵装だけでなく合衆国で開発された兵装も装備しており、これもその一つだった。
(まずは貴方よ、篠ノ之さん!)
彼女の狙いは唯一の訓練機使いである箒だ。
ティナの射撃は鈴音も認める程のレベルであり、不意をついた状態での攻撃ならば確実に直撃させられる自信があったし、それだけの努力をして来た。
だからこそ、目の前で起こった事実を認識した時は驚愕の余り絶句してしまった。
箒は鈴音に視線を向けながら、死角から放たれたティナの狙撃を回避して退けたのである。
(嘘でしょ!? ティナの攻撃を…。)
狙撃の失敗を悟る鈴音だが、距離を詰めつつある一夏から視線を外すような愚は犯さない。
龍砲の射角を調整して『面』による攻撃を加え、ダメージを与える為では無く距離を取るための行動に切り替える。
ティナと立てた作戦が危うくなってきたことを心のどこかで悟りながら。
白式と打鉄は遠距離での戦いには弱いため、距離を保ちながら攻撃を続ければ優位に立てると考えていたが、今の箒の動きを見るとこのままでは厳しいかもしれない。
眼前の一夏が持つ一撃必殺の雪片弐型を考えると視線を外すわけにもいかない。
(手ごわいわね…。でも、面白いじゃない。)
都合の悪い展開になりつつあるのにも関わらず、彼女の目は爛々と輝いていた。
(よし、やれた…! ハミルトンの狙撃は確かに正確だが、セシリアの方がキツかった!)
タッグの申し込みを一夏が快く受けてくれた日の午後、箒はセシリアに射撃への対応策の指導を頼んでいた。
友人とはいえ他国の一生徒に過ぎない自分が、一国の代表候補生であるセシリアに個人指導を頼むというのは今思えば少し図々しい気もする。
当時の自分は一夏の足を引っ張らないように強くなりたいと必死でそこまで考えが至らなかった。
こんな虫の良い、相手には何のメリットも無い頼みを、セシリアは快く引き受けてくれた。
セシリアはトーナメントへの出場は禁止されているが、訓練の範囲内で射撃を行うだけならISの使用許可が降りた。
その為、許される時間内で一夏と箒の練習に付き合い、精密射撃をひたすら行うことで彼らの回避能力の向上に貢献した。
セシリアはクラス代表を競い合った時よりも成長している為、彼女の技量に箒は何度も翻弄され、陰で悔し涙を流すこともあった。
しかし、トーナメントの直前になってそれなりの対応ができるようになったのだ。
「セシリア、本当にありがとう。世話になってばかりだな、私は…。」
「水臭いことをおっしゃいますの。水臭い。」
(セシリア…。ボーデヴィッヒとの模擬戦で出場できなくなって悔しいだろうに。すまない…ありがとう。)
特訓を始めた日にセシリアと交わした会話を胸にティナと相対する箒。
先ほどの動きを見たティナは狙撃銃による攻撃を諦め、二連装のガトリング砲タイプの武装で攻撃を試みる。
それに気づいた箒は装備から一つのパーツを選択し、放つ。
途端に二人の間に濃い煙幕が漂い始める。
(スモーク!? 私が彼女ならこの煙に紛れて攻撃する。だったら距離を取らないと!)
無意識に呼吸器の集中する口元を庇いながらバックステップをするティナ。
だが彼女の警戒に反して箒が攻めてくる気配はないまま、煙は少しずつ薄れていく。
不審そうに眉を顰め…戦慄の表情を浮かべて叫ぶ。
「しまった…! 狙いは鈴音ね!」
「この、良い反応するじゃない!」
「俺だっていつまでも素人じゃ無いんだよ!」
一夏と鈴音の戦いは膠着状態になっていた。
鈴音は琢磨やラウラとの戦いを一夏に見られており、それ故に彼は龍砲の特性を理論では無く五感で理解し、動きに反映させていた。
この成長の早さや対応力も彼の持ち味ではある。
「見てただけなのに上手く避けちゃって、自信なくすわ! まぁ相手は強い方が良いけどね!」
鈴音は相手の動きに心の中で感嘆しながらも攻撃を繰り出し続ける。
少しずつ回避のスピードを上げながら、一夏はタイミングを見計らい…。
(ここだ!)
砲撃後に彼女が見せた僅かな隙を突いて急加速を駆ける。
距離はみるみるうちにつまり、展開された雪片弐型が彼女に迫る。
(よし、当たる…!)
「引っかかったわね!」
勝利を確信した一夏の顔が曇る。
一夏の刃は相手にダメージを与えることなく空を切り、一瞬で『双天牙月』を展開した鈴音が攻撃的な笑みを浮かべていた。
先ほどの隙は急加速を使わせる為にわざとしたのだと気づいた一夏だが、もう手遅れ。
鈴音が青龍刀を振り下ろした。
「させるか!」
訂正しよう、振り下ろせなかった。
彼女の動きよりも一瞬早く、近づいていた箒が不意打ちを仕掛けたからだ。
その一撃は鈴音の予想の外だったらしく、情況を確認すべく顔を箒へと向ける。
打鉄での一撃はそこまで脅威では無い。
真の脅威となる武器を持つのは一夏だと分かっていながらその行動をとってしまったのは、恐らく反射的なものだったのだろう。
しかし、これが敗因となった。
「そこだ! 今度こそ決める!」
態勢を立て直していた一夏の一撃を、鈴音は避けることが出来なかった。
「うぅ~…。こ、降参よ! 降参します!」
鈴音を倒した一夏と箒は残ったティナに集中攻撃をしかけた。
セシリアや鈴音にも引けを取らない実力を持つ彼女だが二体一では分が悪く、数分の交戦の末に降参を宣言した。
試合終了のブザーが鳴り響き、歓声を受けながら二人はハイタッチを交わした。
「やったな、一夏!」
「ああ! 箒、お前のお陰だぜ!」
明るい声を出す一夏だが、その声にはどこか悔しさが混じっていた。
箒の介入が無ければ鈴音に反撃を喰らっていたと自覚していたからだ。
(俺はまだまだだ…。だが、今よりもっと強くなってみせる! 皆を…守るために!)
一夏は決意を固めたように拳を握りしめる。
そんな彼に鈴音が近づいた。
「負けちゃったわ…。見事だったわよ、二人共。」
「ありがとな、鈴。」
「ん。箒…やるじゃない、見直したわ。でもこれで終わりじゃないからね。…戦いも、恋も。」
「…ああ。分かっているさ。」
鈴音が最後に呟いた言葉は一夏には聞こえなかったが、箒にはバッチリ聞こえていた。
強気な表情で睨み合う二人。
そこにはお互いを認め合うような爽やかな感じがあり、二人の事情に気づいていない一夏も楽し気な笑みを浮かべていた。
(まーた話し込んでるし…。もういいや、先に控室に帰ってよ。)
再び蚊帳の外におかれることになったティナは、諦めたように小さく肩を竦めたのであった。