(…!? 私の知らない新兵器でしょうか?)
近距離で戦っていた琢磨がまず異変に気付いた。
僅かに距離を取ろうとするが、ラウラの表情を見てその動きは止まる。
彼女は自らに起こりつつある出来事に困惑しているように見えた。
その様子を見て琢磨は攻撃の手を止め、援護しようと駆けつけていたシャルも様子を窺っている。
「琢磨、何が起ころうとしてるの?」
「分かりません。ですが…ボーデヴィッヒさんの意思では無いように思えます。」
「そうだね…。どうする? もしISの異常なら先生に任せて…。」
謎の現象が起こった今、シャルの言葉の通り教師に任せるのが正しい考えだろう。
しかし、琢磨は先ほど見えたラウラの何かを訴える様な目が忘れられなかった。
だから彼は以前なら決してしかなったであろう行動をとった。
「…ボーデヴィッヒさん! 聞こえますか?」
「琢磨!?」
「貴方はこのまま訳の分からないシステムに浸食されて良いのですか? 私を倒したいのでは無かったのですか! 織斑一夏を倒した私を! どうか抗ってください、その歪んだ力に!」
琢磨は自分らしくもない感情の籠った言葉を吐いた。
隣に居るシャルが戸惑いの表情を浮かべているのは察していたが、それでも言葉をかけ続ける。
ラウラは打倒織斑一夏を唱え、なりふり構わずに戦いを望んでいた。
彼女と一夏の因縁とは無関係なセシリア達に喧嘩を売ったりと褒められたやり方では無かったが、それは手段を選ぶ余裕がなかったとも言える。
琢磨はそんな彼女の性格が嫌いではなかった。
だからこそ、こんな形で終わって欲しくなかったのだ。
「ボーデヴィッヒさん!」
故に琢磨は呼びかけを続ける。
戦いを止めた彼らを見ている生徒達や来賓者は不思議そうにしている。
「どうして止まったの? 琢磨くんとシャルルくんが押せ押せなのに。」
「有利でも反撃される可能性があるし、様子見じゃない?」
疑問の声を上げる彼女たちは距離が遠いこともあって異常に気付いていないのだ。
セシリア等の代表候補生クラスの実力者は異変に気付きかけているのが確信には至っていない。
状況の重さを確信しているのは教員や来賓席に居る軍関係の者だけだ。
中でもドイツ軍の関係者は顔を青ざめさせている。
「馬鹿な…これは一体。」
「も、もしやこれはヴァルキ…。」
「止せ、誰が聞き耳を立てているか分からないんだぞ。」
ドイツ軍の高官は迂闊な事を漏らしかけた秘書を慌てて制止する。
敢えて自分達から口にしてもメリットがないからだ。
…いや、もう手遅れかもしれない。
(間違いない、あれはヴァルキリートレースシステムだ…。だが何故この場で発動した? そもそもあの研究は極秘裏に進められていたもので、こんな公表の場で使用されるISに搭載されるシステムでは無いというのに!)
彼の頭の中を『何故?』という言葉が浮かんでは消えていく。
そして、自分の運命を呪うように引きつった笑みを浮かべた。
(…これで私は終わりだ。生徒や一部の来賓者は気づいていないようだが、こんな公の場で発動してしまえば映像も残る。いっそ自分から申し出た方がマシだろうが、私の一存では…。まずは政治家たちに連絡を付けねば。くっ、この大会でIS開発のイニシアティブを握るつもりだったというのに、なんてことだ。)
熟考の末、彼は一つの結論を出して大きなため息をついた。
その顔は試合前と比べ十年程老け込んだように見えた。
誰にとってもアクシデントといえる状況。
その中で最も困惑と恐怖を感じていたのは張本人であるラウラ自身だった。
(なんだ…これは。私に何が起こっている?)
自分の身体から泥のようなものが溢れだして少しずつ身体を覆い始める。
生理的な嫌悪感から泥を振り落とそうとするが、普段より遥かに鈍い動きしか出来ない。
このままでは自分はこの訳の分からない物質に浸食されてしまう。
ここで一つ、ドイツ軍の技術者にとって予想外の事態が発生していた。
本来ならば一瞬で装着者の身体を覆いつくす筈の泥の侵攻速度が通常よりも遥かに遅いのだ。
これはVTシステムとAICを同時に搭載したことによる弊害。
大きく異なる二つのシステムによってキャパシティーが圧迫され、処理が遅れているのだ。
しかしラウラにとっては浸食が遅かろうが早かろうが恐怖の対象に変わらない。
(嫌だ…このままでは、私は…。)
助けを求める子供のように周囲を見渡す。
目に映るのは敵である琢磨逸郎とシャルル・デュノアの二人。
(…違う、こいつらでは無い。私が本当に頼りたいのはあの人だ!)
ラウラの視線が教員席に向けられる。
ISの専門家である教師達は異変に気付いて対処に動き始めているようだ。
そんな中で、他の教師と何かを相談している千冬と一瞬だけ目が合った。
(……教官の、あの目…! あれは…。)
思い起こすのはドイツでの千冬との日々。
当時の私は自分から価値を奪ったISの存在を強く憎んでいた。
ISのエキスパートである千冬のことも嫌っており、敵意を向けることもあった。
しかし、そんな自分に千冬は厳しくも優しく指導してくれて、私は部隊最強の座に返り咲いて再び価値を手に入れた。
その事を千冬に報告した時、彼女は珍しく笑みを浮かべて私を見てくれた。
今の千冬はその時と同じ目をしていた。
自分はもう彼女の眼中にないのでは無いかと思っていたラウラには、それが意外だった。
(教官は…琢磨逸郎のことを選んだのでは無いのか? 私より奴の方が優れていると、だから私を見捨てたのでは…。)
絶望していた心に一筋の光が差し込み、VTシステムの浸食が弱まっていく。
それによって琢磨の呼び掛けに気づくことが出来た。
「ボーデヴィッヒさん、貴方はこのままその異変に負けて良いのですか? 私や一夏さんを倒したいのでは無かったのですか!」
(琢磨逸郎…! 私に抗えと言うのか? 諦めるなと…。)
琢磨が敵である自分に真剣に言葉を送っていると気づき当惑する。
そんな中で、彼女は千冬が言っていた琢磨への賞賛の言葉を思い出していた。
『力とは強さだけではない。他者を心から思いやることだ。故に人は協力しあい、高め合おうとすることが出来る。それを覚えておけ。』
千冬の言葉が脳内で再生された時、その時は分からなかった彼女の言葉が分かった気がした。
そして、訳の分からない現象に負けそうになっていた自分を顧みて屈辱が湧き上がる。
その屈辱はマイナスの感情ではなく、それをバネに更なる高みに向かおうとする心。
装着者の心から絶望が消えていくことでVTシステムの泥は少しずつ消えていき、そして…。
「私を…こんなもので縛れると思うな! ふざけるなぁぁぁ!!」
ラウラの気合いの咆哮と共に、泥は見る見るうちに霧散して消滅した。
ダメージはまだ残っている。
VTシステムを打ち破った際に大きく精神力を消耗した。
それでも、ラウラは二本の脚で真っ直ぐ大地に立ち、驚きの目で自分を見つめる琢磨を正面から睨み据えて堂々と宣言した。
「待たせたな…。さあ続きをやるぞ!」
「…大丈夫、なんですね?」
「無論だ!」
威勢の良い言葉と同時にプラズマ手刀で切りかかる。
琢磨は咄嗟にファイズエッジで受け止めようとするが、一瞬遅く腕にダメージを受ける。
もう一本のプラズマ手刀が横薙ぎに迫り、しゃがみ込むことで何とか回避。
(やる気満々のようですね…。そうで無くては!)
顔面を狙って放たれた蹴りを腕で受け止め、フェイントを入れる事で隙を作り距離を取る。
そして、その体制のまま二人はじっと見つめ合い、やがてラウラが口を開いた。
「何故さっき攻撃しなかった? あの時の私は隙だらけだった筈だ。」
「…先ほどの貴方はISに異常が起こっているように見えました。だからです。」
「フン、敵に異常があればチャンスとすべきだ。甘いな。」
「戦場ならそうかもしれません。でも未知の現象が起き、その事で貴方が苦しんでいるように見えました。だからです。それに…貴方は私との戦いを望んでいた。それなのにあんな現象で勝負に水を差されるのは本意ではないと考えたからです。」
「…何故私の身の安全や、気持ちなどを気にする? 私は…。」
競技場での自分の行為を思い出してラウラは口ごもる。
話の続きを察した琢磨が後を引き受けた。
「貴方は私の友人を必要以上に傷つけた。その事への怒りはありますが、それとこれとでは話が違います。」
「……。お前は馬鹿か。」
「…かもしれませんね。」
琢磨の言葉には相手を真剣に思う心が込められていた。
それを感じ取ったラウラは小さく笑う。
(これが教官が認めた男か…。)
「どうしました?」
「何でもない。…さぁ続けるぞ! 琢磨逸郎!」
会話を終えると、ラウラはプラズマ手刀を再び展開して攻撃に移る。
VTシステムが作動した為にエネルギーは大きく消費されている。
自分の異変に気付いた教師が駆けつけるのも時間の問題だろう。
それを承知しているためにラウラは勝負を急いでおり、琢磨もそれを悟り堂々と迎え撃つ。
「もう…。しょうがないなぁ。」
琢磨とラウラの会話を聞いていたシャルは戦いを見守ることに決めた。
自分が二人の争いに加わってもルール上問題は全く無いが、野暮を働く気はない。
苦笑するシャルの前で戦いは激化していく。
琢磨はラウラの激しい剣戟をファイズエッジで捌きながら蹴りを繰り出す。
不利な体勢から放たれた攻撃はラウラの左腕で防御され、お返しとばかりに右腕に装着されたプラズマ手刀が琢磨の胴を裂く。
痛みは無い筈だが反射的に胴を抑えて後ずさりする琢磨。
それをチャンスと見て追撃しようとして、ラウラは自分にストップをかけた。
(先ほどの強引な蹴り…。今のあからさまな隙。こいつ、狙っているな。)
警戒を抱きながら慎重に琢磨を観察し、その狙いが分かった。
琢磨はファイズエッジを持つ手とは逆の手にファイズショットを装着している。
データによると、これはグランインパクトを放つ為の装備だった筈。
大袈裟に胴を抑えることで、デバイスを操作する手を隠していたのだろう。
「近づいたところをそれで迎撃し、勝負を決める目論みか。」
「気づいたようですね。私もまだ甘い。」
「汚い、とは言わんぞ。堂々と戦うことと策を弄することは矛盾しないからな。」
「ご理解頂けて光栄ですよ。」
ラウラの考えも少しずつ変わり始めていた。
琢磨は策が見抜かれたことに動揺せずにファイズエッジを両手で構え、仕掛ける。
剣術の心得がある一夏や箒と共に訓練したことで一撃一撃が鋭いものとなっている。
だがラウラも軍隊で鍛えられた猛者、その腕は琢磨にも引けを取らない。
ファイズエッジとプラズマ手刀は何度も鍔迫り合いを繰り広げ、その光景は見る者を沸かせた。
(ちっ…。長引くと不利だが、こいつの剣戟もかなりのものだ。AICを使う隙が無い。)
(プラズマ手刀…。扱いにくい武器に見えますが、良く扱っている。それに両腕に装備された武器を相手にするというのはやり辛いですね。)
心の中で相手を評価し合う二人。
双方の武器が再びぶつかり合い火花を散らした時、彼らは同時に距離を取った。
数秒の睨み合いの後にまず琢磨が動く。
『Burst Mode』
この間合いならこのモードが最適と考え、コードを入力。
ドイツ軍が裏で入手した鈴音戦の情報からラウラはこの音声の意味を知っている。
だからこそ。
「やはりそう来たか!」
声に喜色を滲ませながらラウラは更に距離を取る。
命中精度に難があるあの武器は間合いが離れると効力が薄れる。
それを知っていた為に迷いなくこの行動を取り、続いてレールカノンを構える。
琢磨から銃撃が飛んでくるがAICで余裕をもって防ぎ…。
「喰らえ!」
レールカノンの一撃が火を吹く。
攻撃態勢をとっていた琢磨にその一撃を避けるのは困難と思われた。
しかしラウラは彼を過小評価しては居ない為、避けられることを想定していた。
チャージ時間を短くする為に今の攻撃は威力を抑え、次を本命としていたのだが…。
「ぐっ…。かなり減りましたね。」
「何ッ! レールカノンを避けずに自ら受けただと!?」
相手が攻撃を避けなかったことでその行動は裏目に出た。
琢磨は直撃を受けシールドエネルギーを削られながらも怯まずに前に出て、ラウラに迫る。
「まだだ!」
二撃目のレールカノンが火を吹き、これは琢磨の手前に命中。
彼も少なからずダメージを受けたが、間合いが狭まった状況で強力な攻撃を放った為にラウラも衝撃で吹き飛ばされる。
そのチャンスを逃さず、琢磨は腰に装着していたファイズエッジを再び構える。
『EXCEED CHARGE』
一瞬でファイズエッジにエネルギーが充電され、琢磨は迷いなくそれを振り向いた。
(駄目だ、その位置からじゃ届かない!)
戦いを見守っていたシャルはそう思った。
距離が縮まったとはいえ、まだ十メートル近くの距離があるからだ。
その見方は常識で言えば間違いでは無いが、この時彼女はファイズの能力を失念していた。
ファイズエッジから斬撃が放たれる。
それは赤い軌跡を描きながら空を裂いてラウラに迫り、彼女を拘束する。
「な、何だこれは!?」
スパークルカット。
多くのオルフェノクを葬ったこの技の脅威は現在でも健在である。
いや、現在のスマートブレインによって強化され、空中の相手も拘束できるようになって居る為に脅威度は上がっていると言えるだろう。
ファイズを象徴するような赤い光に縛られ、第三世代のシュヴァルツェア・レーゲンをもってしても満足な抵抗が出来ない。
「身体が動かないっ…! こんな必殺技を隠し持っていたとはな!」
「行きますよラウラさん! これで最後です!」
剣を手に猛スピードで迫りくるファイズの姿を、ラウラは何故か冷静に見ていた。
もう自分に勝機は無いと自覚しているというのに。
(織斑一夏に勝った、琢磨逸郎…。違う、奴に勝ったからと言うのはもう関係ない。強い心と力を持ったこの男に勝ちたかったが…ここまでか。)
全力を尽くし、それでも敗北を喫した。
それに悔しさを感じながらも絶望は無い。
この戦いを通して自分がより強く成長できたと感じているからだ。
「楽しかったぞ…琢磨逸郎。だが、私はまだ強くなれる!」
「それは私も同じです…。良い勝負をありがとうございました。」
ファイズとシュヴァルツェア・レーゲン。
二つのISが交錯する一瞬の間に彼らはそんな言葉を交わし…勝負はついた。
ラウラが前のめりにゆっくりと倒れ、電光掲示板に彼女のシールドエネルギーがゼロになったことが表示される。
アリーナが沈黙に包まれ、そして…。
『試合終了です! 勝利したのは、琢磨逸郎選手とシャルル・デュノア選手です! 優勝は琢磨くんとデュノアくんとなりました!』
興奮気味のアナウンスが鳴り響き、同時に生徒達による爆発音のような歓声が沸き起こった。
貴賓席の者達もラウラに起こった出来事への疑問を抱えながらも勝者に拍手を送っている。
琢磨は戦いの余韻から放心していたが、勝利の手ごたえを改めて感じ拳を握りしめるのであった。
戦いの後、気を失ったラウラが医務室に運ばれていく。
検査はまだだが命に別状はないとのことだ。
千冬は一刻も早く彼女の後を追いたい気持ちを抑え教師達の前で深く頭を下げる。
「皆さん、私の無茶な提案を聞き入れてくれたことに深く感謝します。」
「そ、そんなっ。頭を上げて下さい織斑先生!」
「彼女が無事で良かったですね!」
「そうですね…。本当に、そう思います!」
アリーナには教員用の出入り口が設けられている。
その場所にて千冬が教師達に感謝の言葉を述べ、山田が笑顔でそれに答えていた。
教師達は異変に気付いてすぐに試合を止めようとしたが、ラウラが自力でVTシステムを打ち破ったことで千冬が常識外の要求をしたのだ。
『彼らの戦いを最後まで続けさせてほしい。』
それは彼女の言葉で無ければ決して通らない提案だっただろう。
VTシステムにはまだ謎が多い。
一度は呪縛を破ったとはいえ、再びシステムに囚われる可能性も否定できないからだ。
だが千冬は再びラウラに事が起これば自分が割って入ると宣言し、彼女ならそれも可能だろうと他の教員も判断し了承したのだ。
(先生方には感謝してもしきれないな…。私の身勝手な提案を聞いて貰えて。そして、ラウラ…良かったな。お前は色々と吹っ切れたようだ。)
「しかし、あれは明らかにVTシステムでしたね。」
「ドイツは一体何を考えているのか…。あれは完全に条約違反ですよ。」
ラウラの成長に感慨を抱いていた千冬の耳に教師達の話が入ってくる。
千冬はすぐさま思考を切り替え、今回の事態について考えを巡らせる。
(ドイツは明かなタブーを犯した。近いうちにドイツ政府や軍から何らかの説明や釈明、謝罪が行われるだろう。そして何らかのペナルティーを負うことになるだろうな。)
ドイツという国はこれから苦しい立場になるかもしれない。
だがラウラが被害にあったことを思えばそれも仕方ないだろうと考え、千冬は医務室へ向かった。