シャルは祝勝会の翌日に朝一番の便でフランスに到着した。
空港で久しぶりの故郷の空気を味わっているとスーツ姿の男性が近づいてくる。
写真で見たことがある顔だ。
琢磨から話を聞いていた村上なる人物だろうとすぐに察し、慌てて姿勢を改める。
「む、村上さんでしょうか?」
「ええ。貴方はシャルロット・デュノアさんでよろしいでしょうか?」
「はい。あの、今回のことでは大変お世話になります! よろしくお願いします!」
目の前で柔和な笑みを浮かべている男性からは、父や会社の人と接する際に感じた威圧感はない。
だというのに、シャルは無意識のうちに普段よりもたどたどしい態度で挨拶した。
「緊張する必要はありませんよ。さ、車を用意しています。どうぞこちらへ。」
「ありがとうございます…。」
シャルロットはぎこちない態度で村上の後についていった。
滞在期間は激動の日々になるだろうと覚悟していた。
だが面倒な手続きは済ませてあったらしく、シャルがすることは必要な書類にサインをするだけ。
今までの経験からデュノア社やフランス政府に疑いを持っていた為に、書類を穴が開くほど眺めて詐欺のような文面が無いか確認したが、自身の人権や安全が保証された良心的なものだった。
スパイ行為についての追及は無く、法廷に立たされることすらなかった。
村上が紹介してくれた女性権利団体の後押しもあって全面的な被害者として扱われていたからだ。
今回の件で協力してくれた権利団体は、ISの登場から急増した男性への言いがかりを主にするような団体では無く、あくまで女性が明確な人権侵害を受けた場合のみ行動する組織だった。
このような組織とのコネクションを持ち合わせている村上に改めて感嘆と軽い畏怖を感じ、琢磨が信頼していた理由が良く分かった。
だが、楽な事ばかりというわけでは無い。
デュノア社長との一対一での会話が三日目に設けられた。
父親の罵声に耐える覚悟をして挑んだが、父はシャルの事など見たくも無いという風に絶縁と資産分与の書類にサインをし、無言で部屋を出ていった。
親子の別れとしてはあんまりな態度だ。
「…今回の件で査察が入り、彼が職員に過剰な労働を強いていたことが発覚しましてね。その件でも訴訟を受けているのです。疲れていたのでしょう。」
「…はい。」
場を設けた村上もこれには呆れたのか、フォローの言葉をかける始末。
それに生返事をしながら、シャルは軽い虚しさとこれで完全に縁が切れたのだという喜びを感じていた。
これからはデュノアでは無く、愛する母の姓を堂々と名乗ることが出来るのだ。
これにて全ての手続きは終了。
村上と一度別れ、シャルは幼い頃に母と暮らしていた家に向かう。
家の所有権は母の死後デュノア氏に移っていたが、資産分与の結果シャルの名義になっていた。
「ここに帰ってくるの、何年ぶりだろう。…お母さん。」
しんみりした気分になりながら、長らく手付かずだった家の中を掃除して回る。
そして、私物や母の遺品を纏めて荷物の中に詰めた。
「これも持っていこう…。」
彼女が取り出したのは幼い頃の自分と母が映っている写真。
正体が露見する可能性がある物を所持することは許されなかったので、IS学園に転校する時は持っていけなかったのだ。
写真を眺めながら心の中で母に語り掛ける。
(お母さん。あれから色々な事があったよ…。辛いこともあったけど、でも今は大丈夫。だって…僕には大切な人が出来たから…。)
同じ頃、ラウラはドイツのベルリンに建てられた研究所を訪れて居た。
ドイツは条約違反を犯したことで各国からの批判を免れることはできないだろう。
せめて事実の解明に協力することで再発を防ごうと考え、ラウラは帰国を選択したのだ。
千冬がドイツ軍の中でも信頼できる人物を紹介してくれたので話はスムーズに進んだ。
手短な挨拶を済ませ、研究所の中央区域にある解析施設でチェックを依頼する。
「…よし、これで全てのシステムの解析が終わったわ。ご苦労様。」
「はい。それで、何か分かりましたか?」
「ええ。色々な事がね。そうね、何処から話そうかしら…。まずは今回の件で既に分かっていたことと、貴方のISの解析で得た情報を話すわ。」
ISを預けていたラウラが待ちきれない様子で尋ねると、年配の女性技術者が答えてくれる。
シュヴァルツェア・レーゲンが製作される際には国内から優秀な人材が集められたが、その中にはVTシステムへの未練を捨てきれない者もいた。
優秀な操縦者の動きをトレースするシステムの量産化に成功し、その技術をドイツが独占することが出来れば大きなアドバンテージになる。
そう思った彼らは、今回のプロジェクトをVTシステムの実用化に利用しようとしたのだ。
「そうだったのですか…。」
「ええ。でも結果としては失敗に終わった。シュヴァルツェア・レーゲンの最大の特徴であるAICシステムとVTシステムが噛みあわなかったからね。」
今回の首謀者の思惑通りに事が進めば、VTシステムは操縦者がピンチになった時に自動発動し、織斑千冬の動きをトレースして相手を圧倒していた筈だ。
真似するのは動きだけで外見上は変化がないため、ISを解析されない限りは周囲に発覚する恐れはなかった。
「それに、ISを解析してみた結果、貴方の強い意思があのシステムを破る大きな力となっていたことが分かったわ。」
「私の意思、ですか?」
「ええ。貴方、良い目になったわね。」
優しい目で自分を見る技術者にラウラは力強く頷くのであった。
数日後、世界を二つの大きなニュースの衝撃が襲った。
一つは、フランスが誇る大企業デュノア社のスキャンダルだ。
三人目の男性IS操縦者と発表されていたシャルル・デュノアが性別を偽っていたことが発覚。
シャルル、いやシャルロット・デュノアは父親及び会社関係者より虐待を受けており、今回の件も父親の命令であったことが明るみになった。
政府関係者は遺憾の意を表明し、政府側は何も聞かされて居なかった事と、シャルロットに罪は無い事をアピールした。
デュノア社長が数々の違法行為を行っていたことも分かり、株価は大きく下落した。
二つ目のニュースはドイツの第三世代IS、シュヴァルツェア・レーゲンに条約違反のVTシステムが搭載されていたこと。
ドイツ政府及び軍関係者は一部の者が行った事だと主張しながらも、管理責任を認め陳謝した。
操縦者であるラウラ・ボーデヴィッヒはあくまで被害者であるとされ、ある程度のメディカルチェックが行われたのちに再びIS学園に戻ることになった。
乗機であるシュヴァルツェア・レーゲンからはVTシステムが取り除かれている。
この二つの出来事は世界中で注目された。
勿論、ここIS学園も例外ではない。
「デュノアくんの事、聞いた?」
「くんじゃ無くてさんでしょ。でもビックリだよね…。」
「ボーデヴィッヒさんも帰国しちゃったし、これからどうなるのかな。」
生徒達はシャルやラウラのことを連日話題にした。
シャルが性別を偽っていたことにショックを受けた者も少なからず居たが、彼女の事情が公表されたことと、学園で共に過ごした時に見せた優しい人柄を信じたいと思う者が増えていった。
琢磨や一夏、セシリアのようなシャルと特に親しかった者が説得したのも大きかった。
「後はシャルさんが返ってくるのを待つだけですが…。うーん、どうにも落ち着きませんね。」
琢磨は静かにため息をつき、部屋を静かに見渡す。
シャルが居なくなったことで随分と広くなったような気がする。
二人用として用意された部屋なので一人が留守にすれば広く感じるのは当然だろうが、それだけではこの想いに説明はつかない。
この感情は心を許せる友達が居なくなったことからの喪失感だろうか、それとも…。
「いいえ、違いますね…。もう認めるべきでしょう。私は…彼女のことが好きなのだと。」
改めて口に出すと、自分の言った言葉だというのに顔が赤くなってしまう。
だがこれはずっと目を逸らしていた事実。
シャルの事情と涙を見て自分のことのように胸が痛んだこと。
学園での毎日や、パートナーとして共に戦う中で重ねてきた時間。
それらが琢磨の心に降り積もり、愛情という名の花を咲かせていた。
「シャルさん…。私は今まで逃げ続けてきましたが、ようやく決めましたよ。貴方が帰ってきたら、私はあの言葉を伝えたい。」
琢磨一人となった部屋で、彼は決意の言葉を静かに呟いた。
この度の不祥事を受け、ドイツやフランスに激しい非難が巻き起こったが、それは結果から見れば各国にとって良い刺激となったかもしれない。
ISを扱う企業や軍、政府では大幅な人材移動が行われ、二度とこのような事件が起きぬように管理体制が強化されたからだ。
世界は着実に良い方向に向かっている。
多くの者がそう感じ始めていたが、それを複雑な目で眺めている人物が居た。
「…束さんが手を出すまでも無くこうなっちゃった…。面白くないな~もう~!」
ぷりぷりと怒っているのは、長い兎耳を付けた妙齢の美女だった。
彼女の名は篠ノ之束。
ISを作り出した張本人であり、世界各国のあらゆる機関が血眼でその行方を追っている人物だ。
(でも、流れとしては悪くない…。邪魔なもう一人の男性操縦者も排除したいけど、いっくんはこいつに良い影響を受けてる。ここで…えーっと、その何とか君を潰すのは良くないね。)
織斑一夏だけが操れる筈のISを乗りこなし、一夏以上の活躍を見せた男。
束にとっては処理したくて仕方ない人物だったが、一夏や箒にとって大事な友人であり超えるべきライバルであると理解していた為にそれは躊躇われた。
彼女は大きなため息をつくと椅子から音を立てて立ち上がった。
「福音をいっくん英雄化に使おうと思ったけど、この展開だと逆効果かな~。今回は無しにしておこう。世界が自浄されることを期待するとしますか。」
彼女は静かに部屋を出ていった。
その行方は誰も知らない。
「え~っと…。転入生を紹介します。シャルロット・リヴィエールさんです!」
困った顔の山田が、全ての手続きを終えてIS学園に戻って来たシャルロットの名を告げる。
彼女を見守る生徒達の中には一足先に学園に復帰したラウラの姿もある。
ラウラは帰ってきたその日に、かつて必要以上に痛めつけたセシリアや鈴音に謝罪していた。
「あれくらい、もう良いわ。練習してれば怪我くらい良くあることよ。」
「だが、私は…。」
「心残りがあるならまた訓練に付き合って下さいな。それでチャラにして差し上げますわ。」
「オルコット、鳳…。お前達って奴は…。」
かつての敵の暖かさに心を打たれたラウラの背は、また一回り大きくなっていた。
セシリア達と和解して以前より棘が取れたことで彼女はクラスからも受け入れられ始めていた。
そんなラウラの視線も感じながら、シャルは教壇の前に立ち言葉を述べ始める。
「シャルル・デュノア改め、シャルロット・リヴィエールです。リヴィエールは母の姓で、これからはこう名乗ることにしました。」
既に知られていると分かって居たが、性別を改めて明かすことは勇気がいることだった。
そして、彼女にはもう一つすべきことがある。
自分を友人として迎えてくれていた皆を裏切ったことへの謝罪だ。
「…皆さん、今まで騙していて、本当にごめんなさい。」
深く頭を下げるシャルロット。
その姿を見たクラスメイト達は間を置かず暖かい拍手と歓声で迎える。
「頭を上げてよ、デュノアく…。じゃない、リヴィエールさん!」
「そうだよ~。」
「改めてよろしくお願いしますね、シャルロットさん。」
「皆…。良いの? 僕をまた…クラスメイトとして迎えて貰えて?」
満面の笑顔で頷く皆を見て、シャルロットは涙ぐみながらも微笑みを浮かべた。
ハラハラしながら見守っていた山田は安心したように胸を撫でおろし、隣に居る千冬も表情を和らげる。
「お帰りなさい、シャルさん。」
「ただいま、琢磨…。」
その日の夜、琢磨とシャルロットは部屋で改めて再会の挨拶を交わした。
父やデュノア社、自らの運命に決着を付けることはシャルに少なからぬ負担を与えていたが、琢磨と会えたことでその顔は安らいでいる。
それはただ信頼できる友達と会えたからというわけでは無く、それ以上のものがあった。
「シャルさん…本当に…あなたにまた逢いたかった。」
「僕も、だよ…。琢磨。」
再会を喜び合う二人だが、悲しいことにそこまで長くの時間は許されていない。
シャルが女性と公式に発表されたので、部屋が分けられてしまうことになったのだ。
これからシャルは荷造りをして新たな部屋に向かわなければならない。
その前に琢磨にはどうしても伝えたい言葉があった。
「シャルさん…。貴方が帰ってきたらどうしても伝えたかった言葉があります。」
「な、何かな? 改まって…。」
戸惑うように、どこか期待を含ませるように首を傾げるシャル。
その何気ない仕草に愛おしさを感じながら琢磨は思い切って彼女を抱きしめた。
いつもの琢磨らしからぬ大胆な行動。
自分でもそれは自覚していたが、久々に会えたことで気持ちが抑えられない。
抱きしめられたシャルロットは突然のことに顔を赤らめて何も言えずにいたが、やがて嬉しそうに彼の背にそっと手を添える。
抱擁が受け入れられたことに勇気を得ながら、琢磨は自らの想いを告げた。
「シャルロットさん、僕は貴方のことが好きです。一人の男として、貴方のことを愛しています。」
「……嬉しい。その言葉、ずっと言って欲しかった。ぼくも、僕も好きだよ。琢磨のことが大好きっ…。」
「シャルさん…。良かった、とても嬉しいです。」
「僕もそうだよ、琢磨っ…。ううん、逸郎っ…。」
待ち望んでいた言葉を聞いたシャルロットも自らの好意を幸せそうに打ち明ける。
両想いであることを確認し合った二人は静かに抱き合い続け、やがてその唇が重なり合う。
琢磨は愛する女性であるシャルロットと心が通じ合ったことにこの上ない喜びを感じ、今後も彼女と共に生きていくことを心に誓った。
オルフェノクでは無く、人間として生きることを決意した琢磨の人生はこれからも続いていく。
愛する女性であるシャルロットや、一夏やラウラ達のような頼もしいライバルと友に…。
おわり
ご愛読ありがとうございました。