一日の授業が終わったあと、琢磨は一夏に夕食に誘われた。
その道中で琢磨は箒と簡単な自己紹介を行った。
「私のことは箒で良い。その…あまり苗字で呼ばれたくないんだ」
事情があることを察した琢磨は、何も追求することは無かった。
琢磨たちが食堂につくと、既にその場にいた生徒たちの視線が集中する。
うんざりしたようにため息をつく琢磨。
「慣れるしか無いんでしょうね…。これは」
「そうだな。…しかし、逸郎のアレには結構感動したぜ」
「なんのことです?」
「誰かを見下すことが愚かだ、というアレだろう。私も同意見だ。あの時は何も言えなくて済まなかったな」
「気にしないでください。あの時は…その、彼女たちの言葉に思うところがありましてね」
「分かるぜ。あんなに馬鹿にされたら良い気分はしないもんな」
褒められるのは有り難いが、どうも照れ臭かったので琢磨は話題を変えた。
「私たちは来週オルコットさんと戦うことになったわけですね。彼女は一国の代表候補生。厳しい戦いになりそうです」
「ああ。勢いで戦うことになっちまったけど大丈夫かな」
「何をいまさら不安がっている!男が二人も居て情けない」
「私はべつに弱音を吐いたわけじゃありません。ただ現状を確認しただけです」
食券を出して食堂のおばちゃんから料理を受け取る。
開いているテーブルを見つけて椅子に座ると、話を盗み聞きしていたであろう女子生徒達が声をかけてきた。
「貴方たちよね、噂の男子って」
「イギリスの代表候補生さんと戦うって聞いたわよ。良かったらアドバイスしようか?」
「結構です。私が教えますから」
何故か不機嫌そうに返事する箒。
邪魔をされた女子生徒たちはむっとした顔になる。
「貴方一年生でしょ?私たちの方が上手く教えられると思うけどなー」
「…私は篠ノ之束の妹ですから」
彼女たちは箒の言葉に態度を変えて怯えたように退散していく。
それを見ていた琢磨は少し不快に思った。
(苗字を嫌いながら、都合がいい時は姉の名を利用する。…あまりスマートとは言えませんね)
だが、あえてその意見を口に出して雰囲気を悪くすることはしなかった。
夕食後、琢磨と一夏は千冬と山田から呼び出された。
政府の都合で2人は今日から寮で生活することとなったらしい。
荷物は既に運んであるようだが、随分と急な話だ。
「部屋割りはどうなるのですか?」
「男性二人は本来なら同室になるはずなのですが、その…学校側の準備が整って無かった為、二人は女子と同室となります」
「年頃の男女が同室というのは問題では…」
「貴様らが盛りを起こした猿のような行動に出なければ問題はない。これが鍵だ」
千冬から鍵を渡され、琢磨は一夏と別れ自分の部屋に向かう。
途中で一夏の悲鳴らしき声が聞こえたが、引き返すのも面倒なので無かったことにした。
結構薄情な琢磨である。
「ここですか…」
紳士的にノックをすると、少しの間をおいて中から女性の声が聞こえた。
「はぁい、誰ですか~」
「琢磨逸郎といいます。今日からこの部屋で共に生活することになりました。…入ってもいいでしょうか」
「うん。良いよ~。どうぞどうぞ」
のんびりした声に迎えられて入室すると、穏やかな雰囲気の女子生徒が笑顔で迎えてくれた。
何故か袖が余ったパジャマを着ている。
(同じクラスだったと思うのですが…。名前が出てきませんね)
流石の琢磨もクラスメイト全員の名前を記憶することは出来ない。
それを察したのか、女子生徒は自己紹介をしてくれた。
「私は布仏本音だよ~。話すのは初めてだよね」
「ええ。宜しくお願いします」
「うん。こちらこそよろしくね、たくくん」
「た、たくくん?」
屈託のない笑顔で言われたニックネームに驚く琢磨。
「琢磨くんだから、たくくん。嫌だった?」
「いえ、少し驚いただけです。嫌では…ないです」
「そっか、良かった~」
ニコニコと笑う本音だが、琢磨は内心複雑だった。
前世で何度か戦った乾巧が、友人らしき青年から「たっくん」と呼ばれていることを知っていたからである。
(…まぁこれは些細なことでしょう。本音さん…ですか。少し独特のペースを持った方だが良い関係が築けそうだ)
同室となる相手が友好的な人物だったことで安堵する琢磨。
その後は入浴のことや消灯時間を話し合って長い一日を終えた。
翌日、琢磨は村上から教えられたアドレスにセシリアとの決闘が決まった事をメールした。
勝手な行動を咎められることも覚悟していたが、意外にも好反応が帰って来た。
そして、本来なら一週間後に届くはずのファイズギアを予定より早めに送ってくれた。
(イギリスの代表候補生のオルコットさんに勝てば、スマートブレインにとって良い宣伝になる。全く抜け目がないことです)
逆に敗北すればスマートブレインの名声は下がる。
琢磨の肩に一企業の権威がかかっていることと言っても過言ではないだろう。
「…ふむ、分かってはいましたが違和感がありますね」
送られたファイズギアを確認した琢磨は難しい顔をする。
説明書を読んで既に知っていたが、このファイズギアにはベルトや付属品が無い。
携帯電話型のデバイスにコードを入力することで、変身や装備を出現させることが可能となっているのだ。
(前世よりも技術が進んでいるのでしょうか。ま、かさばらないのは助かりますがね……。)
便利になったことを有り難く思いながらも、どこか物足りなさを感じる琢磨だった。
このファイズギアには前世には無かったもう一つの機能が追加されており、それを知った琢磨は大きな衝撃を受けた。
琢磨はファイズギアが送られた日の午後から訓練を開始した。
一夏も誘ったが、箒が特訓に付き合うといって聞かないのだと断られた。
(箒さんは随分と一夏くんに執着しているようですね。…ま、深く考えるのは無粋でしょう)
「555」とコードを入力すると、琢磨の全身を赤の光が横断してファイズの姿を作る。
前世で何度か味わった感覚だ。
懐かしさを感じながら訓練を開始する。
決闘まで一週間もないので、一日でも早くファイズに慣れておかなければならない。
(…私の心には、戦うことへの恐怖が少しだけ残っている。
恐ろしい力を持った北崎さんや、完全なオルフェノクとなった冴子さん。
彼らを見て恐怖した私は無様に逃げ出した。でも、その結果気づくことができたものがある。
…セシリア・オルコットさん力を持つが故に慢心して他者を見下すことに慣れてしまった。彼女はまさしく過去の私自身だ。
私は彼女に勝って過去の自分を超えてみせます…!)
黙々と戦闘訓練を行う琢磨の心には強い意思が宿っていた。
訓練時間も終わり、タオルで汗を拭いながら退室する。
廊下を歩いているとセシリアと出会った。
決闘を控えた相手ではあるが無視するのも失礼だろうと考えて軽く挨拶をする。
「こんばんは。オルコットさん」
セシリアは意外そうな顔をしながらも足を止めて挨拶を返す。
「…ええ、こんばんわ。琢磨さん。頑張っているようですわね」
「ほう、御存じでしたか」
「二人しか居ない男子がどこで何をしているか、この学校ではすぐに分かりますわ」
オルコットの言葉に琢磨は心の中で冷や汗をかく。
女性同士のネットワークは恐ろしい。
「ご安心なさって。特訓の内容や貴方のISの特徴については聞いておりません。私はそんなことをせずとも勝てますから」
「随分と自信がおありのようだ。そうでなければ一国の代表候補生など勤まらない、ということでしょうか」
「ええ。私は…貴方たちのように偶然ISを動かせただけではありませんから」
「…偶然。確かにそうですね」
セシリアの言葉の意味をすぐに察する琢磨。
彼女は筆舌にしがたい程の努力を積み、数多くのライバルを蹴散らして代表候補生に選ばれた。
ISに対する情熱や力を持つ者としての自負は測りしれない。
琢磨や一夏のような存在に怒りを感じ、下に見ようとするのも分からなくはない。
「貴方のいう通り、私がISを動かせたのは偶然。意図しない出来事でした。
そんな私と対等な顔をされて腹を立てるのも分からなくはありません」
「……」
「しかし、私にも戦うべき理由はあります。
だから私は必ずあなたに勝利してみせる。
その際、貴方の考えが少しでも変わっていることを願っていますよ。
…決闘の日を楽しみにしていてください」
「ええ。私の勝利を、楽しみにさせていただきますわ」
舌戦を終えた両者は無言で離れていく。
(…貴方はそこらの凡庸な男とは違うようですね。ですが、私は必ず勝利してみせます。私の誇りにかけて!)
琢磨を油断ならない男だと理解し始めながらも、彼女は自らの勝利を欠片も疑っていなかった。