本音との共同生活を始めてから数日が経った。
(ルームメイトが本音さんだったことは私にとって幸いでしたね。)
部屋でくつろぎながら、琢磨は上記のような感想を抱いた。
本音は琢磨のパーソナルスペースを侵害することが無く、かと言って余所余所しいわけでも無い、絶妙な距離感で接してくれていたからだ。
神経質なところがある琢磨にとって、彼女の性格はとても有難かった。
(それにしても彼女の動き…少し気になりますね)
前世の琢磨はラッキークローバーの権限を利用して専用のメイドや料理人を雇っていた。
だからこそ分かる。
日常の中で本音が見せる些細な動きは、訓練されたメイドの仕草だと。
(彼女は誰かのメイドなのでしょうか…?しかし、今それを追及すべきでは無いでしょうね)
本音は琢磨のパーソナルスペースを尊重してくれている。
ならば自分もそうするべきだろう。
琢磨は、良きルームメイトであり続けることを選んだ。
人から舐められることを嫌う琢磨は、日々の予習復習を欠かさなかった。
だから、授業の内容も全て理解できたし、突然当てられても正解を答えることができた。
「逸郎はすげぇな。俺なんて今やってる内容が何語なのかさえも分からないぜ」
「お前が不勉強すぎるんだ」
一夏と箒がそんな会話をしていた。
そして授業の後は訓練室に向かい、黙々と鍛錬に励む。
セシリアより訓練時間で劣ると理解している琢磨は、一分でも時間を無駄にしたくなかった。
そして、決闘の日がやって来た。
「たくくん、頑張ってね~」
本音からのエールを受け取って第三アリーナのピットに入る琢磨。
控室には次の戦いを控える一夏が既に待機しており、どこか落ち着かない様子だった。
「くっそ~…。まだ来ないのかよ」
「どうしたのですか?」
「まだISが届いていないらしくってさ。俺の出番までに間に合うかな…」
自分のISがまだ届いていない事に不安そうな一夏。
何か慰めの言葉を言うべきか迷う琢磨だが、無責任な事を言っても仕方ないので黙っていた。
戦いに備えて軽いストレッチをしていると、千冬が入室して試合の開始を告げる。
「時間だ、琢磨。フィールドに出ろ。5分後にお前とセシリアの決闘が開始される。
…これは教師として公平な立場で言うのだが、検討を祈っているぞ」
「ありがとうございます。最善を尽くします」
「頑張れよ、逸郎!」
激励の言葉を受け取ってアリーナ場内に出る。
既にセシリアはISを展開させて待ち構えていた。
(あれがブルー・ティアーズですか…。
戦闘の映像を見ている時も思いましたが、青いISは彼女の金髪とよく似あいますね)
琢磨は自分の考えに内心で苦笑する。
これから戦う相手のファッションを褒めても仕方ないだろうと考えたのだ。
「レディを待たせるとは、日本の殿方はなってませんわね」
「これは失礼しました。確かに、紳士的では無かったようですね」
セシリアの苦言に素直に謝罪する。
彼女はリラックスした表情を浮かべており、コンディションは悪くないようだ。
試合開始まで1分。
琢磨は携帯電話型のデバイスを取り出し、コードを入力した。
『STANDING BY』
『COMPLETE』
機械音声が鳴り響き、琢磨の体を赤色の光が包みこむ。
眩しそうに眼を細めるセシリアと生徒たち。
光が晴れた時、琢磨の姿は大きく変容し、黒いスーツを身にまとったような姿となっていた。
生徒たちの間からどよめきが漏れる。
「何…? あのIS…」
「顔も覆ってるなんてちょっと珍しいね」
「でも…ちょっとヒーローっぽくてカッコ良い」
「そう?」
セシリアの表情に驚きの色はない。
「それが貴方の専用機ですか。
貴方はそのISを手に入れてからたったの一週間と聞いてます。
明らかに訓練不足…。
ですが、この場に立った以上手加減はしませんわよ!」
「望むところですよ」
静かに睨み合う両者。
そして、戦いの合図が鳴った。
「先手必勝ですわ!」
セシリアは宙に舞い上がり、主兵装のスターライトMK-Ⅲを構えて攻撃を開始する。
着弾地点を予測したファイズはそれを回避。
しかし、避けることを予想していたかのように、4機のビットによる同時攻撃が行われる。
(成程、良い攻撃だ。…教科書通りとも言えますが)
襲い来る4本のビームを前に、ファイズは敢えて前進した。
そして最小の動きで砲撃を回避し
『Single Mode』
デバイスに数字を入力し、「く」の字に折り曲げて銃口から光弾を放つ。
「お返しです」
「くっ…!」
セシリアは上空に飛んで回避に成功。
しかし、その額には汗が流れていた。
(私の攻撃を避け切った上で反撃…。そこまでは良しとしましょう。
でも、私の攻撃に敢えて突っ込んできた迷いのない動き…。
とても一週間しか訓練をしていない素人とは思えませんわね。
まるで自分のISのスペックを全て把握しているかのようですわ。)
再びファイズから光弾が放たれ、セシリアは思考を中断して回避行動を取る。
相手の攻撃を一度見たからか、今度は余裕をもって避けることが出来た。
そのことに確かな手ごたえを感じるセシリア。
(中々の射撃精度…でも、私のブルーティアーズの機動力なら十分避けられますわ。
それに、恐らくあの攻撃は私のISよりも攻撃力は劣ると見ました。
多少喰らったとしても私のシールドエネルギーを削りきる事は不可能。
ならばここは強引に攻めさせていただきます!)
セシリアはスターライトMK-Ⅲを手に再び攻撃を開始する。
懸命に回避行動を取るファイズだが、段々と危ないシーンが増えてくる。
セシリアはこの高い射撃能力でイギリスの代表候補生の座を勝ち取った。
この射撃を避けられる者は、この学校の生徒にも専用機持ちくらいしか居ないだろう。
「逸郎…!」
試合を観戦する一夏も、琢磨の劣勢に心配そうな顔をする。
だが、隣に立つ千冬は腕を組んで感心したような表情をしていた。
それはセシリアの射撃技術に対してか、それとも…。
ついにファイズが被弾した。
畳みかけるようにビットのレーザー攻撃がヒットし、シールドエネルギーが削られていく。
そして、ビットの攻撃を受けたファイズが体勢を大きく崩した。
この機を逃すほどセシリアは甘くは無い。
(認めてさしあげますわ…。貴方は男性にしては良くやった。
敬意をこめて、私の最大の一撃で葬って差し上げましょう!)
「さあ、フィナーレですわ!」
隠し玉のミサイルビットを含む全ての火力を集中させ、嗜虐的な笑みを浮かべて引き金を引く。
ターゲットとなったファイズの居た地点で大きな爆発が起こる。
セシリアも観客も皆決着を確信していた。
「決まりましたわね…」
(…やはり、こうなりましたか)
ファイズの仮面の下で、琢磨は安堵の笑みを浮かべた。
琢磨はこの一週間の間に、セシリアの戦闘映像を徹底的に分析していた。
その為、派手な勝利を望む彼女が決め技として全ての火力を使用することを知っていたのだ。
だから琢磨はセシリアに自分が優勢だと錯覚させる為にわざと被弾していた。
一方的に攻撃を喰らっているように見せながらセシリアの攻撃パターンを分析し、最大の一撃が放たれると同時に離脱したのだ。
派手な爆発は琢磨の脱出をカモフラージュするのに役立ってくれた。
危険な賭けだったが、訓練時間で劣る琢磨にはこの方法しかなかった。
そして、それは成功し、セシリアは油断しきっている。
この機を逃す道理はない。
ファイズはデバイスにコードを入力し、鞭のようなものを出現させる。
これがファイズに追加された機能の一つ。
前世の琢磨がセンチピードオルフェノクの時に良く使っていた武器が、コードを入力することで呼び出せるようになっている。
しかもその性能は過去よりも向上し、射程距離や威力も強化されている。
ファイズは鞭を上空のセシリアに向けて放つ。
勝利を確信していたセシリアは回避行動を取ることすら出来ずあっさりと捕まってしまう。
鞭はブルーティアーズの装甲に絡みつき、先端に無数に生えた棘がシールドエネルギーを削る。
大きくは無いが、決して無視できないダメージだ。
「くっ…。一体、何が起こって……」
「捕まえましたよ。こうなったら、もう私のものです」
「貴方っ…何故まだ動けっ…きゃあああああ!」
何か言い返そうとするセシリアだが、強い力で引き寄せられたことで、それは悲鳴に代わる。
突然のことにパニックになったセシリアはブルーティアーズの機動力を発揮できていない。
(チャンスですね)
ファイズが再びコードを入力し、格闘家のような構えを取る。
その手にはいつの間にかグローブのような機械が装着されていた。
『EXCEED CHARGE』
電子音が鳴り響く。
「くっ…。まだですわ!」
我に返り、慌てて近接用武器のインターセプターを出現させて鞭を切り裂いて逃れようとする。
しかし、セシリアの行動は少し遅すぎた。
ファイズは数十メートルも跳躍し、既に目前へと迫っていた。
「これで止めです!」
そして、必殺の一撃が無慈悲に放たれる。
グランインパクト。
ゼロ距離からフォトンブラッドを放出し、一撃でオルフェノクを死に追いやる恐怖の技。
スマートブレインによって強化された攻撃は、一撃でISを戦闘不能にする程の威力を持っていた。
攻撃を受けたセシリアは弾丸のように吹っ飛ばされていき、アリーナの壁面に衝突する。
(何が…起こったんですの?)
セシリアは朦朧とする意識の中で、中央に立つファイズの姿を見た。
ファイズはダメージを負っているが、まだ余力を残しているようだ。
一方で自分のシールドエネルギーがゼロになっており、戦いの継続は不可能。
(ああ…、私は負けたんですのね)
プライドの高いセシリアは、意外なほどにすんなりと自分の敗北を受け入れた。
(琢磨、逸郎…あなたは…)
自分を倒した男の名を心の中で呟き、直後に気を失った。
観客席は静まり返っていた。
防戦一方だった筈の琢磨が、あっという間に逆転勝利を遂げたことが理解できないのだ。
『試合終了。勝者、琢磨逸郎。試合時間21分40秒』
やがて、勝利者の名を告げるアナウンスが高らかに鳴り響く。
琢磨は勝利の喜びをかみしめるように小さくガッツポーズを取ると、無言で引き上げていった。
我に返った生徒達が拍手と歓声を上げ始める。
それは、琢磨が居なくなったあともやむことは無かった。
・5/10 文章を一部修正、加筆しました。