翌日。
琢磨はのんびりとセシリアや布仏との雑談を楽しんでいたが、一夏が教室に入るのを見て驚きに目を丸くする。
彼の顔にビンタの痕と思われる手形がくっきりとついていたからだ。
「…一夏さん、どうしたのですかその顔は。」
「気にしないでくれ。ちょっとな…。」
異変に気付いた女子生徒たちが噂話を始める中、一夏は暗い顔で席につく。
「一体どうしたのでしょう…。はっ!もしや箒さんと鳳さんとの間で修羅場が!?」
「あるかもねー。昨日の今日だし。」
「うーん、もし手を上げたのか箒さんなら、恋愛的には不利になりますわね。ライバルが現れて焦るのは分かりますが、こういう時こそ冷静でないと。」
「でもセッシーって恋愛になると冷静では居られないタイプっぽいけどねー。」
「うっ、それはまぁ…そうかもしれませんわね。」
セシリアと布仏が恋バナで盛り上がり始める。
話に入れない琢磨は再び一夏に視線をやり、思考を巡らせる。
(大方、彼女たちの想像通りでしょうね。全くモテモテで羨ましいことです。)
琢磨はそこまで男女の感情の機微に聡いわけではないが、そんな彼の目から見ても箒と鈴音が一夏に好意を抱いていることは明らかだった。
しかし一夏は本気でそれに気づいていないようだ。
罪作りな男である。
(あの二人も苦労しそうですね。)
秘かに箒と鈴音への同情の言葉を呟く琢磨であった。
対抗試合が近づくにつれ、琢磨とすれ違う女子生徒達が激励の言葉を送ってくれるようになった。
「試合頑張ってね、超応援してるから!」
「何だっけ…あの凄いパンチみたいな技、また期待してるよ~。」
「スイーツ食べ放題!スイーツ食べ放題!マジで当てにしてるからね!」
「皆さん、ありがとうございます。最善を尽くします。」
琢磨は彼女たちの声援に控えめに答えていく。
彼女たちが期待しているのは優勝したクラスの生徒に与えられるスイーツ食べ放題の権利かもしれないが、人から応援されるのは嬉しいものだ。
まして、うら若き乙女の声援なら琢磨もやる気がでるというものである。
(さて、今日もやるとしますか。)
彼は軽い足取りで目的の場所へ向かった。
「さぁ逸郎さん、今日も始めますわよ!」
「俺も居るぜ!」
琢磨は毎日のようにセシリアや一夏と模擬戦闘を行っていた。
彼らを付き合わせていることに申し訳なさを感じたが、二人は自分にとってもプラスだからと笑っていた。
セシリアからは射撃への対応を、一夏からは接近戦への対応を学び、着実に腕を磨いた。
「一夏さんの剣の腕はかなりのものですね。型がしっかりしている。」
「何か武術でも嗜んでらっしゃったんですの?」
「まあな。剣道をちょっとかじっててさ。」
「成程、道理で…。」
道場で鍛えられた一夏の戦い方は琢磨の目から見ても感嘆するレベルだった。
センチピードオルフェノクとして戦っていた頃は剣を用いて戦うことは無かったが、ファイズとしての力を得た今では剣道の技術は必要となる。
琢磨は彼の動きを目と体で覚えながら剣術の動きを学ぼうとしていた。
(とはいえ、今の段階では所詮は付け焼き刃。チャンスがあれば使うべきでしょうが、そこまで当てには出来ないかもしれませんね。)
模擬戦闘を終えたあとは夕食を共にすることもあり、少しずつ仲が深まっていった。
そして、夜になると対抗試合でのライバルとなりうる選手達の情報にも目を通した。
スマートブレインから送られるデータはとても正確で、村上や他の社員の優秀さに感謝する。
彼はその中から、一つの情報に注目した。
(第三世代IS『甲龍』…。そして、『龍砲』ですか。厄介ですね。)
データを読み終えた琢磨は、この武装をどう封じるかが勝敗を分かつと判断した。
そして、頭の中で鈴音との戦いをシュミレートするのであった。
対抗試合当日。
一年生だけでなく、多くの上級生が観戦に訪れており、観客席はほぼ満員となっていた。
「ファイトですわ!」
「たくく~ん、がんば~。」
「負けんなよ!…って、逸郎だけを応援したら鈴に悪いかな。」
「何を今更…。しっかりやれ。努力はきっと嘘をつかない。」
セシリア達からのエールを受け取り、ゆっくりとアリーナに姿を現す琢磨。
既に専用ISである『甲龍』を展開させて居た鈴音が元気な言葉を放つ。
「来たわね!」
「ええ。まさか一回戦で当たるとは思いませんでしたが。」
「ええ、全くね。」
何気ない言葉を交わしながら相手の様子を観察する。
一夏と何かあったのか、ここ数日の鈴音はとても機嫌が悪かったが、今は普段通りのようだ。
(不機嫌なままの方がありがたかったのですが。)
内心で愚痴りながらデバイスを取り出す。
『STANDING BY』
『COMPLETE』
慣れた手つきでコードを入力してファイズの姿となる。
それを珍しそうに見つめる鈴音。
「ふぅん。噂には聞いていたけど変わったISね。一々番号を入力するなんて面倒じゃない?」
「そうですか?慣れれば楽ですけどね。」
「ふーん…。おっと、無駄話はここまでみたいよ。」
『それでは試合開始です!』
山田のアナウンスと同時に鈴音は動いた。
加速を駆けて琢磨に接近すると、手に持った青龍刀のような武器を振りかぶる。
試合直後の出来事に焦りながらもバックステップでの回避行動に移るファイズ。
先ほどまで彼が居た空間を鋭い刃が通過していく。
「よく躱したわね。」
「いきなり飛ばしますね…。そちらがその気なら迎え撃ちましょうか。」
ファイズはすぐに体勢を立て直すと、甲龍の足元を狙って回し蹴りを放つ。
余裕をもって回避する鈴音だが、これは彼女の勢いを削ぐ為の一撃。
避けられるのも想定の内だ。
『Burst Mode』
一瞬でコードを入力し、彼女に銃撃をくらわせる。
強力な威力を持つが命中精度に難があるこの武装は、至近距離で使うにはうってつけだ。
銃撃を受けた鈴音がバランスを崩すを見て、ファイズはチャンスとばかりに一気に前進して拳の連撃を放つ。
インテリ風の外見の琢磨が喧嘩殺法のような攻撃に出たことに驚いたのか、鈴音は攻撃をまともに受け続けてしまう。
そして、連続パンチがヒットする度に甲龍のシールドエネルギーが削られていく。
銃撃に比べて素手の殴打によるダメージは小さいので、大局的に見れば無視しても問題は無い。
しかし、プライドの高い鈴音にとって一方的に殴られ続けるのは我慢ならないことだった。
「くっ…。調子に乗らないでよね!」
青龍刀での反撃に出ようとするが、間合いが近すぎるので上手く攻撃出来ない。
舌打ちすると、鈴音は甲龍の装備である龍砲の制御を始める。
(顔面をふっ飛ばしてやるわ!)
(彼女の表情…。そろそろ来ますか。)
「喰らえ!」
不可視の攻撃、龍砲が放たれる。
相手からはどこに狙いがつけられるているか分からず、放たれた一撃も視認不可能。
故に龍砲は大きなアドバンテージを持っている。
しかしそれは、情報がない相手に対して、だ。
「嘘!避けた!?」
ファイズは亀のようにしゃがみ込み、顔面へ向けて放たれた砲撃を回避した。
必殺と思っていた一撃が回避されたことで驚愕の声を出す鈴音だが、相対する琢磨も内心は冷や汗ダラダラだった。
(や、やはり顔を狙ってきましたか…。苛立たせるように仕向けたのは私ですが、躊躇なく顔面狙いとか鬼ですか!?完全防御があるからといって…。)
琢磨は鈴音を冷静でいられなくする為、敢えて素手での連撃を仕掛けた。
ファイズエッジや銃撃に比べてダメージが少ないものの、殴られ続けた者は内心穏やかではいられないからだ。
琢磨がこの回りくどい戦法を使ったのは、冷静な状態で放たれる龍砲を恐れていたから。
放たれる場所も攻撃も見えないこの装備は相手を一方的に叩き伏せるだけの力がある。
(まずは接近するところからと思っていましたが、相手から近づいてくれたのはラッキーでした。作戦は成功し、見事に彼女は苛立ってくれた。それに、今の一撃で弱点も見つけましたよ。貴方は相手を見て、その地点に攻撃を放つ癖がある。ならば貴方の視線から逃げ続ければその恐ろしい一撃を喰らうことはない!)
自分が優位に立ったことを確信し、さらに攻め立てようとする琢磨。
(こいつのこの表情…、もしかして、全部狙ってたってこと?…やってくれるじゃない。でも、それでアタシに勝てると思わないでよね!)
一方の鈴音も、自分が嵌められたことに気づいて頭を冷やし始める。
甲龍のシールドエネルギーは先の攻防で大分削られたが、短い期間で代表候補生の座を勝ち得た鈴音はその状況を覆す自信があった。
勝負はこれから。
アリーナの外壁が轟音と共に破られて見たことも無いISが内部に侵入したのは、両者がそう思った丁度その時だった。