最弱無敗の神装機竜――四天の竜――   作:パNティー

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 投稿、遅れて申し訳ございません。

 学校の定期テスト勉強中ずっと「満足ぅ!」と叫びながらずっと小説の方を書いてました。やっと終わって嬉しいです。

 今回も長いですが、満足していってください。


Part3 転入、そして新たな生活

 模擬戦の後に、湯浴みをするのは、リーズシャルテの日課だ。戦闘の後の精神が昂ぶる。無駄のない、しかし、年頃の少女らしい起伏のある肌の上を、熱い水滴が流れ落ちていく。

 

 「ふぅう……」

 

 戦闘直後の高揚感、勝利の満足感。それを何度もリーズシャルテは味わってきた。

 

 (でも――、なんだろう? この気持ち……)

 

 しかし、そのどれとも、今日の感覚は違っていた。

 

 『リーズシャルテ! 俺を信じろ!』

 

 幻神獣(アビス)が襲撃してきたあのとき、ジークは自身が傷つくのをかえりみず学園(アカデミー)の女生徒を助けた。戦闘もそうだ。あれほど綺麗に輝き、『負けた』と思った男など見たことがない。

 

 (ああゆう男も、いるんだな)

 

 新王国が設立され、その王女となったリーズシャルテにとって、旧帝国の象徴である『男』など自分の敵、あるいは、踏み台に過ぎない存在だと思っていた。旧帝国へのクーデターを計画した自分の父親からすらも、愛情を感じたことはない。恋愛感情などというのも、一度も抱いたことはなかった。

 

 でも――。

 

 (これを見られてしまったのが、あいつでよかったかもしれないな)

 

 自分の下腹部、へそのすぐ下を指先で撫でながら、リーズシャルテは、もどかしい気持ちになる。知られてはならない秘密だったのに、今は嬉しいとすら思えるのが、不思議だった。

 

 「……結婚かぁ」

 

 決闘の前に契約した、『負けたら結婚』。試合自体は幻神獣(アビス)の乱入により引き分けだが、乱入がなかったら負けていた。

 

 「ッ……!」

 

 リーズシャルテは『結婚』という文字に、急に恥ずかしくなりお湯を含ませたタオルで、誤魔化すように顔を拭う。

 

 「ジーク……か」

 

 形のいい少女の唇が、呟くと自然に綻んだ。

 

 「男の中にも、頼りになるヤツがいるんだな……」

 

 その一言で、リーズシャルテは、自分の感情に気づいた。 初めて、『人』で、欲しいものを見つけたのだと。

 

 

 ☨

 

 

 燃えるような茜色が、窓から差す部屋にリーズシャルテは入る。

 

 「あ、リーズシャルテ様」

 

 部屋には、先客がいた。旧帝国の王族の証である、首輪をつけた銀髪の少年、ルクス・アーカディアだ。

 

 「どうだ。ジークの容体は?」

 

 「はい。先程、医師が来てもう大丈夫と言ってました」

 

 ルクスからそう言われて、リーズシャルテは「そうか」、と安堵した。

 

 「それにしても――ジークの身体って傷だらけなんですね」

 

 そう言って、ルクスは視線をリーズシャルテからジークに戻した。リーズシャルテも見ると、

 

 「な、なんだこの傷の量」

 

 思わず絶句してしまった。胸の包帯で隠れて見えない部分もあるが、ジークの身体は無数の裂傷の跡がある。腹には抉った様な深い傷の跡も。

 

 「この傷は一体?」

 

 「わかりません。五年以上も一緒にいますけど初めて知りました」

 

 リーズシャルテはルクスに問うが、ルクスは首を横に振った。

 

 「あ、さっきアイリに来て欲しいって言われていたので少しジークをお願いできますか?」

 

 「ああわかった。まかせておけ」

 

 ルクスは、リーズシャルテにお辞儀をすると部屋から出て行った。

 

 「―――」

 

 取り残された、リーズシャルテは不思議に思って裂傷痕を撫でる。だが、その手を誰かの手が握った。

 

 「――余り、『ジーク』の傷を撫でないくれないか?」

 

 聞いた声だが、初めて聞く声かもしれない。リーズシャルテは握られた手を辿ると、いつの間にか目覚めたのかジークがじっとリーズシャルテを見つめていた。

 

 「あ……。お、起きたのか!?」

 

 ジークは身体をベットから起こすと、包帯を撫でた。

 

 「やれやれ。無茶をするなとはいつも言っているのに」

 

 自分には言っているのに、まるで他人ごとのように言っている。

 

 「お、おい。ジーク、一体どうした?」

 

 「ジーク? ああ、違うよ俺は『フローリア』」

 

 「――え?」

 

 目の前の『ジーク』が、急に『フローリア』と名乗ったことにリーズシャルテは首を傾げた。

 

 「ふむ、その反応だと『ジーク』から多重人格だと聞いてないのか?」

 

 「……そう言えば、決闘でそんな事を言っていたな」

 

 リーズシャルテは思いだしたかのように呟いた。フローリアを良く見ると、瞳が深碧から黒に。髪形も変わっていて赤い部分が青くなっている。

 

 「そう、今は『ジーク』が寝ているから意識の権限が俺に移ってる」

 

 「じゃあ、お前は――」

 

 「フローリア=ザン・ジーク・エリック・ルーカス。この姿では初めてだね」

 

 ふっと、フローリアは微笑んだ。

 

 「さて、なぜ俺が出てきたかというと。今回の幻神獣(アビス)の出現についての、警告だ」

 

 「警、告?」

 

 無言で頷くフローリアの表情は、真剣だった。

 

 「たしか、今は三年生がいなかったんだよな。で、決闘時に現れた幻神獣(アビス)。不自然とは思わないか?」

 

 「……たしかに」

 

 言われて思い返してみると、不自然な点はたくさんある。城塞都市なのに警鐘が鳴ってない、リーズシャルテとジークが披露困憊しているタイミングで現れる。

 

 「まあ、下手人は警鐘を鳴らさなかった王都警備隊、信用度も考えると隊長ってところか。三年生がいないのを知っているから情報を流したと考えて、学園(アカデミー)にも裏切りはいるだろうな」

 

 淡々と言うフローリアに、リーズシャルテは舌を巻いた。あの場で起きた数少ない情報で、ここまで推理するフローリアの頭の回転、冷静に判断する思考にだ。

 

 「……なあ、一つ聞いていいか?」

 

 リーズシャルテはふと浮かんだ疑問を、フローリアに問いかけた。

 

 「その傷、さっきお前は『ジーク』って言ってたよな。それって、どう言うことだ?」

 

 「…この傷は、旧帝――余計な事を言うなよフローリア」

 

 急に、フローリアの言葉を遮るように怒気が含まれた声が、『フローリア』の口から出た。いつの間にか変わっていたのか、『ジーク』になっていた。

 

 「『俺』が失礼しました、リーズシャルテ様。この傷は、ちょっと言えない事情がありまして」

 

 怒気が失せ、いつのも飄々とした声で謝罪の言葉を出す。

 

 「あ、ああ平気だ。そ、それよりも、傷は痛むか?」

 

 リーズシャルテは、どこか落ち着かない様子で、ジークの顔を覗き込むように見る。ジークはこくりと頷いた。

 

 「ありがとうございます。俺みたいな奴、手当してくれて」

 

 「何を言っている。お前はわたしたちを守ってくれた。それだけで手当てする理由になるだろう」

 

 「結構さっぱりしてますね。姫様は」

 

 ジークがぎこちない笑顔を浮かべて言うと、

 

 「ああ、そうだぞ。わたしはとても、実力のあるものには寛大で、鷹揚なお姫様なんだ」

 

 リーズシャルテは嬉しそうに、愛らしい笑みを返してきた。彼女が少し前までジークに抱いていた警戒と敵意は、すっかり消えてなくなったらしい。幼いというより、純真無垢で正直な態度が、清々しかった。

 

 「うんうん。なかなか使えるヤツじゃないか」

 

 と、どこか頬を赤らめて頷く姫君に、ジークも自然と笑みをこぼしていると、

 

 「よし、ジーク。わたしはお前を全面的に信じよう。だから、わたしの秘密を話す」

 

 リーズシャルテはいきなり、そんなことを言ってきた。

 

 「秘密すか?」

 

 「そ、そうだ。わたしがお前に決闘を仕掛けた理由だ。アレを見られたからには、そのまま逃がすわけにいかなかったんだ。だ、だから――」

 

 「あー。その件は、その、すんません、全部見ちゃって。……でも、綺麗でしたよ?」

 

 「お、思い出させるな馬鹿ッ! わたしが言いたいのは――」

 

 赤くなったリーズシャルテに枕を投げられて、ジークは視界を塞がれた。えー、褒めたのにぃ。相変わらず、上手くいかない。そう思って、ジークが目の前の枕を取ると――、

 

 

 「そ、その――、これだ」

 

 

 信じられない光景が、目の前に広がっていた。窓から差し込む夕陽の中で、リーズシャルテの肌が見えていた。制服のブラウスを上まで捲り上げ、スカートをおろし、ほんの少しだけ、下着をずりさげ、めくれさせている。まるで、見て欲しいとでもいうように。西日のせいだけじゃなく、目を逸らしたリーズシャルテの頬は、羞恥で赤く染まっていた。まぁ、あれよ、エロいね!

 

 「……そういうわけだ。これがお前に、決闘を挑んだ本当の理由だ。あのとき風呂場で、これを見られたから――」

 

 「……」

 

 こうね、なんて言うの。幼さを残している体つきなのに、成長途中の少女の生々しい丸み。その未成熟な美しさ、いいよネ!

 

 「な、何を黙っているっ!? 何とか言ったらどうだ!?」

 

 「似合ってます。その白い下着――」

 

 「うわあぁああ!? アホかお前ッ!? ドエロ! 死ねッ!」

 

 褒めたのにまた失敗したよ! 何でよっ!? ジークが後悔しているうちに、顔から火を噴いたリーズシャルテが、慌ててスカートを引き上げる。だが、ジークには、それ以外のものもしっかり見えていた。

 

 「その紋章は……、もしかして――旧帝国の?」

 

 「……や、やっと気づいたか? ―――ということは、まだ誰にも、このことは言っていないんだな?」

 

 ジークが頷くと、服を直したリーズシャルテは、椅子に座った。黒い竜を象った、旧帝国の紋章。その烙印がリーズシャルテのへその下、下腹部にあったのだ。

 

 「一体、どうして――」

 

 「それはまだ教えられない。だけど、この紋章のことは、誰にも言わないでくれ。お願いだ。約束してくれるか?」

 

 「……」

 

 旧帝国の姫の身体に、旧帝国の(しるし)がある。裏切りか、血統の詐称か。確かに知られれば、あらぬ疑いを招きかねない。それを見たジークも、自然と腹の傷に手を伸ばしていた。しかし、それに気づいた者はいなかった。

 

 「大丈夫っすよ。誰にも言いませんって」

 

 「本当か? 誓えるか?」

 

 「ええ。俺の機攻殻剣(ソード・デバイス)に誓って」

 

 ジークはこくりと頷いた。それを見たリーズシャルテは、ほっと息を漏らし、笑顔を見せた。

 

 「あと、そのぉ……。―――決闘前に約束したことなんだが」

 

 「約束?」

 

 「わ、忘れたとは言わせないぞ! ほら、私が負けたらお前の告白を承諾して、結婚するっていう――」

 

 ああ、あったねそんなこと。幻神獣(アビス)に必死だったから忘れてたよ。

 

 「試合は引き分けに終わったけど。その――け、結婚してやる!」

 

 「――えええええっ!?」

 

 リーズシャルテから出た言葉に、一瞬フリーズしたジークだが、驚愕の声を口に出した。だって、予想外過ぎるでしょ!?

 

 「お、落ち着きましょう! いいんですか? 俺みたいな仕事も安定してない一般市民で?」

 

 「なんだよお前、国のお姫様が結婚してやるっていうのに嬉しくないのかよ」

 

 「いや、嬉しいですけど」

 

 不満げに頬を膨らませるリーズシャルテ。女心ってよくわかんないや。

 

 「じゃ、じゃあ、友達ってことじゃダメですか?」

 

 「うーん……まぁ、お前がそう言うならそれでいいか」

 

 納得いってないリーズシャルテだが、友達で手を打ってくれた。

 

 「えーとじゃあ、ほら」

 

 「ん?」 

 

 ほうっと、溜息を吐いたジークに、リーズシャルテは手を差し出した。

 

 「友達なら握手するのが当たり前だろ?」

 

 そう言うリーズシャルテは、少し頬が赤らんでいた。

 

 「……」

 

 ジークはリーズシャルテの手を取る。その手はジークと比べると小さかったが、温かった。

 

 「よろしくお願いします」

 

 「うむ! よろしくだ!」

 

 ジークとリーズシャルテは笑顔で挨拶を交わした。

 

 「よし。ではこの件は一件落着だ。というわけで、ジークとルクスには明日から、正式にこの学園に来てもらうぞ」

 

 「そういえば、元々そういう話でしたね」

 

 色々あったが、これで本来の雑用仕事に戻れる。ジークがそう思ったとき、

 

 「あ、ちなみに整備士見習いの雑用は解約させたからな? 明日からお前は、うちの学園に、士官候補生の生徒として通ってもらう」

 

 「あ、はい。わかりま――って、えぇぇえええええっ!?」

 

 思わず、叫んでしまった。

 

 「じょ、冗談っすよね……? だって、ここって女学園――」

 

 「そ、それと、わたしのことは級友らしく、『リーシャ』と呼んでくれ。後、二人きりの時は様は付けなくていいぞ。約束だからな」

 

 どうやら止めることは出来ないらしい。リーシャのはにかんだ笑顔がそう物語っていた。

 

 「わかったよ、リーシャ。あ、ルクスに会いたいから肩を貸してくれないか?」

 

 「ああ、いいぞ」

 

 まだ傷が残っているため、リーシャに肩を借りようと手を伸ばした。

 

 「おわっ!?」

 

 だが、リーシャは躓いてジークに向かって倒れる。まだ体力が回復していないジークは下敷きになるのが精一杯だった。

 

 「いてて」

 

 少女特有の良い香りがジークの鼻腔をくすぐる。

 

 「お、お前――」

 

 「ん……? あ――」

 

 リーシャから震える声がして下を向くと、ジークの右手がリーシャの胸を掴んでいた。顔を真っ赤に染め、プルプル震えるリーシャ。

 

 「ま、待て! こ、これは不可抗力っていうもので――」

 

 慌てて起き上がり、リーシャを宥める。だが――、

 

 「このドエロ! 死ね!」

 

 「グフアァ!」

 

 リーシャから放たれた鋭いアッパー。ジークは部屋の扉を突き破り、廊下に投げ出された。多分、傷は開いた。

 

 

 ☨

 

 

 「――というわけで、彼らが今日からこの学園に通うことになった。名前を」

 

 翌日の学園の校舎二階、二年生の教室の朝。担当クラスの女教官、ライグリィ・バルハートの紹介を受ける、『場違い』な者がいた。

 

 「えっと、ルクス・アーカディアです。よろしくお願いします……」

 

 とりあえず、ぎこちなく挨拶をするルクス。

 

 「ジーク=ザン・フローリア・エリック・ルーカス。なあ――俺の名前が長いと思った奴」

 

 ジークは一拍置いて視線を全体に巡らせる。そして、

 

 「―――俺も思う」

 

 ガクっ!

 

 ジークが言った言葉に全体はずっこけそうになった。

 

 「なんでそんなテンションで話せるの?」

 

 「ルクスみたいにコミュ障じゃないからー」

 

 呆れ顔で言うルクスに、肩を竦ませて返すジーク。だが――、

 

 (やっべー、帰りてー)

 

 ジークの心の中は、帰りたい気持ちが大半を占めていて、それを表情に出さないでいるのが精一杯だった。

 

 そう、リーシャの強引と、『将来の共学化を検討しての試験入学』として、仮入学ながら許可を出した学園長のレリィによってジークとルクスはここにいるのだ。何気に、同じクラスにいるリーシャは笑顔でこちらを見ている。

 

 小さなどよめきが、教室中に満ちている時。

 

 

 「……あ。ルーちゃんとジーくんだ」

 

 

 ジークとルクスが内心で帰りたいっと思っていると、ふいにそんな声が聞こえてきた。

 

 「――え?」

 

 「うん?」

 

 教室の窓際の席にいた、桜色の髪を持つ少女。ふわりとした髪は、二つのリボンでまとめられ、少女のぼんやりとした雰囲気に、よく合っている。そして、制服を大きく押し上げている豊かな胸が、どこか幼さの残る顔の少女に、不思議な魅力をもたらしていた。

 

 「久しぶり、だね」

 

 柔らかな声で、少女はルクスに微笑みかける。その間延びした喋り方と、独特な空気に、ジークとルクスは覚えがあった。

 

 「えっと、もしかして、フィルフィ……?」

 

 「うん、そうだよ」

 

 ルクスの問いに、少女が頷き、確信する。

 

 フィルフィ・アイングラム。大商家、アイングラム財閥の次女にして、ルクスの幼馴染みにして、ジークの友達でもある少女。更には、学園長――レリィ・アイングラムの実妹だ。

 

 実際に会うのは、七年ぶりだろうか。当時、旧帝国とつき合いのあったアイングラム家で、歳が同じということもあり、ジークも入れて幼い頃はよく三人で一緒に遊んでいたことを、ジークは覚えている。

 

 「学園に通うんだ? 嬉しいな。よろしくね、ルーちゃん、ジーくん」

 

 「俺も久しぶりに会えて嬉しいよ。それに、前より可愛くなったね、フィーちゃん」

 

 あんまり嬉しくなさそうな棒読みで言うフィルフィと、ナチュラルに口説くジーク。もともとフィルフィは感情表現が苦手な女の子だということを、ジークとルクスは知っている。だが、こう見えて、本気で喜んでくれているのだろう。

 

 「あ、うん。こちらこそ、よろしく」

 

 ルクスがそう挨拶を交わすと、教官のライグリィが、「よし、ルクス。お前の席はその子の隣だ」と指さした。

 

 「俺は――」

 

 ジークも席を決めようと周りを見渡す。

 

 「……」

 

 先程からこちらに笑顔で視線を向けてくるリーシャと目があった。リーシャの隣の席は、偶然(・・)にも空いている。

 

 「えっとじゃあ、俺はリーシャ様の隣でいいですか?」

 

 ジークがライグリィに許可を取ると、「いいぞ」と言った。

 

 「どうも。リーシャ様」

 

 「うむ! よく来たジーク――」

 

 「フィーちゃん、でしょ?」

 

 リーシャとジークが挨拶を交わしていると、窓側の方からそんな声が聞こえてきた。ジークは首だけ動かして見ると――、

 

 「……えっ? ここでその呼び方で呼ぶのッ!?」

 

 「………」

 

 こくっと、フィルフィは頷いて肯定を示す。

 

 (そ、そうだった……!)

 

 (あー……そういえば)

 

 と、ルクスは冷や汗と共に、ジークはぽっと思いだした。フィルフィは、昔から気に入った相手に対しては、愛称で呼び、呼ばれる仲を求めてくる。ちなみに、ジークは「ジーくん」と呼ばれている。

 

 「き、気持ちは嬉しいけど、さすがにここではさ……。一応ほら、僕たちももう、いい歳なんだし、士官候補生なんだし、学園なんだし……」

 

 ルクスのことだから、見知らぬ同級生の前で恥ずかしいのだろう。しかし――

 

 「………」

 

 プイッ。言い訳するルクスを見て、フィルフィはそっぽを向いた。ざわざわ、と、クラスメイトたちのどよめきが、聞こえてきた。

 

 「皆、騒ぐな。授業を始めるぞ」

 

 ライグリィの声で、教室はいったん落ち着きを取り戻す。だが、急な編成で、ジークとルクスの手元には、まだ教科書がなかった。

 

 「フィルフィさん。教科書、一緒に見せてくれない?」

 

 「………」

 

 無視されている。

 

 「フィ、フィルフィ。こ、これくらいでいいでしょ? ほ、ほら、今は授業中だしさ……」

 

 「………」

 

 無反応だ。焦っているルクス。面白い。

 

 「……ねえ、フィーちゃんってば」

 

 「何……? ルーちゃん」

 

 ルクスがどうにか声を絞り出すと、フィルフィはルクスに顔を向け、そう言った。

 

 「きょ、教科書一緒に見せてもらってもいいかな……?」

 

 「うん、いいよ」

 

 その瞬間、くすくすと、教室中から笑い声が漏れる。

 

 「かわいー」「フィーちゃんだって」「あの二人、そういう仲だったんだ?」

 

 そんな声がいくつも聞こえ、ルクスは顔が真っ赤になった。思わず、ジークも腹を押え、笑いを押し殺した。

 

 「ふふ、くくく……! あー、面白い。あ、リーシャ様」

 

 「――シャ」

 

 「……え?」

 

 「リーシャって呼べ」

 

 そう言って、リーシャは頬を少し染め、目線を逸らす。

 

 「え、でもあれは二人きりの場合……」

 

 「い、いいだろ別に! リーシャの方がいいんだよ!」

 

 えー、何その強引。

 

 「えっとじゃあ、リーシャ」

 

 ジークは顔を近づける。自然とリーシャの鼓動は上がった。

 

 「ま、待てっ! こんなクラスメイトの目の前でそんな――」

 

 「寝癖が付いてるぞ」

 

 「……え?」

 

 ジークは手をそっとリーシャの頭に乗せて、寝癖を直す。

 

 「やれやれ、女子なんだからもうちょっと気遣おうぜ」

 

 そう微笑むジーク。クラスメイトも笑い声が漏れる。

 

 「あ、リーシャ。教科書を見せてく――」

 

 「こ、この……」

 

 「ん?」

 

 顔を真っ赤にし、プルプル震えるリーシャ。それを見て、ジークは首を傾げる。

 

 「馬鹿者がー!!」

 

 「ヘブライゴッ!?」

 

 リーシャの渾身の右ストレートが顔面にクリティカルヒットし、ジークは吹き飛んだ。

 

 

 ☨

 

 

 しかし、意外にもフィルフィとの恥ずかしいやりとりと、ジークが吹き飛ばされたのが功を奏したらしく、クラスメイトたちは一気に、ジークとルクスへの警戒を解いたようだった。

 

 今は昼休み。ルクスの周りには、女生徒が集まって質問責めに合っていた。だが、逆にジークの周りには誰も寄ってこない。何故なら――

 

 「ねえ、リーシャ。機嫌を直してよ~」

 

 「ヤダ!」

 

 即答である。朝の時に顔面を殴られてからジークは、リーシャの機嫌直しで忙しい。

 

 「ねえ、なんでもやるからさ(・・・・・・・・・)ー」

 

 「―――!」

 

 ジークが言った瞬間、リーシャはピクッと反応を示した。

 

 「お前今、なんでもやる(・・・・・・)って言ったよな?」

 

 「……あ」

 

 やっべー、言っちまった。

 

 「ふっ、ならばいいだろう。お前に――」

 

 リーシャが何かを言おうとした瞬間、

 

 

 「――忙しいそうなところ悪いけど、いいかしら?」

 

 

 凛とした響き。透明感のある声が、教室の中に聞こえた。妖精のように美しい相貌の少女に、ジークとルクスは見覚えがあった。

 

 クルルシファー・エインフォルク。北の大国、ユミル教国からの留学生であり、同じ士官候補生のクラスメイトだ。一昨日の事件で、ジークが投げ飛ばされ気絶させた、あの少女だった。

 

 「クルルシファーか。用なら後にしろ。わたしは今、大事な話が――」

 

 リーシャが頬を膨らませて、そう抗議するが、

 

 「ちょっと学園長から用事を頼まれたの。昼休みにその子を案内して欲しい場所があるって。だから借りていくわ。いいわね、ジーク君? それと、ルクス君?」

 

 「お、おう」

 

 「えっと……、あ、はい」

 

 案内の件は初耳だったが、助け舟だと思って、ジークは話に乗った。

 

 「じゃあ、そういうことだから」

 

 クルルシファーは、そう告げてルクスの手をそっとつかむと、廊下へと引っ張っていった。

 

 「じゃあそういう事なんでー」

 

 「あ、待てジーク!」

 

 ジークも後を追うように教室を出て行く。背後でリーシャが言っていたが、今はスルーをする。

 

 

 ☨

 

 

 教室から廊下へ出て、階段を昇る。無人の屋上まで辿り着く。そこは、学園の景色を一望できる場所だった。

 

 「ワー、ヒッローイ」

 

 「余り気持ちがこもってないわね」

 

 ジークの気持ちがこもってない声に冷静に突っ込んだクルルシファー。

 

 「えっと、ありがとう。クルルシファーさん」

 

 とりあえず一息ついたルクスは、まずお礼を言う。クルルシファー・エインフォルクの噂は、妹のアイリからも少しだけ聞いている。勉学も、体技も、装甲機竜(ドラグナイド)の扱いも、全てにおいて一流の腕を持つ、異国の少女。その常人離れした美貌も含め、学園中の人間に、一目置かれている才女だ。

 

 「助けてくれた……んだよね? たぶん」

 

 「子供っぽい顔の割に、以外と鋭いのね?」

 

 「そ、それは関係ないでしょ!?」

 

 「はっ! ルクス、まさかお前ってまだ十歳を超えてない?」

 

 「なんでジークまで言ってくるの!? ていうかジークは僕と長い付き合いだよね!?」

 

 ルクスが思わず顔を赤くすると、クルルシファーはくすっと笑い。

 

 「旧帝国の王子様のくせに、そうやってすぐムキになるところが、子供っぽいのよ。あなたも元はいえ皇族なのだから、こんな見え透いた挑発なんて、皮肉のひとつも交えて返してみて欲しかったわ」

 

 「ワー、オットナー」

 

 「……」

 

 クルルシファーとジークの言葉に、ルクスがへこんでいると、

 

 「でも、それ以外は褒めているのよ? 感心しているといってもいいわ。私の意図に気づいてくれて。手間が省けたわ」

 

 「んーとじゃあ俺も?」

 

 「そうよ。話したいことがいくつかあるけど。まずはひとつよ」

 

 そう言って、透き通った瞳を、ジークに向けてくる。

 

 「どうして昨日――、あのとき倒してしまわなかったの?」

 

 「……それって、どっち? リーシャ? それとも、幻神獣(アビス)?」

 

 「私は両方倒せたと思っているのだけど? あなたがその気になりさえすれば――」

 

 見透かすようなクルルシファーの視線に、ジークは首を横に振った。

 

 「……無理だ、俺ってあんまり強くないし」

 

 数秒の間を開けて、そう答えた。

 

 「俺は機竜使い(ドラグナイド)公式模擬戦(トーナメント)では、一度も勝ててないし、むしろ全敗中だし」

 

 相手と互角に戦い、そして負けるスタイルから名付けられた、『道化師』の二つ名。

 

 「本当にそうかしら? あなたもあなたの神装機竜はまだ全力じゃないんじゃないの?」

  

 「あれが全力さ、俺の《オッドアイズ・ドラゴン》は汎用機竜ぐらいまでしか出力を出せないんだ」

 

 そう言うと、クルルシファーはジト目を作り、

 

 「……そう安心して。言いたくないことまで、無理に言えというつもりはないわ」

 

 「あれ? もしかして信用されてない?」

 

 ジークが笑みを作ると、クルルシファーは、心を読んだように言う。

 

 「貴方も私と同じで隠し事をしている人よ。だいたいわかるわ」

 

 なるほど、この人と俺は同じタイプらしい。

 

 「クルルシファーさんは、機竜使い(ドラグナイト)のことを学ぶために、ユミル教国から留学に来ているの?」

 

 ルクスが何気なく聞く。

 

 「それも、目的のひとつには違いないわね」

 

 なんというか、とらえどころのない言い方を好むらしい。

 

 「じゃあ、他にはどんな目的があるの? 伯零令嬢だって聞いたけど、新王国と交流を結ぶためとか――」

 

 「……ねえ、『黒き英雄』って、あなたたちは知ってる?」

 

 ルクスの言葉を断ち切って、クルルシファーが尋ねてくる。

 

 「えっ……?」

 

 「たった一機の――正体不明の装甲機竜(ドラグライド)を使い、帝国の装甲機竜(ドラグライド)約千二百機のほぼ全てを破壊して、敗北へと追い込んだ怪物。所属も目的も不明。その使い手は、現在の新王国にその姿は確認されていない――」

 

 クルルシファーが区切ったところで今度は、ジークが口を開いた。

 

 「旧帝国にとっては滅びの悪魔、新王国にとっては、伝説の英雄として語り継がれている。新王国に住んでいるなら絶対は聞く噂だ」

 

 「……僕も、噂くらいなら、聞いたことはあるけど――」

 

 「………」

 

 ルクスの答えに、クルルシファーは何も言わない。ただ静かに、屋上の手すりの前で、眼下の景色を見下ろしていた。

 

 「あの……?」

 

 「私からひとつ、あなたたちに雑用の依頼があるわ」

 

 「え?」

 

 「ん?」

 

 「『黒き英雄』を探して。私は、その人に用があるの」

 

 「……!?」

 

 「ん、わかった」

 

 ルクスは驚いたが、ジークは余り気にしなかった。

 

 「じゃあ、改めてよろしく。クルルシファー・エインフォルクさん」

 

 ジークは普段通りの笑顔でクルルシファーに手を伸ばす。

 

 「ええ、よろしく」

 

 クルルシファーもくすっと微笑んでジークの手をとる。

 

 (ッ……!?)

 

 クルルシファーとジークの手が触れ合った瞬間、ジークの脳内に電気が走った。

 

 「……? どうしたの、ジーク君? 訝しげな顔をして」

 

 「っ……! い、いや、なんでもない」

 

 クルルシファーの手を握って、少し険しい顔をしてしまったらしい。

 

 ゴーン! と、大きな鐘の音が、時計塔から響いてきた。

 

 「あ……」

 

 「午後の授業が始まるわね。次は装甲機竜(ドラグライド)の実技演習だから、急いだ方がいいわ」

 

 それだけ言うと、クルルシファーは屋上から降りる階段へ、ゆっくりと歩いていく。だが、手前で止まって振り返る。

 

 「そういえば、あなたたちは、お昼は食べたの?」

 

 「えっ……!?」

 

 (そ、そういえば、まだだった!)

 

 ジークもルクスも教室でリーシャの機嫌直しと質問責めで昼は何も食べてないのだ。そう意識した瞬間、きゅるる、とお腹が小さく鳴り、ルクスは顔を赤くする。

 

 「がんばってね。可愛い雑用王子様」

 

 クルルシファーはふっと微笑み、そのまま立ち去っていった。

 

 「………」

 

 ルクスが項垂れているその脇で、ジークはずっとクルルシファーを見つめていた。

 

 「彼女…もしかして……」

 

 だが、ジークの言葉は誰も聞こえず、風に流された。

 

 

 ☨

 

 

 「あーもう、疲れたぁあぁあ……」

 

 「文句を言うなよ。泊まれる屋根があるだけでありがたいと思え」

 

 その日の夜。ジークとルクスは女子寮に併設された大浴場を、ごしごしと磨いていた。

 

 「そもそもここの屋根を壊したのジークなんだからジークがやればいいじゃん」

 

 「~♪」

 

 ジークは口笛を吹いて聞いてないふりをした。ルクスは恨めしい目線を送るがジークはどこ吹く風と口笛を吹き続ける。

 

 『おい、ジーク』

 

 「ん? どうすったのフローリア」

 

 ジークは声をかけられ、目線を上にあげるが、そこは虚空だった。しかし、ジークには見える。何故ならジークの多重人格の一つ、『フローリア』だからだ。

 

 『まさか本当にここに残る気か?』

 

 「そうだけど」

 

 『はあ、わかっているのか? ここは女学園なんだぞ?』

 

 「いやでもさー、天国みたいなところだぜ?」

 

 勉学に励みつつ、ルクスの借金を返せて、更には身の安全まで保証されている。そして何より――装甲機竜(ドラグライド)の訓練が日常的に可能だということ。

 

 「そういうお前こそ、女の子で興奮してんじゃないのか? この変態」

 

 『ば、馬鹿なことを言うな! エリックじゃないんだし』

 

 「ホントかな~?」

 

 ジークがフローリアと会話しているのを、離れたところで見ているルクス。

 

 「また、フローリアとでも話しているのかな?」

 

 ルクスにはフローリアの声はジークと入れ替わってないと聞こえないが、前に何回か入れ替わっているところを見たことがし、この光景も何度か見たことがあるので、不思議には思わない。

 

 「そう言えば、あと二人もいるらしいけど誰なんだろう?」

 

 ルクスが呟いたところで、コンコンという軽いノックの後、脱衣所への扉が、いきなり開かれた。

 

 「わ、わわっ!? ごめん! もうお風呂は終わってて、今はちょっと――!?」

 

 ルクスが慌てて、弁明の声を上げると――。

 

 「期待に添えなくてごめんさい、兄さん。見たかったですか? 私たちの裸」

 

 妹のアイリと、その友人である三和音(トライアド)の一年生、ノクトがいた。ちなみに、二人とも服はちゃんと着ている。狼狽しているルクスを見てジークはからかうように笑う。

 

 「キャー、ルクス君女子の裸でも想像してたのー(棒)」

 

 「な、何言ってるんだよッ!?」

 

 「Yes. ですが、仕方ないかと。年頃の男性は、普段から何かと大変だと聞いてます。肉親に対して欲情するのは、果たしていかがなものかと思いますが」

 

 「何で僕が、裸を期待してたって前提になってるのさ!?」

 

 「まあ、いいですけど。唯一の家族同士、今度一緒にお風呂でも入りましょうか?」

 

 「アイリ……。恥ずかしいから、人前でそういう冗談言わないでくれる?」

 

 ルクスが頬を赤らめて抗議すると、アイリも少し恥ずかしかったのか、こほん、と咳払いをして誤魔化した。

 

 「それで、僕たちに何か用? もう、今日の依頼はこのお風呂掃除で最後だから、急ぎの仕事じゃなければ、ちょっと待っててくれると――」

 

 と、背筋を正したルクスに、アイリとノクトは、苦笑した。

 

 「ええ、ちょっとしたお仕事です。後で女子寮の大広間に、まっすぐ来てください。寄り道禁止ですよ。それじゃ」

 

 アイリがさらっと告げ、踵を返す。

 

 「わかった。すぐ行くよ」

 

 「Yes. 楽しみにしていてください」

 

 答えたルクスにお辞儀すると、ノクトもアイリと一緒に、浴場から出て行った。完全に姿が消えたのを確認したジーク。

 

 「前に会った時より綺麗になったね、アイリ。今度、食事でも――」

 

 「アイリに口説いたら全力で殴りに行くよ、ジーク?」

 

 「……冗談だよ、ルクス」

 

 ジークは溜め息と肩を竦ませた。

 

 「それよりも、楽しみってなんだろ?」

 

 ルクスは首を傾げて呟いたが、ジークは「さあ?」と言って結局わからなかった。

 

 

 ☨

 

 

 大浴場の掃除が終わり、依頼主の寮母さんにチェックをしてもらった後、ジークとルクスは休憩も入れず、アイリたちに言われた大広間へ向かっていた。

 

 「そういえば、僕も皇族だったんだよな……」

 

 「ん? 何だよ急に」

 

 「いや、ジークとも長い付き合いだなと思って」

 

 ジークとはルクスが七歳まで宮廷で過していた以前からの友人だ。王位継承を剥奪された後は城外で過ごしていたから合う機会がなかったが。十二歳の時に起こったクーデターで、一度は拘留されていてたルクスとアイリだったが、その後は新王国の政権が誕生すると同時にルクスは咎人となり、牢獄から出られた。

 

 そして、城の外で待っていたのが、ジークだった。

 

 『よっ。久しぶりだな』

 

 身長は抜かれ、全体的に大人になっていたジークだったが、性格は変わっておらず、昔からの友人が生きていたことにルクスは安堵した。その後は、ルクスの借金を返すためにジークに協力してもらい、一緒に暮らしていた。

 

 「ねえ、ジークは僕が宮廷に住んでいた時から居たよね?」

 

 「そうだけど」

 

 「ジークは、何で宮廷に居たの?」

 

 「……なんとなくさ」

 

 ジークは、はぶらかすように言った。

 

 「……えっと、大広間だったっけ?」

 

 階段を降りた広間に、アイリとノクトの姿が見えた。

 

 「ちゃんと寄り道しないで来てくれましたね。兄さんたち」

 

 「Yes. 早く来てくださって助かりました。では、こちらへ来てください。みんながお待ちかねです」

 

 「みんな?」  

 

 ルクスが首を傾げて尋ねるが無視され、アイリがルクス、ノクトがジークの手を取る。そのまま渡り廊下を挟んで、食堂へ。

 

 「ん? 食堂は確かもう閉まってなかったっけ?」

 

 食堂は閉まっている時間だ。ジークとルクスはそう思い、首を傾げて中に入ると、

 

 

 「編入――おめでとう」

 

 

 少女たちの声が、一斉に聞こえてきた。

 

 「「え……?」」

 

 正面を見ると、大きなテーブルの上に、たくさんの料理が載っていた。それも、ジークが見たことがない物がたくさんある。

 

 「これって――まさか?」

 

 「そう、君たちの編入祝いだよ」

 

 ルクスの反応を見て、三和音(トライアド)のシャリスが軽く微笑んだ。見れば、小さなパーティー会場のように食堂がセッティングされ、何人もの生徒たちが、そこに集まっていた。

 

 リーズシャルテ、クルルシファー、フィルフィ。シャリス、ティルファー、ノクトの三和音(トライアド)。そして、同じクラスの生徒数名と、ライグリィ教官までもが隅に座っていた。

 

 その光景は、ジークにとって一度も経験したこともなくて。まるで、憧れてたものが目の前に広がっていた。

 

 「あの、もしかして――僕たちのために?」

 

 「……まあ、私たちが寄り合って企画した、簡易的なものだからね。元王子の君たちをもてなすには、少し粗末かもしれないが、我慢してくれたまえ」

 

 三年生のシャリスが、そう言うと、

 

 「うんうん。料理はみんなの手作りだけど、私が作ったヤツの味は期待しな――って、どうしたの? ジクっち?」

 

 満面な笑顔でそう話していた二年のティルファーが、ジークの様子が変なことに気づいた。そして、この場にいる全員の視線がジークに集まる。

 

 「ど、どうしたのですか、ジークさん? 何故、涙を流しているのですか?」

 

 そう、ノクトが言う通りジークは眼から涙を流していた。

 

 「い、いや。俺ってこういうの経験したことなくてさ、嬉しくて」

 

 自分でも気づかなかったのか、ジークは服の裾で涙を拭う。それを見ていた一同はぽかんっとしていたが、

 

 「おい! なんだこの湿った空気は!」

 

 奥の椅子に座っていたリーシャが、この雰囲気を弾く様に立ち上がる。

 

 「ここはもうお前の家なんだから遠慮をするな、だから泣くなよな。そ、それに、私もこういったパーティとか行事みたいなのが苦手なんだよ。だからその、お前が喜ぶのかよくわからん。でも、一応やっといた方がいいかと思ってな……。お疲れ……いや、此度は大義であったな。ジーク=ザン・フローリア・エリック・ルーカスよ」

 

 恥ずかしそうに、少し視線を逸らしながら、呟く。その格好はジークが初めて見る、紅いドレスだった。

  

 「Yes.リーズシャルテ様は、『あなたにお礼とお祝いをしたくて企画しました。少しでも楽しんでくれれば嬉しいです』と、言いたいようです」

 

 「ち、違うぞ!? 勝手に意訳すんな! 一年のくせに!」

 

 そのやりとりを見て、他の生徒たちから、どっと笑いが漏れる。

 

 「………」

 

 あまりの驚きでしばらく固まっていたジークとルクスだが、ジークがリーシャの手を掴み、

 

 「――ありがとう、リーシャ。俺らのことを考えてくれて、嬉しいよ」

 

 本当に嬉しそうに、自然な笑顔で、そう言った。

 

 「い、いやっ……。まあそのなんだ。わたしも一品だけだが料理とかやってみたんでな。えっと……」

 

 と、頬を赤らめて慌て始めるリーシャを尻目に、シャリスがこほんと咳払いをした。

 

 「では、そろそろ乾杯といこうか?」

 

 その一言に、皆がグラスにワインを注ぎ、掲げる。

 

 賑やかな夜が、更けていった。

 

 




ジーク 「無事、転入を果たしたルクスとジーク。リーシャの提案で『騎士団(シヴァレス)』の入団試験を受けることに。語られるジークの傷。彼が『エンタメ』に拘る理由とは?

 そして動く、不穏な影……。」

 次回、Part4 過去の傷と、未来への笑顔

 という感じに、ジーク君が次回予告をしていきます。

 感想・評価・アドバイス・批判、よろしくお願いします!

 では、次回も決闘(デュエル)スタンバイ!
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