もううまく足を動かせなくなった。
流石にこれは異常だと今更ながらに自分の体の不調に気づく。
男はゆっくりと近づいてくる。焦点が合わない目で。
その光景はまるで死神が近づいてくるようだった。
「お前は…人を殺すことに抵抗は無かったのか?」
少しでも時間を稼ぎたい。せっかく助かったのにすぐに死ぬのはあんまりだ。
「うん……そういえば…僕は、人殺しか…そういうことになるのか…これはまずいな…捕まったら大変じゃないか…」
奇妙な表情で、男が狼狽え始める。
半分は笑いながら、もう半分は悲しそうに歪んでいる。
もう目の前の男から人間性を感じられない。
少女の姉を説得している時はもっとまともに見えたのに。
演技をしていたとしても、ここまで壊れるものなのか?
「しょうがないさ、…だって大丈夫って言われたんだもの。たくさん刺して落とせばいいって。隠してやるって。本当は殺すつもりはなかったんだよなぁ…。なんであんな声が聞こえたんだろう。でも聞こえたんだから仕方ないんだよ、これは」
男は俺とは目を合わせずに語り続ける。もはや俺には聞かせようという意思を感じない。
この男をただただ気持ち悪いと思いながら逃げる事を考える。
「この町に来るまで、殺そうとは思わなかったのに…なぁ、僕だって被害者だと思わないか?殺すつもりはなかったのに殺してしまった人間は無実だよ…」
喉が引きつりそうになるのを我慢して何とか声を出す。
「…お前、頭狂ってるんじゃないのか?」
「そうかな? わからないや。でも、うん、あれと、《《君は》》邪魔だな」
「邪魔?」
数歩先の男が少女の姉がいるコンテナを向く。
「この町には神がいる。 町を見下ろし続けたあの山に、今でもいる。だから、僕が…ふふ、僕がこうして…」
理知的な昔話は、再び曖昧な呟きになる。
何かがこの男の心を支配? もしくは心に介入している。
「あのお守り、邪魔だから奪おうとしたのか?」
あのお守りが少女の姉にとってどれだけ大切なものかはわからない。
「うん、そう。あのお守り、あんなに小さくてボロボロなのに、きっちり持ち主を守ってて…そして、君も」
いきなり話の内容を俺に向けられる。そのことに少し理解が遅れる。
「俺?」
「そう、君だ…無意識なのかしらないけど、あの姉妹を守ってるんだ…微力だけどね…それでも邪魔なんだ」
男が一歩踏み出す。
「どうせお守りが手に入らないなら…」
また一歩、男との距離が縮まる。
「せめて君は消そう」
逃げ出そうにも…体は動かない。
足に力が入らなくなりコンテナを背に地面に尻が着く。
何か言おうとしたが何も言葉は出てこない。
男は一歩、また一歩と近づいてくる。
その光景を見たくなくて目をつぶる。
目をつぶっても足音が近づいてくるのがわかる。
目の前まで来たとき鉄の扉を開く音がした。
「待って‼」
ゆっくりと目を開ける。
コンテナの扉を開けてこちらを涙目で見ている少女の姉がゆっくりと歩きながらこちらに来た。
「あなたが欲しいのはこれでしょ」
震える手でお守りを見せるように男の前につき出す。
「これをあげるから…彼は見逃して!」