「須賀」
「何ですか?」
「納得できひん」
「はぁ?何がですか。―――敬意を払われる事はもう諦めましょう」
「ちゃうわ。―――この前、絹と夜の街を歩いとったんや。深夜にしか開いていない幻のたこ焼き屋を探してな」
「はあ」
「その時や、ピンクのキャッチの連中に捕まってしまったんや」
「へぇ」
「おさわり本番無し?よう解らんけどキャバで働かんか、って誘いだったんや。―――ウチは無視。絹にだけ声をかけおった」
「----」
「絹はあまりにしつこいから腹立ってそいつの股間にトーキックしとったが---いや、ホンマにな、納得できひん」
「え?何処に納得できない要素があったんですか?」
「おい、須賀。本気で言ってるんちゃうやろな?」
「先輩が水商売なんて出来る訳ないじゃないですか」
「なんやと!この美少女雀士に向かって何を言うんや!」
「貴女がキラキラのドレス着て薄暗いピンクサロンで親父共と話す会話なんて漫談と阪神談義でしかないでしょ。阪神優勝パレード見ながら一緒に法被姿の親父共と肩組み合って呑んだくれるか道頓堀に飛び込んでいるのがお似合いです。間違っても貴方が接待する相手は仕事疲れの中年じゃないでしょ」
「おう、それは皮肉か何かか。優勝から遠ざかっているウチ等に対して。ウチだってな、そんなことが出来るなら本望やで」
「とにもかくにもですよ。貴女には無理です。間違いなく」
「言うたなこの野郎。これでウチに骨抜きにされても知らへんで」
「ほほう。それじゃあ、今から俺に接待して下さいよ」
「おう。そんなもん朝飯前や。そいじゃあ須賀、ここに座れ」
「はい」
「ほいじゃあ―――は~い、どうもそこのエロそうなお兄さん。指名してくれてサンキューな。ウチ、愛宕洋榎言うねん、よろしくな~」
「はいよろしく」
「お兄さん職業なにやってるんや?」
「学生です」
「ほーう。学生さん。えらい身分やな、そんな若くてこんな店に来るなんてなぁ。やっぱアンタエロいんか?ウチの身体目的なんか?ほれ~うりうり~」
「----やっぱり駄目ですね。そそらない」
「ほう。何処がや?」
「言葉選びのセンスが古い」
「何でや。相手すんのオカンと同じ年齢位の男共やろ。古くてええやん」
「駄目に決まっているでしょ。それにエロいから入るその言語選択が致命的です。何処の場末のスナック嬢ですか貴女」
「何やとこの野郎。ウチが場末やて?このピチピチの身体捕まえとってよ―言うわ」
「それと」
「それと?」
「---しな垂れかかっても、感触が嬉しくない。ぶっちゃけ、エロスが無いです。身体にも言葉にもセンスにも」
「ほーう-----よしよし。その喧嘩買ったるわ。取り敢えずあの世にいこか?須賀ァ!!」
※
「という訳でや。ウチをエロくしてくれや」
「なあ、姉ちゃん。そろそろ突っ込むのもええ加減にさせてほしいんやけど」
愛宕家では、またしても下らない会話が繰り広げられていた。
半ば愛宕絹恵は諦めていた。もう駄目だこの女は。
「ウチに足りんのはエロスやと理解したんや。今からしっかり鍛えなあかん」
「まずもって足りないのはアンタの脳味噌の容量だと解らんのか?」
「辛辣!!」
「辛辣にもなるわこの阿呆。エロス?どの口がほざいてんねん。今のアンタが言っている事はな、コロボックルが二足歩行したいって喚いているようなもんや」
「酷い!」
「ええか?エロス言うても、それは大部分がイメージに依存しとるんや。どんなにめっちゃスタイルがいい女でも普段から甲子園で親父共と罵声挙げている幻滅必至な女にエロスを感じる程男は単純あらへんで」
「何でや!ええやんか女が野球観戦しても!」
「阿呆。野球観戦がアカン言うてる訳やないねん。そんなもん具体例でしかないねん。アンタ、自分の女らしさ一つでも自慢できるところ上げてみいや?」
「---------------------------」
「黙んなや!」
「べ、別に、考えているだけやで!」
「もう考えている時点で終了や終了。アンタがこれまで積み重ねてきた過去という歴史の中で一遍たりとも女らしさを磨こうとした事があったかいな」
「ないな!」
「断言すんなや!」
愛宕洋榎乙女化計画―――現在進行形からもう過去形に変わりつつあるこの計画は、実に頭を悩ませるものであった。
もうね。一言言わせてもらいたい。
無理。
「そんな事言わんといてや。あのビール腹のたぷたぷ顎のおじさんが言っていたやんか。―――諦めたら、そこで試合終了やって」
「アンタ、何で野球にコールドゲームあるの知っとるんか?」
「恋愛にも甲子園にもコールドゲームは無いんやで!諦めちゃあかんのや!」
「阪神の日本シリーズを幼心ながら見届けた女の言う事は違うな」
「うるさいわ!とにかく、諦めたらあかんねん。ウチはこの勝負、投げ出す気はあらへんで!」
だからエロスや、と姉は勇ましく吠える。
「こう、手っ取り早くエロスを感じさせるにはどうすればええんや?」
「脱げば?」
「絹~!頼む、そんな投げやりにならんでや!謝る、謝るから!」
※
という訳で―――急遽、愛宕姉妹は作戦会議に移る事となった。
「そもそも―――エロスって何や?」
「多分やけど、男から見て“女”を感じる瞬間の事や」
「ほう」
「男が普段絶対にやらない仕草。醸し出せない雰囲気。―――要するにや、男から見て、男との“差異”を感じる瞬間やな。まあ、一番それをアピールするにはバインバインな身体がええんやろうけどなー」
「おう。絹、喧嘩売っとるんかこの野郎」
「事実は事実として受け取り―や。それで-----アンタはな、まずもって男----というか親父共との差異があらへんねん」
「む」
「たこ焼き大好きお好み焼き大好き唐揚げ大好きスィーツおしゃれ興味なし。麻雀じゃあうるさいし煽るし落ち着きないしのスリーアウト。雀荘で呑んだくれながら打ってる連中と差異はあまりないわ」
「ぐぉう!」
「シチュエーションを考えや、姉ちゃん。女らしいシチュエーションは何か。その為にはどんな服着てどんな言葉を言えばええか。正直アンタの女らしさの欠如はセーラ先輩以上やわ」
「セーラ以上!?」
「セーラ先輩は意識的に男っぽくしとるやん。それに男らしさを演出しとるのにも女らしくすることへの気恥ずかしさの裏返しって面があって、ぶっちゃけそこらの女よりギャップあってかわええねん。アンタはなーんもギャップあらへん。自然体のまま女らしさの欠片も無い親父になってんねん」
「ぐぇぇ!!」
実際その通りだった。罰ゲームか何かでフリフリのワンピースを着込んで顔を真っ赤にして大騒ぎしていたセーラは----あ、ヤバい。確かにアレは可愛かった。同性から見ても胸にくる可愛らしさだ。セーラでさえ、あんな強力な武器を持っているというのに-----。
「ギャップ-----ほんと、何か一つの切っ掛けがあれば作れそうなもんやけどな」
グランドキャニオンの谷底なみのギャップが、確かにこの女にはある。
だがそこから意中の男を落とす為には、まずもってその谷底から這い上がらねばならないのだ。何の道具も無く。絶望以外感じられないのも致し方あるまい。ぶっちゃけ、どうすればいいのだろう。
「ごめんな、姉ちゃん-----もう、一人じゃ無理や。絶対、無理や」
「諦めちゃあかんで、絹-----!」
「だから、助っ人呼ばせてもらうわ-----」
「へ?」
スマホの通話相手を、絹恵は洋榎に提示する。
そこには、「かーちゃん」と書かれていた。
「ごめんな」
固まった姉に、妹は言う。
「もう、死ぬ覚悟でやってくれ」