雀士咲く   作:丸米

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活動報告でも書きましたが、オリジナル作品を投稿したので、興味ある方は是非是非読んでいただければ。


再始動のお時間

「洋榎」

「------はい」

「正座」

「-----はい」

「なあ、アンタ。一つだけ我が娘ながら言ってもええか?」

「何やオカン」

「アンタ------本当にやる気あるんかァァァァァァァァァァ!!」

叫ぶ。叫ぶ。とにかく叫ぶ。

近所迷惑?騒音公害?知った事か。今まさにある種の喪女への道をひた走っている我が娘へ、叫ぶ以外の思考が働かなかった。

「気になる男の子に迷惑かけまくって気を引こうとかアンタ小学生男子か!借りパク?漫才?甲子園?アンタ何処の次元から何の電波を受信してそんな事やってんねん!アホか?いやアホやのは百も承知やけどこんな次元のアホなんてはじめてや!」

「オカン-----目が、目が、据わっとる-------怖いわ」

「やかましい!今日相手の男の子見て見たけどめっちゃええ子やんけ!アンタみたいなアホに文句ひとつ言わず付き合ってやってるなんて何処の聖人や!」

「せやで!アイツはめっちゃええ奴や!」

「やから、やかましい!アンタが今やってることは断食中のガンジーの目の前でうまそうに飯食ってるも同然の暴挙や!無神経無鉄砲短気短足単細胞!アンタの慎ましさなんてその身体しかないやんけ!」

「な、何やとオカン!訂正せぇ!ウチは短足やあらへんで!-----何でや、何でアンタの娘なのにこんな引き延ばした片栗粉みたいな胸になったんや----」

「反論できる所がそこしかないんかい!------もう、ホンマ無理かも解らんわこんなん」

「お、オカンまで諦めるんか------」

「今のアンタの意識改革するなんてスターリンの頭ぶっ叩いて民主改革させるようなもんや。もう脳内改造でもせーへんと無理な気がしてるんや-----」

「ひどい!」

「ひどいのはアンタの頭の中身やホンマ。ホンマどないすんねんホンマさぁ。どないすんねん!あああああああもおおおおおおおおお!!」

「ああ!オカンが壊れたぁ!」

「絹恵も一度ぶっ壊れかけたからこっちに匙投げたんやで!どうすんねんホンマ!」

愛宕家ではこのようなやり取りが行われていた。

それほどまでに、本日彼女が味わわされた衝撃は大きかった。大きすぎた。

きっと、フェルマーの最終定理を前にした数学者はこんな気持ちだったのだろう。それとも宇宙を初めて眼前にした人間でも構わない。人はあまりにも大きすぎる絶望の前に、どんな風に対峙するべきなのか。心折れるしかあるまい。

「もう構うものか-----こうなれば、全員巻き込んだる。もう知った事ないわ。ほんま知らんわ。ホンマ」

「お、オカン-----何するつもりや-----」

うふふふふふ。あははははは。何事か怪しい笑みを浮かべながら、彼女はくるくると周囲を回りながら自室へと戻っていった。

「な、何や気色悪い-----」

何だか泣きそうな顔で、ポツリと愛宕洋榎は呟いた。

 

 

「もう知らん。知らへん。手段なんか知った事やないんや。ええやないかええやないか。―――なあ末原ァ!」

「何がええんですか-------」

顔を引きつかせながら、末原恭子は眼前の愛宕雅枝を見る。

洋榎経由で知らぬ仲ではない。とはいえ―――すみません。誰ですかこのテンションがトチ狂ったお人は。

「ぶちょ―――やなくて、洋榎がどうかしたんですか。唐突に梅田なんかに呼び出して。しかも、絹恵も一緒やないですか」

「久しぶりです先輩。本日はちょいと付き合って頂きますわ」

「付き合ってもらうでー恭子ー」

何だか緊迫した二人とは対照的に、いつもの通りすっとぼけた表情をした愛宕洋榎がそこにいた。

「あの薄情者どもめ-----こんな事に付き合ってくれるひまじ-----人がいい奴はアンタしかおらんかったんや、末原」

「今、暇人っていいかけましたよね?」

「気のせいや気のせい-----ほんじゃあ、今日の目的を一先ず説明するで」

そうして、愛宕家の面々は本日末原恭子を呼び出した理由を滔々と説明する。

「-----つまり、何とかこれの恋を成就させたい、と」

「せやせや」

「-----で、何でウチは呼び出されたんですかね?」

「そりゃあもうアンタが暇人やったからやで」

「もう隠すつもりもあらへんのですかそうですか。で、本日は何をするんですかね?」

「まあやる事は簡単や―――梅田名所巡り&服の調達って所やな」

 

 

つまりだ。

この女が件のデートで失敗した理由はあまりにもデートスポットに対する知識の欠如が原因であったと。そうであるならば簡単な話だ―――デートスポットを予め回り、その準備をさせればいい。

成程。何だこの過保護に過ぎる作戦は―――。そんな当たり前のツッコミが頭をよぎる前に、それよりも更に当たり前の疑問が頭を巡る。

「それで、何でウチが呼び出されたんですか」

そう。彼女はごくごく自然にこう言いたかった。

―――アンタ等だけでやれや。

そのメッセージをその眼に宿しジトリと睨む。しかし、その睨みを真正面から受け止め、愛宕雅枝は口を開く。

「聞きたいか?―――本当に?」

「そりゃあ、聞きたいに決まってるでしょう」

「それはな―――」

重々しく―――まるで死刑宣告でも告げるかの如き荘厳さを以て、彼女はこう答える。

「こんなアホらしい事、誰か巻き込まないとやってられんからやで」

「あの、帰っていいですかね」

心底、末原恭子もこう思った。

実に、実に―――下らない、と。

 

 

「そもそも、寝耳に水もいい所ですわ。高校の時なんか色気のいの字も無いような青春を送って来た洋榎が、何で今になって-----」

「間違いなく、ウチ等も寝耳に水なんやで。―――しかも相手は二つ下の後輩や」

「ほう」

「お、おかん。別にそこら辺は話さんでええんちゃう------?」

「うっさい。付き合ってやってるんやからウチにもおもろい話位聞かせろや―――それで、どんな子なんですか?」

「長野からやってきたナチュラルパッキンの子や。チャラそうに見えてめっちゃええ子やで。イケメンやしな」

「そりゃあ、中々優良物件に出会いましたなぁ」

「それならええんやけどな。姉ちゃんは優良物件の窓にボール投げ込んで割って悪戯する様な、控えめに言っても小学生低学年じみたアプローチを開始したんや」

「-------」

「流石は優良物件や。子供の悪戯や思ってまーた馬鹿な事やっとるわーアホやなー位の気分でずっとその悪戯に付きあっとったんや。するとどうや。まるで近所のクソガキの相手しとる大人の絵面や。最早、意識の上で同レベルやないねん。間違っても、惚れた腫れたに繋がる訳もない関係の構築をせっせと作ってたわけやな。―――なあ、姉ちゃん」

「うぐぅ」

「弁当は盗む。借りたもんは返さん。デートは甲子園で親父共とスクリーム。挙句の果てに弁当はもう作ってもらっとる始末。―――もうな、これはちゃう。ちゃうねん。おう、末原。お前を率いていた部長はこんなんやぞ。こんなん」

「いや、まあ-----部長としてはホンマに尊敬できる人やったから-------」

「恭子ぉ----」

うるうるとした表情で愛宕洋榎は末原恭子を見た。うん、やっぱり間違ってない。

「とはいえ―――ポンコツな部分が全くないとは口が裂けても言えませんけどね」

「恭子ぉ!」

裏切ったなぁ、と愛宕洋榎は喚きたてる。―――ああ、うん。確かにこれじゃあ恋愛の対象には見られませんわなぁ。これはもう珍獣や、珍獣。

「とはいえ、このままでずっといてもらう訳にもいかへんのや。―――という訳で、これから改造のお時間や」

そして、辿り着く。

梅田中心街の、服屋である。

「―――ま、まずは外見からやな?さ、覚悟しぃや?」

 

愛宕洋榎は引き攣った笑顔でイエッサーと言った。

 

―――愛宕洋榎乙女化計画、再始動。

 

 


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