こうして、梅田センタービルの一角にあるファッション売り場に足を踏み入れる。
「さて、どんなん買おうかね?今日はかーちゃんが金出してやるから、ちょっと高めのでも許したる」
「以前はワンピ買ったんやけどな」
「ええセンスや絹。実際、ギャップ出したいなら女の子女の子している方がええやろ。それだけでギャップになる」
まるで予定調和の如く絹恵と雅枝の二人があーでもないこーでもないと丁々発止の掛け合いをしながら服を物色していく。その中で―――当たり前の如く洋榎と恭子は完全にハブられる形となっている。
「ちょ、なんでウチハブられてんですか」
「パンツルック&スパッツオンリースタイルはここではいらへんのや、末原」
「あ、先輩にはあまりファッションセンスには期待してないので----」
「おいコラ待て」
ちょっと待て。ほんとちょっと待ってほしい。
暇だからと呼び出されのこのこやって来たまではいい。この珍獣の面倒を見る事に嫌気がさし誰かを巻き込もうとするその魂胆も、腹は立つもののまだ理解はできる。重ねて言うが、腹は立つが。
なのにこれはどういう事だ。巻き込まれ泣く泣くこの下らない茶番劇に付き合ってやっているにもかかわらず、何故に自分はこうまでもディスられなければならないのか。
「いいじゃないですかスパッツ!動きやすくて!」
「動きやすさなんてこの場では求めていないんやでこの阿呆。アンタ戦場でも動きやすいからって軍用ベストの代わりにNAGANOスタイル押し付けるつもりか?」
「そもそも先輩には何かをする事を求めていないんです。おとなしく巻き込まれてください」
「ホンマアンタ等何の為にウチを呼んだんですか!」
ちなみに、現在の彼女の服装はサスペンダー付きトップスからホットパンツを釣り上げているという極めて形容しがたい服装をしており、彼女達の危惧は一般的基準から見れば正しいと言える。あくまで一般的な視点であるが。
「ええか。この先は攻略難易度Maxの討ち死に覚悟の戦場や。キッチリ装備を整えていかな死んでまうんや」
狂気が、愛宕雅枝の目の中で踊っている。
―――彼女にとってこの衣服の山々が何に見えているのか。彼女の何が眼前の現象の感覚質を変えているのだろうか。何故に、そんな人殺しの様な目でファッションを見ているのだろうか。末原恭子には、残念ながら解らなかった。
「ここで、ここで妥協する訳にはいかんのや------どうすればええんや------」
漆黒を孕んだ目が、ぼそぼそと何事かを呟くその語り口調が、彼女の狂気の一端を示している。
何だ。これは一体何なのだ―――末原恭子は、本日何度目かも解らぬ溜息を吐き、ついでに頭を抱えた。
※
「さて、お次はデートスポットや」
物々しく愛宕雅枝はそう言った。
―――大阪が誇る日本一高いビル、その名もあべのハルカスの入り口で。
「ここはとにかくどのタイミングで来てもええから便利や。周りにはショッピングスポットがぎょうさんあるし、ランチついでに来たってええしな」
「成程なぁ。まあ、吊り橋効果言う位や。高い所ってのは、それなりに意識してくれる場所かも解らんな」
「------馬鹿と煙は何とやらともいいますよね」
「あ?」
「------すみません」
愛宕雅枝にギロリと睨み付けられるだけで、末原恭子はただただそう言った。別に怖がっている訳ではない。果てしなく面倒なだけだ。
「おう、そんな憎まれ口叩けるくらいやからな。末原、アンタもデート経験位あるんやろうなぁ?」
「------」
「無いんかい!?」
「無いわ!あったらアンタ達のこの哀愁極まる面倒事に来るわけないやろがぁ!」
「何でないねん!」
「そりゃあ、麻雀に忙しいからに決まっとるでしょーが!」
「そんな言い訳が通用すると思っていると思うてか末原ァ!」
「うっさいわ!色ボケコントはアンタ等身内だけでやっとけ!」
何故だろう。何故こんな理不尽を与えられなければならないのだろう。神様仏様ついでにビリケン様。自分には何か貧乏神の類がくっ付いているのでしょうか。面倒事に巻き込まれた挙句こうして散々な扱いを受けているこの現況は、一体何なのでしょうか。おら、答えやがれ。
「色ボケ色ボケ言うてるがな-----この先、知らへんで。アンタのこの先の人生の行き先が、どうなろうともな」
「は、はあ!?」
ふっふっふ、と愛宕雅枝は笑う。
「そうして恋愛弱者である現実を見つめ直す事もせず、歳を重ね、恋人いない歴年数が積み上げられ、アラサーの泥沼に浸る未来------アンタも人事やないんやで----」
「な、何ですか------」
「周りが結婚していく。家庭の話で、旦那の愚痴で、子供の可愛さで話に花を咲かせている中、アンタは一人途方に暮れているんや。まるでインハイで宮永咲に失点ぶっこいてた時と同じ目で、何かあるはずのないものを探しているんや。されど見つかる事無く、アンタは時代の激流に取り残され麻雀に縋りついてアイデンティティを満たす-----そんな、愚にもつかぬアラフォー女になるんや-----」
「何度も言いますけど、ホンマ失礼ですねアンタ等!」
「くそう-----ファッションセンス皆無。ついでに恋愛経験なしの恋人は牌を地で行く女-----アンタ何でここに来たんや!」
「アンタに呼び出されたからやろがァァァァァァァァァァ!!」
思わず掴みかかろうとする末原恭子を、愛宕姉妹がどうどうと両脇を掴む。
「離せ!もう堪忍出来ん!一発叩きこんだる!」
「落ち着け、恭子!落ち着くんや!ほら、こういう時は素数を数えるんや!」
「数えさせる前に帰らせろやァァァァ!」
涙目になりながらそう漏らす不平の言葉は、天まで突かんとばかりにそびえ立つ摩天楼に、吸い込まれていく。
神様仏様。
お前等の正体が解ったぞ。お前等は人間を救う生者なんかじゃない。人間共の運命を操ってエンターテイメントを催してゲラゲラ笑っている畜生共だ。何故貴様等が用意した運命の中で、このような何処までも理不尽で何処までも惨めな茶番に付き合わされねばならないのか。ええい、覚えていやがれ。十字架に吊るされた姿を見る度、首が折れた地蔵を見る度、腹を抱えて笑ってくれる。畜生、畜生め!
※
「さて、一先ず落ち着いた所で―――ここが展望台や」
「おおう、高いなぁ」
まさしく、一望だ。大阪の遥か彼方まで、余すとこなく見えている。
「ええか、洋榎。―――ここでは、下手に喋っちゃあかんで」
「へ?何でや母ちゃん」
「下手に騒ぐより、こういう場所では雰囲気を味わなアカン。一緒に高くてきれいな場所を共有して見ている、という思い出の形成をせなアカンねん。だから、ここに来たらとにかく黙れ」
「喋れへんとか、ウチに死ね言うてるも同然やん!」
「馬鹿か?アンタいっぺん死ななアカンねん!」
「死ななアカンの!?」
「ええか。アンタと須賀君の力関係を考えれば、アンタが圧倒的に弱者や。須賀君はアンタに女としての意識なんかミジンコ程も持っておらん」
「うぐぅ」
「だったらアンタの都合なんか二の次や。そんな下らんもん殺してまえ。アンタがデート楽しめるかどうかなんかはっきり言ってどうでもええねん。須賀君が楽しめて、かつミジンコからアリンコ位までには女としての意識を持ってもらえるかが勝負なんや」
「ひどい言い草!」
「やから、一旦アンタの願望や都合は死んでまえ。クソ手の捨て牌かアンタの胸並に価値のないものや」
「ウチの胸、捨て牌と同価値やったんか!」
涙目で愕然とする元主将を、末原恭子は何だかよく解らない感情のまま見ていた。
そして、一つの真実を得た。
恋は人を変える―――ではない。
恋は、人に変わる事を要請するのだと。
そして―――恋愛糞雑魚ナメクジとは、この変わる要請に応えられない人間であるのだと。
ダラリと彼女は汗を一つかいた。
―――ホンマに、ウチ大丈夫なんやろか。
そんな―――いらぬ心配に、身を縮こまらせるのであった-------。