雀士咲く   作:丸米

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久々更新


前兆の前兆

決めたのだ。

私は恐怖を与える。

そう。我が娘に、一生残る愛と勇気を与える―――その事を、前提に。

 

一生残る、恐怖を。

 

焦燥を、絶望を、衝撃を、現実を、―――すべてひっくるめて、恐怖を。

怖がらせるだけ怖がらせてくれる。お前の待ち受ける未来を。お前の待ち受ける現実を。まるで冷たい刃を振り下ろすが如き残酷さを以て、私は恐怖を刻み込ませる。

怖いか?怖いよなぁ。自分の末路が怖いよなぁ。

 

だがその恐怖が―――きっと愛と勇気へと変わるのだろう。

恐怖に抗うべく人は愛と勇気を知るのだ。絶望の最中に打ちのめされながらも、浮かべる笑顔にこそ、その美しさの本懐があるはずなのだから。

 

 

「―――雅枝さん」

「何や末原?」

愛宕家+αによるチキチキ洋榎女子力アップ計画―――改め、愛宕洋榎意識改革、並びに恐怖体験による洗脳計画―――始動後。その有様をさまざまと聞かされた末原恭子は、何ともいたたまれない―――まるで理不尽な力でハコ割れしてしまった誰かを眺めるような―――目で、愛宕雅枝を眺めていた。

「作戦―――。上手く行きそうですか?」

「知らんわ」

「ええ-----」

思いがけぬ冷たい返答に、末原は思わずそんな声を上げてしまう。

「―――ええか。アンタだって麻雀の素人こさえて魔王と相対せぇ、言われたらどんな作戦思いつくねん。あんなん、麻雀やり始めでキャッキャしてる子供達を機嫌悪いアラフォーの前に立たせるようなもんやで?」

「まあ、はい。そりゃあ、そうですけど-----」

うん。もう正直そんなレベルですらないかもしれない。だって、あの女、下手すれば女子としての自覚が小学生で止まっているのかもしれないのだから。素人どころではない。まだそのラインにすら立っていない。

「目的を達成するのに一番有効で、一番確実な方法が何なのか、教えてやろうか?」

「何ですか?」

「繰り返す事や」

「繰り返す?」

愛宕雅枝は、大真面目にそう力説した。繰り返すのだと。末原は思わずオウム返しでそのワードを繰り返してしまう。

「せや。失敗したら、またやり直す。永久にそのトライ&エラーを繰り返せば、いつか何処かで成功すればいい。全国大会で優勝したければ、永遠にダブってずっと出場すればええねん。な、末原?」

「ダブりませんよ----。あの、それって、もう作戦やないじゃないですか----」

「うっさい。今洋榎はひのきの棒一本で魔王ぶっ殺して来いって言われているようなもんなんや。だったら、荒療治の連続によって、やっていくしかないやろ。ちまちまスライム狩りしてられへん。メタル狩りをずっとやっていかなければ、あっちゅう間にアラフォールートや」

「はあ、そうですか------」

呆れの極致に達し、末原の返答が段々と投げやりかつ適当になっていっている事に勘付いた愛宕雅枝は、冷たい目でジロリと睨み付ける。

「同じ治療、受けさせたろか?」

「遠慮します------」

「親友やろ?」

「だから何なんですかい。アンタ、薬の副作用で苦しんでいる時に、“親友なんだから同じ苦しみを味わえ”って健康な親友に薬を渡すんですか-----」

「だって、アンタ、現状アレと同じ病気患っとるやん」

「アレと一緒にしないでくれますかね----」

そりゃあ、現状としては同じかもしれないけれども、アレと同列に並べられるのだけは心外の極みである。目くそ鼻くそ大いに結構。しかして譲れぬプライド位存在する。

それに―――この母は、やっぱりアレの親だ。

親だからこそ、やっぱり何処か見る目に情が灯ってしまう。客観的に見ているつもりなのだろうけど、この先きっと学習してくれる、成長してくれる―――期待値に関しては青天井で考えてしまっている。

甘い。

実に甘い。

アレは、そんな甘ったれた存在ではない。

「-------雅枝さん」

「何や?」

「ウチはさ、どうしたって―――最悪から逆算する女やねん」

「お、おう」

「アンタは経験値を稼げば稼ぐだけ成長するなんて気楽な事言っとるけどな------アレを、甘く見るな」

「-----」

「アレは開けてみなければ解らないビックリ箱やで。こちらの予想というレールなんて簡単に踏み越えて、必ず斜め上に跳躍する女や。―――荒療治の果てに、頭がトチ狂っても、ウチは知らへんで-----」

そう。アレはパンドラの匣だ。

空けてビックリ、カオスの闇。自由気ままな発想から生み出される非常識の数々がこちらの想定を飛び越える。そんな女が、おとなしくまともな方向性に成長する訳がない。

何かが―――そう、何かが。何かが起こるはずなのだ。

 

 

須賀京太郎は、一限の授業を終え、一息ついた。

先日は実にビックリした。部活の先輩と、その妹と、そして高校時代のチームメイトと―――自分のバイト先で麻雀を打っていたのだから。

あの雀荘は大学から結構離れていたし、大学の近辺にはもっと割のいい雀荘がある。だからこそ、部活の仲間がそれほど立ち寄る事はないだろうと考えていたが―――それは甘い考えだったようだ。まあ、バイト先が割れて困る事なんて、気恥ずかしい以外の理由はないのだが。

そして、想定よりも大きく上回る気恥ずかしさを味わわされる事になった訳である。

雀荘でアルバイトする位なのだから、そこの従業員は当然、麻雀に詳しい。それが、客層と一致する―――つまりは大学生であるならば、より詳しくなるのも当然の帰結だ。

そして我が大学が誇る看板エースが、ゲラゲラ笑い、煽りながらマナーのまの字すらない打ち方でそこに鎮座なさっていたのだ。次第にその席は愚痴と悪口が押収する異様な席となり、野次馬含めとことんエキサイトしていた。

最初は知らぬ存ぜぬのしらきりで押し切っていたが、店長が“お前と同じ大学のエースじゃねえか”の一言で無事あの席へと飲み物を届ける事に。気まずいなんてものじゃなかった。―――もっとも、気まずかったのは張本人以外の人間であり、アレは一切頓着していなかったようだが。

それからというもの―――ちゃっかり店のカメラで牌譜を記録していた店長に、“噂に違わぬすげえ奴だな。色々と”と、何だか憐れみ混じりに肩を叩かれるようになり、同僚の女子従業員はこちらを見る度くすくす笑っている始末。いい加減にしてほしいものである。

 

そして、二限。この時間に部室に来れるのはごく少数のはずである。こういった時間を使って、彼は部室の整理などを行っていた。その少数の中には、あのやかましいの権化がいる―――はずだったのだが。

 

「休み?」

「せや」

先輩部員の一人が、そう彼に伝えた。

「体調不良ですか?珍しい-----」

「アホ。あのレベルの馬鹿を張り倒す風邪なんかあったら、ウチ等全員ぶっ倒れとる。そうじゃなくて、何か―――」

もの凄く言い辛そうに、その先輩は口ごもる。

そのまま無言で、彼に携帯画面を見せる。そこには、LINEの画面が写っており、トークルームが開かれている。なになに―――。

 

ヒロエ『ウチは生まれ変わる!だから、今日だけは休むわ!』

 

「-------」

「-------」

 

生まれ変わり―――という言葉に、これ程の胡散臭さを感じさせることが出来る人間は、きっと宗教の勧誘者かこの女位だろう。

そして、―――胡散臭さと同時に、ある種の恐怖を覚えてしまうのも。

 

愛宕洋榎は、麻雀に対しては真摯であり、かつ誰よりも麻雀好きである。その部分においては、部員全員が認める所である。その女が、麻雀を一日サボってまで、生まれ変わろうとしている。

恐ろしさしか、ない。

「-------あの、取り敢えず、牌を拭きます-----」

「うん----頼んだわ」

恐怖の中、何とか彼等はそう言葉にした。

今、一体何が起きているのか―――その潮騒に、大津波の如き大災害を予感しながら。

 

 

次の日。

悪い予感と共に早起きし、大学へ足早に走り出す須賀京太郎。

部室のドアを開いた時、そこに存在したのは―――。




------最近、原作が狂気に満ち溢れている気がする。色々、うん。凄い。

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