雀士咲く   作:丸米

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ネキ編も久々に更新。


ちょっとだけバカ

化物が眼前にいた。

 

そうだ。これは化物だ。間違いない。

 

化物の定義は様々あるが、一目見て凄まじい衝撃と這い上がる恐怖感を一気に想起させる存在は間違いなく化物であると思う。

それが須賀京太郎の視界の中に存在していた。

「-----貴女は、誰ですか?」

須賀京太郎は、思わず後ずさる。

――これは、恐怖なのか?

直視したくない。見るもおぞましい。これは本当に人と呼べるものなのだろうか?

今自分は何か別の次元と接続した脳内シナプスにより再咀嚼した視点よりこの人物を見ているのだろうか。

その恐怖は、危機を煽る為のものというよりも、――純粋なおぞましさによって発生されたモノだった。

言うなれば、ふとした瞬間に野良猫の死体を見た時のような――不意に与えられた、忌避感からの恐怖心。

 

「何や須賀?ウチが解らんのか?」

 

解らない。

誰だ。

というよりも、何だこれは。

 

「なあ、須賀――」

 

眼前にいる何者かは、このような姿をしていた。

ファッション自体は、いつもの趣と全く違うと言うだけでそれ程恐れるモノではない。ヴィンテージデニムにぶかぶかの柄シャツに黒のレザージャケットに茶色のキャップ。所謂、不良が好む」ストリートファッションと呼ばれているものであろう。何故いきなりこんな格好をやり出したのか、全くの謎であるが、そんな疑問なぞ些細なものでしかない。

 

問題は、その顔面であった。

 

目元に塗られたアイシャドー。頬に塗られた桃色のチーク。唇に塗りたくられた鮮やかな口紅。白で作られた下地の上に踊るそれらは――。

 

全てが、溶けていた。

 

まるで顔面上に踊る暗黒の虹のよう。

まるで死骸から溢れ出したかのような黒ずんだ赤色と、河口の沼のように白ずんだ黒色が、ぶちまけられたかのようにその顔面に存在している。まるで地べたを這いずりまわされた後の如き顔面はまさしく喋るウォーキング・デッド。そんな存在から今まさに自らの名前が呼ばれているのだ。恐怖以外の何物でもない。やめてくれよ。ここは仮想空間だろうか?頼むからそんな冗談はよしておくれ。

 

近付いて来る。

後ずさる。

 

「-----ちょ、ちょっと待ってください。貴方は誰ですか。一体何があったんですか?俺は何を見せられているんですか?」

「ウチや。ウチやで。――ふふ、生まれ変わったウチの姿見て驚くのは無理はないんやで。けどなぁ、そろそろ気付いてほしいやん?なぁ、須賀。ウチは生まれ変わったんやで」

「何ですか?どんなオカルトを使って生まれ変わったらそんな恐ろしい姿になるんですか!」

眼前にはゾンビ。まるでアメリカンコーヒーのような黒色が様々な色と混じり合い、その挙句に他色と衝突し合い吐き散らしカオスと化している。

「恐ろしい----。ぐふふ、恐ろしい程に美しいか、この新生洋榎ちゃんは!気持ちは解らんでもないんやけど、ほらほらもっと近づき―や。もっと近くで見てええんやで?そんな逃げんといて」

化灯籠に浮かぶ光に写しだされた鬼の如く、空間上に浮かび上がる化物。

徐々に、徐々に。恐怖の権化が近づく。近付いていく。

京太郎は、決めた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」

部室のドアを蹴破るかの如き勢いを以て――早々に逃げ去っていった。

 

 

「何や?何があってん?」

絶叫を上げながら逃げ出した京太郎とすれ違った部員は、何かあったのかしらんと部室へと向かう。

ドアは開いていた。

そしてそこには――。

「ん?何や洋榎先輩、そんな後ろを向いて――」

何故かストリートファッションに身を包む、愛宕洋榎が背後を向けながらそこにいた。

 

そして、声をかけられた洋榎は、振り返る。

「--------」

「--------」

沈黙が両者の間をすり抜ける。

緊張が走る。突如として訪れた五感への違和。見た事も無い姿にアラートを鳴り響かせる本能部分が、眼前の姿を異常だと喚きたてている。

「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

部員が叫ぶ。

その声に合わせるように、洋榎もまた叫んだ。

 

「先輩!何やってんすかアンタ?アホちゃう?ここまでやらかすともう笑えないわ!」

眼前のクリーチャーに、叫ぶような声を叩きつけた。

いまだ現実を認識していないのか、きょとんとした表情で首を傾げる。

「何やってるって、ウ、ウチなりに頑張っておしゃれを----」

「オシャレ?アンタ何抜かしとるん?自分の姿を直視せぇこのアホンダラ!」

 

スマホを自撮りモードに切り替え、洋榎の前に差し出す。

その姿を見て、洋榎は――。

 

「え、何やこれ?誰や?」

「残念な事にアンタやこの阿呆」

 

ぐちゃぐちゃの色合いの顔面がそこに存在していた。

最早色の体裁も無く、口も鼻も輪郭すらも消えている怪物が。

 

「はあああああああああああああ!?何でこんなんなってんのや!」

「知るか!」

ぎゃあああああああああああああああああ、とまたしても猿叫の如き声を上げながら洋榎はぶんぶんと頭を振っていた。

 

「あ、まさか汗か?確かに緊張でダラダラ冷や汗流れとったけど!けどこんなんなるんか?」

「アンタまさか化粧水付けずにメイクしたんやないやろな?」

「化粧水?」

「もう本当に信じられんわ!化粧の仕方も解らんかったんか!アンタホンマに頭の中身あるんか!?」

「そ、そんな----折角ここまで必死に生まれ変わったのに----」

「泣くなアホ!泣いたらまたメイクが流れるやろうが!取り敢えず早く落として来い!」

 

 

「――で、一日サボった挙句に雀卓に突っ伏してなにメゲてんねんこの人」

で。

愛宕洋榎は無言のまま、雀卓に腕を敷き顔面を置き、突っ伏していた。

微動たりともしていない。

時折、意思を持っているかのようにぴくぴくと動くポニーテールだけが、彼女の生存をアピールしていた。

その姿を見ながら、後輩二人が会話をしていた。

「クリーチャーみたいな顔面を須賀に見られたらしい」

「何やそれ。見てくれだけはいいやろ見てくれだけは。いつも顔面改造ばりに化粧している訳でもあるまいし。あの顔面がクリーチャーなったら、もうただのおっさんやんけ」

「逆や逆。下手糞が自分の顔面弄りまわしてわざわざクリーチャーにしたんや」

「何やそれ。しかも、あのファッションは何や?何かイキった恰好しとるけど」

「ああ、アレ?梅田の箱で出入りしているDJの姉ちゃん一目見て、〝これや!”って思ったらしいわ。ウチはかわいいよりもカッコいい方面で攻めんとアカン、って。で、心斎橋辺りのB系の服屋で店員のラッパーにコーディネートしてもらって、自分で化粧して自爆したという顛末や」

「かわいいはまだ口塞いで身体縛っといたらまだそう思えるけど、カッコいいはなぁ。あれだけ強ければ麻雀やっている姿も様になってカッコいいもんやけど、ウチのエースときたら」

「あんな中学生みたいな童顔にアイシャドーつけても、何も迫力生まれんしな。――あ、洋榎先輩。おはよっす」

むくり、と愛宕洋榎は起き上がる。

無論会話は筒抜けである。先輩を慮ってヒソヒソ声で――なんて気を遣われる程の人徳はこの女には無いのだ。

「――卓につけや二人共」

洋榎のこめかみには、真っ青に浮かぶ血管が見え透いている。

おおう怒っとる怒っとるとケラケラ笑いながら、後輩はきゃっきゃと喜んでいる。

「何怒ってはるんですか」

「怒るに決まっとるやろ!自分が言っていた事を胸に手ぇ当てて反芻せぇや!」

「手に当てるだけの胸も無いくせに何言いはるねん。反芻してたんは先輩が積み重ねてきた事実だけや。何もおかしなことは言ってへんで」

「よし、よく解った。十連戦や。こっから講義が始まろうが関係ない。このまま地獄を見てもらうからなこの阿呆共――‼」

 

 

不幸中の幸い。

「愛宕先輩------俺、朝部室に来てからの記憶が無いんですけど、何をしてたんでしたっけ?」

「思い出さんでええで」

須賀京太郎は衝撃の余り、朝の一連の出来事に関する記憶を喪っていた。

 

よかったと無い胸を撫で下ろした愛宕洋恵であったが。

 

――彼女はまだ知らない。

その写真を、実は堂々と撮られていた事を。

それがまた新たなる騒動を引き起こす事になるのだが――それはまた別のお話。




10連休。
10連敗。
ふふふ。

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