いやよいやよも好きのうち。
好きの反対は無関心。
であるならば、宮永姉妹は互いに嫌悪しあっているのであろうか?
―――私に妹はいない
―――私にお姉ちゃんはいない。
互いが互いに無関心を装い合っているこの両者は、果たして―――。
※
きっと何らかの悪意が働いているのだろう。主に協会の上層部のハゲ頭に包装されていらっしゃる年季の入った立派な腐れ脳味噌から発信される下卑た電波によって。
美人姉妹?セット販売?あの連中は違う薬剤同士をかけ合わせれば危険極まる毒ガスが発生する可能性がある事をほんの少しでも理解できているのであろうか。
まあ、つまりだ。一つだけ言わせてもらうと。
空気―――重くて暗くてつまりは悪くて死にそうです。
「-----」
「-----」
視線は交わらず、言葉も紡がず。ナショナルチーム作戦室内は実に重苦しい雰囲気を纏った両者が鎮座なさっていた。
宮永照及びその妹(仮)宮永咲。
両者共に同一空間内にて存在させる事は硫化鉄と塩酸を共に置く事に等しい。互いの不機嫌オーラは頂点に達し、脆い脆いガス栓から吹き出ては、周囲までその雰囲気を暗澹に落とし込む。
麻雀ファンであるならば一度は夢見た光景である。ナショナルチームの面々をその網膜に焼き付ける機会なぞ、そうそうあるはずもあるまい。
でも、何だか-----こう、胃液発生装置というか、何というか。言葉にできない----ではない。言葉にしたくない、が正しい。
「須賀君。お菓子」
平坦な口調が更に平坦となった我が愛しのタレントが冷たくそう言い放つ。口調も平坦、表情も平坦、ついでに体の起伏も平坦。そんな彼女だが現在若干口調も表情もマイナス方面に下降気味である。身体は別に変らないが。
そうして哀れ一部下としての業務を全うする度に、射抜かれる様な視線が突き刺さる。
文庫本に目をやっているかと思えば、こちらが甲斐甲斐しく姉(仮)を世話する度に、恐ろしい気配が充満する。今チラリと見えた小説は「ブーリン家の姉妹」の翻訳版であった。やめてくれよぉ!!あてつけか何かですか!?
「-----須賀君、気にする必要はない。お菓子」
あちらに目をやれば、こちらも反応する。若干御主人の方が余裕を保っている。その態度もまたあちらさんの大魔王の激情を逆撫でしているのだが。しかして明らかにお菓子の消費ペースが速い。食事、ことに糖分の摂取は一番効果的なストレス解消法である。こちらも内側に火薬を溜め込んでいる真っ最中なのだろう。
誰か、助けて下さい。
女の園にいて、どうしてレバノンの内戦地に放り込まれた気分になっているのでしょうか?
そうだ、こんな時は素敵なおもちを頭の中に描くのだ。鹿児島の神秘でも北の大地の豊穣でも阿知賀の着膨れでもなんでもいい。さすればこの重苦しい精神に、爽やかな風が吹き抜け―――。
「須賀君」
はいすみません。一体何処の発信機から自身のやましい妄想がこの御主人に受信されているのか。自身の体内構造を小一時間ばかり問い詰めてやりたい所である。今、柔らかでふかふかでほわほわとした夢の具現物を脳内で描く事すら許されない冷酷無惨な世界が展開されているのを目の当たりにし、絶望半ば朦朧としていた。
何度でも言おう。
助けて下さい。
※
「私は、あまり勧めはしないな。リスクが高すぎる」
「そうだねー☆卓上では一人だけど、それでもチーム戦はチーム戦。険悪な空気はそれだけでチームの重荷になるんじゃないかな☆」
「イエス。バッドな空気はそれだけでマイナスになります」
ナショナルチーム選考会の面々は、口々にそう言葉を揃えた。
宮永姉妹を、共に選出するか否か。
協会の連中は是非とも選出してもらいたいはずだ。姉妹揃っての代表入りという格好の話題は、銭ゲバ共にとっては湧き出る金鉱に近い。それでも、皆が皆、迷っていた。
実績は十分。共に国内リーグにおけるタイトル持ちであり、代表の資格は備えている。
それでも―――この両者の仲が極めて険悪である事も、また事実。
しかし―――着物を着込んだ小柄な女性が、一声あげる。
「心配し過ぎじゃねーの」
ケラケラと笑いながら、彼女はそう言い切った。
「代表はおままごとじゃねーだろ?私情を持ち込むようなプロ失格者、このリストの中に一人でもいると皆思う訳?わっかんねーけど」
「-----むぅ」
「それにだな―――私はな、むしろこの二人を合わせる事にこそ、意味があると思ってんだ」
「どういうことだ?」
「姉はともかく、妹は―――若干、気分の変化によってオカルトの質が変わる傾向がある。あいつは、これまでの試合を見てもオカルトの発生が逆転に寄与する場面が多い。逆境という強いストレスがかかる場面で、奴は能力が発揮できる。だからこそ、大将向きの性質だわな」
「それが、どうしたというのですか?」
「―――もしも、この両者を引き合わせて、常に精神の緊張状態を維持できるのだとすれば、どうなるのだろうねぇ?」
「ああ----成程。そういう事ですか」
「ま、わっかんねーけどさ-----それでも、少しは期待したいじゃねーの。卓上で対面するだけで、人の心をへし折る大魔王。あのレベルの化けモンの再来を、さ」
集まる選考委員の脳裏には、一人の女性が浮かんでいた。遂に実家暮らしから晴れて実家の地縛霊へとランクアップを果たした、名誉アラフォー(??歳)の事を。
「それが、今回の代表選で生まれるかもしれねーんだ。だから私は、この二人を入れたい」
見た目そのまま子供の如き無邪気な笑みで、彼女は言い切った。
―――この代表選、地獄を作り出すのだと。
※
宮永咲は、感情を示す事が苦手だ。
楽しい事、悲しい事、そのどれもを表現するのではなく、内に溜め込む。コテコテの内向的な文学少女。
だからこそ、彼女はそれを麻雀で表現する。
浮き上がる配牌に一喜一憂し、上がれば喜び振り込めば悔しがる。彼女にとって、それは唯一自らの感情を自由に表現できるステージであった。
故に、今彼女が抱えた感情は、その一点に集約される。
「そうだね」
きっとそこには自由な感情が渦巻くキリング・フィールド。
「麻雀って、楽しいよね」
降って湧いたが不幸の始まり。ソドムの爆炎が卓上に舞い、不浄なる者共を焼き尽くす。
「一緒に、しようよ」
そう。
共に―――地獄を見るがいい。