淡は須賀京太郎のバイトを手伝うようになった。
何度断っても、結局押し付けられる様に配分を受ける―――それも明らかに色を付けて―――ので、どうにも使い所に迷ってしまう。
これは、自分なりのお礼だというのに。お礼ならば、自分がお金を貰ってもしようがないじゃない
どうしたものかと考え、一つ、電撃的に発想が思い浮かんだ。
「―――そうだ。このお金を貯めて、キョウタローに何かプレゼントすればいい」
こうなれば、京太郎に巡り巡ってお返しをすることが出来る。
―――ふふん、流石は淡ちゃんだ。
こうなれば、俄然やる気が湧いてきた。
よし、頑張ろう!
ふんふんと息巻きながら、淡はそう一つ気合を入れた。
※
一言でいえば、とっても部内での評判がよくなった。
明るく素直な性格は、一途な方向に向けられればちゃんと理解されるし、好感を与える。
次第に麻雀部内での壁は取っ払われていき、次第に関係も深くなっていった。
そうして時間が過ぎ、バイトも随分と長続きしている。
京太郎から貰ったバイト料は、別口の口座に振り込んでいる。
ある程度貯まれば、何かしらのプレゼントをするつもりだが―――そもそも、彼は何をやれば喜ぶのだろう。
「-----」
まあ、いいか。
多分、これからきっと長い付き合いになると思う。
細かい事なら、ちょっとずつ知って行けばいいと思う。
一番大事な部分は、もう知ることが出来た。
だから、そういう部分は、少しずつ少しずつ、知って行けばいい。新しい一面を知ることが出来るのは、また違った面白みがあるのだろうから。
例えば、意外と家庭的な性格だったりとか、
例えば、意外と手がごつごつしていたりとか、
例えば―――撫でられた時、とても気持ち良かったりとか。
そんな事の一つ一つが、ピースを嵌めこんでいくようで、楽しい。
そんな事を、思うのでした。
そうして、二ヶ月が過ぎ、夏となった。
その時―――大学麻雀部監督から一つの報告を聞かされる事となる。
「大星」
「ん?あ、監督。おはよ」
「はい、おはよ」
年配の監督はゆるゆるな淡のあいさつに、同じ様に脱力した様子で答える。
「大星。大会の準備は出来ているか?」
「そりゃあもうバッチグーですよー!今の淡ちゃんはとっても真面目デスヨー」
「おお、そりゃあ頼りがいがある。だったら期待できそうだな。最近は牌譜の整理まで積極的にやっているそうじゃないか。えらいえらい」
「ふふん。もうこのスーパーアルティメット大学百年生にとっては、こんなもの朝飯前って奴ですよ!」
「-----百年はともかく、お前さん、進級危うくないだろうな?」
「だ---大丈夫。うん。今はとっても頼りがいのある友達がいるから----え、えへへ---」
「人頼みかい。しかも微妙に開き直れてないじゃないか。いいじゃないか。百年この大学にいておくれ。儂がこの大学を去るまでずっとこの麻雀部にいていいぞ」
「いやー!そんな暗い未来絶対に嫌に決まってるじゃないですかー!」
「はいはい、だったらまじめに勉強せんかこの鶏頭め---それでだ。たった今、麻雀、麻雀協会から打診があった」
「ん?どうしたの?」
「来月の東部リーグの予選があったら、各地方四チームの代表戦となる。ここまではお前も知っているだろうが、その先の話だ。―――麻雀協会が、リーグの覇者とプロチームが激突するカードを是非とも組みたいと。要するに、プロアマ合同試合だな」
「ふーん。それはまあ当然出るとして―――誰が出るの?」
「プロの方も、実績はまだそこまでなくとも、期待の新人を揃えるそうでな。現在出場者を募っているという。ああ、だが一人はもう出場が決まっておる」
「誰?」
「宮永咲―――お前さんを、高校の時、完膚なきまでに打ち崩した、天敵だよ」
※
あろうことか。
リベンジのチャンスは、意外にも早く訪れた様だ。
その好機に―――尻込みする自分がいる。
それも、当然だ。トラウマというものは、そうそう易々と心から消えてくれるものではない。
それでも、それでも。
今の自分は逃げようとは思えなかった。
―――負けてはいけない。その言葉の意味が、一年前と今とでは随分と意味が違う。
期待に応えなきゃならない、から―――期待に応えたい、に。
今の自分は、ただただ、純粋に、あの時の借りを返したい。
純然たる意思の下、大星淡は、宮永咲と相対したいと思う。
―――それが、自分なりのこの闘いへ見出した意味なのだと思う。
「そうか-----」
いつもの様に京太郎の部屋へ向かい、いつもの様に共に夕飯を食べている中で―――そんな決意を、彼女から聞いた。
まだまだ、遠い道だ。
大学東部リーグを制覇し、そしてリーグ決定戦を行い、その先にある戦いだ。大学トップが張り合う激戦を超えた先に、ようやくリベンジのチャンスが訪れる。
「うん。だから、来月のリーグ戦は絶対に勝つ。負ける事は許されない。―――だから、ちょっと暫く会えないかもしれないし、バイトも、その----」
「うん、うん。解ってるって。バイトは俺が手伝ってもらってた立場だ。何も気に病むことは無い。ありがとな」
沈んだ表情を見れば、彼はもう迷う事無くその頭に手を伸ばす。くしゃくしゃと撫でられる感覚に、ううん、と淡は身をよじる。大抵、これで彼女の沈んだ表情は引き上がってくれる。
「ねぇ、キョウタロー」
「ん?」
「―――もしも、もしもさ。私が宮永咲と対決する事になったら、応援してくれる----?」
「淡-----」
「ごめんね。困るのは解っているんだけど―――何となく、聞きたかったの」
少しだけ、考える。
目の前の女の子と、幼馴染の女の子とを、交互に。それぞれのシルエットを思い、それぞれに抱く感情を斟酌して。
そして、結論が出た。
「多分、両方応援するとは思う。それでも―――どちらに一位を取ってもらいかと言えば、お前だと思う」
「どうして------?」
「共感---とはちょっと違うかもしれない。でも、リベンジしたいって気持ちは、嫌って程解る。そして、もしもまた負けちまったらどうしようって気持ちも」
「うん-----」
「だから、俺はお前に頑張ってもらいたい。恐れず、顧みず、立ち向かってもらいたい。だから、応援する。期待する。―――お前が勝つ事に期待してるんじゃないぜ。お前に、ただ恐れず立ち向かってもらいたいんだ」
「-----うん、うん」
「お前は頑張ってきたし、変わろうと努力してきたし、悔しい思いに歯を食いしばって来た。その姿に、俺はかなり元気づけられたし、凄いと思うし、尊敬もしてる。凄く単純な理由だけど、----一緒にいて、凄くありがたかった」
「----」
「だから、お前を応援する。お前に一矢報いてもらいたいと思う」
やっぱりだ。
やっぱり―――この人は、変わらないんだ。
ずっと自分を見てくれるその眼も。見てくれる先も。
温かい。
嬉しい。
―――こんな気持ちを抱かせてくれる人が、自分に期待してくれているんだ。
それだけで、十分だった。
「キョウタロー。-----ありがとう」
「うん。どういたしまして」
また、くしゃくしゃと頭を撫でてくれる。
ゴツゴツした手で撫でられる度に、何だか安心してしまう。
「でも、まだまだ気が遠い話だなぁ」
「だいじょーぶ!もう今の言葉だけであわいちゃんはフルパワーモードだ!絶対に負けないぞー!」
「お、言ったな。もし負けたら―――うーん、全力で笑ってやろうか」
「ふっふっふ。その時は遠慮せずに笑うがいい!負けないけどねー!」
賑やかな声が、今日も今日とてアパートの中で木霊していた。
----互いの感情に、気付くことも無く。