雀士咲く   作:丸米

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リベンジ・タイム・スタート

淡は須賀京太郎のバイトを手伝うようになった。

何度断っても、結局押し付けられる様に配分を受ける―――それも明らかに色を付けて―――ので、どうにも使い所に迷ってしまう。

これは、自分なりのお礼だというのに。お礼ならば、自分がお金を貰ってもしようがないじゃない

どうしたものかと考え、一つ、電撃的に発想が思い浮かんだ。

「―――そうだ。このお金を貯めて、キョウタローに何かプレゼントすればいい」

こうなれば、京太郎に巡り巡ってお返しをすることが出来る。

―――ふふん、流石は淡ちゃんだ。

こうなれば、俄然やる気が湧いてきた。

よし、頑張ろう!

ふんふんと息巻きながら、淡はそう一つ気合を入れた。

 

 

一言でいえば、とっても部内での評判がよくなった。

明るく素直な性格は、一途な方向に向けられればちゃんと理解されるし、好感を与える。

次第に麻雀部内での壁は取っ払われていき、次第に関係も深くなっていった。

そうして時間が過ぎ、バイトも随分と長続きしている。

京太郎から貰ったバイト料は、別口の口座に振り込んでいる。

ある程度貯まれば、何かしらのプレゼントをするつもりだが―――そもそも、彼は何をやれば喜ぶのだろう。

「-----」

まあ、いいか。

多分、これからきっと長い付き合いになると思う。

細かい事なら、ちょっとずつ知って行けばいいと思う。

一番大事な部分は、もう知ることが出来た。

だから、そういう部分は、少しずつ少しずつ、知って行けばいい。新しい一面を知ることが出来るのは、また違った面白みがあるのだろうから。

例えば、意外と家庭的な性格だったりとか、

例えば、意外と手がごつごつしていたりとか、

例えば―――撫でられた時、とても気持ち良かったりとか。

そんな事の一つ一つが、ピースを嵌めこんでいくようで、楽しい。

そんな事を、思うのでした。

そうして、二ヶ月が過ぎ、夏となった。

 

その時―――大学麻雀部監督から一つの報告を聞かされる事となる。

「大星」

「ん?あ、監督。おはよ」

「はい、おはよ」

年配の監督はゆるゆるな淡のあいさつに、同じ様に脱力した様子で答える。

「大星。大会の準備は出来ているか?」

「そりゃあもうバッチグーですよー!今の淡ちゃんはとっても真面目デスヨー」

「おお、そりゃあ頼りがいがある。だったら期待できそうだな。最近は牌譜の整理まで積極的にやっているそうじゃないか。えらいえらい」

「ふふん。もうこのスーパーアルティメット大学百年生にとっては、こんなもの朝飯前って奴ですよ!」

「-----百年はともかく、お前さん、進級危うくないだろうな?」

「だ---大丈夫。うん。今はとっても頼りがいのある友達がいるから----え、えへへ---」

「人頼みかい。しかも微妙に開き直れてないじゃないか。いいじゃないか。百年この大学にいておくれ。儂がこの大学を去るまでずっとこの麻雀部にいていいぞ」

「いやー!そんな暗い未来絶対に嫌に決まってるじゃないですかー!」

「はいはい、だったらまじめに勉強せんかこの鶏頭め---それでだ。たった今、麻雀、麻雀協会から打診があった」

「ん?どうしたの?」

「来月の東部リーグの予選があったら、各地方四チームの代表戦となる。ここまではお前も知っているだろうが、その先の話だ。―――麻雀協会が、リーグの覇者とプロチームが激突するカードを是非とも組みたいと。要するに、プロアマ合同試合だな」

「ふーん。それはまあ当然出るとして―――誰が出るの?」

「プロの方も、実績はまだそこまでなくとも、期待の新人を揃えるそうでな。現在出場者を募っているという。ああ、だが一人はもう出場が決まっておる」

「誰?」

「宮永咲―――お前さんを、高校の時、完膚なきまでに打ち崩した、天敵だよ」

 

 

あろうことか。

リベンジのチャンスは、意外にも早く訪れた様だ。

その好機に―――尻込みする自分がいる。

それも、当然だ。トラウマというものは、そうそう易々と心から消えてくれるものではない。

それでも、それでも。

今の自分は逃げようとは思えなかった。

―――負けてはいけない。その言葉の意味が、一年前と今とでは随分と意味が違う。

期待に応えなきゃならない、から―――期待に応えたい、に。

今の自分は、ただただ、純粋に、あの時の借りを返したい。

純然たる意思の下、大星淡は、宮永咲と相対したいと思う。

―――それが、自分なりのこの闘いへ見出した意味なのだと思う。

 

「そうか-----」

いつもの様に京太郎の部屋へ向かい、いつもの様に共に夕飯を食べている中で―――そんな決意を、彼女から聞いた。

まだまだ、遠い道だ。

大学東部リーグを制覇し、そしてリーグ決定戦を行い、その先にある戦いだ。大学トップが張り合う激戦を超えた先に、ようやくリベンジのチャンスが訪れる。

「うん。だから、来月のリーグ戦は絶対に勝つ。負ける事は許されない。―――だから、ちょっと暫く会えないかもしれないし、バイトも、その----」

「うん、うん。解ってるって。バイトは俺が手伝ってもらってた立場だ。何も気に病むことは無い。ありがとな」

沈んだ表情を見れば、彼はもう迷う事無くその頭に手を伸ばす。くしゃくしゃと撫でられる感覚に、ううん、と淡は身をよじる。大抵、これで彼女の沈んだ表情は引き上がってくれる。

「ねぇ、キョウタロー」

「ん?」

「―――もしも、もしもさ。私が宮永咲と対決する事になったら、応援してくれる----?」

「淡-----」

「ごめんね。困るのは解っているんだけど―――何となく、聞きたかったの」

少しだけ、考える。

目の前の女の子と、幼馴染の女の子とを、交互に。それぞれのシルエットを思い、それぞれに抱く感情を斟酌して。

そして、結論が出た。

「多分、両方応援するとは思う。それでも―――どちらに一位を取ってもらいかと言えば、お前だと思う」

「どうして------?」

「共感---とはちょっと違うかもしれない。でも、リベンジしたいって気持ちは、嫌って程解る。そして、もしもまた負けちまったらどうしようって気持ちも」

「うん-----」

「だから、俺はお前に頑張ってもらいたい。恐れず、顧みず、立ち向かってもらいたい。だから、応援する。期待する。―――お前が勝つ事に期待してるんじゃないぜ。お前に、ただ恐れず立ち向かってもらいたいんだ」

「-----うん、うん」

「お前は頑張ってきたし、変わろうと努力してきたし、悔しい思いに歯を食いしばって来た。その姿に、俺はかなり元気づけられたし、凄いと思うし、尊敬もしてる。凄く単純な理由だけど、----一緒にいて、凄くありがたかった」

「----」

「だから、お前を応援する。お前に一矢報いてもらいたいと思う」

やっぱりだ。

やっぱり―――この人は、変わらないんだ。

ずっと自分を見てくれるその眼も。見てくれる先も。

温かい。

嬉しい。

―――こんな気持ちを抱かせてくれる人が、自分に期待してくれているんだ。

それだけで、十分だった。

「キョウタロー。-----ありがとう」

「うん。どういたしまして」

また、くしゃくしゃと頭を撫でてくれる。

ゴツゴツした手で撫でられる度に、何だか安心してしまう。

「でも、まだまだ気が遠い話だなぁ」

「だいじょーぶ!もう今の言葉だけであわいちゃんはフルパワーモードだ!絶対に負けないぞー!」

「お、言ったな。もし負けたら―――うーん、全力で笑ってやろうか」

「ふっふっふ。その時は遠慮せずに笑うがいい!負けないけどねー!」

賑やかな声が、今日も今日とてアパートの中で木霊していた。

----互いの感情に、気付くことも無く。


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