準決勝の舞台で、大星淡と弘世菫が相対していた。
―――弘世菫は、どちらかと言えば次鋒か中堅向きの雀士だ。
彼女は、高めの手を次々と作っていくタイプではない。それは彼女が得意とする戦術―――常に特定選手から直撃を取っていくスタイルからも見て取れる。
ゲームの流れを敏感に読み取り、その流れを自チームへと誘導していく役割を常に彼女は果たしていた。
その弘世菫が、大将の席に座っている。
―――無論、この采配には明確な意図があった。
弘世菫のプレースタイルは次鋒、中堅向き。そんな事は百も承知である。だが―――その在り方に、今の時点で拘ってほしくないと、監督は考えたのだろう。全体的に火力不足なチーム事情なのも相成ったのだろう。ゲームの流れを重視する次鋒の席から、常にゲームを決めねばならない大将の席へと移動させ、彼女にまた別の武器を作らせんと画策した。
―――こんなスミレ、見た事ない。
収支+20000でゲームを引き継いだ大星淡と、マイナス収支の三位から引き継いだ弘世菫。
そこで見せた彼女の姿は、今まで見た事の無い姿だった。
彼女の狙いは実に解りやすかった。徹底した二位狙い。
彼女に親番が回ってきた瞬間から二位チームから二連続の直撃を取り、一気に収支を逆転させる。
―――点を取る事に特化したスミレは、こんなに強いんだ。
彼女は高校時代、王者である宮永照が作った圧倒的な点棒を引き継ぎ、その状況に応じて自チームに有利なゲーム展開に持ち込む為のプレースタイルを展開していた。
だからこそ、彼女は攻撃に特化したスタイルを、基本的に持っていなかった。
―――だが、今ここで大将という席に座った彼女は、まるで別人だった。
点を取る事に集中した弘世菫は、本当に恐ろしい打ち手であった。
執拗に直撃を取ったかと思えば、時に安手の振り込みで場を流す。その場その場の最適解を常に選択しながら、彼女はこのゲームに挑んでいた。
しかし、大星淡も負けてはいない。
最速で手を作り、最速でツモっていく。場にある点棒を容赦なく奪いながら、その火力を遺憾なく発揮していた。
そして―――終盤に差し掛かったその時、弘世菫は狙いすましたように四位チームからの直撃をもぎとり、トばした。
これによって―――順位が決定され、大星淡と弘世菫の勝ち抜けが決定した。
※
「これで、決着は決勝に持ち越しか」
「そうだねー。----スミレ、強かったね」
「言ったろ?以前の私と同じだと思うなと」
そう言って、弘世菫は力無く笑った。その顔は、今まで見た事の無い程の疲労の色が見える。
「この席は、本当に重いな。ここでのミスは、誰も取り返してくれないのだから。無論、次鋒は次鋒で別な苦労もあるが、それでもやはり慣れないな」
「------うん」
「------お前も、強くなったな」
「そう?」
「ああ」
「やた。スミレに褒められた」
「そうだな-----あまり、私はお前を褒める事は無かったからな」
弘世菫は、無論彼女が持つ才能は理解していた。
けれども、同時に彼女の精神的な脆さも、同時に理解していた。子供の様な純真な性格そのままな、感情的な打ち筋。だから、口酸っぱくなっていた。褒めて調子に乗ってもらっても困る。甘やかしてはならない。
そう思って、厳しく接していたつもりだった。
けれど、やはり人間万事塞翁が馬だ。何が変化のきっかけになるかは、解らないものだと思う。折られた心が、こうも見事な大樹の様に見事に成長してくれるのも、また人生なのだろう。なんとも、不思議なモノだ。
「----お前も素直になってくれたことだしな」
「ん?」
「なあ?淡。私はな、今でもお前の事は可愛い後輩だと思っているよ」
「------」
「だから、な。何かあったら、一人で抱え込む必要はない。私が気に入らないなら他の虎姫メンバーでもいいんだ。誰も、お前を拒否したりしない。まあ、だから、何というか、その------」
どもるどもる。
----くそ、どうしてこうも狼狽しているのだ。
きょとんとしたままこちらを上目遣いで見やる淡の所為なのか、それともこれから口にしようとしている歯が浮くようなセリフを飲み込もうとする本能との軋轢の所為か。おそらく両方だろう。
「つ、辛い事があったら、いつでも連絡してくれればいい。私も、お前の事が-----う、うん、大事に思っているのは、間違いない----から」
顔を真っ赤に染め上げながら、幾度も言い淀みながら、そして言葉尻がどんどんトンボ切りになりながら、何とか言い切った。
その言葉をうんうんと聞きながら、淡もまた花咲くような笑顔で言う。
「うん。私も大好き」
対してそちらは一切の照れも羞恥もなく、言い切る。
----ずるいなぁ、この後輩は。
何でこの後輩の分までこちらが恥ずかしがらねばならないんだ。
まさしく照れ隠しだ。淡の頭を鷲掴むようにぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「うわ、何するのスミレー!」
「うるさい。生意気なのはちっとも変わらんな、お前は!」
きゃいきゃいと喚きながら、それでも二人は笑顔だった。
―――何だか、以前よりもちょっとだけ互いを理解し合えたような気がした。
※
そうして―――大会は終わった。
大星淡が所属する大学の勝利という形で。
僅差の勝利だった。準決勝で目敏く淡の打ち筋を頭に叩き込んでいた弘世菫に二度の直撃を受け一度は逆転を許してしまった。
それでも、苦しみながらも再逆転を勝ち取り、そして―――プロへの挑戦権を得た。
「―――今日ね、スミレと打ったんだ」
「スミレ-----って、弘世菫さん?」
「うん、白糸台の先輩」
京太郎の部屋の中、いつも通り二人はそこにいた。
実は全試合観戦しているなどと露とも思わず、京太郎はとぼけ、淡はそうとも知らずにコロリと騙されている。
「お前は変わった、成長したって-----とっても口うるさかったスミレが、そう言ってくれたんだ」
「よかったじゃないか」
「うん、とっても嬉しかった」
コロコロと陽気そうに笑いながら、淡は言葉を続ける。
「----意地を張っていたのは、やっぱり私一人だったんだって、またまた再認識。何だか、ちょっとだけ恥ずかしい」
「恥ずかしい?」
「恥ずかしいじゃん。何だか、こう、子供っぽいじゃん!百年生らしくない!」
「今でも十分子供っぽいから安心しろ」
「むきー!そんな事言うなー!」
ソファに座る京太郎はその背後よりポカポカと頭を叩かれる。子猫とじゃれ合っている時の様な穏やかな心境であっはっは痛い痛いと笑う。
そして、唐突にその可愛げのある暴力はピタリと止まる。
何事かと後ろを振り返ると、ジッと彼女は京太郎を見ていた。
「どうした?」
「うん----やっぱり、素直な事は大事だよね」
そうポツリと呟くと、ソファの正面へとスススと動く。
「キョウタロー」
「うん?」
「ありがとね。―――変われたのは、キョウタローのおかげだから」
「お、おう-----」
「やっぱりさ。私は子供だったんだなー、って思う。素直なのが子供っぽいって思ってて、だから意地張って硬くなってたんだな、って気付けたんだ」
「うん」
「素直な言葉を言えば、素直な言葉が返ってくるんだなって、スミレと会って、ちゃんと理解できたんだ。素直な心でいれば、素直なままの世界が見れるんだなって。---それが解って、ちょっと嬉しかった」
「うんうん」
「だから、ありがとう」
「------そっか」
「うん」
京太郎は、その真っ直ぐな目を見る。
そうか。この娘は変われたのか。だからこんなに真っ直ぐなのか。
-----いや違う。
元々、きっと彼女は真っ直ぐだったのだ。
ただ、前しか写らない視界が、ちょっと広がった。たった、それだけの事だと思う。
ただ、広がった視界が、見えていなかったものを見えるようにした。気付けなかった事に気付かせた。そうして良好な視界を手に入れて、ようやくもう一度スタートを切ったのだ。
「ね、京太郎。頭撫でて」
「はいはい」
「----スミレはちょっと乱暴だった。優しくしたまえ」
「はいはい」
「はい、は一回だよ」
「はいはい」
むー、と不満を漏らしながらそれでも丸まった猫の様に身体をくっつけていく。
これより三日後。―――リベンジが始まる。
その傍らで、彼女はその事実を、この間だけ忘れる事にした。
悩みましたが、適当に取り敢えず過程だけ書きました。ツッコミどころあれば遠慮なく言って下さい。逐次修正します。