・ヘイ、同志共。耳かっぽじってよく聞きやがれ。現在ウチの雀士がまるでジャックポット中のスロットみてえに点棒を毟り取られてやがる。あの化物はどんな手を使ってんだ?
・おい、お前グループDのどれかだな?無論日本以外の。見てみたが、ありゃあひどい。スターリンも真っ青な虐殺ぶりだ。繰り返しになるが、ありゃあひどい。
・ファッキン・ジーザス。くそったれ。俺は麻雀の大会を見にテレビを見ていた訳で、レ・ミゼラブルの最終章を見ていた訳じゃねえんだよ。何だよ、あの大将戦のお通夜っぷりは。
・あの地下室で培養されたもやしみたいな女が、息を吐くように嶺上開花。マイク・タイソンが赤子を吊るしてスパーリングをしていたんじゃないのか、アレは。
・しかも、あの表情みたか----畜生、あの女笑ってやがった。心の底から楽しそうに笑ってやがった。アンソニー・ホプキンスも真っ青な笑みだったぜ。
・久しぶりに真正の化けモンが現れたかもしれねぇな。ひとまず、ウチの雀士のメンタルが破壊されていない事を祈る。
・↑そうだね。けどねぇ、人間だれしもスティーブン・キングのミストの中を通って平然としていられる連中ばかりではないんだ。何人、再起不能になったことやら。
・おいおい、所詮卓上の点取りゲームでメンタルがやられるって大袈裟だな。別に死にはしないだろ。
・↑国の威信をかけた国際大会で訳の解らんファンタジック能力を持った化物に笑顔で仲間が積み上げた点棒を毟り取られていくんだぜ。理不尽どころの話じゃあねぇぞ。公開処刑と何が違う。
・ひとまず言えるのは、皆ご苦労様。君達はサイクロンに放り出された哀れな被害者だ。さ、解散しようじゃないか。
・笑うしかないな。二位に役満ぶつけてトばして試合終了だとよ。あのMiyanagaなる悪魔は何処の次元からやってきたんだい?
・大将がまさしく悪魔だったが、先鋒もふざけていたな。初回で一度も振り込みなしの連荘地獄。あれで見てる方もイライラさせられた。
・↑ヘイ、ブラザー。アレは大将の姉だよ。
・↑血は争えないとは本当の言葉だったみたいだなブラザー。
・おい、ウィークリーマガジンの通知が来たぜ。記事は勿論あの日本の大将だ。題名は“魔王、再誕”だとよ。
・間違いない。本当にあの卓はバグダードだった。
※
―――世界中に衝撃と恐怖を与えた日本ナショナルチームの大将、宮永咲は実にスッキリとした面持ちで予選を終わらせた。
総得点一位で文句なしで勝ち抜けを果たした日本ナショナルチームは、その後様々な国からのメディア対応に追われていた。
―――特に、宮永姉妹に。
メディアの前ではニコニコと猫を被る両者も、その心中を知る者は少ない。無論―――姉妹としてメディアの取材を受ける度に、臓腑の底から滲みだす不快感にしっかりと栓をしていることなど、知る由もないであろう。
―――ふ、ふふふ。
宮永咲は、嗤う。
―――京ちゃんが、まさかまさかの、お姉ちゃんのマネージャーになるなんて。
中学、高校の時分からずっと自分を世話してくれた男の子。
高校卒業と共にプロと大学進学で別れ、咲はそのままエース街道を歩み続けていた。
そして、その間に―――凄まじい現実を見てしまった。
いくら高額の契約金と給料を手にしても結婚できぬ、負の連鎖にがんじがらめになった女性プロ雀士の闇の底。
日々の試合と研究と移動の日々の中男を探すことも出来ず、男が出来たとて日々のすれ違いから破局が横行する―――この残酷なる世界。
ただでさえ内向的でボッチ気質のある宮永咲にとって、この残酷なる世界は辛辣に過ぎた。
女としての結婚願望をキッチリ捨てられるのであるならば、このような苦しみを味わわされずに済んだというのに。自分も―――あの実家に奉納されし伝説のアラフォーへとその道を歩んでしまわねばならないのか。
いやだ。
絶対に嫌だ。
しかし、唯一の男友達であった須賀京太郎は大学進学と同時にあまり連絡を取り合うことも無く、プロ雀士の世界で四年も過ごしてしまった。
そして、須賀京太郎が社会人となり―――その横には、かつての姉が存在していた。
かつてのように、迷子の度に世話を焼き、
かつてのように、隣にいる、
―――その相手は、自分ではなく、姉であったのだと。
高校時代、わだかまりを解消しようと思っていた時期もありました。
お姉ちゃんと仲良くしたいと、心の底から思っていた時期もありました。
だが、もう知らぬ。
―――待ってて、京ちゃん。
メディアの前で微笑みながら、隣の姉に闘志を燃やす。
―――取り戻して、みせるから。
それは、如何なる感情によるものかは解らない。
しかして、現在彼女を動かす唯一無二の原動力となっている。
※
「須賀君」
「はい」
「お菓子」
「どれがいいですか?」
「今手元にお茶があるから、和菓子」
「はい、どうぞ」
車の中、奈良名物の饅頭をバッグから取り出し、包装を空けて渡す。ふわふわとまるで少女の様な笑みを浮かべて齧りつく。
-----須賀京太郎は二週間ごとに、全国各地の銘菓を取り寄せていた。
彼女が飽きる事の無いよう県ごとに、もしくは和菓子洋菓子ごとに、それぞれ別な場所から取り寄せている。
彼女がお菓子好きである事は、最早周知の事実である。
それ故に、全国のお菓子メーカーによってスポンサーの依頼が入ってくることも多い。
しかし、彼女はそれら全てを断っている。
―――私は、食べたいから食べている。食べなきゃいけないから、食べている訳ではない。だから、スポンサーは不要。
そうキリリとした表情できっぱり断る彼女の姿は実に毅然としていてかっこよかった。
-----その企業から送られてきた菓子を頬張りながら言っていなければ、もっとカッコよかったであろうに。そして、毅然であるのに涙目でなければ----。
「今回の予選はどうでしたか、照さん」
「全く問題なかった。あとは一週間後の本戦に備えるだけ」
饅頭にパクつきながら、そう彼女は答える。
「CMの出演依頼も来ているそうです」
「面倒くさい。断って」
「―――お菓子メーカーの方が、二年分の商品券をつけるとも言っていますけど----」
「それには出ると伝えておいて」
出るんかい。
「あの―――そろそろ、いい加減、仲直りしませんか」
「私に妹はいない」
「いや、ほら。そう意地張ってないで。ナショナルチームの皆さん、皆ビックリしていたじゃないですか」
「私に妹はいない」
まさしくけんもほろろといった風情だ。どうしようもない。
―――咲も咲で、高校の時の様な歩み寄る姿勢は一切ない。むしろ、あちらにも敵愾心が移ってしまったような感じになっている。
一応、二人の共通の知人Sさんとして、このままでは本当にいつか死ぬかもしれぬと考えてしまう。病状はストレス性脳梗塞か胃潰瘍か。苦しみぬいて死ぬやもしれぬ。
だからこそ、割と本気で二人には仲直りしてもらいたいのだが―――実際何が原因なのか、ちっとも解らないのが本当の所なのだ。
「はぁ----」
「どうしたの、須賀君」
「いや、俺この先生きていけるのかな、って」
「どうしてそんな心配をしているの?事務所のお給料安い?」
「いや、事務所の待遇には全く不満はないですよ。ただ、こう、胃に穴が空かないかと」
「大変そうな仕事だもんね」
「あの、仕事を大変にさせている照さんが言える言葉じゃないですよねそれ------それに、この業界女性も少ないですし、あまり出会いもありませんしねぇ」
「-----須賀君、結婚願望あるんだ」
「そりゃあ、まだ社会人生活始めて二年目ですけど、このままずっと独身、ってのも寂しい話じゃないですか」
「-------ふぅん」
何やら、奇妙な雰囲気を漂わせながら、宮永照はそうぼそりと呟いた。
―――何やら嫌な予感がする。もっというなら―――何かしらのやらかしの予感が、ビンビンと脳内にアラートを鳴らす。
えっと-----俺、何か言ったっけ?
取り敢えずここまでと言う事で。