都内のとあるチェーン酒場。
そこでは、かつての同校の先輩後輩が顔を突き合わせていた。
弘世菫、及び大星淡、この両者が。
「----まあ、それじゃあ乾杯」
「うん、乾杯。----何に乾杯しているのか解んないけど」
「別に何だっていいだろ。お前が人生初の彼氏が出来た事にでも構わんぞ」
「え?いいの?じゃあそうしよっか。私の人生初彼氏記念に、かんぱーい!」
「はい、乾杯-----。まあ、意外と言えば意外だし、意外ではないと言えば意外ではないな」
「何か曖昧な言い方。スミレらしくない」
「高校までのお前が男を作るまでに変わってしまったのは意外。だが変わったお前が現状男がいる事は何ら意外ではない、という事だ。須賀君、と言ったか。ずっと彼はお前の事を心配していたしな」
「------そんなに、変わったかな。私」
「変わった。変わったさ。多分、高校の時のお前と今のお前を鉢合わせたら、絶対取っ組み合いの喧嘩になっているだろうさ」
「えー。そうかなー?」
「まず絶対に“何であんなチャラチャラしてて麻雀が弱そうな男になびいたんだー!”って言われるだろうな。間違いなく」
「------否定できない。多分、そうなったら本気で喧嘩すると思う」
「ほれみた事か。まあ、人間変わる時は劇的に変わるものさ。今のお前が現状のお前自身を受け入れているなら、それは成長だよ。胸を張ればいいんじゃないか?」
レモンサワーをちびちびと飲みながら、弘世菫はそう言う。
口調は、平坦ながらも穏やかだ。かつての刺すような冷たさは鳴りを潜め、柔和な雰囲気が彼女を包み込んでいた。
「-----というか、スミレはいいの?こんな安い所で」
「構わないさ。高級バーなんかに連れてこられても、お前が困るだろう?それに、ここの食事も悪くない。時々、こういう所の焼き鳥が無性に食べたくなる」
そう言うと、弘世菫は塩だれがかかったもも串を口に運んでいく。串にがぶりつき食べているにもかかわらず、妙な気品があるのも、弘世菫ならではなのかもしれない。
「普段誰彼構わず焼き鳥にしてるからってー」
「うるさい。別にいいだろう、焼き鳥位食べたって------。それで、お前は彼氏とは上手くいっているのか?」
「そりゃあ勿論。今度は泊りがけのドライブデートにも行くんだ―」
「ならよかった。こんな女同士の飲みを誘う位だ。何かあったのかと心配してたんだ」
「むしろ、お互いその程度の行動を束縛しない程度には信頼しているってだけだよー」
にへらー、と実に解りやすく表情を崩しながら、そう淡は言う。
何とも―――表情が変わりやすいのは昔から相も変わらずだが、昔の笑い方とはまた違う印象を受けてしまう。これ程ふにゃんふにゃんな笑い方は、時々照に見せる程度だったような気がする。
「------まあ、須賀君もこれから大変だろうな。お前のような彼女を持つのは、きっとはじめてだろうし」
「む。なにさー。私が面倒な女みたいに言わないでよー」
「これからの話だ、これからの。これからお前は、嫌でも注目を浴びる事になるんだろうからな」
そう言われ、彼女の脳裏には今朝読んでいた雑誌の内容が蘇っていく。
―――男が出来ない女達。
表情が少し影が落ちた淡に、弘世菫は目敏く気付く。
「どうした?」
「いや------ちょっと、今朝読んだ雑誌の内容を思い出しちゃって」
そうして、淡はその内容を話した。雀士は「曰く付き」の人種である事を事細かく説明していた、あの雑誌の中身を。
「中々辛辣な雑誌だな。-----私にも少し危機感を覚える内容でもある」
「やっぱり、そうだよね----心配し過ぎ、ってキョウタローにも言われたけど、やっぱり心配になっちゃうじゃん」
グビグビとぶどうサワーを飲み干しながら、淡はそんな風に、心境を吐露する。
ただただ、淡は心配しているのだ。この心地よい二人の関係が、無くなってしまうのではないかと。
ようやく、手に入れたのだ。自分が抱えていたモヤモヤが解消しきった、今の時間を。それを手放したくない、と。そう心の奥底からようやく思えるようになれたのだ。
ふむん、と弘世菫は頷く。
「私も、心配いらないと思うがな」
「----どうして?」
「人間関係を保つ上で、一番必要なのは何だと思う?淡」
「-----愛?友情?うーん----?」
「私はな、誠実さだと思う」
「誠実さ?」
「ああ。何も難しい事じゃない。誠実に相手と自分と向き合い続ける事―――それだけでいいんだ。相手が求めている事。自分が求めている事。その両者をお互いに言葉で伝えあって、お互いに妥協点を見つけていく。相手ばかりでもなく、自分ばかりでもなく。相手にも、自分にも、誠実さを以て向かい合う事。それさえ出来ていれば、人間関係はそうそう簡単に壊れはしないさ」
「そう、なのかな?」
「そうさ。多分、プロ雀士になれば、自分にかかる負担が大きくなるんだと思う。そして、それに応じて相手に求める事も多くなっていくのだと思う。その循環があるから、プロ雀士はいわゆる“男を作れない職業”に名を連ねる事になっているのだろうさ。自分ばかりで、相手を慮れなくなる。そこに、誠実さは多分無いのだと思う」
「------うん」
「でも、お前は大丈夫だよ。お前は、きっと。お前はあれだけ、雀士である事に悩んで、苦しんで、乗り越えて、今に至ってるんだ。―――お前という雀士が、お前だけで成り立っている訳じゃない事を理解しているお前なら。周りの支えと期待で立ち直れたお前なら、雀士である事で誠実さを失う事は、きっとないさ。彼がいて、お前があるんだ。だったら、心配なんて要らないさ」
「------」
「ど、どうした----?」
「うん。―――やっぱり、スミレは優しいなぁ、って。えへへ」
「な----馬鹿な事を言うな、この馬鹿」
「えへへー。馬鹿でいいもーん。スミレが優しければねー」
お互いアルコールで紅潮したまま、照れたり笑ったりしながら酒を酌み交わしていく。
―――かつての先輩後輩は、こういう形でまた変わっていった。
変わる時は、劇的に変わる―――本当にそうなのだなぁ、と弘世菫は思ったのでした。
※
一方その頃、所変わって清澄同窓会内部。
そこでは―――実に剣呑な雰囲気に塗れた場に変わっていた。
「大星淡-----って、あの!?ちょ、ちょっと!何であんな大物釣り上げたのよ!どうしたの須賀君!?」
「ぶ、部長!声が大きい!大きい!」
「ほー-----。こりゃあ、意外じゃったのう。それほど女にがっつく印象ではなかったんじゃがのう」
「う-----嘘だじぇ----犬に、犬に、先を越されるとは----」
「-------」
騒ぐ者、感心する者、現実を受け入れられない者、開いた口が塞がらぬまま沈黙を続ける者。
そんな諸々の反応を受けながら、須賀京太郎は冷や汗を掻く。
何故だろう。何故こんな事になってしまったのだろう。
その後、様々な事を聞きだされた。
なれそめに始まり、付き合うまでの過程、告白はどちらからか、キスは済ませたのか、-----等々。女に囲まれ女について聞かれているこの図は、まるでメロドラマの修羅場の如し。おかしいなぁ、清算しなければならない遍歴なぞ持っていないはずなのになぁ。何でこんな事になっているのだろうなぁ。自分は何かやってはいけない罪でも犯したのかなぁ。
そうして、ポツリポツリと問いかけに答えていく内に、徐々にその反応は純粋な好奇心に、そして徐々に-----何故かは知らないが、苦渋に満ちた表情を浮かべるようになった。
主に、竹井久が。
「なによー!そんな劇的な出会いなんか信じるもんですかー!私が男日照りの真っ最中の中、そんなふざけた日々を須賀君が過ごしていたなんてー!ああ、何でよぅ!」
そう散々に質問をぶつけた女は、最後はそう言ってそっぽを向いた。-----よほど悔しかったのだろう。
大体の事は、久が代弁したのだろう。他の者も悔し気に顔を歪めながら、それぞれの席へ戻りまた酒を酌み交わしていく。
そして、散々冷やかされ弄られ、しかして楽しい思い出話を酒と共に酌み交わしながら、時間を過ごした。
そして―――同窓会がお開きになる。
それぞれがそれぞれの帰路に着く中、宮永咲は少しだけ、物思いに耽りながら一人の帰路に着いていた。
------変わったなぁ、と。
それは須賀京太郎ではなくて------むしろ、彼の口から語られていた、大星淡。
彼女は変わったのだ。周りの重圧と戦い続けながら。
大星淡は変わった。
-----そして、自分は恐らく―――。
―――何かが変わっていたら、また今の私も違っていたのかな?
そんな事を思った。
別に須賀京太郎に恋愛感情がある訳ではないけど-----その辺りも含めて。何かが違っていたのだろうか。
あまり意味の無い思考に、帰り道の間ずっと彼女は染まっていた。
次はドライブ編。
櫓落としで首の骨を折られる夢を見ました。それだけです。おのれ藤巻。