雀士咲く   作:丸米

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久々にあわあわ更新。久々に書くと、本当に心が削られていく気がする----。


いざ、取り敢えず長野へ

「―――準備出来たかー?」

「出来た出来た!それじゃあ、しゅっぱーつ!」

威勢のいい声がそう響いた瞬間、微笑みながら玄関先に佇む男が笑う。大きな旅行鞄を背負った金髪の少女が、ふんすと息巻きその男の傍まで走って来る。

「ほら。そう言いながらハンドバッグを忘れてるぞー」

「へ?―――あー!本当だ!ちょ、ちょっと待って!バッグどこやったっけ!?」

ぼすん、と鞄を下に降ろし、再度彼女はリビングまで走って行く。

慌ただしい朝は、いつもの光景と言えばまあその通りなのであるが―――少しばかり興奮の度合いが大きいように思える。

それも仕方があるまい。

今日は旅行の日だ。

 

 

数日前の事。本格的にドライブルートを話し合い、あらかた計画を立て終えた二人はいつものように同じ食事をとっていた。二人の話題は、当然の如く引き続き旅行の事であった。

「―――という訳で、親父から借りた車は実家にあるから、一旦長野に新幹線で行こう事になる。そっから県外に出て、ドライブしようか。ごめんな。ちょっとお金がかかる」

「おお、長野!行った事なかったからなー。そっかー、キョウタローの故郷か」

「そ、そ。------まあ、特に何もない場所だけど、何かいい観光場所があれば寄ってもいいな。----善光寺とかあるけど、お前は一切興味ないだろうし」

「うん、全く無いね!それよりさ、キョウタロー。一度、私本場の林檎を食べてみたかったんだよね。------うん。楽しみだなぁ」

ほくほく笑顔でそう言い切る淡の相変わらずな正直者っぷりに苦笑しながら、京太郎も自ら作った飯を口に運んでいく。

「それにしても楽しみだねー。------あ。ねえ、京太郎?」

「うん?」

「一旦長野に行くって事はさ------つまり、その-----実家に、行くの?」

「あー------実家に顔を出すか、って事?その----淡を連れて」

「うん------。そ、その“ご挨拶”的な意味で」

先程の態度は何処へやら。落ち着かない様子でもじもじしている淡は、少々不安気に京太郎にそう呟いていた。

「その、さ。-----俺としては、是非とも淡を連れて行きたいと思ってる。勿論、淡が嫌だったらそうはしないけど」

「そう----なんだ」

「気が早い、って思うかもしれないけどさ。------その、俺は大学出た後も、お前がプロになっても、ずっと付き合っていくつもりで、そういう意味じゃ普通の彼氏彼女の関係とは違う感じだと思うんだよ」

「-------」

「以前にさ、雀士になったら離れ離れになるのかって話題になった時、滅茶苦茶不安そうな顔をしてたじゃん。-----出来るだけ、不安の芽は摘み取っておきたいと俺は思ってるんだ」

きっとこのまま変わる事ない関係を続けていけば、淡はプロになっているのだと思う。そういうある種の人生におけるターニングポイントに立った時でも、自分は関係を決して変えない覚悟は出来ている。

きっと、大変な事なのだと思う。想像するだけでも解る事はいっぱいある。実際にその時になって直面しなければいけない事だってたくさんあるのだろう。プロとして戦い続ける人間を、支え続ける。そういう人生を、自然と選択していたのだから。

だから、そういう諸々を包み隠さず両親に伝えたいと思ったのだ。

ここで―――恐らくないであろうが、反対されるような事があれば、今この時を以て解決しておきたい。覚悟は変わらないのだから、生じるかもしれない可能性は早いうちに無くしておきたい。

そう、京太郎は説明した。

「-------」

淡は黙ったまま-----箸を置いた。

テーブルを挟んで正対していた彼女は、すくりと立ち上がり、京太郎の隣に座る。

「どうした?」

「えへへー。-----何か、軽いプロポーズしてもらったから。嬉しくて」

「嬉しくて、どうしたんだよ」

「ご褒美をあげたくなっちゃったの。ほれ~、よきにはからえ~」

ぐりぐりと頭を押し付けながら、彼女は京太郎の首を抱いた。

身体全体が密着する様な形で、淡は京太郎の横に並んでいた。

「------うん。解った。会う。キョウタローのお父さんとお母さんに会うよ」

「-----そっか。ありがと」

「どういたしまして。-----どうしよう?息子さんを私に下さい!とか言えばいいのかな?ほらー、少女漫画とかでよくあるやつ!」

「うーん-------」

それは女側がすることは少ないんじゃないかなー、などと思いながらも、けれども何だか微笑ましいし淡も楽しそうだし、野暮なツッコミは後々にすることにした。

すっかり上機嫌になった淡と結局深夜になるまで話し続け―――二人して寝落ちしたのであった。

 

 

「おおー、何だか景色が変わって来たねー」

そして、現在。

新幹線の中でも、変わらず淡ははしゃいでいたのであった。

「淡は東京を出た事が無いのかな?」

「無い事はないけど、けどこういう所に行ったことはないかな。自然に囲まれていて、人があんまりいない所。旅行で行くよりも、大会とかで別の場所に行くことがほとんどだったから、都会に行く事の方が多かったし」

「ああ、成程ね」

それもそうか、と思う。

彼女は今までの人生のほとんどを麻雀と共に過ごしてきたのだ。纏まった休みの間でさえ、練習と大会で無くなっていたのだろうし。家族で旅行する、という機会も、それ程なかったのだろう。

「だからね、凄く楽しみなんだー。よく言うじゃん、“空気がおいしい”って。どういう感覚なのか、一度味わってみたかったんだ―。ねえねえ、長野って空気おいしいの?」

「山の方とかに行けば、空気は確かに澄んでるかな。車貰ったら、そっちに行ってみようか?」

「うん!―――やた。林檎以外にも楽しみが出来た」

「うん。ナチュラルに酷い事言っているよこいつ------!」

淡は心の底から素直な分、吐き出される言葉も無邪気に残酷なのである。おーい、一応恋人の故郷だぞー。林檎以外にもなんかあるだろー-------ないか。

そうこうしている内に、長いトンネルに入り、一時の暗闇が訪れる。

そして―――。

「わあ-----」

淡はその瞬間に見えた景色に、目を輝かせていた。

一面の緑の平野。そして、その先に見える山々。写る景色の大部分が、鮮やかな緑に引き立てられていた。

景色が変わって行く。

ぽつりぽつりと浮かび上がる古ぼけた民家。棚田を埋め尽くす林檎の木。

鮮やかに移り変わる自然の諸々を、彼女はほーとかへーとか一々感嘆の言葉を口ずさみながら、ジッと見ていた。

明らかに夢中になっているその姿を見て、―――やっぱり、連れて来てよかったと、心の底から思えた。

「見て見て、京太郎!あの河、鶴が飛んでる!」

「おおー。本当だ。久々に見たなぁ」

次第にその感動を共有せんと、淡は京太郎の袖をくいくいと引っ張って、窓際に引っ張り込む。

------これだけ喜んでくれるのだから、連れていく甲斐があるというものだ。

 

 

そして―――。

朝方に出発し、六時間ばかり。二人が駅に着いたのは丁度昼時であった。

ちょっとごめん、と一つ断りをいれ、京太郎は親へ連絡を入れる。

「はい、もしもし。―――そ、今着いた所。ここから飯食ってバスに乗って帰って来るから。え?さっさと連れて来いって?ちょ、飯用意してるの?-----はいはい、解った。すぐ帰りますー」

はぁ、と一つ息を吐き、彼は淡の所へ戻る。

「どうだった?」

「―――飯は用意してるから、さっさと帰ってこいだってさ」

「あ、あらら。そうなんだ」

「オヤジもお袋も雁首揃えて楽しみにしてるんだとさ」

「そ、そんな期待してもらってもこ、困っちゃうかな~----なんて」

「------おい大学百年生。いつもの調子はどうした?」

「う----わ、解ったよ!もう気合い入れていつものように行ってやるんだから!そら、レッツゴー!」

「はいはい。―――おーい、バスはこっちだぞー、淡~」

「へ?----あ、ちょっと待ってよ~!置いてかないで~!」

 

 

その後。

バスを乗り換え乗り換え、十分ほど歩き、眼前に立ちはだかるは須賀京太郎宅。

もうその頃には淡は借りてきた猫どころか蛇を前にしたカエルの如きカチンコチンぶりであった。

「------え、えーと。こんにちわ?はじめまして?どっちが挨拶的にはいいんだろ?それで、自己紹介したら、よ、よろしくお願いします----だっけ?あわ、あわわわわ-----」

小声でぶつぶつとそんな風に呟くおもしろおかしくそして珍しい淡の姿を尻目に、京太郎はチャイムを鳴らす。

その瞬間にドタバタと音を鳴り響かせ、がしゃんと派手に扉が開かれる。

そのあまりにもあまりな登場に、淡も思わず「ビィ!」と素っ頓狂な叫び声を浴びた。

 

母と、淡が相対する。

「------」

「------」

見つめ合う二人。お互い―――そうお互い。あまりにも衝撃的だったのだろう。言葉が、出てこない。

無言のままの膠着状態。

口火を切ったのは、淡の方だった。

「そ-----その!はじめましてわ、私大星あわひ-----いたぅ----」

力を入れ過ぎ、舌を噛んでしまった淡は、あたふたと慌てふためき目を回していた。

「------」

その姿に、母は。

「か-----」

か?

淡はその言葉を聞き逃さぬようしっかりと集中する。

そして。

「かわいい---!何この子!嘘でしょ!何でこんな子捕まえれたのよ、ちょっと京太郎!」

抱き付いた。

「わ、わぷ。あわわわ」

「わあ、お肌もっちり、髪サラサラ!嘘でしょなんなのこの子―――あいた!」

「はいはい。セクハラもそこまで。さっさと家に上がれおばはん」

京太郎は母に軽くチョップを食らわせると、ズルズルと家の中へと引っ張り込んでいく。

「ほら、淡も」

「あ、うん----お、お邪魔しまーす」

淡はおずおずと自らの靴を脱ぎ、並べながら引き摺る京太郎の側を付いていった。




兄が、結婚予定の相手を以前連れてきました。一応、その時に反面教師として感じた事を幾つか。

・連絡は三日前にはしておきましょう。片付けは唐突には出来ない。
・長居するのもさせるのもはよしましょう。気を遣わせることになるから。
・挨拶した後、相手から見た姑(予定)から「何か失礼があったでしょうか?」と連絡させるのはやめておきましょう。「そんな事は無かったです」以外答えられません。

皆さんも、是非とも結婚相手の親御さんへの挨拶へ行く時は、以上の点を気を付けておきましょう。この所為で、私は親から小一時間愚痴を聞かされる羽目になりました。わはは。まあ、私には一生縁がない事なのでしょうが。

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