雀士咲く   作:丸米

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うぇいよー


表敬訪問、そしてお泊り

家に上がった淡がリビングへと入り最初に見た光景は―――うひゃあ、と声を上げ、椅子からもんどりうって倒れ込んだ須賀父であった。

「母さん-----な、なあ、この子が、京太郎の-------?」

空飛ぶ金魚でも見つけたかの如き呆然ぶりで、父はうわ言の如くそう言い放った。

余程眼前の現実を信じられないらしい。

「そ。我が息子の彼女さん。結婚を前提にお付き合いしているんですって」

「は、はじめまして-----。お、大星淡と申します----」

淡も淡で、緊張しすぎてカチンコチン。されど父はそんな彼女の様子に気付かぬまま、呆然と、その光景を見つめていた。

「--------」

窒息中の魚よろしくパクパクと口を上下に開け閉めしながら、父はギリギリとネジ人形みたいに視線を息子に写す。

「なあ、京太郎-----」

「何だよ」

「夢じゃないよな?」

「現実だよ。証明してやろうか?」

京太郎は溜息を吐きながら、倒れ込んだ父親の脇腹辺りを爪先で軽くぐりぐりと捻じり込んでいく。

「あ痛!馬鹿者!父親を足蹴にする奴があるか!」

「馬鹿な事言うからだろ。―――ほら、挨拶しろよ」

「あ、ああ------。は、はじめまして-----。須賀京太郎の父です----。お、大星さん。------ん?」

大星と来て、淡。

この特徴的に過ぎる名前は、何処かで聞き覚えのあるモノであった。

 

「あ、あの大星さん------」

「は、はい」

「間違っていたら申し訳ないんだけど-----その、大星さんは、白糸台にいた、大星さん----?」

「え、えと、その--------はい」

ペコリ、と頭を下げながら「あの」大星淡がそこにいた。

一年から白糸台高校のレギュラーを張り、その後三年間ずっとその座を守り続けた、世代最高峰と呼ばれた高校生雀士。

そんな女性が、息子の彼女として。

「------息子よ」

「何だよ」

「やはり俺は夢を見ているのか?」

「まだ寝ぼけてんのか?」

呆れるような声が息子から放たれたと同時に、今度は母から鳩尾に貫手を食らう父であった。

 

 

その後―――。

「おおー!これがカピバラ!」

先程の緊張は何処へやら、大星淡は目をキラキラさせながら眼前の動物を眺めていた。

無言のまま鎮座する、ごわついた毛玉。そして仏頂面。

縁側で日向ぼっこ中のカピバラがそこにいた。

「名前なんて言うんですか!?」

「カピよー」

付き添いにやってきた須賀母が、そう応える。

「おおー!ほらほらカピ、こっちにおいでー!」

ブンブン手を振りながら、淡はカピに呼びかける。

モソモソ。ゴソゴソ。

重々しく、マイペースな動作を以て、カピは淡の方向へと歩き出していく。

「おお-----はじめて触った」

存外に硬い毛の感触に少々驚きながらも、彼女は恐れる事無くカピの全身を撫でまわす。

特に嫌がる様子も無く、無表情のままカピは四肢を折り曲げ伏せっている。

夢中になりながらベタベタと触る淡を、母はジッと見ていた。

 

―――何か、随分と雰囲気が変わったかしら。

 

彼女をはじめて見たのは、高校IHのインタビューを受ける彼女の姿。

テレビ越しに見た、あの天真爛漫な様子は変わっていないが、―――あの時は隠そうともしない傲岸さが滲み出ていた。

だが、今はその様が綺麗に消え去っている。

「あ、キョウタロー、何処に行きました?」

「あの子は、ちょっとお父さんに連れていかれたわよー。さっきはごめんなさいね?お父さん、とにかく小心者だから。淡ちゃんの後光にビックリしてあんな醜態を晒しちゃったのよ」

「へ?ごこー?」

「------うんうん。流石有名人だわー。何か、こう和んでいてもオーラがあるもの。オーラが」

そう言ってカピを撫でる淡に近付くと、母は更に淡の頭に自然と手を乗せていた。

「へ?え、えっと-----」

「あーん。やっぱり、淡ちゃん可愛いわ。カピを撫でさせる代わりに、おばちゃんにも淡ちゃん撫でさせてー」

「あ、あわわわ----」

まるで羽毛のような柔らかな手つきで撫でられるのは、何だか少し気持ちよかった。

------こ、これがキョウタローのお母さんの手つき----!やばい、とっても気持ちいい!

カピを撫でる淡を更に撫でる須賀母という何ともシュールな光景が繰り広げられる中。

須賀母が、淡に声をかける。

「淡ちゃん淡ちゃん。息子との馴れ初め教えてくれないかしら?」

「な、馴れ初め-----」

「うんうん。淡ちゃんみたいな素敵な子、何であの子がしっかり捕まえられたのかなーってやっぱり気になるじゃない。純粋に不思議なのよ。------あの子ね。女子ばかりの部活で一人も手も出せないヘタレチキンだったから」

「ヘ、ヘタレチキン----」

「そうよー。そこから脱却できたのならもう母親としては感涙ものの成長よ。ね、ね。教えて?」

わしゃわしゃと淡の頭を撫でつけながら、母は淡に教えて教えてと迫って行く。

最初は言葉を濁していた淡も、勢いに飲みこまれ次第に口を開いていく。

「その------実は、部屋が隣同士で」

「うんうん」

「その時、私高校最後の試合で派手に負けた後で、結構精神的に追い詰められてて------。その時に、何気なく、聞こえてきたんです」

―――それは、自分の姿を頑張っていると認めてくれた声で。

―――自分の被害妄想じみた思い込みを消し去ってくれた声で。

「そこから、キョウタローは私に声をかけてくれたり、ご飯を作ってくれたりしてくれて。何かを返したいって思って、一生懸命頑張って、頑張ったら頑張った分、また素敵なものをお返ししてくれて。そういうやり取りを繰り返していく内に―――自分が変わっていっていくのを、感じたんです。キョウタローの為に、期待に応えたいって」

「そう-----なのね」

「はい。―――だから、捕まえられた、というよりかは-----何と言うか、最初から私の方から捕まりに来た、っていうか----。ああ、何だかすっごく恥ずかしい事言っている気がする私!わ、忘れて!忘れて下さい!」

「はいごちそう様。おいしかったわ、その話。―――ね、淡ちゃん」

「は、はい」

「何も恥ずかしがることなんてないわよ。人との出会いで自分が変わる事。人との出会いで何かを頑張れる事。それは、貴女だけの、貴女にしかない、素敵な宝物。息子が貴女にとって宝物になってくれたのなら、親としては何よりも誇らしいわ」

「-------」

「あの子、一回自分の夢を諦めちゃってるから。それがよかった、なんて口が裂けても言えないけど。でもね-----夢を前に心が折れる痛みを、誰より知っている子だから。きっと淡ちゃんを放っておけなかったんだと思う」

「はい-----」

「とても優しい子よ。だから、よろしくね?」

「は------はい----」

カピバラを撫でていた手が、止まる。

視界が、滲んでいく。

ぽたぽたと落ちる水滴は、拭えど拭えど溢れてくる。

もう、駄目だった。

淡を撫でていた手が、ゆっくりと背中から彼女の胸元へと回って―――いつの間にか自分は、抱きしめられていた。

とても、温かかった。

 

 

―――その晩。

須賀宅で盛大に祝われた後、時間は矢の如く過ぎ夜となった。その日はお互い、須賀宅で泊まる事と相成った。

当然のように同じ部屋に叩きこまれた二人は、一つしかないベッドの占有権(というか譲渡権)を巡り押し問答の末結局同じベッドに同衾という形に収まったのであった。

「-----ね。キョウタロー」

もぞもぞと胸の辺りに頭を押し付けながら、淡は声をかける。

「ん?」

「途中で、キョウタローのお父さんに呼びだされてたよね?何か言われた?」

「ああ。あれなー。―――あの子を泣かせたらぶっ殺すだってさ」

「あはは。何それ。フツー、それは私のお父さんが言う事じゃん」

「ははは。まあ、俺の親父も普通じゃないって事で」

「-----ね。キョウタロー」

「うん?」

「------ありがとう」

「------こちらこそ」

自然と、二人は顔を合わせて、唇を重ねた。

「-----えへへ。今日は何だか、すごく甘えたい気分なんだー。甘えさせろー」

そう笑いながら、彼女は京太郎の背中に手を回し、またぐりぐりと頭をこすりつけていく。

「はいはい。じゃあ、おやすみ。淡」

「うん、おやすみ。-----明日も、楽しみだね」

ニコニコと笑んだまま髪を手櫛で梳かれていく内に―――こんこんと、彼女は眠りの世界へと落ちていった。

とても、安心しきった様な―――そんないつもの表情で。




最近ずっと、ガルパンの「ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!!」という台詞を繰り返し聞いています。元気が出ますね。内容はあまり存じ上げないのですが、流石は蝶野氏がど嵌まりしたというアニメ。テンションが天元突破していらっしゃる。

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