残念無念
補習を終えて家路へ向かう蒲原智美。疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。
庇うべき後輩も(誰もが同乗拒否して)いない為自然と全ての責任を負った蒲原に対し、車の主、龍門渕家御令嬢、龍門渕透華が言い渡した示談の条件とは―――。
「おい」
「なにかなー、ユミちん」
「私は、確かに。確かにだ。麻雀部全員でバイトの手伝いはやってやるとは言った。アミューズメントパークのバイトをして欲しいと聞いたからだ」
「そうだなー。ありがとう、ユミちん。流石は私の親友だー。ワハハ」
「バイトの内容を聞いていなかった私のミスであるかもしれない―――だが、これは最早詐欺に近いだろう」
「なんでだー?」
「何故-----何故、こんなフリフリの衣装を着なきゃならないのか、簡潔に説明してくれないか---?」
現在、―――あからさまに不機嫌極まる表情で、加治木ゆみは隣にいる蒲原智美に詰め寄った。
その姿は、純白のフリルにピンクのミニドレスを纏った姿であった。
片手には星のステッキを携え、正義と愛の使者を名乗るそれは、まさしく、まさしく―――。
「いいか、この衣装にくっつくルビは間違いなく愛と正義で魔法で少女だ」
「ワハハ。そうだなー」
「おい。私達二人の年齢を言ってみろ」
「----18だなー。ワハハ。ほ、ほら、それでも、ギリギリ―――」
「ギリギリ、何だ?言ってみろ」
「こ、怖い。ユミちん、怖い---衣装に反して、目が据わっている---」
「一つ。何故こんなバイトをしなければならないのか。二つ。その中で何故私の役柄がこれなのか。さあ、答えろ」
「いや、それには―――」
「それには、私から説明しますわ!」
そう、声を大にして現れたのは―――金髪ロングにアホ毛を携えた女であった。
「お前は―――龍門渕透華!」
「御名答、加治木ゆみ。県予選以来かしら?ここまで御足労頂き感謝いたしますわ」
「まさか、この施設は―――龍門渕グループの傘下なのか」
「ええ、その通り。ここは龍門渕の英知を掻き集め作られた、脅威のテーマパーク。貴方方には、ここを目立たせる為に、精一杯協力してもらいますわ」
「―――それが、この趣味の悪い衣装なわけか。ふざけるな!私は帰らせてもらうぞ」
「あら、いいんですの?―――そこのお友達が、このままだと多額の賠償金を支払う羽目になりますのに」
「なに!?」
龍門渕透華は口元を大きく歪め、続ける。
「違反切符が切られるかもしれない程のスピードで、彼女は車をぶつけてしまいましたの。―――示談の条件として、ここには鶴賀高校の皆さんに、集まってもらった訳ですわ」
「この衣装は何だ!」
「これから執り行う、テーマパークイベント―――その為の、衣装ですわ」
「イベント----?」
「そう―――名付けて」
彼女はバッと両手を掲げ、宣言する。
「雀士少女、ラブリー・スパロウ――その劇を、貴方達にやってもらいますわ!」
※
ある所に、一人の雀士がいた。
彼女は、とても強い雀士であった。対局した全ての者の点棒を毟り取り、その心を折っていった、とっても怖いけど、強い雀士。
彼女が戦った道先には、常に多くの憎しみを生んだ。折られた心は歪みとなり、その道を呪いで埋め尽くす。
果て無き怨嗟の果て、その呪いは彼女を蝕んでいく。ずっと独りでいなければならない。ずっと誰にも受け入れられぬ呪い。その呪いを抱えてなお、彼女はその道を進んでいった。その道以外を知らなかった。
その道の終着点、遂に彼女は気付いてしまう。
あらゆる屍で埋められたこの道には、呪いのみが残された。
―――もう、私もアラフォーになってしまったのね。
彼女はその言葉と共に、“魔女”となった。受けた呪いの力を転化させ、あらゆる雀士の婚期を奪う、災いの魔女へと―――。その力は世界を覆い、あらゆる雀士を苦しませた。その力に打ち負けた者共は、その眷属と成りて呪いを伝播させる。そうした連鎖が楔と成りて、この世界に溢れかえってしまった。
しかして、絶望あらば、希望の光もある。
モンブチ財閥によって開発された雀力テクノロジーによって、彼女たちは生まれた。苦しみの連鎖、怨嗟の声を、断ち切る希望の光を纏いし天使。
その名も、ラブリー・スパロウ。
雀士の平和を守る為、今日も彼女は魔女狩りの夜を演出する―――。
※
「一つだけ言わせてもらおう―――頭がおかしいんじゃないか?」
「いいですわ!その言葉!私も出来る限り、麻雀を主題とした前衛的な物語を作れと製作スタッフに命令したのですから!クレイジーなのはウェルカムですわ!」
「---お前の頭も、ここまでイカレてしまったのか-----」
「鶴賀の他の方々も、それぞれ衣装を着てもらってますわ―――ええ、どれも皆お似合いですわ」
加治木ゆみは遠目で、後輩達を眺めた。
桃子は吸血鬼、睦月は技術者、佳織は悪役のライバル―――何故、何故なのだ。何故この中の配役が、私にならないといけないのか。
「ふふ、不思議そうな表情をしていらっしゃるわね、加治木ゆみ。何故、自分が主役を張らねばならないのか―――」
「ああ。その通りだ。何故私がこのような役をせねばならないのか!」
「ギャップ萌え、ですわ」
「なん-----だと-----」
「意外性のあるキャラクターは、印象に残るモノです。怖そうな人間が垣間見せる、優しさ。穏やかそうに見せて、実の所凄まじい凶暴性を持つ人間。それと同じ。貴方のその凛々しさと、少女らしい恰好にてギャップを狙うのですわ!解っていらっしゃる!?」
「解るかァァァァァァァァァ!!」
そもそも違う。ギャップ萌えの意味が違う。アレはそもそも人が持っている二面性で攻めて行くモノであり、断じて無理矢理なキャラクター設定で人の性質を踏みにじるものではない。加治木ゆみという女に少女らしい可憐さを求めるのは、それは断じて違う。間違いない。
「嫌だ-----帰りたい-----」
「帰るのは、自由ですわ。ただ----そうなれば、蒲原智美さんがどうなることやら------」
龍門渕透華がその目線を向けた瞬間、ワハハと笑いながらも目を逸らし、俯き、冷や汗を垂らしている。
「後輩さんたちも、彼女を助けたい一心でここに集まってくれたのですわ。あなた一人の意思で、これら全てを無駄にしてもいいんですの?」
「ぐ------ぐ----」
「本来、最後の敵として立ちはだかる“原初の雀士、アラフォー・サーティーン”役に呼んだ役者は、今子供麻雀クラブの指導に忙しいと断られましたので、しょうがないので赤土晴絵氏をその断られた彼女経由で呼び出しました。そして―――貴方が、ラブリー・スパロウ役ですわ。これはもう、決定事項。私の勘が、貴女はこの役でこそ輝くのだと叫んでいますわ!」
「狂っている------狂っているよ、お前は-----」
「何とでも言うがいいですわ。―――さあ、舞台上に立つのです」
※
派手なCGとアニメーションに照らされながら、ラブリー・スパロウは空を舞う。
齢18を過ぎようかという肉体を中学二年であると誇示しながら、可憐な少女として敵と相対する。
愛と希望を胸に、あらゆる呪いを光で浄化する。
その名も、ラブリー・スパロウ。
―――心中にて嗚咽と断末魔を吐き散らしながら、加治木ゆみは舞台上で踊っていた。
ここに救いはないのか。
ここに神はいないのか。
もし仮に存在するならば―――きっとそれは、とんでもない面構えをした阿婆擦れなのだろう。
一つそう思いがよぎった瞬間、彼女の思考は、舞台上にて消えていた。ここには、踊り続け台詞を言い続けるだけの、人形があるのみ。
―――そう、これは。
―――ただ一人の、気苦労人のお話。