雀士咲く   作:丸米

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手加減を知らぬ女

それから、原村家の中に、小さな変化があった。

一つ。原村家の財産は今まで夫婦の共有であったが、半年の間妻の管理とする事。

二つ。原村恵とその娘、原村和との接触を原村和の許可が下りるまでの間原則禁止とする事。

 

原村恵が、今までの行動を自ら洗いざらい妻に告白し、和も含めた家族会議の中で決定した事であった。

その際に―――和の報復によって実家に引っ込んでいる探偵の職場復帰に協力する旨も明記し、その約束を契約書に纏め、現在原村家に置いてある。

 

「------予想外の潔さですね」

原村和にとってまさしく誤算だった。

あの父が―――潔さを発揮した事が。

この父との対決は―――「父を無力化する」という目的においては大成功だ。これから何をしようと、父の発言は何の力も発揮できない。

だが―――別れ際、父から受け取った言葉が引っ掛かる。

 

―――和。最後に一言だけ。彼には、しっかりと自分を見せる事だ。その方が、きっと彼はお前を受け入れてくれる。

 

そう何やらやりきった感のある顔で、そう言っていた。実に気持ち悪―――いや、不自然な様子で。

引っかかる。

何処までも引っかかる。

 

「まさか―――」

全てを、明かされたのだろうか。

自らの所業と―――そして自らの娘の所業を。

「------」

フッと、彼女は笑った。

それがどうした。

―――所詮飲み屋で一回会っただけの中年の男と私。どちらに信を置くか。そんなもの、考えるまでも無い。

たとえそうだとしても、挽回は十分に可能。父を傀儡とする計画は頓挫したが、今度は傀儡ではなく協力者を抱えればいい。例えばお母さん。お母さんは全面的に自分の味方であるし、須賀君もきっと懐いてくれるでしょう。あまりお母さんを利用するようなことはしたくはなかったが、ここに至っては仕方ない。自分も手段を選べる立場ではないのだから。

待っていてください、須賀君。私は貴方を逃がしません。

 

そう覚悟を新たにした彼女の下に―――電話が鳴り響く。

着信先を眺めれば、マネージャーからであった。

「もしもし、どうしました?」

「あ、原村さん。ちょっとだけ、問題が―――」

問題?

ふむん、と一つ頷き彼女はその声に耳を傾けた。

 

 

原村和には、当然ながら男性ファンが多い。

容姿、プロポーション、キャラクター。そのどれもが高いレベルで纏まった彼女は、写真集の発売が出版社から持ち掛けられるほどの人気を誇る(すげなく断ったが)。

 

だからこそなのだろう。

本日マネージャーから送られてきたファックス資料を見る。

そこには―――。

「------へぇ」

幾つもの写真が、並べ立てられている。

一般人(元同級生K、目隠しあり)と共に、行動を共にしている様が。

一つ一つは、大した事なぞ無い。一緒にホテルに行ったといったいかがわしい写真は一切ない。食事やショッピングをしている写真だけだ。しかし、数が多い。これだけそういった、ある種の健全な写真の数が多いと、むしろ本当に“清い交際”をしているように感じられる。

来月あたりに、これが週刊誌に掲載されるのだという。

 

「------本当に、誰も、彼も、私の足を、引っ張って、くれるものです」

 

一言一言噛みしめるように、彼女は静かにそう口に出した。

自分は何も問題はない。問題があるとすれば、須賀京太郎の方だ。この写真集を見て彼がまず思う事は“和に迷惑をかけてしまった”といったものであろうか。これから行動を共にしていく事が難しくなるかもしれない。

自然と、彼女の口元には笑みが零れていた。

「成程。これが女雀士を取り巻く呪いという奴ですか。----何がジンクスですか。何処もかしこも先立つ人間の足を引っ張ってばかり。下らない。本当に-------下らない」

ふふ、と思わず笑えてしまう。

スポーツ選手であると同時に、貴様等は人気商売なのだ。男の気配を出してはならぬのだ。そんな世間様の眼。男から隔絶された特殊な世界で骨肉を争う中で摩耗していく男女間の感性。全てが全て、複合し、混じり合い、あのジンクスが存在しているのだ。

「そうですね。まずは須賀君にフォローを入れておきましょう。----万が一発売されたら、きっと困惑している事でしょうし」

相手を地獄の沙汰まで引き連れるタナトスの笑みを一瞬で切り替え、彼女はすぐさま須賀京太郎に電話をかける。

その表情の変化もまた、自然なものであった。

何処までも柔らかな、そして楽し気に緩和した小動物の如き笑みだった。

 

 

高校生の時。

楽しかった思い出がそこには充満していた。

チームで喜び、チームで立ち向かい、時に泣き、笑い、最後は見事な大団円。本当に素敵な青春だった。

その時に、強く思った。

麻雀は、楽しい。麻雀には、全てを賭けるだけに値するだけの価値がある。

けれども、その思いは―――父には最後まで理解されなかった。

麻雀の全国優勝メンバーの一人であり、そして成績までトップクラスであった和は、学費免除と返済不要の奨学金までおまけにつけた超好待遇の推薦状があった。

父は強く進学を薦め、母も“プロに行くにしろ、一度大学を出てからでも遅くはない”というスタンス。彼女は結局大学に進学した。

されど胸に燻った思いを誤魔化す事は出来ず、進学した。

 

この思いは、結局の所最後の最後まで父には伝わらなかった。

覚悟はしていたが、結局どれだけ頑張っても父にとって麻雀は娯楽でしかないのだ。その価値を、彼はきっとこの先ずっと理解できないのだろう。

 

プロに入っても、同じことの繰り返し。自分に言い寄る男のなんと浅ましい事か。プロの女雀士というステータスに近付いてくる輩か、単に身体目当ての連中しかいなかった。

“君の麻雀している姿は素晴らしいね”

男は、何とでも言える。そうだろう。美貌を褒められるのはきっと慣れているだろうし、性格だってどちらかと言えば丁寧であるが淡白な方だ。口説き文句に一番いいのは、麻雀している姿だろう。

そんな言葉をいけしゃあしゃあとつまらなそうな目で喋りかける男共に、正直嫌悪感を覚えていた。二枚舌というものは幾らだって存在する。それは自分を取り巻く環境の中であるなら、尚更そうだ。

 

そんな連中の吐き掛ける言葉よりも、ずっとずっと、誠実な姿を貫いている人がいた。

高校ではあまり活躍できなかったにもかかわらず、それでも麻雀に関わって仕事をしている人が。

 

高校の時は、いつも自分の前で鼻を伸ばしていた駄目な人だと思っていた。

けど。今になって思う。それでもずっと彼は麻雀に対して誠実であった。誠実であってくれたのだ。

 

それだけだ。

それだけで十分だった。

チョロイと思わば、そう罵るがいい。だが、今まで決して崩れなかった牙城は、それだけで叩き壊されたのだ。きっと―――自分の選択は間違っていないはずだ。

 

目的が決まれば、あとはいつもの原村和でいればいい。

合理的に、理性的に、―――つまりはデジタリックに。

眼前の障害を―――叩きのめす。

 

 

「―――本当にごめん。和。俺が不注意だった」

「何を謝っているのですか。私達は何もやましい行動なんてしていません。胸を張ればいいんです。一緒にご飯を食べて、一緒に買い物をする事の何が悪いと?私はキチンとプライバシーの侵害であると、出版社に抗議するつもりです」

「いや、こっちも和に甘えてしまっていたというか-----。ちょっと気を回せばこういう事も避けられたのになぁ、って」

「甘えているのはこちらも同じ事です。いいじゃないですか。私も、須賀君と一緒に遊ぶのが楽しいからそうしているまでです」

「いや、でも-----」

「でもじゃありません---。私だって、これではいじゃあもう遊ぶのは控えましょうなんて言うような女じゃないですから。また、私は変わる事無く須賀君と付き合っていきますからね?そこだけは覚えておいてくださいね。-----はい。はい。解りました。それじゃあ、おやすみなさい、須賀君」

 

通話が切れるのを確認すると―――彼女は再度、携帯をかけ直しにかかる。

「裁判も考えましたが、それは大々的な闘争になるからいけませんね。出来うる限り、内々に終わらせた方がいいでしょう。まあ、もうちょっと先の話になるとは思いますが」

彼女はニッ、と笑みを浮かべながら―――鳴り響く着信音を自らの耳朶に通す。

「女雀士を、ましてや私を舐めてかかるからです。―――つけ狙う相手のスポンサー位、調べればいいものを」

彼女の笑みが、より深くなる。

「ええそうですとも。“抗議”させて頂きます。―――ですが、別に私一人だけが抗議しなくちゃならない理由はありませんからね」

彼女の脳裏には、二つの相手が浮かんでいる。

一つ。辻垣内智葉。

もう一つ。

 

「―――こういう時に頼りになりますからね。よろしくお願いします、龍門渕さん」




残り三十六単位を残し、私の友人が二留目を決めました。合掌。皆さんも、失恋と酒にはご注意を。

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