雀士咲く   作:丸米

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ダルがり編
アパルトの中の、友人。


守られるか、無視される以外に、用途の無い夜の信号機。

―――そう言う風になりたくないと、ある曲の歌詞が言っていた。いや、正確には違うけど、とにかく、そんな歌詞だ。

自分は、どうだろう。

自分の存在に、用途はあったのだろうか。

いや、あったかどうかは関係ないか。

―――用途があったと、自分で信じていたいのか、どうか。

宮守でのあの日々は、自分をどう変えたのだろうか?

多分、変わっていないのだと思う。

変わらず怠惰なままだ。七つの大罪を定めた神様がいたなら、即刻逆鱗と共に地獄に落とされるやもしれぬ。

そう、自分はどうしたって、夜の信号機のままでいたい。出来る事なら、何もしたくない。ただただ、漫然とした日々が続いてくれれば、それが一番。

だけど、

それでも、

―――怠惰な信号機には憧れようと、壊れた信号機にはなりたくなかったのだとは思う。

多分、自分は変わっていないのだろう。

ただただ―――あの日々が、埋もれていた自分を、発掘してくれた。ただそれだけの事だ。

信号機は、歩く人間がいなければただの電信作用のある棒でしかない。用途なんて、ないのだから。

周りの人が、そういう風に自分に役割を与えてくれた。

―――その用途は、どうだったのだろうか。答えは、当然―――、

「ダルい-----」

シロはあまりにも怠くて、考えるのを止めた。

それが答えだ。

答えなんて、別に無理して探すものではない。疲れるしダルいし、割とどうでも良かった。

 

 

考えるのはダルい。

それでも、考えなければ、もっとダルい事が起こるのも解っている。

だからこそ、考えた。迷って、迷って、考えた。

「そうか、シロ。アンタは、大学に行くんだね」

「----ダルいけど、うん」

「そうだねぇ。ダルがりなアンタにしちゃあらしくない選択だねぇ」

「ダルい----」

「サボって単位落としたりするんじゃないよ」

「するかも-----」

「するな。何人か、プロのスカウトも来ていたみたいじゃないか。大学行くのはいいけど、プロになる気は?」

「ないよ---。麻雀は続けるけど、プロには興味ない。プロ、きっとダルい」

「だろうねぇ----ま、アンタもそこそこに悩んで、その道を選んだんだろう?」

コクリ、と一つ頷く。

「だったら問題ない。アンタが悩んで出した結論なら、きっと悪いようにはならない。アンタは、そういう人間なんだから」

「そういう人間------?」

「ダルがりなアンタは、悩むのも嫌いなはずだよ。悩み程、面倒なモノはないからね。―――アンタはダルがりでも、逃げる事はしなかった。ちゃんと、悩んで、結論出して、ここまで来たんだ」

「------」

「だから、仲間も付いてきたんだ。―――シロ。私にとって、間違いなくアンタも自慢の子だ。胸を張って、大学に行けばいい」

そんなありがたくもない言葉を頂き、本日より、花の女子大生という訳である。

若干、枯れかけの萎んだ花の如く見えるのも-----まあ、それはそれで仕方あるまい。

眼前には積み上げられた段ボールと八畳のフローリング。

「ダルい-----」

これから始まる、一人暮らしという名のだるさMaxな日々に、変わらぬ調子でそうぼやいたのでした。

そして、―――それから二年の月日が過ぎた。

 

 

ある日のことだ。

死骸の様な女性が一人、公園のベンチに腰掛けていた。

いやいや、女性を示す形容詞に「死骸のような」はあんまりだ。だがしかし、残念。脱力した状態で瞠目して空を眺めるその姿。もう指先一つ動きませんと表象するかの如き不動の姿。鳴きやんだ蝉にしか思えない。

須賀京太郎は、そろりそろりと公園の端にある自販機に百円硬貨を差し入れ、ミネラルウォーターを手にする。

---いや、あの。

何となく、そのベンチには座ってはならないような気がした。公園には、買い物の休憩の為に立ち寄ったというのに。先客がいたからと、その隣に座ってはならないきまりなんぞないのだが―――その、「自分はここで最後を迎えるのだ」と言わんばかりに悲壮さを纏わせたその雰囲気に、思わず尻込みしてしまうのも致し方が無い。うん、そうに違いない。そうだろう。

そういう訳で、踵を返そうと意識を向けるが、

「あの-----大丈夫ですか?」

生来のお人好し故か、こんな風に声をかけてしまうのでした。

 

 

「助かった。お水、ありがとう----」

「いえ、それは別に構わないんですが----」

「買い出しの為にバスに乗ったら、違う便だった------」

「それで道に迷って右往左往している間に、疲れてしまった、と---」

「ダルい---」

よく見れば、それは知っている人だった。

小瀬川白望。

高校一年の頃、宮守高校を率いていた人だ。

「道、教えて-----」

「何処に行きたいんですか?」

そう聞くと、ぼそぼそと彼女はその場所を教える。

「ああ、俺と同じ所ですね。だったら付いて来て下さい。案内します」

そう京太郎は言い、立ち上がる。そのまま公園の出口へとつかつかと歩き出し―――ふと、背後を眺める。

そのままの姿の、小瀬川白望がいた。

何なのか。あのベンチに磔刑にでもされているのか。

「ダルい-----」

「そ、そうですか----」

「足、動かない----」

「え、えー-----」

どうしろと。

「君」

「はい」

「----おぶって」

 

 

結局―――あまりの疲れに指一本動かせないという小瀬川さんを背負い、タクシーまで連れていった。

役得でした。

具体的に言えば、こう----背中から感じられる、柔らかな何かが、こう、感触として脳内に送られる度に、多幸感といいますか、何というか-----形容し難い素晴らしき感覚が、全身に走る瞬間を味わうことが出来て、ええ、役得でした!

だからこそ思う事もある。

ちと、無防備に過ぎませんかねぇ、と。

「-----」

「えーと-----」

そしてそして、不思議な事に。

眼前には、自らが住む安アパート。

----彼女も、ここに住んでいるという。

「偶然、ですねー」

「-----だねー」

「いや、俺、昨日からここに引っ越しまして------。それ故といいますか、買い出しに行っていまして-----」

「---君、大学何処に行っているの」

そう尋ねられたので、答える。

「---同じ大学だね」

「そ、そうですかー」

何とも。不思議極まる話であった。

「丁度いいや。部屋まで連れていって」

「はいはい----」

もう何だかどうでもよくなって、言う通りにすることにした。

 

 

―――彼女には、一つの特技がある。

彼女は、何となく眼前にいる人物がどういう人間なのか、看破できる能力を持っている。

多分、それは―――ずっと、あの天使の様な友人と共にいたからであろう。

あの子たちの持つ優しさを持っているのかどうか、それは見ただけで解った。

公園で話しかけてきたあの男の子も、同じ目をしていた。何処となく優し気で、こちらを純粋に心配する、目だった。

「須賀君、ね----」

異性の友人というのは、ひょっとすれば生まれて初めてかもしれない。

------あの場所から離れ、一つだけ解った事がある。

自分はダルがりでも、感情がなかったわけじゃなかった。

寂しい、という一抹の感情を持て余す程度には―――あの日々は、楽しかったのだと。あの子たちが、大切だったのだと。

今の自分は、どうしたって―――夜の信号機でしかない。

用途の無い、ただの怠惰な女でしかない。

―――そんな中で、同じ目をした人が眼前に現れて、ちょっとだけ、ちょっとだけ―――感じ入るものがあった。

「ダル-----」

そうベッドの中で、彼女は呟いた。

―――明日から、何だかもっとダルい日々が始まるような。そんな予感をちょっぴり、させながら。

 




この章は、あまり山なしオチなしの、まさしくダラっとした話が連続します。勘弁を。

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