アパルトの中の、友人。
守られるか、無視される以外に、用途の無い夜の信号機。
―――そう言う風になりたくないと、ある曲の歌詞が言っていた。いや、正確には違うけど、とにかく、そんな歌詞だ。
自分は、どうだろう。
自分の存在に、用途はあったのだろうか。
いや、あったかどうかは関係ないか。
―――用途があったと、自分で信じていたいのか、どうか。
宮守でのあの日々は、自分をどう変えたのだろうか?
多分、変わっていないのだと思う。
変わらず怠惰なままだ。七つの大罪を定めた神様がいたなら、即刻逆鱗と共に地獄に落とされるやもしれぬ。
そう、自分はどうしたって、夜の信号機のままでいたい。出来る事なら、何もしたくない。ただただ、漫然とした日々が続いてくれれば、それが一番。
だけど、
それでも、
―――怠惰な信号機には憧れようと、壊れた信号機にはなりたくなかったのだとは思う。
多分、自分は変わっていないのだろう。
ただただ―――あの日々が、埋もれていた自分を、発掘してくれた。ただそれだけの事だ。
信号機は、歩く人間がいなければただの電信作用のある棒でしかない。用途なんて、ないのだから。
周りの人が、そういう風に自分に役割を与えてくれた。
―――その用途は、どうだったのだろうか。答えは、当然―――、
「ダルい-----」
シロはあまりにも怠くて、考えるのを止めた。
それが答えだ。
答えなんて、別に無理して探すものではない。疲れるしダルいし、割とどうでも良かった。
※
考えるのはダルい。
それでも、考えなければ、もっとダルい事が起こるのも解っている。
だからこそ、考えた。迷って、迷って、考えた。
「そうか、シロ。アンタは、大学に行くんだね」
「----ダルいけど、うん」
「そうだねぇ。ダルがりなアンタにしちゃあらしくない選択だねぇ」
「ダルい----」
「サボって単位落としたりするんじゃないよ」
「するかも-----」
「するな。何人か、プロのスカウトも来ていたみたいじゃないか。大学行くのはいいけど、プロになる気は?」
「ないよ---。麻雀は続けるけど、プロには興味ない。プロ、きっとダルい」
「だろうねぇ----ま、アンタもそこそこに悩んで、その道を選んだんだろう?」
コクリ、と一つ頷く。
「だったら問題ない。アンタが悩んで出した結論なら、きっと悪いようにはならない。アンタは、そういう人間なんだから」
「そういう人間------?」
「ダルがりなアンタは、悩むのも嫌いなはずだよ。悩み程、面倒なモノはないからね。―――アンタはダルがりでも、逃げる事はしなかった。ちゃんと、悩んで、結論出して、ここまで来たんだ」
「------」
「だから、仲間も付いてきたんだ。―――シロ。私にとって、間違いなくアンタも自慢の子だ。胸を張って、大学に行けばいい」
そんなありがたくもない言葉を頂き、本日より、花の女子大生という訳である。
若干、枯れかけの萎んだ花の如く見えるのも-----まあ、それはそれで仕方あるまい。
眼前には積み上げられた段ボールと八畳のフローリング。
「ダルい-----」
これから始まる、一人暮らしという名のだるさMaxな日々に、変わらぬ調子でそうぼやいたのでした。
そして、―――それから二年の月日が過ぎた。
※
ある日のことだ。
死骸の様な女性が一人、公園のベンチに腰掛けていた。
いやいや、女性を示す形容詞に「死骸のような」はあんまりだ。だがしかし、残念。脱力した状態で瞠目して空を眺めるその姿。もう指先一つ動きませんと表象するかの如き不動の姿。鳴きやんだ蝉にしか思えない。
須賀京太郎は、そろりそろりと公園の端にある自販機に百円硬貨を差し入れ、ミネラルウォーターを手にする。
---いや、あの。
何となく、そのベンチには座ってはならないような気がした。公園には、買い物の休憩の為に立ち寄ったというのに。先客がいたからと、その隣に座ってはならないきまりなんぞないのだが―――その、「自分はここで最後を迎えるのだ」と言わんばかりに悲壮さを纏わせたその雰囲気に、思わず尻込みしてしまうのも致し方が無い。うん、そうに違いない。そうだろう。
そういう訳で、踵を返そうと意識を向けるが、
「あの-----大丈夫ですか?」
生来のお人好し故か、こんな風に声をかけてしまうのでした。
※
「助かった。お水、ありがとう----」
「いえ、それは別に構わないんですが----」
「買い出しの為にバスに乗ったら、違う便だった------」
「それで道に迷って右往左往している間に、疲れてしまった、と---」
「ダルい---」
よく見れば、それは知っている人だった。
小瀬川白望。
高校一年の頃、宮守高校を率いていた人だ。
「道、教えて-----」
「何処に行きたいんですか?」
そう聞くと、ぼそぼそと彼女はその場所を教える。
「ああ、俺と同じ所ですね。だったら付いて来て下さい。案内します」
そう京太郎は言い、立ち上がる。そのまま公園の出口へとつかつかと歩き出し―――ふと、背後を眺める。
そのままの姿の、小瀬川白望がいた。
何なのか。あのベンチに磔刑にでもされているのか。
「ダルい-----」
「そ、そうですか----」
「足、動かない----」
「え、えー-----」
どうしろと。
「君」
「はい」
「----おぶって」
※
結局―――あまりの疲れに指一本動かせないという小瀬川さんを背負い、タクシーまで連れていった。
役得でした。
具体的に言えば、こう----背中から感じられる、柔らかな何かが、こう、感触として脳内に送られる度に、多幸感といいますか、何というか-----形容し難い素晴らしき感覚が、全身に走る瞬間を味わうことが出来て、ええ、役得でした!
だからこそ思う事もある。
ちと、無防備に過ぎませんかねぇ、と。
「-----」
「えーと-----」
そしてそして、不思議な事に。
眼前には、自らが住む安アパート。
----彼女も、ここに住んでいるという。
「偶然、ですねー」
「-----だねー」
「いや、俺、昨日からここに引っ越しまして------。それ故といいますか、買い出しに行っていまして-----」
「---君、大学何処に行っているの」
そう尋ねられたので、答える。
「---同じ大学だね」
「そ、そうですかー」
何とも。不思議極まる話であった。
「丁度いいや。部屋まで連れていって」
「はいはい----」
もう何だかどうでもよくなって、言う通りにすることにした。
※
―――彼女には、一つの特技がある。
彼女は、何となく眼前にいる人物がどういう人間なのか、看破できる能力を持っている。
多分、それは―――ずっと、あの天使の様な友人と共にいたからであろう。
あの子たちの持つ優しさを持っているのかどうか、それは見ただけで解った。
公園で話しかけてきたあの男の子も、同じ目をしていた。何処となく優し気で、こちらを純粋に心配する、目だった。
「須賀君、ね----」
異性の友人というのは、ひょっとすれば生まれて初めてかもしれない。
------あの場所から離れ、一つだけ解った事がある。
自分はダルがりでも、感情がなかったわけじゃなかった。
寂しい、という一抹の感情を持て余す程度には―――あの日々は、楽しかったのだと。あの子たちが、大切だったのだと。
今の自分は、どうしたって―――夜の信号機でしかない。
用途の無い、ただの怠惰な女でしかない。
―――そんな中で、同じ目をした人が眼前に現れて、ちょっとだけ、ちょっとだけ―――感じ入るものがあった。
「ダル-----」
そうベッドの中で、彼女は呟いた。
―――明日から、何だかもっとダルい日々が始まるような。そんな予感をちょっぴり、させながら。
この章は、あまり山なしオチなしの、まさしくダラっとした話が連続します。勘弁を。