雀士咲く   作:丸米

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PCのHDDがぶっ飛びました。畜生・・・。これはスマホから投稿してまーす。今回長いです。


花金ナイトフィーバー

辻垣内智葉はある種の完璧性を身にまとった存在である。

女らしさも男らしさも持っている。

優しさも厳しさも持っている。

盾と矛。その両端の性質を包括して一人の人間に収まっている。

 

とはいえ、それは人間的な隙があまりにも少ないことと同義であるのだが。

されど、彼女もまた一人の人間である。

 

 

「-----それで、私を芸能事務所に引き入れてどうしようというんだ?」

辻垣内は何度目かもわからぬ呆れ交じりのため息を吐く。

眼前の少女の純然極まる邪気を祓わんとしているかのように。

「ん?――そんなの決まってるじゃん。ネリーが動くとき――それは何処まで行ってもお金のためだよ」

「私は残念ながら金の生る木ではないぞ。麻雀しか取り柄のない女だ。芸能界なんぞに馴染める性根じゃない」

「なんていうか、アレだね。日本人の美徳なのかもしれないけど、ネリーの周りにいる人たち皆謙虚だよね。それは凄くいいことなんだけどね、結局自分の価値を過小評価しているのと同じことなんだよね」

「-----では、私がお前の銭勘定にどう含まれているのかを教えてもらおうか」

「別に芸能界はテレビ番組に出ることだけがすべてじゃないんだよ、サトハ。芸能事務所を通して、麻雀関係のイベントに出ることだって立派な仕事だし。確かにサトハはあんまりバラエティ向けの人間じゃないけどさ。事務所はそれだけをする場所じゃないし。試合の解説なんかは向いているだろうし、教えるのも上手いから初心者向けの麻雀教室なんかもできるだろうし」

「------はぁ。それだけのために私を起用するのか。私の家系は解っているだろう?たったそれだけの為にリスクを背負うことはあるまい」

そう。

辻垣内智葉という女性は、日本トップランカー雀士の一角に名を連ねるプレイヤーである。

されどこれまで一切の芸能事務所が彼女に接触一つしなかったのには、彼女の少々特殊な家系に原因がある。

かつて代打ち稼業で一世を築いた彼女の一家は、当然筋持ちとの関係を疑られる。コンプライアンスに厳しいこのご時世、彼女は残念ながらそのリスクに見合うだけの人間であると誰も判断しなかったのだ。

「ちっち。それはあまりにも考えが甘いね、サトハ」

「甘い、か。ふむん。ではその甘さの正体を教えてくれるか?」

「――麻雀と同じだよ。リスクの裏側に、チャンスがある。サトハの家系は確かにリスク。でも、サトハの親類が今協会の要職のいくつかを担っているのもまた事実。サトハを通じて辻垣内家に繋がることは、リスクだけじゃない。その裏に大きなチャンスが待っている」

「-----呆れたな」

ネリーという女は銭ゲバである。だが銭ゲバは銭ゲバであれど、博徒としての感覚も持ち合わせた銭ゲバである。

リスク。リターン。その秤を常に自らの中で持ち、それに即して行動ができる。強かな女だ。

「----まあ、でも普通なら大きいリスクなんだろうね。普通なら」

「-----?」

「でもね。ネリーは頭がいいから、また別の視点からも物事を判断できるんだ。――人を信頼できるか、どうか。そういう判断基準も」

「お前-------」

「ネリーは一年間もサトハと一緒にいた。だから解る。サトハは絶対に筋を通す。麻雀を裏切るようなことは絶対にしない。そういう確信もしっかりあった上での勧誘なの。----外形的な物事だけで判断するような頭でっかちと違って、ネリーは人を見る目もあるからね。ふふん」

「------」

随分と買ってくれているのだな、と思いつつ――辻垣内智葉は、確かな成長をこの少女から感じていた。

 

人の中身。人格や、過ごした時間の中で知る人間性の諸々。それらをしっかりと自分の中の基準に押し込み、判断を行う。それができるまでに、成長したのだろう。

「それにね-----この前キョウタローに外れ女に捕まえられるようなことをしてほしくないって話をしたけど------それは、サトハも同じ」

「私か?-----さすがに私も軽薄な男に騙されるほど頭は悪くはないと思っているのだがな」

「サトハ自身はそうかもしれないけど-----お家の人たちは?」

「う」

そこを突かれると痛い。

確かに。自身がどう泰然自若を貫こうとも、自分の周囲が何とか男をあてがわんと策をめぐらす可能性は大いにある。そのために今自分は恋をしているとまで嘘八百をつかねばならなくなったのだから。

「だからさ。ネリーはお金は死ぬほど大切だけど------自分の縁を大事にできないやつに、お金が回ってくるとも思えないんだよね。ネリーは、サトハにも幸せになってほしいと割と本気で思っているんだよ」

「----ふむん。成程。それ故に、”好機は逃すな”------か」

好機。

それは想い人を手に入れるチャンス。

・・・と父は思っているのだ。想い人なんて口からでまかせであるにもかかわらず。

「-------うーむ」

「どうしたの?」

「いや。----須賀君にあまりに申し訳なくてな」

本当、申し訳ない。

元を辿れば、こちらの不手際を須賀京太郎が庇ってくれた事から発生し、そこから二転三転して訪れた状況だ。須賀京太郎にしてみれば、寝耳に水どころか毒液でもかけられた気分だろう。身を挺して庇ったはいいが、打ちどころが悪すぎた。庇われた側に自責の念が生まれるのは詮無き事であろう。

「はいはい。サトハらしくない。ネガティブはいけない。どっかの大金持ちのホストも言ってたじゃん。下を向くのは靴ひもを結ぶ時だけで充分だって」

「-----とはいえな」

「発想の転換だよ。――例えば、こう考えるんだよ、サトハ」

ネリーはサトハに耳打ちを一つ。

仏頂面のまま、それを辻垣内智葉は聞いていた。

 

 

「----新たにここの事務所に在籍することとなった辻垣内智葉だ。よろしく頼む」

「あ、はい-------須賀京太郎です-------」

 

さあ。

何があったのでしょう。

 

雀士タレントを増員しようぜ計画がネリーの口から飛び出て一か月。

第一弾に増員されたのが、この人。まさかまさかのトップランカーの一人を釣り上げたのだというのだから恐ろしい。

しかも------つい先日、面会という名の修羅場を味わわされた辻垣内家のご令嬢である。

頭が混乱するのも無理からぬお話であろう。

 

「これからキョウタローにはサトハの教育係を務めてもらいます」

「え?」

「ネリーのマネージングも変わらず頼むね」

「は?」

なんで?

そもそもタレントでしょう辻垣内さん。なんでこんな下っ端に教育されなければならないのか。

「・・・すまないな。これから数ヶ月、私は研修という形にしてもらう」

「タレントのお仕事のイロハはネリーが、通常の業務はキョウタローが教えることになるから。よろしく」

いや、よろしくと言われましても。

こんな完璧無欠な人に自分が何を抑えられるというのか。

そう思いながらも辻垣内に目を向けるも、彼女もふるふると頭を横に振り「諦めろ」と意思表示をするばかり。

えーと。

これは・・・どういう状況ですか?

「まあ、なんだ・・・よろしく、須賀先輩」

辻垣内智葉は溜息を吐きながら、そう言った。

 

正直に言いたい。

頭が痛い。

 

 

「須賀君。今日の夜、時間は空いているか?」

互いに自己紹介が終わった後に、そう辻垣内より誘われた。

「はい。空いています」

「よかった。一緒に食事でもどうだ?・・・色々、私からも説明したいこともあるし」

「是非ともお願いします」

断るわけもなかった。・・・この人には色々と聞きたい事があるから。

「ありがとう。では店の予約を取っておこう」

「あ、俺がしておきますよ」

「いや。・・・今日は私が謝らなければならない事がいっぱいあるから。私がやるよ。お代もいらない」

「え?いえいえ、それは悪いです」

本来、歓迎する側はこちらである。新しく入ったタレントに奢ってもらうわけにはいかない。

「いいからいいから。私の歓迎会は別日に行うのだろう?だったら気にするな」

そう彼女は言うと、反論する間も無く携帯からお店の予約を取っていた。

とんでもなく手早い。

「では、よろしく頼む」

彼女はそう言うと、ネリーの元へ向かって行った。

 

という訳で。

須賀京太郎。

現在・・・見たこともないようなお店の中にいます。

庭先が見える個室の中、毛筆画の掛軸が壁に掛けられている。

眼前の台座には、もう色鮮やかに過ぎる様々な料理が立ち並んでいる。

どんな食材か判別がつきにくいが、盛り付けられた刺身一つとっても一匹五桁の高級鯛である。全ての総額が幾らになるのか。身が震える。

 

「そう緊張するな」

無理です。

「さあ。取り敢えず乾杯と行こうか。注いでやろう」

そう言うと辻垣内は台座越しにとっくりを京太郎の前に差し出す。

京太郎は少し躊躇しながらも、意外に優しげな辻垣内の目に促され、お猪口を差し出す。

とくとく、と心地いい音が静かに鳴り響く。

「あの・・・ここ、相当高かったんじゃないですか?」

「普通ならな。だがここの店主とは昔からの馴染みでな。今日は特別に安くしてもらった。だから大丈夫だよ」

「あ、そうなのですね。そりゃあよかった」

「ああ。という訳で、ひとまず乾杯をしようか」

差し出されたお猪口の口同士を合わせ、乾杯を行う。

「・・・成程。こういう味なのか」

「お酒は普段は飲まれないのですか?」

「ああ。あまり口にしないようにしている。恥ずかしながら、そこまで酒には強くなくてね・・・意外そうな顔をしているな」

「いえ、お酒を飲まないのはそこまで意外では無いのですが、勝手に強いイメージはありました」

「・・・体質だけはどうにもならんからな」

バツが悪そうにそう口に出すとーーその流れで、彼女は表情を引き締め、京太郎と向かい合いーー深く、頭を下げた。

「改めて、申し訳なかった。弁解のしようもない」

「・・・そ、そんな。辻垣内さんのせいではないです。頭をあげて下さい」

「私が短慮で行った事が、転じて君に迷惑を被らせてしまった。謝って済む問題ではないのは重々承知の上で、謝らせてくれ。申し訳ない」

「そ、そんな・・・」

あなたのせいではない。そう言おうと口を開けた時には、もう辻垣内の言葉が吐き出されていた。

「ネリーから話は聞いていると思うが・・・私は父の追求を逃れるために、嘘をついた。今、想い人がいると。その結果君に恐ろしい目に遭わせてしまった・・・深く考えれば、その相手は君であると疑われるであろうことは簡単に想像できたであろうに」

「・・・そ、その。それは大丈夫です。結局、何もなかったですし」

そう京太郎が言うと、辻垣内は頭を上げ、こちらを見据える。

「私は、後悔している。反省もしている。だからこそ、行動をしなければならないとも思っている」

「行動・・・とは」

「父に、嘘を正直に告白する。そしてーー三行半を叩きつける」

え、と思わず京太郎は口に出していた。

「私だけならば幾らでも迷惑をかけてくれて構わない。だが、全く関係のない君にまで圧をかけるようなやり方は、私は嫌いだ。父に恩義はあるが、それでもあくまで私は私の筋を通す」

待て。

待て待て。

もしや今ーー自分のせいで親子関係が壊れそうになっているのだろうか?

「ちょ。それはダメです辻垣内さん!」

「安心しろ。その後の父方からの君への報復は私が身を挺してでも守る。その為に君の芸能事務所に入ったんだ。絶対に手は出させない」

いやいや。

そう言う問題ではない。

「そうじゃなくて・・・それは辻垣内さんにとってベストな選択じゃないでしょう!?」

「ベストはない。無関係な君をわざわざ呼び出した時点でな」

「いやいや。諦めるのはまだ早いです。せっかく、こういう場もあるんです。・・・辻垣内さんのお父さんと衝突しないで、穏便にすませる方法をしっかり考えましょう」

「・・・君は、なぜそこまで私を気にかける」

困惑したような、少し抑えたトーンの声で辻垣内はそう京太郎に言った。

「辻垣内さんはうちのタレントです。担当の俺には、辻垣内さんを守る義務がある」

「・・・ならば、そもそも見合いの時も何故庇ったのだ?」

あの時はそういう関係もなかっただろう、と辻垣内は言う。ならばかばう必要などないはずだ、と。

「それは・・・」

だって。

あの時ーー見えてしまったから。

「辻垣内さんが・・・困っているように、見えたから」

「ーー」

辻垣内智葉は・・・言葉を失ったのだろうか。そのシンプルな返答に、通り魔に刺されたかのような驚愕に満ちた表情で、こちらを見ていた。

「だから・・・もし辻垣内さんがお父さんと話をするなら、俺も同席します。一人で三行半を出させるようなことはさせません」

「だがな・・・」

辻垣内は顎を手に置き、ううむも考える。

多分、京太郎は折れないだろう。ここで一応の同意を与えて、後にこっそりと父に会いに行くことも考えたが・・・辻垣内は、今、この男にだけは筋違いな嘘をつきたくないと、本気で考えていた。

「・・・」

困った。

困ったのだがーーここで辻垣内は、折れた。

人に頼らない、という硬い意志を・・・折った。

「ならば、頼みがある。須賀くん」

「はい。俺にできることなら、何でもやります」

「・・・それ、では」

不自然に言葉を切る。

もごもごと言葉がまごつく。

だがーー意を決して、辻垣内は言葉を紡いだ。

「私の・・・恋人に、なってくれ」

そう、言った。




社内パーティーの司会を初めてやりました。
まるで風俗の呼び込みみたいな声だと大好評でした。二度とやることはないでしょう。

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