雀士咲く   作:丸米

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今回は珍しく三人構成


世話焼き女房(×2)編
巡る巡るお世話スパイラル


とある日の事。

須賀京太郎は―――右手首の骨が折れてしまいましたとさ。

一台のトラックによって。

よくある話だ。麻雀協会職員として大会会場の人員整理を行っていた所、居眠り運転のトラックが歩道を突っ切ろうとしていたのを目撃し―――眼前で、二人の女性が轢かれそうになっていた。

恐らくは、大会でこれから戦うプロ雀士なのだろう。誰かは判別付かなかったが、関係は無かった。 

半ば反射的に、二人を突き飛ばし、トラックの前に躍り出る。

その後何とか避けようとしたものの、間に合わず手首と衝突してしまったのであった。

激痛に叫びながら、トラックが壁にぶつかる音を何処か他人事のように須賀京太郎は聞いていた―――。

 

 

「全治二ヵ月-----見事なまでの粉砕骨折だとよ。完治まで二ヵ月、まともな握力が戻るまで更に二ヵ月。お前も災難だったな」

「命あっての物種ですから、そこら辺はまあいいんですけど-----あの、入院中お給料どうなりますかね」

「そりゃあ、払うよ。何の為の傷病保険だと思ってやがる。大会運営中のトラブル処理の一環でお前は骨折った訳だからな。払わなかったらお上からたっぷり絞られちまう」

見舞いに来た上司と笑い合いながら、しかし内心落ち込んでもいる。

何を隠そう、この大会を誰よりも楽しみにしていたのはこの男であったのだから。

「まあ、代役は立てるし、お前はゆっくり休め。お大事に~」

バタンと閉じられる扉の音を聞きながら、ギブスに巻かれた自身の腕を眺める。

右手首の骨折。利き腕無しの生活をこれからおよそ二ヵ月続けなければならない現実に、一つ溜息を吐いた。

ただまあ、後悔はしない。

自分の右手首と大会出場者の命を秤に掛ければどちらを差し出すべきかなんて明白なわけであるし。

とは言え-------暇だなぁ、と一つ呟くのでした。

そう思うと、段々と睡魔が襲い掛かってくる。骨折の影響か、多少の発熱の感覚もある。

「大会の設営とデータ処理で最近あまり寝てなかったし-----まあ、こうなったら仕方ない。寝るか」

麻酔の効果と疲労の蓄積が合わさり、須賀京太郎はあっさりと意識を落とした。

 

 

頭部下に、何やら冷たい感覚があった。

心地いい。

覚醒し始めた意識が、異変の正体に気付く。

―――氷枕?

ナースの人が用意してくれたのだろうか?

そう思い周囲を見渡せば―――二人の見目麗しい女性がいた。

黒髪と金髪に包まれた端正な顔が、こちらを涙目で見つめていた。

「お、起きた!起きたで、福路さん!」

「起きました!起きてくれました!よかったぁ、よかったぁ----!」

ベッドの上から覗きこむ両者は、そのままお互いに抱き合っていた。豊満なおもちが揺れる揺れる。すばら。

「ごめんなぁ、ごめんなぁ須賀君!ウチの所為でこんな事になってしまって!」

「本当に、本当に申し訳ありません!私が不注意だったばかりに----!」

ぺこぺこと頭を下げる彼女たちは涙を流しながら幾度も幾度もそう謝辞を述べていた。

何となく、状況が掴めてしまった。

助けたのは、この二人の女性なのか。

―――思い出した。

清水谷竜華、福路美穂子。

現在若手プロ雀士として活躍している人達ではないか。

「あ、あの。あまり気にしないで下さい----。大会運営に携わる者として、当然の事をしただけなのですから---」

そう。あれは当然の事だ。

大会の運営を図る上において出場者の保護を行う事も立派な職員の役目の一つだ。ああいうハプニングにおいて、身を呈すべきは間違いなく自分であった。

―――だが、そんな論理が通用する相手では無かったようで。

「気にするに決まってるやん!ウ、ウチの所為で死ぬとこやったんで!」

「そうです!トラックの前に出る事が当然な行動なわけがありません!」

言葉をかけると、おいおいと涙を流しながらそう返される。

二対一の構図の中、どう足掻いても京太郎に勝ち目はなかった。

「------あ、あの大会はどうしたんですか?」

「事故があったので、三日後に順延するようです」

「ああ、そうなんですか。だからお二人共お見舞いに来てくれたんですね。ありがとうございました」

大会の合間に見舞いに来ているのかと思い、何だか申し訳ない気持ちになっていたので、それを聞いて少しだけ安心する。

だが、彼女たちの口から予想もしていない言葉が紡ぎ出される。

「え?ウチ等、大会には出場せーへんで」

「え?」

「こちらの不注意で貴方を傷付けて、自分だけのうのうと麻雀をするつもりはありません。せめて、貴方が全快するまで、お世話させて頂きます」

え?え?

須賀京太郎は混乱の極みにいた。

プロ雀士にとって大会は自身の実績に箔をつける為に最も重要な場である。言っては悪いが、こんな男一人の為に棄権していいモノではない。

「いやいや、出場してください!駄目です!」

「いいや、ウチ等は棄権する!アンタほって麻雀する訳にはいかんのや!」

「そうです!私達の事はお気になさらないで下さい!そうしなければならないんです!」

まさか。まさか。

本気でこの人達、出場辞退しようとしているのか―――!

いけない。

それはいけない。

―――どうするべきか。須賀京太郎は考える。

この二人は、自責の念ゆえに今こうして辞退しようとしているのだ。その念を何とかほぐしてやらないと、その信念は変えられないだろう。とはいえ、半端な言葉で揺らぐほどの信念ではあるまい。

―――そうだ。

自責の念を消そうとするからいけないのだ。心が痛むが―――その念を、逆に利用すればいい。

須賀京太郎は覚悟を決めて、両者に言葉をかける。

「あの、清水谷さん、福路さん―――大変御厚意はありがたいのですが、どうか出場して頂けないでしょうか?」

「何を言うんや。ウチ等の決意は変わらへんで」

「俺は、職員としての責務を全うしたまでです。だから―――どうかお二人も、プロの本分を全うしてください。そうでなければ、俺が怪我した意味がない」

「-------」

「-------」

心が痛む。

だが、今は心を鬼にして言わなければならないのだ。

「貴方達の活躍を心待ちにしているファンの方がいます。対戦を心待ちにしている相手の方もいます-------どうか、俺だけではなくて、そういう人達の想いも汲み取ってあげて下さい」

そう、言い切った。

彼女達は―――顔を歪ませながらも、それでも腑に落ちたようで。

「解った」

「解りました」

そう、言ってくれた。

―――ああ、よかった。

そう彼は一つ息を付いた。

これで、彼女達もしっかり麻雀に励んでくれるのだろうと。もう自分の事に気に病まないでいてくれるだろうと。

そう思っていた。

思っていた。

いた。

 

 

それから一週間。

大会も佳境を迎えようとしていたその時、須賀京太郎は外出許可を得て一旦家に戻る事にした。

あの時から一度も戻っていない上に一人暮らしである。ちょっとばかし心配にもなる。払い忘れた光熱費の振り込みだってまだである。

そうして、一人暮らしのアパートに帰ると―――。

「あれぇ?」

綺麗に、片付いていた。

別段汚くしていた訳ではないが、あるべきモノがあるべき場所に収まり、その上―――埃一つもないキラキラのフローリングがそこに存在していた。

「-----?」

取り敢えず、お袋に電話をする事にした。

プルルルと軽快な音の後に通話が切り替わり、アパートに来たのかを聞く。

ごめんなさいねぇ、そんな時間なかったのよ、と声がした後、

―――けど、貴方もスミにおけないわねぇ。彼女さんがちゃんと代わりに部屋の片づけをやってあげるって言っていたわよ。

彼女?

いやいや、そんな貴重な代物今の自分には持ち合わせていないです。

何だか嫌な予感がしてガス、電気、水道各社に連絡をする。

―――振り込みはされていますから御安心下さい、と丁寧に返された。

いつ自分が光熱費を自動引き落としにしたのかしらん、と思い口座を調べてみた。

―――凄まじい桁のお金が振り込まれていた。

これは、これはどういう事だ?

自分の周りで何が起こっているのか?

 

 

「なあ、福路さん」

「なんですか、清水谷さん」

「-----須賀君、めっちゃええ人やったな」

「そう、ですね」

「----あの人は、自分よりも周りの人を優先してくれた。そんでもって-----ウチは、自分の事しか考えてなかったんや」

「はい-----私もです」

「大会棄権したら、一番迷惑かかるのはあの人や。そんな事情を考えもせずに、安易にあんなことを言わせてしもうた―――だからな、考えたねん」

「多分、私も同じことを考えていると思います、清水谷さん」

「うん。大会も出場する。けど、ちゃんとあの人のお世話もする。―――あの人に気を遣わせんようにな」

「病院でのお世話は、ナースさんのお仕事ですからね。―――それ以外の事をするべきだと思います」

「うん。元清澄の人からあの人のお母さんの連絡先を聞いたから、許可を貰って住処の整理をするわ。手伝ってーな、福路さん」

「勿論です。そして、退院した後は、あの人は右手が使えないんですから、しっかりとお世話しなくちゃいけませんね」

「幸い、大会が終わればウチ等もシーズンオフや。ちゃんと責任もってお世話せなアカンな」

「はい―――私達はあの人に助けられたんですから。助け返すのは、当たり前ですからね!」

こうして、三者は出会った。

出会ってしまった。

無限に続く、お世話道中。

その道の先に続くは―――きっと地獄ではないのだろう。

少なくとも、彼女たちにとっては。

 


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