そうして―――彼女達は見事華々しい成績を残し、笑顔のまま大会を終えた。
大会において支払われるバトルマネーは参加時に支払われる金額と稼いだ点棒に応じて支払われる二種類がある。
彼女等―――つまりは、清水谷竜華と福路美穂子はほくほく顔のまま通帳を見ていた。
そして、
―――迷う事無く、そのお金を、別口座に入金したのでした。
誰の口座か。そんな事、今更語るまでもあるまい。
こんなにもお金を荒稼ぎし、笑顔になったのは、両者とも人生はじめてであった。
ニコニコと、ニコニコと―――消えていく通帳のお金に一切の未練もないとばかりに、変わらぬ表情で入金のボタンを押したのでした。
※
須賀京太郎が住まうアパートは六畳二間の部屋である。独り暮らしの男の部屋としては十分なスペースに違いない。
実際、この男も独身男性の一人暮らしらしいライフスタイルを形成していた。ある程度無精だし、ある程度殺風景だ。必要最低限のものしか置いていないし、生活感はあまりなかったと思う。
しかし、どうであろう。
周りを見渡すと、最高級品の空気清浄機が無音でマイナスイオンを放出しているし備え付け浄水器がゴボゴボと水を沸き立たせている。冷蔵庫にはギッシリと食材が詰め込まれ、その他諸々―――とにもかくにも、異様なまでにこの空間が徐々に徐々に豪勢になっていっている。
「------」
何だろう。
この圧倒的なまでのヒモ感覚は。
まてまて。自分は協会職員という立派な肩書きがあるではないか―――現在療養中故にちょっとお休みしているだけだ。
このちょっとお休みしているだけ、という言葉が実に胡散臭い。今はまだ本気出していないだけと嘯きながら女の財布を頼りに社会に向けて二の足を踏んでいるヒモと何が違う。
ネットから、自身の預金残高を調べる。
-----七桁から、もう一桁繰り上がっていた。頭文字には「三」の文字。メルセデスから、郊外の一軒家が買えるまでのお金がここ二週間で通帳に刻まれていた。
おかしい。おかしい。おかしい事がありすぎてもう何が何やら整理がつかないが、それでもこの現況がおかしいことは如実に理解出来る。そしてこの先に進んだ道の果てに何が待ち構えているのかも。
理性が、囁いている。
―――このままでいいじゃないか、と。
須賀京太郎は人を見る眼はある。あの二人は本当に心の底から自分を心配してくれているからこそ、百パーセントの善意を基にこれだけ世話を焼いてくれているのだろうと。きっとここで悠々と墜落しようとも、彼女はにこやかにそれを受け入れるだろう。きっと一生遊んでくれるお金を自分に提供してくれて、何不自由ない生活を与えてくれるのだと思う。いいじゃないか。憧れのヒモ生活だぞー。しかも寄生先はとんでもない美人二人組だぞ―。もうこのまま墜落してしまえよ―。
人間には適応力がある。苦痛に満ちた環境であろうと、幸福に満ちた環境であろうと、人はその環境をいつしか当たり前に捉え、適応してしまう。今この現況に、自分の理性は適応しようとしているのだと思う。それがこの囁きなのだ。振り払いたくとも振り払えない、自意識の誘いである。
-----何といっても、利き手が動かない現状において、彼は何も出来ないのだ。これは、どうしようもない現実で、彼女達にとっても避けようの無い現実なのだ。あれほど優しい精神性を持ち合わせている二人だ。自分を庇って負傷した人物を放っておける訳が無い。逆の立場でも、経済的な支援ならば須賀京太郎も行っていたであろう。
だからこそ。だからこそだ。
―――この怪我さえ治れば、彼女達もきっと安心できるに違いあるまい。
そう彼は考えた。
―――ならば、怪我が治るまでだ。
怪我が治るまで、四カ月。
二ヶ月で骨はくっ付くという。その後握力が戻るまで更に二ヵ月。
---まあ、握力は戻らずとも日常生活は送ることが出来るだろう。そのレベルまで問題なく回復すれば、あの二人も、きっと安心して自分達の本来の生活に戻れるに違いない―――。
そう、思っていました。
思っていたのです。
それが、どれだけ愚かしい事か、自覚する事すらせず―――。
※
人が、人の世話を焼く。
これは様々な形態があろう。
自身が持つ庇護欲求が刺激された帰結としての世話焼きであったり、自責の念による世話焼きも存在しうる。福路美穂子も、清水谷竜華も、この双方がミックスした形で、須賀京太郎の世話を焼いていた。
彼女達は庇護欲求が非常に強い。人の世話を焼くのが、元来より好きな人間であるのだ。
そして、自分達の所為で一人の人物が怪我を負ってしまった。この状況が合わされば、もう大変である。彼女達は、「自責の念を解消する」事と「庇護欲を満たす」事の双方が、彼への世話焼きにより行使される事となる。
ある意味で、かなりの暴走状態だともいえる。
―――しかし、それならば何故、彼女達はああも楽しそうなのか。
彼女達は当初こそ自責の念で苦し気な表情を浮かべていたものの―――今やこの状況が楽しくて仕方がないとばかりに笑顔を浮かべている。
彼女達は、未だ気付いていない。
庇護欲を満たす事。自責の念を解消する事。―――この二つ以外にも、彼女達の行動を裏付ける因果を形成せし「感情」がある事に。
その正体は、未だ二人は気付いていなかった。
※
須賀京太郎の通う病院内。
その金髪の男は、この病院内において超が付く程の有名人であった。
最初は「二人の女性を助けた勇気ある男」として。それが時が経つにつれ―――「その助けた女性二人いっぺんに惚れられた色男」という形で。
噂は医師や看護婦を通じて拡散していき、尾ひれがバーゲンセールの如く付いて回る程の大盛況である。
「------」
その噂に、何というべきか―――良くも悪くもあの親友は変わんねぇな、という率直な感想を持つ病弱な女性がそこにいた。
園城寺怜であった。
現在プロ雀士として活動しながらも、度々修羅場をくぐる度にぶっ倒れて病院送りになるという一連の流れが最早通例の様になっている雀士である。当初はファンの間でも心配の声が上がっていたが、毎度の如くケロリと次の試合まで間に合わせるその姿に段々とネタにされるまでになった。その果てに付いたあだ名は「雀士オブスぺランカー」。ど真ん中の直球も悪くはないが、流石にもう一捻り欲しい所である。まあ、何だかんだでファンに愛されている女だ。
そうして毎度の如くぶっ倒れる度に、涙を浮かべながらお見舞いに来ていた親友が、今や恋に浮かれて噂にまでなっているというではないか。週刊誌は協会の手で揉み消されるかもしれないが、スクープも近いかもしれぬ。更に竜華だけでなく、あの癒し系ふわふわ金髪おもちまで手中に入れての両手に花ときている。部外者としては諸手を叩いて是非是非愉しみたい所である。
----とはいえ、全く心配していない訳でも無い。
あの二人は人がいい。よすぎる、といってもいい。まず可能性としては低いだろうが―――彼女等の自責の念を逆に利用して、弱みに付け込んでいる悪漢がこの状況を形作っている可能性もあるのだ。あの二人は、案外そう言う手口に弱そうだとも思っている。
その心配さえ解消されれば―――あとは残りの顛末がどうなるか、笑いながら見物できるのであるが。
「-----」
周りを見る。
病院のベンチの上。周囲には人もいる、看護婦もいる。よしよし。万が一倒れても助けてくれる人はいる。
「ま、堪忍してや。親友の為や」
彼女はジッと眼を瞑り、未来を夢想する。
見る未来は、昔からの親友のこれからの姿。須賀京太郎を基点とした、彼女がこれからどうなるかの指標。
「-------」
目を開ける。
「------合掌」
彼女は見様見真似で胸元で十字を切ると、手を合わせて空を拝んだ。
須賀君とやら。
親友が、えらい迷惑かけるなぁ。
でもな。
ウチが楽しいからどうか許してや。
そう笑いつつ―――コテン、とベンチに意識を落とした。