雀士咲く   作:丸米

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お姉ちゃんぶるという事

「はい、もしもし―――あ、照さんですか?一体どうしたんですか、こんな朝っぱらから」

「おはよう、須賀君。照お姉ちゃんからのモーニングコールです」

「あ、はい。そりゃあ朝からありがたい事で―――それで、何用ですか?」

「今、私はインターネットサイトを見ている」

「あ、はい。そうなんですか」

「隣町のケーキバイキングが半額になっているらしい」

「お、それはよかったですね。照さんにとっては朗報どころの話じゃないでしょう」

「うん。君にとっても朗報」

「え、俺?俺ですか?いやぁ、ケーキバイキングは女の子の殿堂でしょう。野郎一人で入ってどうするんですか」

「------」

「------?」

「アプリ----」

「はい?」

「アプリのインストールが必要、って書いている------」

「え、あ、はい----」

「やり方、解らない-----」

「------」

「隣町の行き方、解らない-----」

「解りました、解りましたから―――付き合います。付き合いますから。そんな悲壮感たっぷりな声を出さないで下さい-----」

 

 

宮永照。

―――何というか天然風味が増した咲、という感じであった。

年上で、更にインハイチャンプという肩書きがそうしているのか、はたまた単にお姉ちゃんぶれる相手に飢えているのか。彼女は何というか「頼ってきてほしい」オーラがびんびんに張り詰めている。

残念だが―――まっこと残念であるが、年上の風格なぞ一切持ち合わせていないこの人は、何だかいっつも涙目になって右往左往しているような気がする。

という訳で、今日も今日とて彼女の甘味道中に付き合う事になるのでした。

 

待ち合わせ場所は大学正門前。なぜならここだけは唯一彼女が迷うべくの無い所である為である。流石に三年も通学した場所に迷う事は無いはずだ。多分。

隣町まで付いていき、彼女とケーキバイキングの同伴にあずかる事に。

目を輝かせながらせっせと彼女によって選ばれた色とりどりのケーキはその量だけで見るだけで凄まじい威圧感を与えていた。

「食べますねぇ-----解っていた事ですけど」

「この為に今日は朝ごはん抜いてきた」

「言いたくはないですけど---これ、朝飯何杯分のカロリーなんでしょうか----」

「須賀君」

「はい」

「女の子の前でカロリーという言葉は禁句。OK?」

「-----はい」

解ってはいるんだけど、女の子とはかくも理不尽なのだなぁ。---まあ、見たくもない現実をわざわざ眼前につきつける男は無精極まりないのだろうけど。

「そもそも。カロリーと定義されているあの数字は、平均値を算出したに過ぎない。解る?須賀君」

「知りませんよ-----」

「人によって体質もあるしあのエネルギー総量全てが脂肪分に変換される訳ではない。特に私の様な頭脳労働をしなければならない女の子には、ある程度糖分は必要」

「はあ」

「----もう少しでも、脂肪分に変換できる体質だったら、------むぅ」

「男の前で自分の胸を痛まし気な目で見ないで下さい-----」

「須賀君のエッチ」

「理不尽!?」

「------ふん。“お前のぺちゃぱいなんてえっちぃ目で見る価値も無い”と須賀君はいいたいの?その理不尽という台詞は」

「ねぇ、一体俺はあの場面で何を言えば最適解だったんですかね!?」

「自分で考える。そんなんだから須賀君は麻雀が弱い」

「確かに麻雀弱いけど一連の流れとは一ミリも関係ない事だけは胸張って言えますよ!」

「胸------」

「落ち込まないで下さい!こんなのただの言い回しでしょう!?」

本当、何というか、面倒臭い人だ。

あの、テレビの前でハキハキと対応する姿は一体何処にいったのか。

「はいはい、機嫌治しましょう。こんなんじゃあおいしくケーキも食べられないですし」

「うん」

存外あっさりそんなありきたりな話題逸らしでケロリと機嫌が直る辺り、単純というか、欲望にわりかし正直というか。

そうして一時間もの間一切のペースを落とさずケーキ皿を積み上げる彼女の姿に軽い戦慄を覚えつつ、それでも小動物がモリモリと餌を食べている姿を眺めているような穏やかな心境で眺めていた。

----色々言いつつも、この時間が割と京太郎も楽しかった。

何だか、昔を思い出したような感覚というか。

-----昔、咲のお世話をしていたんだったなぁ。

そんな思い出が記憶の彼方からふらりと現れる。

「須賀君はもう食べないの?」

「いや、もう流石に俺はもうこれ以上は食えないっす。胸焼けがすごくて」

「胸焼け、って何?」

「貴女にはもしかしたらこの人生で無縁な言葉かもしれないっすね-----」

「?」

首をかしげる彼女の姿に、一つ呆れたように笑った。

 

 

「須賀君は」

「はい?」

「率直に聞くけど―――咲の事、好きなの?」

流れるようにケーキを平らげ、少々落ち着いた所で―――彼女はまるで挨拶するかの如き気軽さを以てそんな発言をした。

「ゴホゴホ!」

「---大丈夫?」

「む、むせた----いや、何いきなり変な質問をしているんですか、照さん」

「だって、ずっとあの子の世話をしてきたんでしょう?」

「まあ、はい」

「私と仲が悪かった時も、あんな風に仲を取り持とうとしてくれたでしょう?」

「ええ、まあ、はい」

「----好きなの?」

「好きじゃないです。流石に俺もアイツに恋愛感情は持ち合わせていません」

「じゃあ、何で?」

あんな風にわざわざ世話を焼いていたの、と疑問を投げ抱える。

彼は友人を選べない人間ではあるまい。何でわざわざ-----言っては悪いが典型的なボッチ気質のある咲と友人となり、麻雀の世界に引き込み、挙句の果てにこちらに土下座するまでしてくれたのだろう。

「理由がないといけないですかね?」

「ん?」

「まあ、友達いないで寂しそうにしていたら、何とか手を差し伸べたくなるじゃないですか。こう、雨に震える小動物を見つけた感じですよ。何か、こう、世話をしたくならないですか?」

ふむん、と一つ頷く。成程。確かに恋愛感情を介した関係と言うよりかは、そちらの説明の方が腑に落ちる。庇護欲を程よく刺激してくれたのだろう。

「だから、多分惚れた腫れたじゃないですね。実際、あっちの友達付き合いが上手くいってからちょっとずつ疎遠になっていきましたし」

「-----ふむん」

つまりは、純粋な善意での付き合いだったのだな―――と少々納得してしまう。

まあ、多分そこら辺の事を今はまだ咲の方も気付いていないんだろうけど。

そう結論に至った瞬間に―――気付く。

もしかしてだけど―――今自分とこうして付き合ってくれているのも、そういう「庇護」の関係的な意味合いなのだろうか。

「------」

「どうしました?照さん?何か、手が止まりましたけど-----」

―――何故だか、気に入らなかった。

彼にとって今の自分は咲と同じ様に、ほっとけない小動物的な扱いなのだろうか。

―――年上なのに。

生意気だ、と少々思ってしまう。----現状から少々目を背けながらも、彼女はそう思った。

ぷくり、とリスの様に膨れる。

「え?どうしたんですか、照さん」

「何でもない」

「ええ-----」

そう、何でもないのだ。こんな事でお姉さんは機嫌を損ねたりなんてしない。

―――ここで、彼女には一つの目標が出来た。

お姉ちゃんになろう。庇護するべくは彼からではなく自分からだ。そうだ、そうに違いない。インハイチャンピオンかつ年上の頼りがいのあるお姉さん。それこそが宮永照という女のはずではないか。

「須賀君」

「はい」

「これからは照お姉ちゃんと呼びなさい」

「謹んでお断りさせて頂きます」

―――その道は果てしなく長い坂道であろうが。


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