雀士咲く   作:丸米

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お姉ちゃん街道、迷走中

宮永照には早急に取り掛からねばならぬ課題が出来た。

―――お姉ちゃんの威厳を取り戻す。

その為には何をすればいいのだろう?

お姉ちゃんたる者、その者を教え導きその尊敬を受けねばならない。そして頼られなければならない。

ふむん、と一つ息を吐く。

須賀京太郎に頼られたくば何をすればいいのか?

「須賀君」

「はい、何ですか照さん?」

「麻雀部、入らない?」

そんな誘いをかけたのでした。

宮永照が持つ最大級の武器。それは他者を圧倒する麻雀の実力だ。

彼を教え導き頼られる為には、麻雀を通じてそれを成しえればいい。

「麻雀部-----って。この大学の麻雀部、選抜制でしょう?」

「え?そうなの?」

「そりゃあ、全国屈指の実力校ですから------推薦で入る場合以外は、選抜テストがあるみたいですし。というか、照さん。貴女女子麻雀部所属でしょう-----」

頭の中でガラガラと音が鳴った。一生懸命に考えた策だというのに、いとも簡単に崩壊してしまった。おのれ麻雀部。かような下らぬ制度を敷きおって-----!

「まあ、だから俺は適当に麻雀のサークルにでも入ります」

「待って須賀君」

いやしかし。ここで取り逃がす訳にもいかないだろう。

宮永照は考えた。どうにか彼を麻雀部に滑り込ませる方法を。

そして、何気ない記憶を思い返した。

―――男手が足りない。

そうだ。そんな事言って、主将が延々愚痴ってた気がする。

「マネージャーでどう?」

「うーん、流石に女子ばっかの環境の中でそれをやるのはハードルが凄まじく高いですね」

「清澄も女の子ばかりだったじゃない」

「高校と大学では意味合いが結構違うと思います----」

高校だと多少の下心も思春期の少年というベールによって正当化されていた部分もあると思う。大学でそれをやってしまうと本気でキモがられる事請け負いだ。

「ふむん-----難しいね」

「誘ってくれたことは嬉しいですけど、俺には無理です」

宮永照はまだまだ考える。考えねばならない。ここで逃す訳にはいかない。―――お姉ちゃんになるのだ。この生意気(だと勝手に考えている)後輩を、尊敬の眼差しをこちらに向けてくれるようになるまで。

閃いた!

「須賀君」

「はい」

「私も、サークルに入る」

 

 

要するに等価交換だ。

男手が必要になった時に、無条件で須賀京太郎は麻雀部を手伝う。

その代わり、サークルで宮永照は必要に応じてその教導を行う。

そういう提案を、彼女はした。

「そんなに男手が足りてないんですか?」

「うん」

もくもくと何処から取り出したかも解らぬチョコレートを咀嚼しながら、彼女はそう同意する。----あれぇ?貴方ついさっきまでケーキバイキングで暴食の限りを尽くしてませんでしたっけ?おかしいなぁ。

「私も助かる。須賀君も助かる。winwinの関係」

「いやあ、それはそうですけど----」

いいんですか、と聞いてしまう。

「いいの。私も誰かに教える事で上達する事もあると思うし------」

全くの方便だが、いけしゃあしゃあと彼女はそう言い切った。

彼女の心の内を読み解くことが出来ず、結局京太郎はそれを「単なる親切心」と解釈しだったらお願いしますと頭を下げた。

ふんす、と一つ彼女は息巻いた。

 

 

それから―――彼女と彼との関係は始まった。サークルに顔を出しては教導する宮永照と、男手が必要になっては駆り出される須賀京太郎という関係が。

須賀京太郎は当初こそ部内で警戒されていたが―――徐々に徐々にその視線は同情を孕むようになり、結局は感謝の念まで払われるようになった。理由は各々察して頂きたい。大体予想通りである事請け負いだ。

とは言え、どれだけポンコツと言えどもインハイチャンピオンかつ現インカレチャンピオンである。

通常、サークルの様な団体で上級者の教導が入るなぞ雰囲気をぶち壊しかねない状態であるが、上記の実績を引っ提げた上でなおかつ彼女の人徳とも言える効能があった。雰囲気にそれとなく溶け込める能力が彼女にはあった。まあ、つまるところサークルでは「時々サークルで麻雀を教えてくれる、餌付けされたマスコット」という席に座ることが出来た、という訳だ。何処に行ったって立ち位置が変わりはしない。

「お、須賀君。おはよ。今日も手伝いよろしくねー」

「はい、解っております。今日は何をすればいいんですか?」

「最近卓の調子悪くてね。修理したいから手伝ってくんない?」

「はい、お安い御用です。―――ところで照さんは?」

「私も手伝う、って息巻いていたから適当に追い出した。後は解るな?」

「はい。賢明かつお早い判断。流石です」

「あの子に手伝わせちゃ、料理で塩と砂糖を間違えるように、修理とスクラップを取り違える可能性があるからね-----」

「そこまでですか」

「そこまでだよ」

はあ、と一つ息を吐く------本当、あの人大丈夫なのだろうか。

「追い出した、ってどうやってですか?」

「ん?いや、修理はいいから購買で買い出ししてくれ、って。テープと飲み物と茶菓子が切れてるから補充しといてと言ってな。購買なら流石のあの子でも迷いはせんだろ」

あ、と彼は思った。この世には「フラグを立てる」という行為がある。予想を立てれば、予想の右斜め50度くらいを超えていく存在が宮永照だ。フラグというフラグを片っ端から折っていくのが、彼女のスタイル。

携帯が鳴った。

「はいもしもしこちら須賀京太郎―――どうしました照さん」

ふんふんと頷きながら、声を聞く。

その表情は、何処までも呆れ果てたような、それでいて何もかも予想しきっていたかのような。矛盾を体現したかの如き複雑な表情である。

「どうした?」

「テープ、購買でも切れていたみたいだったらしいんです-----」

「うん?」

「彼女は、テープを買いに大学の外を出た。―――後は解りますかね?」

「そのまま迷ったと?」

「惜しい。買いに行っている途中でおいしそうな和菓子店があったみたいだったんです。あんみつ食べてたら道が解らなくなったと-------」

「--------」

「--------」

「須賀君、悪いんだけどさ------」

「はい。探しにいきます------」

うん。

一体何がどうなってんだあのポンコツは。

 

 

「さあ、照さん―――反省の念を」

「ごめんなさい------」

まるで逃走したペットが連れ戻されている風情で、宮永照は麻雀部の部室に入った。

もう慣れているのか、薄ら笑いを浮かべながら部員ははいはいとその謝意を聞いていた。

「あのね、照さん。貴女は何ですか。キャンディに吸い寄せられる子供か何かですか。もう大学生ですよ?そろそろお菓子への欲望を抑えましょうよ------」

「そんな子供じゃない------。ここら辺においしそうなお菓子がいっぱいあるのがいけない」

「もうその言い訳が最高に子供じみています、照さん----」

「むう。須賀君。前から言いたかったんだけど、須賀君はもう少し年上の人に敬意を払うべき」

「あの-----俺も出来れば敬意を払いたいと思っているんですよ」

「そんな事ない」

「そんな事あります―――あ、まーたお菓子食べてる」

「おいしい」

「露骨な話題逸らしはやめませんか?」

「逸らしていない」

「逸らせていないが正しいですね、この場合-----」

麻雀部内で、またいつもの漫才じみたやり取りが始まる。周囲はニヤニヤしながらその光景を見ている。もう、何処か定型化したかの如きやりとりだ。

年上ぶろうとする照に、ナチュラルに手のかかる妹の扱いをする京太郎。この姿を通じて、麻雀部は須賀京太郎への警戒を解いた。

「むう-------いつになったら、須賀君は私をお姉ちゃんと呼ぶの?」

「多分、この先金輪際ないかと思われます」

そう言い合う二人も、台詞に反して、薄く笑ってはいたが


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