雀士咲く   作:丸米

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照れと共に、踏み出す一歩は

異性の「友達」

それは私にとってはじめて出来た代物だった。

友達は友達だ。とても気が合うし、とても頼りになるし、とても一緒にいて楽しい。

 

今の関係性はとても穏やかで、温かい。

心地がいいのだ。それは―――例えば小春日和に微睡む朝のようでもあるし、ぬるま湯に満たされた湯船で船を漕いでいる時のようでもある。

この感覚は、けれどもその先をどうしたって感じてしまうモノでもある。

微睡みはいつしか振り払わなければならないし、ぬるま湯はいずれ冷めきってしまうから温めねばならない。

この関係に甘えている、という事は―――いずれ大きなしっぺ返しを食らうんじゃないか、という危機感が存在している。

 

それは、多分、彼が一度私との関係を離そうとした時から、抱いている危機感だ。

 

今までの様に、何があっても変わらない不動の関係じゃないんだ。

変わらなければいけないんだ。

―――それは、何故なのだろう?

 

答えは一つだと思う。

自分は―――ずっとぬるま湯に漬かっていたいと思える人間じゃない。

 

私自身が変わる事を願っているんだから、ならば私の方から変わらなければならない。

 

そんな事を、思うのでした。

 

 

「―――それで、もう腹は決まったのか」

「はい。―――私は、プロに行きます。もう決めました」

そう監督に笑顔で答えた。

来年になれば、進路も決めなければならない。この決断を迷いなく行う為の、大学生活だった。

見つからないのかな、と思った。

けれども、―――答えは、意外な所から転がって来た。

そういうものか、と呆れてしまうかもしれない。それ位呆気ない程簡単に手に入れることが出来た。その「理由」。けど、何であれ得ることが出来た。出来たのだ。

「そうか。それはよかった。お前がプロに入らない、なんて事になったら、俺は来年死ぬほど忙しくなるところだっただろうからな」

「そうなのですか?」

「まずマスコミの取材が入るだろー。そして週刊誌辺りにある事ない事書かれるだろー。そうなると大学のお偉いさんからめっちゃ叱られるだろー。そんでついでに麻雀協会のハゲ共にも叱られるだろー。そりゃあ大忙しだ。くたばればいいのにねー、あの諸々の連中」

「大変ですね」

「ま、散々お前でいい思いしてきたしな。そのくらいはまあ甘んじようと思っていたのよ。大学や協会共の業突く張り共と違って俺は謙虚なんだ。それでも、別にいいと思ってたよ。別にプロなんかならんでも。プロ、きっついだろうし」

「--------」

「プロってのは理由なしに長くやっていけるような世界じゃないのよ。それを見つける為に大学に来て、そしてここで見つける事が出来たんだろ?よかったじゃねえか。いい思いをさせてもらったし、その位の財産を残せたなら、ま、少しは俺の気が楽になるってもんだ」

「それはよかった」

「おう、本当によかったぜ。―――まあ、プロ入るなら今からでも遅くはねぇや。男見る眼は養っていた方がいいと思うぜ。将来、あの四十路珍道中怪奇百鬼共の一員にはなりたかないだろう?------おっと、これは別にセクハラじゃねえぞ。温かな家庭を持ちたい、っていう一般的願望をお前が持ち合わせているなら、だ」

「心配無用」

「あ?」

「私―――ちゃんと人を見る目、あると思っていますから」

そう、彼女にしては珍しい―――何処か勝気な笑顔を浮かべ、そう言った。

 

 

「ねえ、京ちゃん」

「ん?どうしました照さん」

スイパラ地獄巡りの終点の地。まるで血液全てが糖分にとって代わってしまったような重々しい頭と胃袋を抱えながら帰り道を歩いていた須賀京太郎に、無邪気で平坦な声で彼女は言う。

「唐突だけど―――京ちゃん、麻雀、好き?」

そう尋ねた。

その唐突な質問に面食らいながらも、京太郎は答える。

「そりゃあ、好きですよ。そうじゃなきゃ、高校の間、ずっとやっていた訳ないじゃないですか」

淀みなく、迷いなく、答える。

「------野暮かもしれないけど、どうして好きなの?」

「どうして------どうしてなんでしょうね?」

彼は思案顔でうーむと唸る。

「理由は------ちょっと解らないですね。まあ、好きかどうかなんてそれ程大層な理由は必要ないでしょ?照さんの異常なお菓子好きに理由なんてありますか」

「お菓子は甘くて、おいしい」

「ああ、まあ、そんな理由ですよね。そんな感じですよ。何となく見ていて楽しいんですよ。だから好きです。明確な理由は無いですよ」

「そうなの?」

「はい―――照さんは、どうなんですか?」

「私?」

「はい。―――照さん、麻雀、好きですか?」

そう、今度は尋ねられた。

麻雀が好きなのかどうか?

―――恐らく、好きだと思う。

その答えが、今の所きっと限界だ。

 

恐らく、だ。まだ恐らくでしかない。はっきりと麻雀が好きであるかどうかを自覚してきた訳じゃないから。

自覚できないから、どうにかその理由を求めたのだ。

自分は麻雀以外知らない。

麻雀を通して出来た友人。麻雀を通して見られる自分。

自らの全てが、麻雀によって繋がっていた。

ならば―――麻雀を除いた自分という存在は、何者なのだろうか?

 

麻雀が好きだ、というその言葉は―――何と比較して、出来上がる言葉なのだろう。

 

麻雀以外に物差しが存在しないのに、どうやってそれが好きなのかどうかを測るのだろうか?

それが、解らない。解らないから、明確な答えが自分の中で出来上がらない。

けれど。最近、少しだけ解ってきた気がしてきたのだ。

自分の生活は何も変わりはしない。麻雀が中心だ。それを基点に私の世界はずっと回り続けている。

けれども―――今は、以前よりもずっと華やかな気がしているのだ。

 

「------前に、言った事があったと思う。私は、理由が欲しいって」

「はい。―――見つかりかけてるとも」

「うん。ねえ、京ちゃん」

「はい」

「京ちゃんから見て、私はどういう女の子に見える?」

「ポンコツお菓子妖怪ですかね」

「真面目に答えて」

「すみません大真面目です------」

「------他には」

「基本的に駄目な人ですね。わりかし欲望に忠実だし、欲望にかまけてよく道に迷いますし、そのくせお姉ちゃん面したがるし―――あ、痛い痛い。手の甲つねらないで下さい」

「京ちゃんが私をどういう目で見ているのかよーく解りました。------じゃあ、そんな京ちゃんから見て、私は麻雀が好きなように見える?」

「勿論です」

それは、断言できる。

―――どれだけ才能があったとしても、嫌いなものでここまでの実績を上げられる訳がない。ここまで真摯になれるわけがない。そんな事くらい、例え京太郎であったとしても解っている。

多分、解ってないのは眼前にいる本人ばかりなのだろう。

「うん―――ありがとう。多分ね、私が欲しかったのは、その答えなんだと思う」

「答え?」

「うん―――私は、私が麻雀好きなんだって、誰かに認めてもらいたかったんだと思う」

自分の中をいくら探しても、理由は見当たらなかった。

それは、きっと自分の中にはないモノなのだと思う。

当たり前だ。

自分の欠けているものを自分の中に探し求めても、見つかる訳がないのだ。

 

「京ちゃんは、私を認めてくれる。認めた上で、関わってくれる。雀士としての私からかけ離れた部分を、しっかり理解してくれる。―――そんな人から、認められたかったんだ。私は麻雀が好きなんだって。認められたうえで、自分の麻雀をやっていたかったんだ。それが、私が求めている事だったんだと思う」

 

認められたかった。

玉座も王冠も関係ない、まっさらな視座を持つ人から。

ただ、それだけだった。たった、それだけだったのだ。自分が求めていたものは。

 

「だから、ありがとう」

そう、心の底から言い切った。

自然と、そう言うことが出来た。

「京ちゃんは、私の欠けた部分を埋めてくれた。だから、ありがとう」

「その-------大袈裟ですよ。お礼なんていらないです」

 

「そうだね。京ちゃんは私の事が大好きだもんね。私も大好きだよ」

そう半分冗談で言い切った言葉に―――沈黙が、走る。

お互いが、お互いに―――このセリフをどう解釈するのか、この反応をどう解釈するべきか、戸惑っている感じで。

完全に冗談めかして言えればよかったのに。-----特に最後のセリフに微妙な照れが入ってしまったせいで、やけに実感が伴ってしまった。だから、反応に困ってしまったのだろう。

それに―――。

 

「あの-----照さん」

結局の所―――須賀京太郎にとっては、図星も図星であったのだから。

だから、ここはもう言い切った方がいいと思った。

「俺も、大好きですよ」

その―――何とも言えない不器用な台詞に、どう思ったのだろうか。

そう思い、彼女を眺める。

見た事の無い表情をしていた。

恥ずかしがっているようにも見える。

照れているようにも見える。

怒っているようにも、嬉しそうにも、―――どんな解釈も通りそうで、通らない。

彼女にとってはじめて訪れた、感情の爆発だったのかもしれない。

「京ちゃん」

「は、はい」

「-----理由、もう一つできちゃった」

「へ?」

 

そう伏し目で地面を見ながら、彼女はきゅっ、と彼の左手を握った。

 

「そ、その------これからも、よろしくね?」

そう、泣きそうな表情で伝えていた。

 

かくして―――何とも締まらない幕切れであったものの、また一つ彼女の関係性に、少しの変化が起きたのでした。

恐らくは、まだまだ続くであろう変化の中のほんの些細な一歩かも解らないが―――それでも、彼女にとっては大きな一歩であった。




ある日、すれ違った女性から小声で「ヒッ」と悲鳴を上げられました。とても美人な方でした。美人の怯え声を聞けた事に感謝すべきか、ショックを受けるべきか、私の心は葛藤の最中に在ります。

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