締まらない。実に締まらない。
そんな帰結であるけれども―――両者は至極あっさりと彼女彼氏の関係となったのであった。
何か劇的な事が起こった訳でもなく、何というか不自然な軌道にそのままするすると流されるまま関係が変化したような気がするのだ。
劇的な訳でもなく、だからといって自然な流れでもない。こうなると、少し困る事もある。
「-----」
「-----」
「あ、あの!」
「へ、あ、ああ。な、何ですか照さん」
「え、えっと。えっとね」
「はい」
「-------えっと、その---」
「-------」
「な、なんでもない-----。ごめんなさい-----」
空気が、何やら不穏です。
いや、違うのです。違うのですよ。―――そう須賀京太郎は誰にという訳でもなく言い訳をする。
不穏にしているのは自分と彼女ではない。ただただ自分達は何処までも純情な心を純情なままに純情故に戸惑い、照れてしまっているだけである。いや、自分はともかく、彼女は間違いなくそうであろう。
宮永照、二十歳にして―――純情乙女街道邁進中である。なにこれ可愛い。この可愛さは間違いなく大学生じゃなくて中学生辺りの可愛さではあるけど。
ならば、「不穏」という忌むべき形容をせねばならぬ元凶は何処にあるのか。
それはとても簡単な解が存在する。
ここ―――麻雀部部室です。
「------おい、須賀」
「-------」
「返事------」
「はい、何でしょうか主将」
「うん、あのさ、―――出ていけ」
主将の額にはビキビキと音が鳴ってそうな、ともすれば空気を注入でもしてそうな程に、如実に浮かび上がった青筋がある。
いや、その、ねえ?
気持ちは解るけど------ねえ?
「ほ、ほら主将。人徳を積むにあたっては、まずもって他人の幸せを願う事から始めよと、どっかのお偉いさんが仰っていましたよ------」
「須賀」
「は、はい-------」
「幸福の総量はな、決められているんだよ。そして幸福とは、相対的なものであるらしい」
「そ、そうなんですか----」
「うん、そうだ。それでだ、須賀。―――今お前の幸福は確実に私の不幸を持ち運んでいると言う事を、理解しているのだろうか?今私はお前が不幸になってほしくてほしくて堪らない」
「ひでぇ」
「不幸になれ!散々お前だって私の不幸をネタに幸福になってんだ!おっしゃさっさと出ていけ―――」
ありがたやありがたや。
こうやって真っ直ぐな罵倒の声は、ある種の救済なのです。
―――生温かな空気こそ、雰囲気を不穏にさせるのです。
食材がぬるい空気が一番腐りやすいように、祝福しているのかしてないのか、遠巻きからはじめてのおつかいをしている子供を見るような目が、一番堪える。―――いや、理解しているのだ。まるでこの空気感が、実に子供じみた代物でしかないと言う事が。
「なんだなんだこの空気は。おう、須賀。思春期リビドーたっぷりな時期に女塗れの部活に入ってなお誰にも手を出せずにいたチキンを超えたグリルチキンが一体どんな手使ってウチのエースを手に入れやがった?」
「何ですかグリルチキンって。ただの料理じゃないですかそれは」
「お前を焼き殺したいというだけで、特に意味はない」
「もうただの願望じゃないですか!」
ぎゃーすかと言い合っているその傍で、もくもくとお菓子を食べながら宮永照はその光景を眺めていた。
------心持ち頬を膨らませながら。
その視線に、須賀京太郎は何か気付いてしまった。
------その様子は、嫉妬と独占欲の顕れというよりも、構ってもらえず拗ねている子犬みたいだと思った。
ああ、何だ。
何だかいつも通りの人だなぁ、なんて思ってしまった。
※
帰り道。
「-----」
「-----」
またも、無言。
これまた、何というか拾ってきた子犬みたいだ。
温かい場所にいれて嬉しいけど、何処まで我儘が許されるのか、探っている感じの。
そう思うと―――ちょっとだけ笑えてしまった。
そうそう。探り探りなんだ。変化に対応する、というのは。
だから―――ちょっとだけ勇気を出す。
頭に、手を置く。
「京ちゃん?」
「照さん。部活中、ごめんなさい。あんまり相手にできなくて」
「別に、そんな事で怒ってない-----」
「あんなに頬を膨らませてよく言いますよ」
「怒ってない」
そういいながら、ぷい、と顔を背けるその顔も、また頬を膨らませていた。実に解りやすい。
「また、お菓子巡りに付き合いますから」
「-------なら、許す」
うん。
やっぱりちょろいなぁ、とも思うのです。
「ねえ、照さん」
「うん?」
「その-------何か、この前は流れで行っちゃった感があるので、はっきり言います」
「------」
「俺、本当に照さんの事好きですから」
今更ながら、思ってしまったのだ。
昨日の流れのまま、何となく付き合ってしまうのは、やはり逃げなのだと。アレはただの切っ掛けに過ぎない。決着をつけるべきところは、しっかりとつけておかねばならない。
このまま時間が経ってしまえば、きっとこの違和感は消えてしまうのだと思う。けど、この不自然さをあえて残そうとするのは、ただの自らのチキンな心持ち意外にあり得ない訳で。
―――遠慮をして欲しくない。
さっきまでの様に、何か一つ言葉をかけるにも、変化の中で戸惑う様な事は、させたくない。
「最初は―――その、咲と被る事もありました。方向性がちょっと違うけどポンコツですし。目を離すと危なっかしい感じも、してました」
「-------」
「だけど、気付いたんです。本当の意味で支えられていたのは、自分なんだって。誰かに頼ってもらいたい、誰かの為の自分でいたい、―――そう、自分もまた、思っていたんです」
“誰かの為に役立っている”
―――そういう風に、誰かに思っていてほしかった。
それが、自分なのだ。どうしようもない自分なのだ。
困っている誰かを見過ごせないのも。誰かに甘えられてそれを拒否できないのも。全てが全て、須賀京太郎自身が、誰かの役に立っていると思っていたかったからだ。
それだけだと―――きっとただの自己満足だ。
相手がよければよくて、自分はどうなっても構わない。自分の心は一旦脇に置いて、まず相手を慮る。
―――誰かの役にたっていないと、自分が思いたくなかったから。
「照さんは、―――そんな理由が無くても、傍にいてくれると言ってくれました。俺と友達でいる事が、重要なんだって。本当に嬉しかったです。自分じゃなくて、誰かに心の底から認められたみたいで。だから、好きです。心の底から、好きです。これが俺の本心です」
だから、遠慮をしないでほしい。
自分は、心の底からもうどうしようもなくなっているのだ。何をしたって、多分嫌いになる事は出来ないと思う。
「そっか」
「はい」
「そっか-----そっかぁ。うん。ふふ」
堪えきれずに、彼女も零れるように微笑んだ。
「京ちゃんは、私の事が大好きなんだ」
「はい」
「そっかぁ。うん、私も大好きだよ」
「ありがとうございます」
切っ掛けというのは、きっと大切なのだと思う。
時間は、有限なのだ。
時間が解決してくれる事でも―――得られる幸福は、早ければ早い方がいいはずで。
「-------」
空いた左腕に、両腕が絡みつく。それは互いに無言のまま、自然な流れを以て行使された。
「京ちゃん、これからどっか行こう?」
「はい。お供します。------けど、今日はお菓子はなしにしましょう」
「どうして?」
「いや。だって―――」
流石に今の状況で、甘ったるいモノを食べたくなかった。確実に胸焼けで吐きそうな気がする。
「何処か、公園で歩きましょうよ。話でもしながら」
この関係が、互いに自然に思えるようになったら。もっときっと楽しい時間が待っているはずだ。
だから、今はこういう緩やかな時間の中でいい。
そう、思った。
こーいう話を書く度に、ガリガリ人としての何かが削られている気がする。もう無理ポ。