阿修羅は何を嗤うか
―――まさしく雀士を取り巻く世は“戦国時代”?垂涎物の若きツバメの強奪になりふり構わず!?
須賀京太郎取りにまさしく芸能界は“戦乱状態”だ。先日、SBSバラエティ「今を生きる!鉄人列伝」において、ゲストとして招かれたプロ雀士原村和(25)は番組内でその料理の腕前を披露した。「嫁入り準備バッチリですか」と司会が尋ねれば「悠長に構えられる年齢でもないですし」と、サラリと答える。そんな一幕だ。
「これはですね、彼女なりのアピールなんですよ」と報道関係者は言う。
「須賀京太郎が以前、番組で“家庭的な子が好き”とはっきりとタイプを明言していましたからね。その為に、何とか脈を作りたい思いもあるのでしょう」(前述の報道関係者)
須賀京太郎と言えば、現在売れっ子の芸能人だ。元々は龍門渕グループ傘下の事務所所属のマネージャーだったが、当時マネージャーとして組んでいた愛宕洋榎との丁々発止のやりとりが話題となり、テレビ出演が激増。高校時代、男子グループで県予選を勝ち抜いただけの麻雀の実績もあり、実況の仕事も増えていった。その独特な苦労人キャラも相まって、人気沸騰中の芸能人である。麻雀の世界に突如として現れた若いツバメに、現在雀士の中では虎視眈々と狙う人間も多くいるのだという。麻雀協会所属の関係者は、このように言う。
「雀士の世界は、はっきりとした女性優位の世界です。オカルトじみた確率変動を起こす能力を男は発現しにくい為、どうしても男性よりも女性の方が多い、特殊な世界です。だからこそ、雀士は少ない出会いの中で男をゲットできなければ、早々に“売れ残り商品”となってしまうのです」
実際、協会の要職を見渡せば、その八割が女性を占めており、世界ランクを見渡せど、上位百位に入っているのは女性しかいない。こういった世界の中で、男を見つけるのは至難の技だ。そんな中突如として現れた須賀京太郎は、女雀士にとってまさしく垂涎物のツバメなのだろう。原村和など、元々須賀とは同じ高校、同じ部活出身でもある。その当時は和側に脈が無かったようだが、現在の彼の姿に心境の変化があったのかもしれない。
「プロ雀士はおろか、局アナまでも彼を狙っていると、彼に関しては噂が絶えない。ただ、彼が所属する事務所は龍門渕グループですからね。その管理もおのずと厳しいものになってしまいますから、彼を手に入れるのはとても困難でしょう。だからこそ、皆が皆、あそこまで必死になるのです」(前述の協会関係者)
瑞原はやり、小鍛治健夜、野依理沙、など結局独身のまま四十路に至る事は、トッププロですら珍しい事ではないという、まさしく修羅の世界。そんな世界に飛び込んできた若き売れっ子の行く末に、注目が集まるばかりだ―――。
・ ・ ・
「適当な文面ですねー。書いた奴の顔が見て見たい」
そうブツブツと呟くのは、須賀京太郎。
現在、事務所の同僚から爆笑しながらこの雑誌を手渡され読んでみたはいいが、まさしく無駄な時間だったという他ない。下世話な週刊誌らしい内容であった。
まあ、けれどもこういう週刊誌連中は事実の正誤についてはプライドも糞も無いのだろうけれども、世間様が欲する内容に関しては恐ろしく敏感であるのは間違いない。つまりは、今現在自分の恋愛事情を世間様が求めているのだ。
------人生、何が転機となるか解らないものだ。
切っ掛けは突然であった。当時マネージャーをしていた愛宕洋榎がとあるバラエティ番組に出た時に、共に出演したのだ。その時から何故だか解らないが妙な人気が出てしまったようで、事務所との契約更新の際に、タレント業務も行う羽目になってしまったのだ。
アマゾンの奥地で未開民族と交流させられたり、鹿児島の海岸線で海に叩き落されたり、北海道の名前も解らないような島でサバイバルまでやらされた。無論これは極端な仕事を紹介しただけであり、その他にも協会主催の試合の実況、海外試合のリポートや取材といった麻雀関係の仕事などもあった。ただ、「苦労人キャラ」がどうやら世間様にウケた理由である事からか、とにかく変な仕事を回される事が多いこと多い事。実況で組まされる時の解説は、大抵一癖ある人ばかりであった。わかんねーと全ての仕事を丸投げして来る着物女や、居酒屋気分で適当な事しか言わない関西人や、金の話しかしないサカルトヴェロ人-----などなど。回される仕事は、言うなれば須賀京太郎に対する局のイジメなのだ。苛めれば苛めるだけ世間様が喜んでくれるのだから、もう骨の髄まで苛め抜いてやろうという魂胆が須賀側からは見え透いていた。
だが、人気が出れば当然給料も跳ね上がった。預金通帳を見た時は思わず卒倒しそうになったくらいには。
自分の立ち位置が、ここ最近で随分と変わってしまったのだなぁ、と思う。こんな下らない雑誌の餌箱になるくらいになってしまったのだ、自分は。
「ま、今度ハギヨシさんと飲む時の話のネタが出来たし、いっか」
彼は雑誌をくるくると丸め、そのままゴミ箱へ放り投げる。
さあ、次も仕事だ。さっさと準備して行こう。彼は即座に気持ちを切り替え、次の仕事場へと向かって行く。
------しかし、彼は気付いていない。
今自分が置かれている現状に。
まだ、まだ。
※
「また------ね」
神社内部にある、儀礼所にて―――石戸霞はそう呟いた。
今彼女の意識は現実を見据えてはいない。こことは違う何処かにある存在を自らの肉体に“降ろし”、別次元へと交信を果たしていた。
「------これで何度目かしらね。彼の内部に忍ばせた諸々が、消滅させられているのは」
石戸霞は、目を細め、唇を歪ませた。
幾らかの方策と幾らかの儀式を経て、彼の体内へと忍ばせた、言うなれば神“もどき”。それが、こうして度々“消されている”。
消される度に、霧島の外で活動している戒能良子を通じて忍ばせているが、それでも何処かのタイミングで消されているのだ。
「お手紙を出しましょう」
石戸霞は仕方がない、と呟き―――そう言った。
「戒能さんには、原因の方も少し探って頂きましょう」
やられてばかりではいられない。
―――姫様の為にも、ここはきっと正念場になるはず。覚悟してかからねばならないだろう。
※
「さあ、今日も始まりましたー!北海道の、北海道による、北海道の為のローカル番組!“木曜のうらら”!といいつつ平気でよそ者も駆り出すんですけどねー」
赤髪の女が、ゲラゲラ笑いながらカメラの前でくるくる回っていた。
彼女の名は、獅子原爽。
北海道を代表するローカルタレントの一人である。
「-----で、今日は何をやらされるんですか?」
「えーと、前々回が冬の企画で氷海で鬼ごっこして、見事須賀と私が海に落っこちたんだっけ。寒かったな~」
「前回は小熊とは言えヒグマと鬼ごっこさせられましたねぇ!」
「いやぁ、須賀はいいなぁ!こういう身体を張る仕事も断らずやってくれるタレントは大好きだぞ!あっはっはっは!」
「ちっとも嬉しくない大好きありがとうございます-----!」
「ちなみにユキも大好きだと言っていたぞ!」
「それは素直に嬉しいですねぇ!」
「正直なのはいい事だな、須賀!もうお前も名誉北海道人みたいなもんだし、ウチのスタッフもさぁ、“この企画やばくね”って事になったら、取り敢えずお前を入れる事になってんだよ」
「そうですね-----札幌空港に着く度に、身体に震えがくるほど北海道人になっちゃいましたし-----ここのスタッフは取り敢えず、一度頭のネジを締め直してくれませんかね?」
「震える程嬉しいのか!嬉しい事いうじゃん!」
「怖いんすよ!皮肉も通じないんすかアンタは!」
「さあさあでは今日もやって参ります“木曜日のうらら”。本日訪れる場所は―――」
有珠山高校一同は、高校卒業後に同じ北海道内の大学に進学した。
その後、獅子原爽は北海道キー局でアシスタントの手伝いをしていたが、彼女の賑やかしの才能を見抜いたプロデューサーにより、地元タレントとして起用される事となり、大当たり。有珠山時代からの仲間も次第にテレビ出演されるようになり、有名になっていった。
そして「よそもの枠」として、度々須賀京太郎が呼び出される事となった。
その大抵が何かしら理不尽な目に遭う不憫なキャラクターとして。海に突き落とされるのはもう毎度おなじみのオチとなっており、その他にも檻越しとはいえ密室にヒグマと共に閉じ込められる、闘牛をさせられる、氷山に置いて行かれる、海氷で作ったかき氷を真冬に食わせられるなどやりたい放題。それだけなら単なるいじめだが、企画側の爽も一緒になって身体を張っている分たちが悪い。何処までも子供の心を忘れない爽にとって、須賀と一緒に行える企画は最も楽しいものであった。
口では恨み言を言っている京太郎も、実際の所何が起こるか理解不能なこの企画を意外にも楽しんでいた。
この番組は北海道内で相当高い視聴率を誇っており、京太郎の認知度も非常に高い。事務所側としても予想だにしなかった結末である。
「おっしゃー!お疲れ、須賀!」
「お疲れ様です」
「おっつー」
番組が終わると同時に、共演した三人がそれぞれ須賀に挨拶をする。獅子原爽、真屋由暉子、岩館揺杏の三人である。
「お疲れさまでした、三人とも」
「なあなあ、須賀。これから暇か?チカと成香もこれから合流するしさ、一緒に飲みいかね?あいつらも会いたがってたしさー」
「いや、すみません-----これからすぐ北海道から発たなくちゃいけなくて-----」
「なんだよつれねーなー」
「いやあ、最近忙しくて-----それじゃあ、また次も会いましょう」
そう言って、須賀京太郎はタクシーに慌ただしく乗り込む。これが、今の彼の日常なのだろう。全国各地に行ったり来たり。流石は人気タレントである。
「-----なあ、爽」
「うん?」
揺杏は、爽に尋ねる。
「また、“憑いてた”?」
「うん。憑いてた。―――カムイが祓ってくれたけどさ」
その会話に、由暉子の表情が歪んでいく。
「----やっぱり、須賀さんを監視している何者かが、いるのですね」
「そういうこったね-----まだ、誰が、何を、ってのは全然解んないみたいだけど」
一つ珍しく溜息を吐きながら、爽は言った。
「オカルトをこーいう使い方すんのはどうなの、って思うけど。実際やられてんなら仕方ないわな。こっちも、アイツがこっち来る度祓ってはやってるけど、その度にってのも何だか不穏だわー」
「どうするのですか?」
「原因究明しないとね」
獅子原爽は、笑う。
それは、実に―――子供らしい、純粋な好奇心と悪戯心溢れた笑みだった。
「面白そうだし-----何より、須賀はこっちのもんだ」
笑みと共に、彼女に付き従うカムイ達が顕現する。
―――このお話は、南北を分けて行われる、一種の戦いの物語である。
結末は、未だ解らず。
爽ちゃんは、何となーく大泉っぽく感じたので、こんな事に----。すみません。