雀士咲く   作:丸米

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恋情は嵐の如く

恋というものは不思議なもので、落ちる時はまさしく落とし穴に嵌まるかの如き急転直下の気分を味わわされる事となる。

そして、その事に気付いた時には、まさしく深みに嵌まっている事だってざらにある。

竹井久にとっても、まさしくその通りであった。

 

唐突に、その気持ちと向き合う羽目になった。

―――自分の高校生活が、もう半年も存在しないという状況下で。

 

運命が実在するのならば、実に意地が悪いと思う。

彼を利用してきた過去を鑑みて、勝算は薄い。

けれども―――この状況は、向き合わねばならない現実でもある。

 

残る時間から逆算して行動しなければならない。どうすれば彼の傍にいることが出来るのか。どうすれば彼の心に楔を打ち込むことが出来るのか。

そして―――無事彼と付き合うことが出来たとして、それが破綻せずに堅持できる状況を作る為にどうすればいいのか。

 

逆算し、思考し、一つの結論が生まれた。

恐らく、その中で最も障害となりうる存在は―――咲なのだろう、と。

 

彼と彼女の在り方は、とても自然だ。自然に作られた関係の中で、つまりは無自覚の中で―――彼と咲はその親交を深めてきた。

その延長線上にあるのは「友情」なのか「恋情」なのか、それは解らない。

けれども、その自然さが最も危険なのだ。―――だって、竹井久には持ちえないものだから。

 

だから、その「自然さ」に、一つ石を投げかけ波紋を作った。その関係の中にあるのは、男女の友情か、それとも恋情なのか―――。

 

結果は、予想通りだった。

あの日から急によそよそしくなった咲の姿を見て、確信を持った。

 

―――ごめんなさい。

 

一緒に戦った仲間だ。自分の夢をかなえてくれた存在だ。咲は、久の中において大切な存在の一つだ。―――こんな風に、試すようなことはしたくなかった。

それでも自分は、―――自分の心に、妥協したくない。

もしも自分が愛する人間を選べるのならば、楽なのだろう。

だが、それが許されるような世界ならば、きっとこの世には恋なんてものは生まれなかのも、また事実。

 

恋を前にして、引き下がってたまるものか。

そう彼女は、一つ決意を新たにした。

 

 

後ろから抱き付かれたまま、十数秒ほど。

須賀京太郎は―――全く頭が働かなかった。

竹井久。

いつまでも飄々としていて、頼りがいがあって、けど何処か抜けている所もあって―――言っては悪いが、こういう乙女的な純情から一番かけ離れた人なんだと思っていた。

イメージから言えば―――二つ年下の後輩にちょっかいを出す事はあれど、それに本気で入れ込んでしまうような性質の人ではないと、そう勝手に思っていた。

だからこそ、完全なる不意打ちだった。

けど、告げられた言葉も、その空気も、静謐な空気が伴っていて―――その真剣さが、どうしても伝わってしまって。

「どうして、ですか-----?」

そんな間抜けな言葉が、つい漏れてしまったのかもしれない。

その言葉に、背後からちょっとだけ笑い声が聞こえる。

「そうよね。不思議よね。どうしてかしらね-----。うん。普通だったらその台詞はとっても失礼なんだろうけど、今の貴方なら別ね。そんな素振り、多分見せなかっただろうから。当然の疑問よ」

「-------」

「本当、どうしてかしらね------。好きになる理由がはっきりと見つかるなら、これ程楽な事はないのだと思うけど」

「えっと----」

「でもね、色々思う事はあるのよ。私、二年間もこの部活を続けてきた訳じゃない?まこしかいなかったのに。本当に、呆れるくらい執着心の強い女だと思う。

------でも。もしも、私がその根本から麻雀を奪われたら。牌をもう二度と握れなくなるような事が起こってしまったら。私は私でいられるのかな、って。須賀君が部活を辞めようかって相談してきた時に、つい思ったの。そして―――夢を、青春を、根こそぎ奪われた人が、それでも他人の夢を夢見てくれる事が、どれだけ凄い事かも」

「-------」

そんな事は、ない。

自分は、凄くなんてない。

自分は逃避していただけだ。人の夢に乗っかって、乗っかった気分になって。人の支えになっている事に自己満足を覚えて。自分が夢を砕かれた事から必死になって目を逸らしているだけだ。

そんな自分に―――彼女は、優しく微笑みかけた。

「ねえ須賀君。須賀君が思う須賀君の価値が、須賀君の物差しでしか測れないように―――私が思う須賀君の価値も、私にしか測れないの」

きゅっ、と。かけられる両手の力が強くなっていく。

「私は須賀君がどう思っていようと、私にとっての須賀君の価値はきっと変わらないわ。とっても優しくて、その優しさに付け込んでしまって申し訳ないとも思っていて、―――そして、心の底から貴方が大好きだと思っていて。だから今ここで必死になって縋っているの。ホント、どうしてこうなったのかしら。私にだって解らないわよそんなの。似合わないって私だって思ってるわ」

けど、仕方がない。そう彼女は笑った。

「どうしようもない事は、どうしようもないの」

「あの、竹井先輩------」

ここまで言われたら―――返答をするしかない。

彼女は誠実に自分の気持ちを伝えてくれた。ならば―――自分も同じだけの誠実さを返さなければいけない。

そう思っていたが、

「―――ねえ、須賀君。ぶっちゃけ、私の事意識してた?」

そう、返答の前に質問が飛んできた。

「え、えっと-----その----」

「うんうん、そうよねぇ。和にご執心だったし、私の事なんて歯牙にもかけてないわよねぇ。うんうん」

「-------すみません」

そればかりは、事実だった。

彼にとって竹井久は「みんなのお姉さん」であって、男女の関係図に押し込める事が出来る人だとは思ってなかった。

「よく、告白の時の返事で保留は失礼だって言われるけど-------よくよく考えれば、知ってもいない人間に、その時点でイエス・ノー判定を下す方がよっぽど誠実じゃないと思わない?」

「え-----?」

「私はね、正直凄く分が悪い勝負をしているって解ってるから、私の方も実の所まだまだ猶予が欲しいの。須賀君に“竹井久”がどんな人間なのか、知ってもらいたいと思うわ」

だからね、と彼女は続ける。

「―――ここから、一カ月後にしましょう。一カ月後、返事して頂戴。イエス・ノーを。その間に、私は須賀君が気を引いてくれるように一生懸命頑張るから」

背後からかけられた両腕がほどけ、固まっている須賀京太郎の両頬に添えられる。

ぷにぷにと好き勝手に弄りながら、彼女はにこやかに笑いかけた。

「もうここまで来たら恥も外聞もないもの。一生懸命下手糞な弁当を作ってやるわ。デートだって必死にプランを考えて楽しませてやるわ。何だってやるわよ。―――覚悟なさい。これから一ヵ月、ずっと猛烈なアタックに晒される事になる。痛々しい年上女の甲斐甲斐しい後輩君へのアタックよ。呪うもよし悦ぶもよし。嫌気が差したらさっさとイエスと言えばいいわ。ふふん」

彼女はくるりと背後の位置から彼の正面へと移動する。

そして、

「―――あ」

その頬に、一つ口付け。

「付き合ってくれたら、唇にやってあげる。それまではお預けね?」

カーテンの隙間から零れる夕陽の光を浴びて、彼女はそうおどけたように言った。

「それじゃあ、私は帰るわ。あ、送ってくれなくていいわ。今日はちょっと一人で帰りたい気分なの」

その言葉に反論する事も出来ず―――何を言えばいいのか解らないまま、ふんふんと機嫌よさげな彼女を、玄関まで見送った。

玄関口から帰る彼女を見送って―――また、放心してしまった。

これは現実だったのだろうか?

それすらも定かではないまま―――嵐が過ぎ去った後の如き心持ちで、ぼぉっ、とその場に立ち尽くしていた。

 

 

―――これで、一つ関門を抜けた。

けど、まだだ。まだやらなければいけないことはある。

 

―――油断は、許されない。絶対に、果たして見せる。




横浜CSファイナル突破&敢闘記念。もう何も言う事はない。本当に感動しました。うぅ----。

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