敗北も勝利も要らない。
プラマイゼロ。
それが私自身の生き方だった。
白黒つけない。
自分は守る。でも攻めはしない。
曖昧模糊でフラフラ漂う。それが私。
そうすれば、喜びも生まれなければ悲しみも生まれない。そう思っていた。
でも。
喜びも悲しみも生まれないはずの場所で亀裂が生まれた。
お姉ちゃんが出て行ったのもその所為。家族がバラバラになったのもその所為。
バランサ―気取りで勝負をして、上から目線で勝負を平行線にする。
―――そうだよ。勝負というのは線と線が交わって、引き合って、どちらが先に切れるかどうかの戦いなんだ。
そんな世界に絶対に交わらない意思を持ち込んで、平行線のままなあなあで終わらせようとする事自体が傲慢なんだ。
戦いたくない、勝ちたくない。けど負けたくもない。
それは―――どの世界においてもそうなんだ。
本日。私はまた平行線のままの勝負擬きの終結を見てしまった。
後に解った。
その人はしっかり勝負の土俵に自分をちゃんと招き入れようとしたんだって。
その戦いに自分は乗らなかった。逃げた。戦う事すらしなかった。
だからこの帰結は勝利でも敗北でもない。
―――故に
胸に渦巻く感情の正体を、見て見ぬフリをした。
※
冬が、来た。
「寒くなって来たわねぇ」
そう呟く彼女は、ううんと背伸びをした。
通学路の真っ最中。隣を歩く金髪の後輩の隣で。
「そうですねぇ。―――あ、推薦入試、合格おめでとうございます」
ありがとう、と彼女は呟いた。
「うーん。来年から私も東京人かー」
「らしいと言えばらしいですね。先輩、垢抜けている印象ですし」
「ふふん。それはどうも。―――まあ、大学でもきっと麻雀漬けの毎日なんだろうけどねぇ」
彼女―――竹井久は大学進学後に麻雀を続けることがもう決まっている。返済不要の奨学金つきという破格の待遇を得られたのも、清澄での実績あってのものだ。
「------寂しかったら、いつでもこっちに来ていいからね?」
「そりゃあもう、そうさせて頂きます。------ちょっとはバイトしようと思います」
「そう?ありがとう。―――ま、私も月に一回はこっちに戻って来るから安心しなさい」
ふふ、と笑って彼女は微笑みかける。
―――あまり見た覚えのない笑みだった。
出会ったばかりの頃は、飄然とした笑みが多く、ここ最近は必死さが少し垣間見える情熱的な表情が多かった。こういう、安心さと、控えめな甘さを醸し出す表情ははじめて見たかもしれない。
「―――私ね、大学からちょっと離れた、広めの部屋を借りようと思うの」
「え?」
「大学は都心にあるからね―。借りようと思うと高くて狭苦しい部屋しかなかったから」
「ああ、成程。―――でも先輩、」
何でわざわざ広い部屋を、と言おうとして。
「------」
流し目で、微笑みかけられた。
「―――夏休みでしょ?冬休みでしょ?それに春休み。それにゴールデンウィークだって、来年は長いっていうじゃない」
ここまで来れば秋休みだって欲しいのに、と彼女は呟く。
「―――東京でいっぱい遊びましょう」
からりと笑って、彼女はそう言った。
※
「―――で、結局付き合う事になったと。何というか、何というか-------」
「うるさい。別にアレだ。なし崩しって訳じゃない」
京太郎は久と別れ、朝のホームルーム前の休み時間を一人で過ごす―――つもりなのだが、ニヤケ面の友人共が冷や水をぶっかけんとこちらに集まってくるのだ。
「間違いない。お前は尻に敷かれるタイプだな。押しの弱さがここで露呈してしまった。―――まあ、でもあのアプローチを受け続けて一ヵ月ちょいか。よく我慢したともいえるし、落ちるならさっさと落ちとけよともいえる微妙な時間だな」
「うるせい。------俺だって優柔不断なのは自覚できてますよ」
散々悩んで、引っ張って、ようやく落ち着くところに落ち着いた。傍目からしたら、優柔不断な男の優柔不断故の情けない時間にしか見えないのだろう。
毎朝の様に冷やかされ弄られる時間も、もうすっかり慣れてしまった。苦痛と言うよりはこっぱずかしいこの時間。幸せの代償と言うべきか何というか。取り敢えず、世の中彼女持ちに同性は優しくないのだ。自分もまた、つい数か月前までそういう心の狭い人間の一人だったのだから仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないけれども。
「------そういや、咲ちゃんも最近こっちに来ないな。嬉々として一緒に弄りに行くものだと思ってたのに」
小声で、友人がこちらに耳打ちした。
「そこら辺、俺も意外だったな。アイツも、ちゃんとそこら辺の気遣いが出来ていたんだなって」
竹井久と付き合い始めてから、咲は須賀京太郎を避けるようになった。
人付き合いの機微に弱い彼女は、それとなく避けそれとなく気遣うような真似は出来ない。ある時を境に、ぱったりと交流を避けるようになった。
「まあ、でもお前も大変と言えば大変だよな。今年だけだろ、一緒にいつもいられるの」
「------まあ、な」
「あんな美人な彼女がいて、でも学校では会えないって結構辛いだろうなぁ」
友人の言葉に、京太郎は少しだけ表情を引き締めた。
「------そこは織り込み済みだから、大丈夫」
そう、言った。
友人の驚いた顔を眺め、気恥ずかしい気持ちを浮かべてしまう。
「何だ何だこの色男め」
肘が背中から軽く叩きつけられる。
-----大事な事。決意した事。
それは、しっかりと言葉にしていこうと京太郎は決めていた。
久と付き合う事。二年間遠距離恋愛を続ける事。これは自分が覚悟した事だ。
なら隠す事はない。その決意はしっかりと隠さず言葉にしていこう。
―――それが、今の今まで自分に出来なかった事だったから。
※
「-------」
本日。
ウィークリー麻雀には、高校生雀士の特集があった。
その表紙には、でかでかと写る自らの姿。
優希が興奮しながら部室に持ち込んできたそれを、恐る恐る―――宮永咲は捲った。
自分の戦績と、インタビューが記されたページを捲っていく。今度は同じ高校生雀士のインタビューが続き、プロ雀士の論評なども載っていた。
―――目標は、打倒宮永です。姉は今年でプロに行くので、今度は妹ですね。
―――絶対。ぜ――ったい。サキは叩き潰すんだから!敗けっぱなしは性じゃないもん!
全国に名を馳せる雀士たちは、例外なく自分の名前を上げる。
そして、プロの論評へ移って行く。
―――来年、間違いなく宮永咲選手は注目されると思います。
その書き手は、過去世界二位の座まで至った、日本最強の雀士であった。
―――そして、宮永選手にとって来年からの大会は空気が薄くなると思います。
その文字を見た瞬間―――咲は無意識に目を追っていた。
―――いわば宮永選手は、懸賞首のようなものです。勝てば、一気に箔をつけることが出来るだけの選手になってしまった。そして、観客の期待も何処かのタイミングで宮永選手が「敗ける」瞬間を見たいという期待にシフトしていくと思われます。今年、宮永選手は勝つ事が期待される選手でした。無名の選手が成り上がるドラマを観客が無意識に望み、それが実現されてしまった。それが、来年から逆になるのではないかと、私は考えています。
来年は、自分が敗ける事を、期待される。
「------なに、それ」
自分は―――自分は。
そんなものが欲しくて。そんな事を期待されたくて、麻雀をしていた訳じゃない。
ただ―――。
「あれ?」
そう言えば、と思ってしまった。
自分は何の為に麻雀をやっていたんだっけ?
清澄の為?家族の為?
―――ああ、そう言えば、そんな理由だった。
姉の為だったかもしれないし、部長の夢を叶える為だったのかもしれない。
じゃあ、今は?
姉も部長も卒業だ。来年はいない。
―――自分は、勝負事が嫌いじゃなかったのか?
―――というか嫌いなはずだ。麻雀の外でも、もう既に勝負を逃げたじゃないか―――。
ウィークリー麻雀の論評は、こんな言葉で締められていた。
―――これからは、対戦相手以外との戦いも発生すると思います。周囲の人間との戦い。観客との戦い。プレッシャーとの戦い。けど、これはひとまとめにするとこの戦いに集約されると思います。
何だ?何なのだ?これから始まる戦いとは―――?
咲は、文字を追った。
刻まれた最終行。そこには―――。
―――自分との、戦いです。
そう、書かれていた。
初恋ゾンビが自分の中で激熱。
好きなラブコメが増えすぎて、自分が自分を気持ち悪くなってきてきた。しゃーない。指宿君(ちゃん)可愛すぎるからね仕方ないね。