雀士咲く   作:丸米

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久しぶりの更新です。年末年始は腹痛と下痢との格闘の日々でした。クソめ----。


出会い2

―――先を読んで、どうにかなるもんだと思ったかい?

公式戦ではじめてトんだ日、その人は、こんな事を言っていた。

―――先が見えた所で、そこが戻る事の出来ねぇ崖先だったら意味なんかないんじゃねーの。知らんけど。

ケラケラと笑うその姿には、何も見えなかった。

嘲りでもなく、哀憐でもなく―――純粋な感想をそのまま述べているだけなのだろう。

 

その時感じたのは、恐怖だろうか?

この先を進む事に対しての。

自分の能力すら歯牙にもかけずに切って捨てるだけの実力者がいるという事実への。

 

自分の全てを賭けて―――文字通り、命まで削って、それでも、それでも―――。

 

 

「―――まあ、ええんやない。甘酸っぱい青春を味わえて一流。酸っぱいだけの青春で終われば二流や。ほんで三流は何も感じる事も出来ないで終わる。アンタは二流の要件は満たしとる」

ケラケラ笑いながら、園城寺怜はそう無自覚にこき下ろした。

須賀京太郎、18歳。

現在一人旅の始まりの地で足を折り、同じ入院患者の美少女に”お前の青春は二流だ”と宣言されました。

------ねえ神様。貴方はこんな仕打ちを与えてまで自殺を罪だとのたまいますか。今情けなくて情けなくて死にたい気分です。

「-----容赦ないですね。園城寺さんはどうなんですか?」

「ウチは----まあ、一流の青春を過ごせたんちゃうんかな?割と青春に未練が無いからこそ、この道を選べたんやと思うし」

「------そりゃあ、そうか。全国まで行って酸っぱいだけで終わりましたー、何てことは無いっすよねー」

「それでや、須賀君。アンタ、いつまで入院なん?」

「入学式までには間に合うとは聞かされてますけど------」

「よかったやん。大学で第二の青春や。キャッキャウフフな堕落に塗れた青春を楽しみや―」

「ちょっと!貴女の大学生の認識がおかしい!おかしいです!」

「------え?大学生ってそういう期待を背負って日々戦い続ける場所やないん?おっぱい大きい子とか美人な女の子がいたら、どうやって調理してやろうかグヘヘ、とか考えるものやないん?」

「違います------」

「何やつまらん」

憮然と、そう彼女は言い切った。勝手に推測し、勝手に失望し、勝手に切り捨てやがったよこの人------。

随分と好き勝手に言ってくれる人だ。それに思考が少々おばんくさい。何だか、こうアレだ。悪い人ではないし、本質的にはとてもいい人なんだろうけど。弄る側か弄られる側かで言えばとことん弄る側なのだろう。

ええい。ならばこちらとて黙っちゃあいない。反撃してくれようではないか。

「------そもそも園城寺さん」

「ん?」

「随分と大学生に青々しいイメージを持っていらっしゃるんですね。------もしかして、そう言う事に興味あるんですか?」

「は、はあ!?アンタ、何言うてんねん!?」

彼女は明らかに狼狽していた。血色の良くない顔面を一瞬で林檎色に染め上げ、そんな風に喚いた。

おお、効いてる効いてる。やはり弄られる側には慣れていないようだ。

「だってそうでしょう。初対面の大学生予定者を勝手にエロ認定するなんて、そういう人間を期待していた現れじゃないですか。園城寺さん、意外にムッツリなんですね」

「ぐ----!違う、断じて違うで須賀君とやら!ウチは大学生というのは一般的に、高校時代に出来なかった青春を取り返そうという必死さを持ち合わせているもんやと想定してやな---!」

「想定して?」

「須賀君のような、二枚目になりきれる素養を持っていながら三枚目に甘んじてしまった情けない男の子とあらば、それはそれはもう大学の中であの時できなかった諸々を取り返さん勢いでエロくなるのやと、そうウチは想定してたんや!あの時狼に慣れなかった自分の臆病さを恥じて、必死こいて女を食えるように覚悟完了しているもんやと!断じてウチがエロい事に興味を持っていたからやない!須賀君という人間から溢れ出る童貞っぽさに、ウチはそれ相応の言葉を用意しただけや!」

取り繕おうとしているその言葉は、何処までも何処までも男の自尊心をズタズタに引き裂く暴力でした。あまりにも酷すぎるその言葉の諸々であるが、真っ赤になって自己弁護している園城寺さんの面白さでどうにか半々できる程度ではあるのだが、さすがに反論せざるを得ない。

「何てひどい言い草だ!あんな話題をいきなり降っておいてその言い分は酷すぎる!」

「うるさい!ウチを弄ろうなんて百年早いわ!」

「そもそも童貞を笑えるのは経験済みな人間だけだ!貴女だって―――!」

「おおう!悪かったな!ウチだって―――!」

お互いがお互いヒートアップし、その言葉を吐き出さんとした―――その時。

 

ドアが、開かれる。

 

「あ」

 

園城寺怜は―――そんな間抜けな声をあげて、その先を見た。

「--------」

そこには、黒髪が実に美しい女の人がそこにいた。スタイルよし。顔よし。女優顔負けな綺麗な顔立ちと黒髪を持つ、女性が。

清水谷竜華。

プロ雀士で、かつ―――園城寺怜の子供の時からの大親友。

「-------」

「-------」

「-------」

三者、沈黙。

園城寺怜は何かを察したように、自らのベッドの中に潜り込み聞かざるに徹する構えを見せる。

須賀京太郎は、ただただ固まるばかりであった。

「うん。二人共-----」

清水谷竜華は、口を開く。

その声は―――。

「さっきの言い争い-----普通に廊下まで響いてたからなー--------」

まるで、処刑宣告の如き、重々しい口ぶりでしたとさ。

 

 

それから、一時間ばかりが過ぎた。

実に優しい口調で説教を執り行った清水谷竜華は、されど容赦の二文字は無かった。そのあまりにもこちらの恥を煽るかのような慈しみに満ちた説教は、先程までの言い争いで培われた傷を存分に燻し炙り切り開いてくれたのであった。もう穴があったら入りたい所ではない。地獄の入り口があるなら喜び勇んで飛び降りたいくらいの気分であった。

 

かくして須賀京太郎。彼は青春を取り戻そうと旅に出た挙句に事故にあい足を折り、入院先の女性と言い争いをした挙句にその女性の見舞い客に説教を受けるという恥を巡る負の連鎖に取り込まれたのであった。

死にたいと思うのも無理からぬ話だ。

「あー------竜華の太腿やぁ-----あー-------」

対してあの方は、早速自らの親友の太腿を枕に横たわっていた。まるで魂が慰撫されているかの如きその姿、禁断症状から解放された麻薬常習者に見えなくもない。

「もう今度はあんな事しちゃあかんで?」

「あー------須賀君に苛められた心の傷が癒えていくー------」

「全く------プロになっても、相変わらずなんやから------」

目と目が合う。須賀京太郎と、園城寺怜。

目があった瞬間、一つ彼女は舌を出すとその目で”ざまーみろ”と明瞭に伝えていた。

 

ああ。もう本当に自分は心の底からの大敗北を喫したのだ。

しくしくと心を濡らしながら、彼は敗残者らしくそのまま自らの病室に戻ろうとする。

「あ、待ち―や」

その姿を見咎め、園城寺怜は呼び止める。

「何なんですか-----。まだ俺の心を弄ぶ気ですか------」

「うん!」

心の底から滲み出た、----まるで科学実験前の子どものようなキラキラした瞳で、彼女はそうニコリと言い切った。言い切りやがった。

「須賀君のセクハラでウチは多大なる心の傷を負ったんや------。今度は、竜華の目の前でさっきのおもろい話を聞かせて―や」

「絶対に嫌です!」

「なー、竜華。聞きたいやろー----?」

「-----怜。まーた言い争いしたいんか?そろそろ弄るのもやめーや」

清水谷竜華。ここは空気を読む。

ぶーたれる怜を軽く小突きながら、清水谷竜華は一つ溜息を吐いて、須賀京太郎に向き直る。

「ごめんなぁ。何か、騒がしい子で」

「い、いやぁ----」

須賀京太郎としては、そう言う他ない。そりゃあ、もう、好みド直球な方からの言葉ですもの。何を言えばいいのかしどろもどろになる程には、彼は純情だった。

「でも、怜がここまで気を許すのも珍しい事なんやで。だから、今度からも仲良くしてやってや」

「ちょ、竜華」

太腿の上で、またしても園城寺怜に表情の変化が生まれる。

その光景を見て、またおかしげに清水谷竜華は微笑み、ぷにぷにと頬を突く。

「そうやん。男の子と言い争いしているなんて初めてやん、怜。ヒートアップしたのは頂けんけど、おもろかったでー」

「ちょ、やめーや。くすぐったい」

あ、そーや。そう清水谷竜華は呟く。

「さっきの言い争いで、気になる事があったんやけど、聞いてもええ?」

「何や?」

 

「童貞、って何や?」

 

「--------」

「--------」

またしても、三者の間に沈黙が流れる。

禁忌のような。穢れのような。アンタッチャブルを前にした人間とはかくあるべきものである―――そう言いたくなるような、乾燥した沈黙であった。

 

ねえ、神様。

 

本当に。本当に。貴方は恥で私を殺すつもりですか-----?




ある日、実家に帰り近くのスーパーで買い物をしていると、ゴスロリドレス姿の老婦人がエスカレーターでくるくる身を翻していて、スカートの裾を巻き込んでパニックになっていました。笑うべきかどうか迷って、真顔のままその姿を私は見届けていました。ちょっと、現実感のない光景でした。

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