雀士咲く   作:丸米

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経理部で現在お仕事しております。比較的ホワイトだけど、小説の投稿は平日だとこの時間になってしまいますねー。申し訳ない。


欲深い竜

清水谷竜華は色々と複雑な女性だ。

 

「うー----」

対局を終え、帰宅したのは午後十時。

彼女は家に着くや否や、着替える事も無くぱたりとベッドにその身体を沈み込ませた。

 

―――彼女は、現在お悩み中である。

家に帰るや否や自らの身体を仰向けにベッドに倒す位には。

「どないなってんかなぁ-----」

悩みの渦中には、一人の親友。そして―――つい最近出会った男の子。

「はぁぁぁ」

彼女の心に楔を打ち込んだ言葉を吐いた金髪の男の子。

彼を思い返した際に巻き起こる感情を仮に“恋”だと仮定するならば、まあ随分と安っぽい―――というよりチョロイ―――初恋という事になるが。

 

この女に関して言えば、そんな単純な話では終わらない。

この女の悩みは、恋煩いという訳ではない。

 

それは―――。

 

「------解らん!全然解らんわ!」

彼女は枕元で叫ぶ。

「------須賀君と怜。仲良さそうなのに、全然嫌な気にならへん----」

叫ぶと同時、そんな言葉すらポツリと零れた。

 

―――清水谷竜華と園城寺怜。

二人は親友だ。

最早親友という言葉すら安っぽく感じる程に、彼女等はずっと二人だった。

 

辛酸も甘味も、常に分けあって来た存在であり、青春の代名詞。

そんな親友が―――今、自分が恋(仮)をしている男と仲睦まじくしているらしい。―――京太郎、なんて名前を呼んでいるくらいには。

 

最初聞いた時は戸惑ったし、驚いた。

 

自分の初恋(仮)がここで終わってしまうのではないかと。

その後に陥る感情はどんなものだろう?

少女漫画チックな、愛憎の輪廻であろうか?それとも切なさであろうか?それともすっぱりと割り切れる心境であろうか?

 

どれでもなかった。

 

不思議なもので―――園城寺怜に対する心持ちは、一切の変化を起こす事無く、そのままであった。

 

そのあまりにも小波すらも起こらない心境の最中に、波紋を一つ投げかけてみる。

―――もし、怜と須賀君がくっ付いたらどうだろう?

これもまた少女漫画らしい波紋の投げ方だろう。

嫌な気になるだろうか?

 

「-------」

 

結論から言えば、ならなかった。

一切。

 

「-------」

 

ここまで来ると、少し自分の心に深く問いかけてみる事にした。

そもそも恋とは何だ?

恋をすれば何をしたい?

距離を縮めたいなぁ。何ならスキンシップでも取れれば飛び上がる位嬉しいかもしれないなぁ。同じ話題で盛り上がったり、一緒に映画を見に行くことが出来たら嬉しいなぁ。

そして、気付いた。

―――このラインナップの中に、“独占したい”という思いは一切存在しないという事。

 

結局の所、同じなのだ。

園城寺怜。彼女は自分の前で笑っていてほしい。されど、別の人の前で笑っている怜の姿も同じくらい好きなのだ。

それと、同じ。

自分が好きになった(仮)男の子には、笑って欲しいと思う。自分と仲睦まじくしてくれることを願っている。されど―――その笑顔が例え怜に向けられていたとしても、何も不快感は無い。

 

また一つ、彼女は思う。

「-----ウチって、チョロイだけやなくて、都合のいい女だったりするんか?」

愕然とした。

 

チョロイ。都合のいい女。―――最早最悪とも言える組み合わせではないか。駄目人間製造機。浮気型彼氏吸引機。昼ドラで散々な目にあって来た連中ではないか。

 

「嘘や―――――――――!!」

彼女は自らの聡明な頭が弾き出した結論に、思わず壁に枕を投げつけた。

 

 

 

-------実の所。この彼女自身が出した結論すら、実際はかなりズレている。

彼女は、恐らく誰よりも欲深い。

 

それが理解できるのは―――恐らくは、すぐ近く。

 

 

須賀京太郎はある種の恐怖の中にいた。

今自分の眼前に立つ何者かは、誰なのか―――。

 

とある平日の事だ。

眼前に、不審者がいる。

キャンパスの中庭を歩いている最中の事。

黒マスクに目元を隠す長鍔帽。全身を覆う橙のコートとフード。

最早性別すらも解らぬその不審者オブザ不審者が、背後より自分の肩を叩き、無言のままこちらを見据えている。

 

「えっと-----」

「-------」

「あの-----何か用ですか?」

「-------」

不審者、ブンブンと首を縦に振る。

それから、クイクイと手首を返す仕草。―――こちらに来いというジェスチャーだろうか。

 

誰が来るか。

 

「いや、名乗ってもらわないと流石に」

顔も隠す。声も出さない。

さすがにこの状況の中でついていくなんて、子供だって出来やしないだろう。

そう言葉を発すると―――。

不審者は―――あからさまに肩を落とし、震わせ、そのまま腰を折り曲げ一礼した。

 

「-------」

「-------」

無言の対峙が、暫し続く。

須賀京太郎は―――こう結論付けた。

恐らく、大学で出来た、どちらかといえば馬鹿寄りの友達が、何事かをしかけているのではないか、と。

 

なので―――無言のまま近付き、取り敢えずマスクを咄嗟に取り、帽子をずらす。

「あ」

「へ?」

そうして現れたのは―――。

「------ひ、久しぶりやなぁ------。す、須賀君------」

清水谷竜華プロ、その人だった―――。

 

「-------」

「-------」

無言の時間が流れる。

彼女が涙目のまま両手を差し出し、マスクを返してくれと無言の注文を発していた。

 

「------取り敢えず、人目が付かない所にいきましょうか-----」

「うん-----」

マスクを手に取った瞬間に素早くマスクをつける、清水谷竜華。信じられるか、往来の皆さん。これ、あの清水谷竜華なんですよ。女優顔負けの美人でモデル顔負けのプロポーションを持つ、プロ雀士ですよ。

これが―――。

「------」

この、ポンコツぶりである。

人生、何があるかわからないものだなぁ、なんて―――益体の無い事を思ったのでした。

 

 

「ごめんな-----。ごめんな------」

「いや、いいんです----。わざわざ会いに来てくれてありがとうございます」

大学近くの寂びれた喫茶店の中。

彼女は俯いたまま、繰り返し謝罪の言葉を述べていた。

 

経緯はこうだ。

 

彼女はとにもかくにも色々と自覚の無い人だ。自分がどれだけ目立つ人間であるかとか、どれだけの有名人かとか―――そう言った自分にかかる目線に全く無頓着なのだ。

幸か不幸か、彼女はこれまで一切の変装をすることなく日常を送って来た。人通りが多すぎると群衆に紛れて気が付かないし、人通りが少ない場所なら気付かれても大騒ぎにならない。彼女はサインを求める声があらば心の底からの笑顔を浮かべて対応する人間でもある。サインがうっとうしくて変装をする、という人間でも無かった。

 

だが、大学近辺に来たとき、はじめて騒ぎになりかけた。

ただでさえ大学では美人は目立つというのに、更にプロ雀士の名まで引っ提げ現れたとならば騒ぎになるのも致し方ない。

 

パニックになった彼女がとった行動が―――。

 

咄嗟に入った店で長帽子とマスクを買い、その後男物の長コートを買い、そしてここまで来たという。

「それで―――」

「うん?」

「何か俺に用があるんですか?」

「------」

「------?」

彼女は無言のまま、指をちょんちょんと突き合わせる。

「そ、その-----」

「はい---」

「用は------無いんや」

「へ?」

彼女は顔を真っ赤にしながら、言葉を紡いでいく。

「その----要件を聞かれるのは解っていたんやけど----何も思いつかんで-------。た、単に-----その-----須賀君に、会いたくなったというか-----その-----」

「------」

世の人は、言うだろう。

この一連のやりとりを“あざとい”と。

 

だが違う。

対面して解る。

 

―――この人、これを天然のままやってる。

 

少し、自意識がひび割れそうなくらい―――その愛らしさにクラクラしてきた。

凄まじい破壊力の塊が、眼前にいる。

 

―――これから、どうなるのだろう?




五等分の花嫁、面白い。単行本買おうかなー。私は三玖ちゃん派。

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