熱い人生を、送りたかった。
いや、人生じゃなくたっていいんだ。
青春でよかった。
地下熱源から溢れ出るマグマのような情熱で、青春という炉を満たして、その熱を使った何かをカタチにしたかったんだ。
熱い気持ちを何か一つにぶつけて。
そんなものが一つ、あればよかった。
でも。
情熱は冷めて、炉は壊れた。
何もカタチに出来ず、青春は終わった。
これからもう、来ないのだろう。
何か一つのものに賭ける事なんて。
大人になったんだ。
大人になる事は、情熱を無くすこととイコールではない。
大人になっても、冷めない情熱を持っている人なんてごまんといる。
そうじゃない。
大人になる事は、――自覚的になる事なんだ。
自分の中に情熱があるのか。ないのか。
自覚無き熱源から、覚悟を込めた情熱に転嫁した炎を燃やす。
そんな人がいる一方で、
――情熱なんてもう心の中に存在しない事に、ふと気づく瞬間。
その瞬間に――もう絶望する事もない自分を知る事が出来た時。
そんな時も、きっと大人になる事であるのだろう。
そんな大人になりたくなかったのに。
そんな大人になるなんて、想像だってしなかったのに。
冷めない情熱を滾らせる仲間の中を、どこか冷めていた自分を思い知った。
そんな仲間たちに――何処か、羨望と、自分への失望と、嫉妬を覚えていた自分が心の中にいた事を。
大人になって、ふと自覚できた。
あの時、言葉に出来なかったモヤモヤの正体。
それが自ら判明し、自覚した時、大人になった。
そんな、大人になりました。
そんな。
-------成りたくもない大人に、なりました。
だから。
もう一度。
------もう一度だけ。
欲しい。
熱源となりうる居場所が。
情熱を着火できる火種が。
その為だったら。
――きっと、もう一度一生懸命に、生きる事が出来るような気がする。
※
「-----清水谷さん。起きて下さい」
「-----ん?」
ガタン、ゴトン。
揺れる空間と一定間隔で鳴り響く硬い音の中――彼女はぼやけた視界の中で目を覚ました。
「もう着きますよ」
「----おお、そういえば、そうやったな」
そうだった。
自分は――このチャラそうな大学生と夢の国へと行っていたんだ。
「そっかぁ-----」
彼女は一つ、伸びをする。
そして、顔を綻ばせる。
こんな風に羽を伸ばせたのもいつぶりだろうか。
なんと幸せな一日だろう。
自分の欲望のまま贅沢に時間を使い切った――その事実から生み出された充足感に、少し一服茶でも飲みたい気分だ。
機械的なアナウンスが、駅の到着を告げる。
「降りましょうか」
青年が、そう言った。
また、もっと、顔が綻んだ。
――アカンなぁ。
こんな何気ないやり取りの中だけでも、心の中がふわりと軽くなる。
きっと、こんな顔で怜ともやり取りをしているんだろう。
それが、嬉しくて仕方がない。
「――なあ、須賀君。どうせやったら、もうちょっとだけ」
一緒におらん、と。
彼女は到着のアナウンスの間隙を突いて、そう言った。
彼女は一つだけ覚悟した。
伝えなければならない事が、ある。
――例えそれが、彼を苦しめる事であったとしても。
※
「気持ちいい風やなぁ」
彼女はそう嘯いて、公園をくるくると身を翻しながら歩いていた。
「なあ須賀君」
「はい。------とても」
一日、彼女といて――須賀京太郎も、少しはこの状況に慣れて来た。
「この時間になると、めっきり人もおらんくなるんやなぁ。大阪なんか、夜になっても飲んだくれのおじさんたちが騒いでいるのに」
「この辺りは飲み屋街がありませんからねぇ」
「まあええわ。何だかウチも凄く気分がええ。――あー、気持ちいい」
彼女は酒に浮かれているかのような右往左往としたステップで公園を歩き回っていた。
そして、
「なあ須賀君」
「何ですか?」
彼女は、問いかけた。
「須賀君は――怜の事、好きなん?」
まるで通り魔だ。
自分の想定外の死角から、突如として突きたてられた、鋭い言の刃。
「えっと-----」
清水谷竜華の意図が掴めず、須賀京太郎は答えに窮した。
「ウチは好きやで。――本当に、大好きや」
「-----でしょうね」
「うん。――なぁ、須賀君」
「はい」
「断言するわ。――このまま、怜がプロで戦い続けてしまえば」
彼女は、ここで言葉を切る。
勢いに任せ、吐き出そうとした言葉。だがそれは――激流のような感情と共に、喉奥に詰まったのだろう。
聞きたくはない。
何となく、予想はついている。
でも――きっと誠実な彼女は、言葉にしてしまうのだろう。
「------先は、長くない」
※
その言葉に、驚きはなかった。
されど――じくじくと燻る絶望だけが、そこにある。
「それを言った上で、聞くわ。――須賀京太郎君。君は、怜の事が好き?」
「-----それは、どういう意味ですか」
「-----どういう意味なんやろうなぁ」
彼女は、一つ首を横に振った。
「――なあ。好きな人が好きな事をする為に無茶をしようとしている時に、止めるのが道理なんかな?それとも――背中を押してやるのが、道理なんやろうか?」
「------」
「ウチは、解らん。どうすればええのか。――どっちつかずや」
彼女は空を向く。
輝く臥し待ち月が、そこにあった。
「今日。須賀君とあちこち遊んで。一緒に過ごして。楽しかった。重圧の中で必死に戦う事から解放された時間って、こんな幸せなんか、って思った。穏やかだけど、楽しくて、誰かが隣にいて。――そんな日常がこの世にはあるんや。普遍的やけど、確かに存在する幸せのカタチや」
「----はい。俺も、楽しかったです」
「こんな幸せを――親友に、感じて欲しいって思うのは、やっぱり間違いなんかな?」
「そんなの、」
間違いであるはずがない。
「――でもな。解ってるんや。怜はそういう幸せに逃がしてしまったら、ずっと苦しみを負わせる事になるんやって。そういう普通の幸せにある中で――でも、ずっと、後悔を抱え続けて生きて行くんやろうな、って。大好きなものを諦めて、妥協して、そこに納めてしまった。本人が納得して、ケリを付けた上ならばいい。でも――そんな心境は、きっと棺桶の中に入るまでずっと持つ事はないんやろうな、って」
親友が大好き。
だから、無茶をして欲しくない。
だから、背中を押してあげたい。
きっと、この二つの中に――正解も不正解も無い。
「なあ、須賀君。須賀君は前、怜には頑張ってほしい、って言ってたやん?」
「-----はい」
「それは――その先に、本当の本当に、文字通りに、命を削っているとしても?」
「--------」
――ああ。
自分の心境と、彼女の心境。
ストン、と腑に落ちた。
そして。
自分は何と――自己中心的で、残酷な男であるかという事も。
「すみません、清水谷さん-----」
須賀京太郎は――
「俺は――それでも、あの人には――」
麻雀を、やり続けてほしい。
だって。
自分が失ったものを、あの人が持っているから。
肩の故障だけで冷え切った自分の情熱を抱えたまま――命ごと燃やし続けているその姿を。
そんなものを持っているあの人に、ずっと、ずっと。
――須賀京太郎は――。
「------そっか」
清水谷竜華は、うん、と一つ頷いた。
「――なぁ須賀君。前は、麻雀を辞めようとしたときに背中押してくれ、って言ったやん」
「はい」
「今度は、逆。――怜がどうしようもない苦しい時に、何もしなくていいから、ただ側にいてあげてほしいんや」
命を削って戦い続ける、園城寺怜という少女。
そんな、一人の女の子に、
「私に今あげた幸せを――ちょっとだけ、分けてあげて」
情熱の外にある幸せを、少しでも与えてほしい。
そんな願いを、彼女は言っていた。
欠けた月に雲が流れる。
ふっ、と隠れ――また現れる。
――その後、須賀京太郎は清水谷竜華と別れ、一人自宅に戻った。
何故だか、その夜は涙が止まらなかった。
ケムリクサというアニメを友達がやたら推してくる。見ようかなー。漫画は何でも読むけどアニメはあんまり見ない人間なのです。
しかし、予想以上にやべー世界観だったんすね咲ワールド。この先、両親共に母親とか父親なキャラとか出てくるのだろうか。何だか凄く胸が熱くなります。割と本気で楽しみ。