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「ここは・・・」
目を覚ましたとある少年は周りの様子を伺う。
彼は薄暗い空間に置かれた一人用の椅子に座らされていた。
しかし、いつからここにいるのか、いつからこの椅子に座っているのか、全く記憶がなかった。
この少年は色素の薄い白い肌と白い髪を持っており、端正な顔だちも相まって人を惹きつける容姿をしている。だが、その鋭い目つきや特徴的な赤い瞳によって、近寄りがたい雰囲気を纏っている。
「ちっ。連れてこられたことに全く気づかず、何も覚えてないなンてなァ。こりゃあ第1位の座もいよいよ返上しないといけねェかもな」
彼は学園都市230万人の能力者の中でも最高クラスのLEVEL5の一人にして、その頂点に君臨する序列第1位の少年。
通り名は一方通行。
本名は誰も知らない。だが彼の名前は学園都市においては一種の畏怖の象徴として語られている。最近では「最弱に負けた最強」という不名誉な称号も囁かれているが。
そんな彼の頭脳を持ってしても、記憶されていないことを思い出すことはできない。
手始めに自分の能力の支配範囲を確認しようとしたが、驚いたことにこの空間の物質は、彼の能力に全く反応しなかった。彼の能力は『ベクトル変換』ーただしくは『粒子加速器』なのだがーこの能力によって彼は学園都市で最強の称号を手に入れたのだ。
驚きながらも己の能力が使えない原因を探ろうとした一方通行だったが、自分が今いるこの空間には、3次元空間を規定するあらゆる座標系の概念が通用しないことがわかった。
「おいおい。こりゃどういうことだ。まさか地球から飛ばされた宇宙船にでも乗せられてンのかァ?」
焦りを感じながらも、自分が置かれた状況に関して思考を巡らせていく。
そして彼の意識は目の前に鎮座する女性に移った。いや、移らされたというのが正しい。なぜなら、彼はこの瞬間まで全く彼女の存在に気づかなかったからだ。
その女性は、彼が知る限り誰よりも美しい美貌と流れるような金色の長髪が特徴的だった。また、彼女が纏う雰囲気は誰よりも高貴という言葉が似合っている。
一方通行は、目の前の人物が『か弱い女性』に見えるが、あくまで見えるだけということを強く意識していた。目の前の人物が何者かわからない段階で決めつけてかかる怖さを、無能力者との戦いを通してつい最近知ったからだった。
「気づきましたか」
「・・・あァ」
「私の名前はテッラ。あなたがいた世界を見守る女神です」
「・・・何言ってンだおまえ。冗談にしても笑えねェぞ」
自分の目の前に鎮座している女性は、一方通行の思考が一段落した絶妙のタイミングで話しかけた。だからだろう。警戒していたはずの一方通行はごく自然に返事をしていた。
「いきなりのことですし、すぐに受け入れられないのは仕方ないんですけど」
女神テッラは「そのように悪意を向けられるのは久しいですね」なんて言ってクスクス笑う。一方通行の撥ねつけるような言葉を全く意に介していない態度は一方通行をイラつかせるが、それと同時にこの人物に対する警戒レベルを上げていった。
そして強く警戒した彼がとった行動は沈黙だった。彼女がどういった思惑でここにいるのかわからないが、この場において唯一の手がかりは彼女である。そのため、彼女の出方を見るまでは言葉を発しないのが正解だ。
全く反応を返さない一方通行に痺れを切らしたのか、穏やかな表情のまま、彼女は話を続けた。
「はじめましてですね。えーと。呼ばれ慣れている名前の方がいいですか?一方通行さん」
「・・・なんで俺の名前を知ってやがる。いったい何者だ」
「あら?最初に申したではないですか。私の名前はテッラ。この世界を見守る女神です。女神ですからあなたのことはよく知っていますよ」
一方通行は、本気でこの女は頭がイカれてるんじゃないかと思った。しかし彼女の言葉には全く嘘の色がなく、しかも堂々としており、それが一方通行には不思議であった。
「ここは死者の魂を見定める場。ああそうそう。ここは天界ではないので私しかおりませんから、いつもの言葉で話してくださって結構ですよ」
「おいてめェ。今なンて言った?」
「いつもの言葉で話してくださって結構です」
「俺が聞きたいのはそこじゃねェよ。その前だ」
「あぁなるほど。いいですか。ここは死者の魂が最初に訪れる場所なのです。つまり・・・」
女神テッラと名乗った女性は、一旦間をあけて、一方通行に告げる。
「あなたは死んでしまったんです」
「・・・テメェ、俺をからかってンのかァ?」
「あなたには思い当たる節があるはずですよ」
「・・・」
彼はその瞬間を思い出していた。
忘れるはずがない。
彼の記憶に焼き付いて離れない映像は、打ち止めの苦しんでいる表情だった。
それは学園都市の研究者だった天井に仕掛けられたウイルスコードによるものだった。レベル6に至るための研究が頓挫した後、自暴自棄になった天井は打ち止めを使って学園都市への破壊工作に加担していた。その陰謀を潰すために・・・いや、打ち止めを救うために、一方通行はそのウイルス解除にほとんどの能力をつぎ込んでいた。そのため、天井が放った拳銃の弾丸の対処に能力を割くことができなかった。
その瞬間が彼にとって最後の記憶だった。
「・・・お前は俺をどうするつもりだ」
「これから拷m・・・面接させて頂きます。その結果によってあなたの今後が決まります」
「面接ねェ・・・おいちょっと待て。今拷問って言いかけなかったか?」
「何をおっしゃってるのかしら。女神である私がそんな汚らわしい言葉を発するなんてありえませんわ」
「いい根性してるじゃねェかこの野郎」
「野郎ではありません。女神です」
「ちっ」
「普通であればあなたの魂は、相応しい場所で自らの罪と向き合うことになるのですが、私はあなたの選択に、その意思に心打たれました。ですから、あなたの魂をこの場にお呼びしたのです」
「・・・」
「あなたのこれまでの行いは、善の立場からすれば、許されるものではありません」
「だろうな」
『命令だから』という理由にすがりついて、妹達の命を奪い続けていた自分。弱い自分の心を悟られないように。強者であることを演じながら。こんな身勝手な罪を犯した自分が許されるはずもなく。それでいて、罪滅ぼしをすることで、自分をブッ飛ばしたあの男に少しでも近づけるのではないかと期待していた自分に救いようのない憐れみを感じていた。だから、テッラの言葉に対して何も言い返す気が起きなかった。
「ですから、もしあなたが自らの罪を意識しなければ・・・罪を償うのではなく、罪を背負いながらも正しき道を歩まんとしなければ、あなたは間違いなくこのような『女神の慈悲』を受けることはなかったでしょう」
「・・・ちょっとまて。今、女神の慈悲って言ったか?」
「はい。その通りです。あなたは女神の慈悲によってこの場にいるのです」
「・・・くくく」
静かな空間に一方通行の渇いた笑い声だけが響く。
「そいつは笑えねェ冗談だァ!!1万人もの妹達を殺した悪党だぞ!?それが女神の慈悲!?ふざけンじゃねェよ!!誰がそんな情けを望ンだンだよ!?罪にふさわしい地獄にでも何でもぶち込めよ!」
眼を見開き声を荒げながら椅子から立ち上がり、今にもテッラに掴みかかろうする一方通行。一方、テッラは表情を全く変えずに、まっすぐ一方通行を見つめ続ける。
両者は一歩も譲らず、時間だけが過ぎた。意外にも均衡を破ったのは女神テッラであった。
「さて、では次の話題ですが」
「おい!?サラッと無視すンじゃねェよ!!そこは何か反応すべきところだろうが!!」
テッラの言葉に一方通行は虚を突かれたように一瞬の間をあけて突っ込む。苛立ちを抑えられない彼は、テッラの胸倉を掴もうと詰め寄る。しかし、なぜか彼女に触れることはできなかった。
「・・・『身勝手な償い』をさせることは、あなたの本意に反すると思いまして」
「・・・勝手に人の心を知った気になってンじゃねェぞ。このクソビッチが」
口汚く罵る一方通行だったが、女神テッラは全く気にする素振りは見せず、彼を諭すように優しく語りかける。
「あなたは己の罪を背負って、正しい道を生きようとしていた。その決意をした。覚悟をした。そのことはまさしく善の行いではありませんか。それまでの罪とどう向き合うのか。罪と向き合い続けることはとても難しいことです。とくにその罪が大きければ大きいほど。あなたは、死の直前に理解したのではないですか?」
「・・・知らねェよ」
否定の言葉は弱弱しく、彼がいた世界の住人がこの場にいたら一方通行だと信じられないかもしれない。
「いい子ですね。さて、それでは次の話題です」
一方通行はふらふらっと自分の椅子に戻りドカッと腰かける。軽く頭を垂れている彼の表情は正面から見ることはできない。
「あなたは、人生をやり直したいですか?あなたが望むのでしたら、新しい人生を用意することができます。これまでの人生とは違って、平凡で悠々自適な、あなたが望む人生を送らせてあげますよ」
「いや、それはできない」
「・・・」
彼女の言葉を瞬時に否定する。これは己の罪を意識した彼にとってごく自然なことだった。
「自分の犯した罪を忘れて、のうのうと新しい人生を、何不自由なく生きることは、絶対に許されねェ。他の誰が許してもこの俺が許すことはできない。たとえそれが女神様だろうがなァ」
長い沈黙が流れた。女神テッラは顎に手をあてて考え込んでいる。一方通行はもう言い残したことはないといった風で、肘置きに片手をついてその上に頭を乗せて明後日の方向を向いていた。体感では数時間とも言えるような長い沈黙の間をおいて、テッラが口を開いた。
「それが、あなたの答えですか?」
「あァ」
一瞬、彼女の眼が輝きを増したように見えた。だが勘違いだったかもしれない。そう感じる程度の一瞬の間をおいて、彼女は最後の話題に移った。
「・・・わかりました。それでは最後に、あなたから私に何か聞きたいことはありますか?」
目の前の自称女神様は、いったん言葉を切って、一方通行を見据える。負けじと悪意に満ちた目を返す一方通行だったが、どうやらテッラにはやっぱり効果がないようだった。
「・・・あァそうだ。一つ聞きてェンだが」
「なんでしょうか」
「あのクソガキは生きてンのか?」
一方通行は意識が戻ってからそれだけが気がかりだった。女神テッラは、まるで彼の質問がわかっていたかのような笑顔を一方通行に向ける。それを見た一方通行は彼女の掌の上で踊らされているような感覚を覚えた。
「ええ。安心してください。生きてますよ」
「そうか」
一方通行の言葉はぶっきらぼうではあったが、その声色からは不思議と冷たい印象はなかった。テッラはなにが嬉しいのかニコニコしながら、話を続けた。
「・・・現場にかけつけた胸が大きいだけの研究大好き引きこもりっ娘、えーと芳川さんでしたっけ?によって、諸々あって助かりました。よかったですね」
「お前口悪りィな!?芳川に恨みでもあるのか!?」
「いえいえ。何もありませんよ」
ニコニコといい笑顔で返す女神テッラ。何かあるのか気になる一方通行だったが、彼女の態度から答える気はないだろうと判断して追及をあきらめた。
「まァいい。あのクソガキが生きてるってンなら、それでいい」
「・・・あの状況でのあなたの判断は素晴らしいです。うふふ。優しいのね」
「ただの気まぐれだ。だから間違っても、この俺に向かってそんなセリフを吐くンじゃねェ。反吐が出る」
「あらごめんなさい。つい」
女神テッラはクスクスと笑いを漏らしているが、対峙する一方通行は苛立つばかりだった。
「それでよォ。面接とやらはどうだったンですかねェ?女神様?」
「あらあら忘れていたわ」
「おい」
軽く咳払いして面接の結果を一方通行に告げる。
「では審判を下します。一方通行さん。あなたには・・・転生して頂きます」
「は?」
「転生先は私の後輩の女神が管轄する世界です。その世界の民は魔王軍による支配を受けて苦しんでいます。あなたにはその世界を救って頂きたいのです。魔王を倒した暁には、一つだけ何でも望みを叶えましょう」
「はい?」
女神テッラが言い終えると、いきなり一方通行を光の柱が包んだ。一方通行は椅子から立ちあがり光の柱の外に逃れようとしたが、能力が使えない状態の彼にそれは叶わなかった。
「あなたの新しい人生に祝福があらんことを!」
「てめぇぇぇえ!!このクソビッチがあぁぁぁぁぁ!!」
テッラに向けて叫びながらも、全くなす術のない一方通行は光の柱の上へ上へと導かれ、叫び声と共に異世界へと転生させられた。
「あとは頼みましたよ・・・一方通行」
彼を見送った女神テッラは、事が済んだことを確かめるべく、サイドテーブルの引き出しから一方通行の世界でいうところでの黒電話を取り出した。ただし色は白く光り輝いているが。
「もしもしエリス?・・・彼は無事に転生できたんですね。よかった。では、後のことは任せてもよいですか?続けてのお願いで申し訳ないんですけど、彼らのこと気にかけてあげてください。私たちの希望ですから。じゃあよろしくお願いしますね」
一方通行を転生させ誰かと連絡をとった後、テッラは自分の椅子に座り込んだ。その表情には若干の陰りがみられた。今回の一方通行の転生にはかなりのエネルギーを使わざるを得なかったからだ。あるところからの妨害と彼を蘇生させようとする男の存在がそうさせていた。
「危なかった。あと少し遅かったら間に合わなかったわ。魔界の妨害は仕方ないとしても、あの『カエル顔の医者』は何者なの・・・アクアの蘇生術を物理的に再現しているようにしか思えないわ」
ため息をつきながらも、彼女は自分の思惑が成功したことに安堵していた。
「うふふ。なんにしてもこれで、いつまでも『プラン』に拘る彼の慌てふためく姿がみられるわね。それに、彼もあの世界でどのような物語を紡ぐのかとても興味深い。これはバベルの塔の試練ですよ。ねぇ?・・・アレイスター・クロウリー」
不敵に笑う女神の顔は愉悦にあふれていた。