マクロスEW   作:まるまるっとアザラシ

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一話から名称を変更しました。

タイトル”マクロスAG” → マクロスEW
アメイジング・グレイス船団 → エターナル船団
エヴァンゲル船団 → ウォーカー船団
リン → ユウ
カナン → アカツキ

一話も変更済です。
練習で書いていた名前のまま載せてしまっていたのを今になって気づいたので。

ややこしいですが、お願いします。



第二話 泣いちゃ、だめだ

マクロスEW 第二話「泣いちゃ、だめだ」

 

 

 

静寂と緊張。

それがこの場を支配している。一歩踏み出す毎に躊躇と恐怖が纏わりついてくる。一本の細い糸を切れないように、慎重に手繰り寄せているようなものだった。

 

「リーダー、今のところ反応は?」

緊張した声。細く聞き取るのがやっとの小声で話しかけてきたのは、今回同行した唯一の女性だ。

 

「あぁ、ククリ。んーいや、特に奴らの反応はないかな。」

俺も小声で返した。その答えにククリと呼ばれた彼女は少し安堵した表情を見せた。

 

「でも、油断はできませんね。いつ奴らが来るか分からないですし。」

 

「確かに、その通りだね。」

と答えて、後ろにいる全員に声を掛けた。

 

「みんな、もう一度呼吸を整えよう。ついでに武器の確認も。」

ここまで緊張していると、ちょっとした事でその緊張が切れることもある。だからこそ、細目に現在の状況を確認して各人が落ち着く必要があった。みんなが一息ついている間に俺はアカツキへと声を掛ける。

 

「アカツキ、地下への道はこっちであってる?」

今回の目的地を唯一知っている人物がアカツキだ。その本人に確認を取る。何しろ、今入り込んでいるこの場所は新統合軍の元基地であり、人がいなくなって数か月経過している。照明は落ち、暗闇でライトがなければ目の前すら見えない状態だった。以前に一度だけ、ここに入ったことがあるため、ある程度認識はあるが、それでも完全に把握しているわけではない。

 

「そうだよ、こっちであってる。次の角を右に曲がって、そこから通路をまっすぐ進む。それで6つ目の十字路を超えたすぐ先にある扉が地下への階段。」

すごいな、まるで見えているかのようだ。

 

「すごい、さすがはアカツキね。」

ククリが感嘆の声を上げる。

 

「……。」

 

「ん?どうしたの、リーダー?」

俺の表情を読み取ったのか、ククリが訝し気に聞いてくる。

 

「いや、何でもないよ。」

俺は努めて明るく返した。何もない、本当に特に何もない。場に変な空気が流れたように感じた俺はさて、と話を変えるように全員を見渡して声を出した。

 

「みんな、武器は確認できたかな?できたらなら進もう。時間はかけられないしさ。」

焦っているように聞こえたかもしれない。だが、言っていることは本当だ。この基地に長時間いることは危険だった。

俺たちは腰を上げ、再びゆっくりとだが通路を進み始めた。

 

なぜ、俺たちはここへ来たのか。そのことを歩きながら考えていた。危険の可能性を無視できないこの場所に、なぜ再び来ることになったのか…それは一つの噂からだった。

 

 

 

 

「ん?ヴァルキリー…?」

思いも掛けない言葉が耳に届いた。

その時、俺は食堂の片隅で旨くもない保存食を仕方なく胃袋に押し込んでいた。ここの食糧事情は自分で把握しているし、仕方のない事だと理解していても気が滅入るものには違いない。そんな気分だからこそ、その単語を聞き間違えるわけがなかった。

 

「ちょっと詳しくそれを教えてくれ。」

そう言うや否や、旨くもない食料は皿に投げ捨て、その話をしていた連中のところへと移動した。

 

「いや、単なる噂…ですよ?本当に。だから、リーダーに話すようなことでもなくって…。」

相手の勢いに押されたのか、少し淀んだ声で答えてきた。

 

「あぁ、それでも構わないさ。どっちにしろそういう話は貴重だしね。」

これは単なるフォローと言う意味でもない。

しかし、相手はそんな深いことを考えるまでもなく気を良くして、そう言うならばと話を続けた。

 

「2日前ぐらいに聞いた話なんですけど、あの…エリア7に新統合軍の基地があったじゃないですか。そこにヴァルキリーがあるらしんですけど…」

と話したとこまでで遮る。

 

「待て待て、あそこは結構前に探っただろうさ?」

 

「あ、いやそうなんですけど、どうもあそこ、地下があるらしくてですね。で、俺たちこの前は地下は見てないじゃないですか、確か。」

 

「地下…?」

その言葉に、俺は顎に手を当てて考え込む。思考が巡り、記憶を探っていく。

確かに、以前にその基地に立ち入った時は地下を確認していない。ただ、ここでの意味は地下という“存在”を確認していないという意味だ。

 

「地下…なんてあったか?」

記憶を探っても、それがあったような気がしない。ある程度、見て回ったはずだが…。

 

「あったよ。」

ふと、声が遮った。

 

「ん?なんだって、アカツキ?」

遮った声は先ほどまで一緒に飯をつついていたアカツキで、この話に全く興味がなさそうだったのでほっといたのだが、いつの間にかすぐ傍まで来ていたようだ。

 

「だから、地下があったって。」

アカツキは聞き返したことに気分を悪くするでもなく、淡々と答えた

 

「本当かっ!」

思っていたより大きな声が出た。

その声は食堂中に響いたらしく、ここにいた他の連中が振り向いて訝しい表情を俺に向けている。少しばかりの気恥ずかしさを感じつつも、咳ばらいを一つして気を取り直してからアカツキに質問を投げた。

 

「あーアカツキ君、それは本当かね?」

多少言葉が固いのは気のせいだろう。

 

「そうだって言ってるじゃん。」

何回聞くのさ、とでも言いたげな表情だ。

 

「…いつから知ってた?」

 

「前に入った時にあるって気づいた。」

淡々と、本当に淡々と答える。

 

「…なぜ、あの時言わなかった?」

隠そうとしている。俺は必死にこのどうしようもないもどかしさを隠そうとしている。

 

「なぜって…聞かれなかったから?」

なんで疑問形で返すんだよ。

アカツキとはあった時からこういうやつだと、理解はしているつもりだった。物事に無神経、無関心。表情は乏しく、感情を表に出すことはほとんどない。それでいるのに見るものはしかっりと把握しているし、細かいことに気が付く。

 

「はぁ…。」

俺は盛大なため息をついて見せた。ただ、アカツキにはそのため息の意味を理解できなかったらしく、首を捻って俺を変な顔で見つめていた。

 

「まぁ、でもさすがっすねアカツキは。リーダーでも見つけてないようなこともしっかりと見てるんだから。尊敬します。」

「確かに…。」

と、彼らはアカツキに称賛の眼を向けていた。

 

「そうでもないよ、ただ単に運よく見つけただけ。」

本人にはそういうつもりはないのだろうけど、この場でのその返答はただの謙遜だ。

 

「…まぁ、何にしろもう一度行ってみるか、基地にさ。」

と俺が言った途端、彼らは今度は俺に驚愕の眼を向けて叫ぶように言ってきた。

 

「ほ、本気ですかリーダー!?」

「そうですよ、あんな危ないところに!」

あまりの反応の良さに少し驚いたが、しかしと俺は続ける。

 

「ヴァルキリーを手に入れることができれば俺たちの立場は大きく変わる。奴らに後れを取ることもないし、もしかしたら外と連絡が取れるかもしれない。そうでなくても、ウォーカー船団に行ける可能性もある。可能性の幅は広がる、そうだろう?」

俺のその言葉に彼らは黙った。確かにそうだろうと理解はできるのだろう。ただ、危険だという事には変わりはない。彼らは黙ったまま何も言わないので、押しの一手を今まさに口に出そうとしたが…。

 

「“生きる”にはそうするしかない。そういうことだろ、ユウ?」

俺の見せ場をアカツキに取られた。まぁ、いい気分はしないがしょうがない。

 

「そ、まさにその通りさ。停まってはいられない、歩き続けないと。」

その言葉は彼らだけに言ったわけではない。自分自身ににも、ここにいない人間にも言い聞かせてきた言葉なのだ。停まれば、それは停滞。この状況下で前に進まないことはイコール死にしかならない。この事を肝に銘じて、身体に刻み込んで、歩き続ける。

 

そうして俺たちは、エリア7の元新統合軍基地侵入の作戦を組み始めた。ただ、これがすべての歯車を回すことになるとは知らずに…。

 

 

 

 

 

思考の渦を泳ぎながらも、俺は歩みを止めてはいない。

周りの警戒に耳を澄まし、ライトで照らされる通路に眼を凝らして進み、ようやく俺たちは地下への扉へとたどり着いた。

 

「アカツキ、この扉か?」

俺は小声で問い掛ける。

 

「そうだよ。間違いない。」

端的に問いに答える彼に、緊張が少しばかり緩む。一度深呼吸をしてから、周りの仲間に声を掛けた。

 

「さ、みんなここからだ。より注意して進もう。」

その言葉にみんなは一度ゆっくりと頷いた。大丈夫、みんな落ち着いている。周りを良く見えているし、お互いを気遣いあえている、大丈夫。

 

「でも…、入り口がここからだけとは限らないからね。大丈夫かな。」

そんな雰囲気を吹っ飛ばしたのは、相も変わらず無神経な相棒だった。一瞬で場は緊張に包まれた。

 

「い、いやまぁ、それはしょうがない。だから、気を付けて進もう…。」

俺はそんな無神経な言葉を誤魔化す。盛大なため息をつき、周りを見渡してから、銃を握りなおした。

 

 

「さぁ、行こう。」

そして、もう一度みんなに声を掛けた。

 

 

この地下へと続く階段は暗闇が包んでいる。

歩くたびに靴が地面とぶつかりコツ、コツと音を立てた。ライトを下へ下へと照らし、俺たちはそのライトに導かれるように階段を下りて進んでいく。

 

何段目の階段か分からなくなった頃、ようやく一番下へとたどり着いた。その場所には大きめの扉が6つほどあり、そこから中へと入れるようだった。

 

「よし、鍵はかかってないな。ただ、どの扉がどこにつながってるのか分からない。」

俺は一番手前にあった扉を確認しながら、そうみんなに声を掛けた。

 

「手分けして探索しましょう。その方が早い。」

そう提案してきたのはククリだ。確かにククリの提案はもっともだ。ただ…

 

「あまり多くない人数を分けるのは厳しいんでは。」

と長い髪を後ろでくくっているのが特徴的な青年が反論する。

 

「確かにククリの言うことも最もだし、カツキの言うことも間違いじゃない…と思う。」

そう、どちらの言い分も正しい。ただ、今回優先させるべきは…

 

「今回の作戦は“時間”が惜しい。いつ奴らが来るか分からないし、目標を発見できなければただの戦闘になってしまう。それは避けたい…だから、時間を優先しよう。」

そこまで言って、俺はカツキの顔を見た。彼はその言葉にただ、長髪を揺らしながら肩を竦めて見せた。もともと、ちょっとした提案だし問題ないという意思表示だろう。彼は、まぁそんな性格だしさ。

 

「よし、じゃあ各自ツーマンセルを組んで。俺は一人でいいし。」

こんな時はいつものパターンだ。一応のリーダーである俺は誰とも組まない。理由は色々とあるけれど、まぁ省略。

 

全員がツーマンセルを組んだことを確認後、それぞれがゆっくりと各扉の前に着いた。

 

「じゃ、なにかあったら連絡を。」

そう言って、それぞれが扉を開け身体を滑り込ませていった。俺は全員が無事に中に入ったことを確認してから自分の扉を開けた。

 

軋む扉を開けた先は、暗闇が包む細い通路のようだった。

ライトで先を照らすと少しカーブしているように見える。先が曲がっていては自分自身の到着地点を確認できない。

 

「しょうがない。」

そう呟いて、銃を前に向けてゆっくりと進み始めた。靴音が通路に響き、衣擦れの音がそれに混じっている。銃は俺自身がそれを握りなおす度に小さな金属音を立てる。

前方に神経を研ぎ澄ませてしばらく進んだ。そうすると、俺の前に新たな扉が現れた。ゆっくりとその扉に触れるが、今回も鍵は必要ないようだった。ただ、今までとは違うことがあった。

それは静寂の中に響く“人が泣いているような声と嗚咽”聞こえることだった。そう、扉を開けた先からそんな音が響いていたのだ。

 

「…人?」

そんな疑問が頭をよぎった。だが、こんなところに人がいるとは思えない。ただ、注意は必要だ。ライトを消して、暗視ゴーグルに切り替える。視界は緑色の世界へと変わり、暗闇から物体を映しだす。

俺は中腰のまま、ゆっくりと足を進める。暗視ゴーグルのおかげで辺りがどうなっているのか確認ができた。ここはハンガーだ。戦闘機…ヴァルキリーを駐機しておく場所。あの噂通り、地下にヴァルキリーがあった。ただ、辺りを見渡してもあるのは2機のみ…少ない。が、贅沢も言っていられないのも事実。2機でも十分な戦力にはなるのだから。

 

問題は一つ。

泣き声と嗚咽が聞こえるのはそのうちの1機からだと言うことだ。しかし、このまま放置というわけにはいかない。あれを何としても手に入れなくてならない。

俺は無線を手でたたき、信号を仲間に送ってから再び足を前に進め始める。何歩目か歩いた時、足の先が何かを蹴った。心臓が高鳴り、蹴り飛ばしたものへと一瞬で銃口を向けた。しかし、それはただの容器のようだった。

 

「食べ…カス?」

それはまだ健全に世界が回っていたころにショッピングセンターなどでよく見かけた食べ物を入れる容器だ。誰かが、食べたのだろうか。

そう思いながらも、確実にヴァルキリーに近づいた。そして確かにこのヴァルキリーのキャノピーが開いたコクピットから人の気配がするし、確実に泣き声が聞こえた。

 

「人間…だろうか。それとも、敵か。」

どちらか分からない。ただ、泣いているということは、何か悲しいことがあったのだ。俺は不安や恐怖というよりも、何故だかこのコクピットの中にいるものに心配を感じた。可笑しいだろう。こんなとこに人がいるとも思えないし、いたとしても味方だとは限らない。でも、自分でも理解しがたい感情が心を渦巻いていた。

何だろう…懐かしいような、切ないような。

 

分からない…分からないけど、俺はいつの間にか梯子を昇り、コクピットをのぞき込んでいた。そこで、俺は何かに気づいた。何かとは言いづらい。自分でもうまく言葉にできないし、他に表現する方法が思いつかなかった。

ただ、一言言えるとしたら…

 

“またか…”

 

って言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

耳が痛くなるほどに辺りは静寂が包んでいる。

眼を開けているのか、閉じているのかさえ分からなくなる程に暗闇が辺りを支配している。

 

いつからここにいるのだろうか。

いつまでここにいるのだろうか。

 

そんな堂々巡りの疑問を何度自分自身に問いかけただろうか。

決して座り心地の良くないシート、広くもないこの空間に入り込んで幾時間が過ぎたか忘れてしまった。ここに来たときはまだ電気が生きていた。まだ非常灯のようなものが辺りを照らしていて、ほんのりと辺りを見渡せたのに。

 

どうしてここに来た。

どうしてここに来なければならなかった。

 

私は逃げてきた。

何かは分からない“ナニか”から。

とても怖くて、痛くて、何もかもが嫌になった。でも、私の記憶の底にある一人の少年が言った言葉…それが私をここまで生き永らえさせた。

 

“泣いちゃ、だめだよ”

 

ただ、それだけの言葉。

最初は、なんて横暴なのだろうと思った。この人に私の何が理解できているのだろうと感じた。でも、この人は本気で私に泣いて欲しくないと思っている…それに気が付いた時には、彼は笑っていた。ただただ、笑っていた。私の顔をまっすぐに見て。

 

そう、あなたはただ私を見ていた。そのまっすぐな眼に、私がどれだけ救われたのかあなたは知らないだろう。そのまっすぐな言葉に、私がどれだけ勇気をもらったかあなたは知らないだろう。でも…本当にあの時、私は救われた。そして、今回も救われた。

 

彼はこの世界で生きているだろうか。

彼は今でも、私に笑いかけてくれるだろうか。

 

「もう一度…彼に会いたい。」

小さなこの空間で、その私が呟いた言葉が響いた。やまびこのように響き、私の心に響いた言葉が一つ一つと染み込んでいく。気持ちは大きくなり、心は空しさを感じ、急に心細くなった。私の心は音を立てて締め付ける。溢れ出す思いは熱を持ち、身体の中心を熱くさせていく。

 

ふと、その熱さに驚いた瞬間にひたりと頬を冷たい何かが滑り落ちたことに気が付いた。初めは右頬に、そして続いて左頬に。それが涙だと理解できた頃には、涙は溢れるように零れ出していた。止めどなく流れる涙、それと一緒に抑えようのない嗚咽が漏れ、この空間内に響き渡っている。

 

「彼に会いたい。」

もう顔もほとんど覚えていない。声も小さい頃の彼の声でしか知らない。今会えたとしても、彼だと分からないかもしれない。でも、でも…。

 

「彼に、会いたい。」

会って、“ありがとう”と伝えたい。

こんな世界だからこそ、もう一度希望を持ちたい。

こんな世界だからこそ、負けたくない。

こんな世界だからこそ、強くありたい。

 

だから…だから、この涙は充電。次に歩き出すための、充電なの。

だから今は泣こう。思いっきり、涙が枯れるまで。

泣いて、泣いて、涙が枯れたとしても、この思いは枯れることなんてないのだから。

 

 

“泣いちゃ、だめだよ”

 

幻聴かと思った。

とうとう、気が狂ったのかと思った。

でも、違った。

それは生の声で、その声の主は私のすぐそばにいた。

 

「え…?」

声にもならない嗚咽のような声が出た。膝に突っ伏していた顔を上げ、泣き腫らした眼をそちらに向けた。そこには短髪の青年がいて、私に笑いかけていた。

 

「ほら、泣いてちゃダメだって。」

私は何を思ったのか、何を考えたのか分からない。彼のその声、その笑う顔を見て、もう心はぐちゃぐちゃになった。

ただ、とにかく私は力のある限りに彼に抱きついた。

 

 

 

 

…今、俺はフリーズしている。

女の子に抱きつかれて、フリーズしている。

 

俺がコクピットを覗いた時、そこにいたのは小柄な女の子だった。膝を抱えて、顔を埋めて泣いていた。その光景を見た俺は、少し昔を思い出していた。前にもこんな風に泣いている子がいたっけなと。その時に泣いていた子は、この世の終わりと言わんばかりのように延々と泣いていた。その泣き声もすごく辛そうに聞こえたのだ。

 

今、目の前で泣く子もそんな感じ。どうしてここにいるのか、何で泣いているのか…なんて分からない。だけど、心の奥底でそんなことよりもこの子を泣かしたままではいけない、そう思ったんだ。だから、声を掛けた。笑いながら。暗視ゴーグルも、ライトも、銃でさえも置いて。見えないだろうと思ったけれど、何かあるんだろうな…そんな時に限って非常灯が点灯するんだから。

 

しかし、顔を見る間もなく抱きつかれた為か、彼女の顔ははっきりと見れなかった。ただ、何となく見覚えがあるような気がしていた。とにかく、彼女をなだめないとと思って、ゆっくりと髪をなでた。母親が子をあやすように、優しく、優しく。

 

しばらくの間、彼女は泣いていた。身体を振るわせながら。ただ、俺を抱きしめる力は結構強かった。ふと、泣き声が止み、彼女が俺から身体を離した。震える手は俺の腕を沿って、手を握りしめた。泣き腫らした眼が充血し、少し赤くなっている。幾度涙を流したのか分からない頬には涙が通った跡が残っていた。少しの間、俺たちはお互いに見つめあった。そんなに親しいとは思えない間柄のはずだが、不思議と不快ではなかった。

 

「あ、あの…」

彼女が泣いて擦れたような声を絞り出した。ただ、声がうまく出ないようだった。

その声に自分でもびっくりしたのか、驚いた表情を見せる。

 

「大丈夫、ゆっくり。」

俺はそんな彼女にそうやって声を掛けた。ただ、そう言いながらも何故だか見覚えがある彼女を必死に記憶の海から情報を探ろうと潜っていた。

 

「あ、あの…わ、私…。」

彼女が少しづつ声を戻していく。鈴が鳴るようなという言葉がぴったりのリンと鳴る綺麗な声…どこかで聞いたような。と、そこまで考えた所で、記憶の海から探り当てた。

 

「あれ?君って、ミファー・ソルト?」

そう、エターナル船団で有名な歌手、その人だ。なぜこんなところに彼女がいるのか、彼女になぜ自分が懐かしさを感じているのか、そんな疑問が心の内に湧き上がってくる。しかし、その疑問に答えを見出す時間はなかった。

 

大きな爆発音、それがすべての思考を遮った。その音と衝撃に身体は一瞬で反応し、彼女をすばやく抱き寄せる。俺自身の身体で彼女を覆うようにと。

その爆発の直後、何人もの足音がこのハンガーに響き渡った。誰かが入ってきた…味方か、敵かと考える余地もなく銃撃戦が始まった。

 

小さな破裂音、金属と金属がぶつかり合う音、大きな叫び声、このハンガーは一瞬で戦場へと変貌する。あたりは火薬と硝煙の匂いが充満し、非常灯でほんのりと照らされていた辺りは煙と砂ぼこりでうっすらと靄がかかる。今自分がいるヴァルキリーを挟んで、両脇で靄の中を黒い影が忙しなく動き、赤い閃光がこれでもかと発光する。

 

「リーダー!」

そんな中で、誰かが自分に駆け寄ってくる。

 

「リーダー!敵です!こちらに、早くっ!」

駆け寄ってきてくれたのはククリだ。すでに負傷しているのか、頭から血が垂れている。ただ、今はそんな事を聞くときではない。俺は抱きしめている彼女をコクピットから出して地面へと降りる。地面に置いていた銃を取り、ククリへと声を掛ける。

 

「ククリ!ありがとう!で、状況はっ!?」

しかし、彼女はその言葉に反応はしなかった。俺が抱いている彼女に眼を向けて、放心している。

 

「だ…誰です?この子。」

その疑問に答えている時間が今はない。

 

「そんなのあとだ!あとっ!」

俺は叫んだ。ま、どっちにしろ、俺自身もこの状況を説明するのは難しいのだけどね。

それは置いといても、納得のいかない顔をしているククリを押して、他の仲間がいる物陰へと身体を投げ出して雪崩れ込むように飛び込んだ。

 

「…」

皆が一斉にこちらに眼を向けた。そして、訝し気な表情をしている。ただ、

 

「そんなことをしている場合じゃないっ!反撃、反撃!」

そう言って、俺自身も物陰から銃を出し、敵へと目掛けて撃ち始める。小さな閃光、肩に衝撃、硝煙と火薬の匂い…それはまるで麻薬のように、自分自身をすぐ他の思考からシャットアウトした。敵が蠢く物陰に、単発で一発ずつ打ち込んでいく。

 

「ヴァルキリーを何としても確保する!撃ち続けろ!」

敵も同じことを考えているはずだ。ヴァルキリーのような兵器をみすみすと見逃すはずがない。同じタイミングでこの場所に現れたことは予想外だが、出会った場所がハンガーでまだよかった。もし、これが相手の方が少しでも先であれば、ヴァルキリーを手に入れる可能性はぐっと低かったはずだ。状況が、戦況が拮抗している今ならばまだ可能性がある。

 

ただ、どうする…。

このまま撃ち合ってもそんなに戦況は動かない。そうなるとやはり、あのヴァルキリーに飛びつくしかないか…。でも、危険すぎる。

弾を撃ち尽くしたマガジンを放り投げ、新しいマガジンへと交換する。カチッとマガジンが填まり、右手でハンマーを一気に引き上げる。弾丸は銃身へと充填され、再び打つ準備ができたことを知らせた。

 

どうする…。

迷っている…飛びつくべきか、このまま機会を伺うか。みんなも口には出さないがどうするのか、眼で問い掛けてくる。

 

どうする…。

 

「俺がヴァルキリーに飛びつくよ。ユウ、援護お願い。」

その俺の迷いを弾き飛ばしたのはアカツキだった。何も感じさせない表情でそう言ってのける彼は、いつもこういう場面で声を挙げる。より危険な状況、誰もが躊躇する状況で率先して前に進もうするのだ。

 

「え、危ないですよ!アカツキ!」

「そうだよ、アカツキさん!」

と他のみんなが反論する。だが、何となく分かる…彼なら大丈夫だと、彼ならやってくれると、そういう気持がみんなから見て取れる。

 

俺はアカツキの言葉を聞いた時、一瞬、安堵した気持ちが心に広がったのを感じた。それが、どうしようもなく情けなかった。俺がリーダーだ…、みんなを率いていかなくちゃいけない。

それはアカツキじゃない、俺なんだ。

言葉だけ聞けばいい言葉かもしれない、だが俺の心の大部分を占めていたのは“ただの対抗心”なのだ。いや、“劣等感”と言ってもいいのかもしれない。その人間らしい感情は俺の心に染みわたり、それを言葉にする。

 

 

「だめだ、アカツキ。危険すぎる。あのヴァルキリーが動くとも限らないし、銃撃戦の真っただ中に身をさらして無傷で済むはずがない。」

 

「でも、このままじゃジリ貧だ。きっとこっちが押し負ける。」

俺の言葉にアカツキはそう反応した。

わかってる、分かってるさアカツキ。だから…。

 

「俺が行く…」

みんなが驚いた表情を見せた。それぞれが何を思っているのか分からない…ただ、アカツキだけは何となく俺の心の奥底にある気持ちに気づいているような気がしてならなかった。

 

「わかったよ、ユウ。みんなで援護する、だから、迷わず走り抜けて。」

アカツキは、俺の眼をまっすぐに見つめてそう言った。そう彼が言ったことで、周りのみんなも何となく納得しようだった。無理もない、無謀なことをするのはいつもアカツキの役割だったから。

みんなが俺をヴァルキリーまで行かせるためにそれぞれが銃を構えた。マガジンの残弾を確認し、お互いが声を掛けあえる場所まで移動する。

 

よし、今ならいける…。

そう確信して、みんなに顔を向けた。一人一人を見て、ひとりひとりの表情を確認した。心配そうな表情、不安そうな表情、恐怖を感じている表情、そして無表情、それぞれがそれぞれの思いで今、ここにいる。今からすることは小さな対抗心からかもしれない。でも、結果俺たちが“生きる”ということに繋がるのだから、決して間違いではないはずだ…そう思いたい。アカツキではなくとも、俺が。

ただ、どうしても俺という小さな人間を自分で感じずにはいれなかった。

 

「じゃ、行くぞ!」

そう心の決意と共に、自分を奮い立たせるために声に出した。身体を浮かせ、銃を構えなおし今まさに飛び出そうとしたその時、

「だめっ!だめだよっ!」

 

という声とともに、誰かに腰に抱きつかれた。とても強く、とても強引に。

「!?」

 

俺は咄嗟に身体を翻して、抱きついた本人を見た。

「だめ、だめっ!会えたのに!やっと会えたのにっ!」

 

そう叫んで抱きついたのは、ミファー・ソルト、彼女だった。目にたっぷりの涙を蓄えて、今にも溢れ出しそうな思いをこらえるように必死な表情で俺を見ていた。その彼女の表情に俺の気持ちもフリーズする。“やっと会えたのに…”とはどういう意味なのか、どうしてここまで必死に俺を止めようとするのか、まったく分からなかった。ただ、彼女をないがしろにしてはいけない、彼女をほっといてはいけない、そんな思いが込み上げてきた。自分でも不思議だった。つい先ほどあったばかりだというのに。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるしさ、問題ない。」

何が大丈夫で問題ないのか説得力はないが、そう言うしかなかった。その言葉をかけても、彼女はいっこうに離そうとはしてくれない。ただ抱きしめる力を強めるばかりだった。

 

どうする…。

無理に引きはがすのも何だか気が引けて出来ずにいる俺を、みんながどうしようもなく見ている。訝し気な表情、不安な表情、みんながどうするのと眼で問い掛けてくる。ただ、どうしようもないのだけど。

だが、そんな時もみんなの期待に応えるのはアカツキだ。彼女の襟首を掴んだかと思ったその瞬間、その小さな身体のどこにそんな力があるのかという程に思いっきり彼女を俺から引きはがした。

 

「今だ!行って!」

そう言って、アカツキは叫んだ。俺はその言葉を合図に走り出した。物陰を飛び越え、まっすぐにヴァルキリーへと。後ろで彼女が何かを叫んでいる。後ろ髪を引かれるような思いが込み上げてくる。でも、そんな時じゃない…そう心に叱咤して走る。思いっきり。

しかし、こちらが飛び出したのとほぼ同時に、敵側からも影が飛び出した。向こうは2人。2機しかないヴァルキリーをどちらも手に入れる気らしい。

 

そうはさせないと、俺は走りながらその2つの影に向けて銃を放つ。走りながら銃を構え、照準に影を捉えて撃ち続ける。走りながらではなかなか当たらない…そうであればと、俺は踏み込んだ足を地面に叩きつけ一度中腰で静止する。そして、照準に捉えた影を撃ち抜いた。鈍い音と悲鳴が響き、影の1つが倒れこんだ。

 

よし、と思った瞬間、手と腕に強い衝撃と痛みが走り、持っていた銃がはじけ飛んだ。

「ぐっ!」

 

そんな声にもならない音が口から飛び出した。銃は手から離れ、遠い床へと転がり落ちる。

もう1人の影が俺の銃を撃ち抜いたらしい。そう気づくころには俺はもう一度走り出していた。考える余裕はない。

腰からハンドガンを取り出し、ヴァルキリーへと飛びつく。相手もほぼ同時にコックピットへと身体をねじ込ませている。俺は左手でヴァルキリーの起動ボタンを探し、右手で自分の右側に見えるヴァルキリーのコクピットへとハンドガンを撃つ。相手も考えることは同じく、相手の銃弾が俺の身体を掠め、コクピット周りで金属音を立てて弾ける。

 

お互い砂ぼこりやらなんやらで相手を影でしか見えていない。ただ、適当に打つ銃弾でもこれだけ近ければ当たることある。霞と砂ぼこりの中で破裂音と小さな発光が互いの間で閃光した。

俺は起動ボタンを押した同時に、肩に衝撃と痛みが走ったのを感じた。血が飛び散り、右頬にねっとりとした液体が飛びつく。それは生暖かく、生臭い鉄の匂いを放つ。

 

「あがっ!」

鈍い声、鋭い痛み、肩から何かが漏れるような感覚がする。一瞬、視界がちらつき、意識が遠のくのを感じた。だが、この鋭い痛みで意識は無理に引き戻される。痛みで意識が朦朧とする中で、俺は何とか手順通りにヴァルキリーを起動させていく。エンジンが呻り、機体全体の振動が次第に大きくなる。

 

右肩を撃ち抜かれたのか、右腕に力が入らない。それでも機体が震える大きさに比例して思いも強くなる。ここで、ここで相手より先に起動させて向こうのヴァルキリーを破壊しなければ、と。

エンジンが最高潮の震えを感じた瞬間、炉に火が入り一瞬の呻りと共にヴァルキリーは起動した。

 

“READY?”

 

眩い光と共に文字がコクピットディスプレイに浮かびあがる。

 

俺は何の迷いもなく、痛みで動かない右手を無理に動かしてレバーを引き起こした。

それと同時に向こうのヴァルキリーも動き始める。

 

痛みが体中に走る。意識が混濁しているような感じで靄が掛かっている。スロットルレバーを動かし、操作レバーを右へ。機体が右手に持つガトリングの銃口が相手のヴァルキリーへと持ち上がる。しかし、相手も考えることは同じ。靄の中から黒光りを放つ銃口がこちらに鎌首を持ち上げる。銃口と銃口が向き合い、相手と俺の視線がお互いのコクピットからぶつかり合った。一瞬の間、時間全体がスローになりお互いをにらみ合う。時間にしては恐らく数秒だけど、とてつもなく長い時間を感じた。

 

そして、今までにないとてつもない破裂音と発光と共に、お互いがトリガーを引いた。

 

 

この時、俺は何を考えていただろう。

無心のつもりだったと思う。でも、きっと心はぐちゃぐちゃで色んな思いが錯綜していたと思う。

皆を守らないとという使命感、相手を打ち倒すという殺意、どうなるか分からないという不安、肩の痛みや相手の銃口からの死の恐怖、そんなたくさんの思いが。

でも、心の奥底にあったのは彼女の顔だった。

 

彼女を泣かしてはいけない。

彼女に悲しい思いをさせてはいけない。

 

“泣いちゃ、だめだ”

 

という切ない思いだった。

 

 




ありがとうございました。
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