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8×3です。
芳醇な香りと、なめらかなのど越しに何度目かの深呼吸をした。
いい酒片手に、ぼんやりと考える。
八戒が行動を起こしてから、度々…胸に不思議な感覚がある。
表現が正しいかも解らないが、それは痛み…に近いように感じる。
俺は何も返してやれない…。この身は、誰のものでもない。
俺は、俺だけのものだ。
ましてや、恋というものは『無一物』と、正反対なものだろう?
情にとらわれない精神。
常にフラットな状態であること…。
それが俺がお師匠様より教えられた『形見』だ。
それをわかっていて、八戒は俺に、自分の気持ちを打ち明けたのだろう。
それまでの素振りを考えれば、元々は一生俺には言うことのない秘めたものだったようだが。
だが、八戒は後悔したくないと言った。伝えるだけでいいのだと。
出会った頃に、姉の事を忘れる必要なんてないと俺が言ったとき。
あいつはこれ以上ないというくらい、美しい表情を浮かべた。
それだけでアイツの情が相当なものだとわかる。
そんなこと、言わなくてもあいつは愛した事を忘れたいと思うような、そんななまっちょろい考え方をする奴じゃねえが。
ただ、あの時は疲弊しきった心が、壊れる音が聞こえそうだった。
名を奪われ、生きなければならないという現実は、極刑よりも重い罰だった。
かつて愛した人に呼ばれた名すら、神は彼から奪ったのだから。
……いや、奪ったのは俺だ。
アイツの中には…愛した人間が今も生きているのだ…。そう思っている。
考えたことのない恋愛への心情など、俺が理解しようとは思わないが、そういった気持ちにはそれぞれの形があるのだろう…。そういった想像はしている。
自分に縁遠いものだが、お師匠様から注がれたのが愛情というのなら。
亡くなったとはいえ、 俺の中にも、愛した人間がいるということだ。
それはわかる。
だから…。八戒が、好きだと言ってきたときは、にわかに信じ難かった。
生きるという活力を与えたのは、悟空だ。
俺は、あいつに場を与えただけだ。
なのに…俺を好きだと?
…いや、どうして俺なんだ? なんて考えるのも馬鹿げたコトか…。
恋というものは、そういうものらしい…。
姉の事には区切りがついたのだろうか?
俺に気持ちが向くというのなら、そうだろう…。と思うが。
本人も言った通り、それ以上は望まないと言っていた。
しかし、それが全くの嘘だというのが…俺にはわかっている。
常に自分の事よりも、仲間のケアを考えて動く奴が、自分に忠実に動いている。
……そう。動きすぎて逆にジレンマもあるようだった。
それに気がついてはいるが(気づいて一人で苦笑してやがる)、自分の行動を止めようとは思っていないようだった。
隙あらばと、接触に、キス。
挙げ句は口説き文句…。
バカカッパが、乗り移ったのかという勢いだった。
ただし、カッパのように引けと言われて、引いてしまう性格ではないのが…八戒なのだが。
何度目か忘れてしまったが、八戒のレクチャーがおよそ学習と、程遠いものだと気がついた。
八戒が、一般的と言ったが、アイツもホイホイ接触するタイプじゃない。
現に、カッパや悟空にはしてねえ…。
ましてや…。舌が触れ合うなど…普通はそこまでする必要はないのだ。
己のバカさ加減に呆然となった。
いくらなんでも、やはり恋人じゃねえ奴同士が頻繁に口を引っ付けるはずねえ。
まんまと誘い込まれてたというわけだ。
あいつは…旅を終わらせたいのか?
俺を食らい尽くす気なのは、気配でわかる。
そうなるだろう終わりに、甘んじる俺じゃねえが。
ひとつ驚いたのは。
その時の自分の気持ちが、怒りを感じなかった…ということだ。
八戒が、詐欺師のように笑顔で嘘をつき、丸め込む手法は間近で見ていて知っているし、特にそれを嫌ってはいない。
が、俺にたいして、そういった事をするのは極めてまれだった。
何をするにもまず思考ありき…な奴だが……。ここ最近の俺に対する行動をみれば、もう一人の八戒が出ているということだろう。
衝動的で、暴走気味。
目的に忠実な思考と行動。
………。それを一般的に『恋』というのだろうが。
八戒のそれは、故意にしているとしか思えねえ。
そして、それに嫌悪も怒りも感じない俺…。
この件に関しては、俺は思考がまったくまとまらない。
同じところをぐるぐる回っているようになる。
くそ、わかんねぇ…。それに、めんどくせえ。
とろとろと、眠気が降りてきた。
横になろうと、残った酒を飲み干そうとした。
カチャリと、ノックもなしに訪問者が入ってきた。
……面倒が…歩いてきた。
「あ、三蔵! 飲みすぎですよ!!」
「うるせえな。これくらいなら大丈夫だ」
グラスにロックで5杯程度だ。あと、2杯ほどは余裕だ。
「もう…。言ってくれたら、僕もこっちで飲んだのに…」
言葉に見れば、ほんわかと、良い案配のようだ。
瞳にはりつけたような笑顔ではなく、ゆるやんだ空気をふくむ柔らかさ。
こうなると、いい人という仮面はすっかりと外れているのが常だ。
「お前、酔ってんな。部屋に帰れ」
俺も、眠気が強くなってきた。まぶたが重い。
このままスッと寝てしまえば、雨が降ろうが一定の時間は熟睡できる。
旅をする上で、極力雨に振り回されないようにするための、自分なりの方法だった。
寝酒ってのは、良くねえらしいが、寝れねえ状態が続いて戦闘中に集中出来ねえのは、死へと自ら突っ込むようなものだ。
陰って、見上げると八戒が立っている。そして笑顔のまま隣にストンと、腰を下ろした。
俺が飲んでいたのは、ベットの上。
「……八戒…」
非難を込めて、睨む。
「あ、良い香り」
待て、と言う間もなく右手にあったグラスが奪われ、中身が八戒の腹におさまってゆくのと、動く喉元を呆然と見るしかなかった。
「…お前相当きてるな? ったく、部屋に帰れ!!」
酔っぱらいになに言っても無駄だし、相手は八戒だ。こいつが酔うほど飲んだなら、基本明日は『雨宿り』になるのだろう。
しかし、結構な度数の物を、水を飲むようにあっさりあおりやがって!!
ことアルコールをゆっくりと飲みたい俺からすれば、『味わわんか!!』と、言いたいが、本来八戒もそういった飲み方のはずだった。
……と、いうことは。
嫌な予感がしやがる…。
「三蔵。ごちそうさまでした。良いお酒って、うふふ。うきうきしますねえ」
お前が単に酔ってハイなだけだ。とは、突っ込めねえ。
「ほら、立てるだろうな? 俺はもう眠いんだよ。おい。この手は何だ」
さっきまで俺から奪ったグラスがあった左手は、俺の左頬にソッと触れていた。
サイドボードにグラスが置かれている。
いつの間にか、肩も手につかまれている。
「待て!! おまえ? ナニをする気だ」
帰れ!!
そう言った俺に、即答。
「嫌です。三蔵と、チュウします。三蔵…ぽっぺたピンクで、誘ってるんですか?」
「…こんの酔っぱらいがっ…! バカ! おもてえよ! どけ!! このバカ!!」
「バカバカひどいですねえ…。悪い口はこうですっ」
細身の癖に、八戒の身体を押してもびくともしねえ。
クソッタレ! 撃ち殺すぞ!!
「眠いんだよ!! 安眠妨害する気か!?」
こう見えて、俺は寝るのを邪魔されんのは大っ嫌いだ。
温い布団とまどろみ。
特に旅での安眠は重要だ。
「いえ、大丈夫ですよ三蔵。良い気持ちで寝れますよ? 一見にしかずです」
言って、抗議も言う間もなく。口を塞がれた。
嫌がると、うっすら笑った八戒が、本気の色に瞳を光らせた。
……しまったと、思ったが…遅かった。
こと、この件では後手にばかり回るはめになってしまう。
口内に受け入れた八戒の舌が、いつものようにやわやわと刺激を続けてゆく。
息も相変わらず苦しいので、この頃は顔を背けて息継ぎを強引にすることにした。
が、今日の八戒は加減を知らないのか、いきなり食んだり、吸ったりしてきた。
「んんっ…ばヵ…ふぁ…八戒…どけ…」
ゾクゾク走る寒気と裏腹に、身体がじわっと汗ばんできた。
飲み込めない唾液を、そっと八戒がぬぐって、愉しそうに…。
「ふふ。三蔵~おねむなんですね? 可愛い」
さっきからそう言ってんじゃねえか! なーーーにが可愛いだっっ!こんの酔っぱらいがっ。
押し倒されたまま、チロチロと舌先を刺激され、じんわりと、不思議な感覚が身体に広がってゆく。
「……はぁ、……ぁ、ぅ、……んっ」
朦朧としつつも、重い身体にイラつく。
意識はあるが、半分眠気に負けている。
八戒相手だとなんだって、こう俺は強く拒めねえんだ!?
「ジャマだってんだ~っねみぃんだ。…ねむぃ…!」
「スッゴいしかめっ面ですねええ……仕方ないですねえ…三蔵…早寝ですもんね。あ、この間のあれ、してあげますよ。ぐっすりですよ~」
「要らねぇ……んんっ…変なとこさわんなっ 」
体のラインをスーーーっと撫でられて、宥めるように八戒が、耳元で言う。
「ほら、三蔵」
チュッとされて、耳の後ろに八戒の指が滑る。
「あぁ…っっ…!やっ」
強い感覚に、何が起こったのかわからず、ただのけぞった。
「ココ、あなたの弱点ですね~ね?」
より深い口づけに、水に沈んだような感覚……。ゆらゆらと意識が薄れていく。
弱点!? なんだ? んなもん知るか!!
バカ!! 俺が何のことかわからねえからって、いいようにしやがって…!
八戒が触れると、腕も手も、まるで自分のパーツじゃないような感覚が生まれる。
唇からの痺れが、全身にまわってどうにかなりそうだ。
「…は……っ……」
だめだ…眠い……。フワフワ、フワフワ。
まどろみに、おちてゆく……。
「ふふ、おやすみなさい♪ 三蔵…」
微かに、髪の毛をすく感覚がしたような気がする。
次の日、起きるとやはり春独特の嵐。
いつもなら少し寒い位だが、不思議と手足があたたかい。
ち……っ、余韻が残ってやがる。
あの行為が、次への段階へのものだと薄々はわかる。
雑誌やなんやで、三蔵とて知識はある。
しかし、実際の体験となると……全くの未知の領域だった。
サイドボードにあったはずのグラスは、片付けられていた。
熱を含む翠の瞳に、息もできないような口づけ。
逃げてもいいですよ? と、一瞬力を緩めておいて、その実俺が離れようとすると、うっすらと笑う。
逃がすわけ、ないでしょう?
雄弁な瞳に、視線が釘付けになった。
普段とのギャップなら、八戒の横に並ぶものはいない。
アイツ、いよいよ本性現してきやがったな。
己は、このまま流されるか……。
それとも?
まだ、答えは見つからない。
外に気配。
カチャリ
「三蔵…起きてますか?」
「ああ」
いつものように、穏やかな表情が三蔵をむかえる。
昨日の酔っぱらいは、どこいった。
「悟浄が二日酔いです。悟空は先に食堂に行きました」
「すぐ行く。先に行け」
「はい。あ、三蔵」
「なんだ?」
「昨日はご馳走さまでした♪」
パタンと、閉められた扉に、ハリセンを投げつけた。
空しくボトッと、落ちて、やるのではなかったと肩をおとした。
どの面下げて、言いやがる…。あんの、性悪青年があ!!
クソッタレ!!
乱暴に、法衣を羽織った。